第1章:おうちさがしは大変です その12
お屋敷は、静寂に包まれていました。
皆さんはその姿を消し、確かにここにいた証はエントランスホールのロアエスの花だけ。
彼らの未練は、叶えられたのです。
窓から見えるルアーヴルの街は、変わらぬ営みを続けています。ただその中で、一人の母親の葬儀が行われただけ。
ミアちゃんとリリサちゃんには、先に宿に戻ってもらいました。
これから私がしなければならないことは、私だけにしかできないことだから。
「――誰?」
ナイアさんのお部屋の扉をノックすると、レティシア嬢の返答が返ってきました。
きっと、自分を守ってくれていた彼らがもういないことに、気づいたのでしょう。
それでも訪ねてくるのは――レティシア嬢も、分かりきっていたはずです。
夕方とは違って、私が名乗らなくとも、私の姿を見てもこれといった動揺はありませんでした。
小さな旅行鞄に、それほど多くない荷物を詰め込んでいるレティシア嬢。
これからどうつもりだったのか、という証拠です。
「――出ていく、つもりなんですね?」
「ご主人、もう待たなくていい。だから、出ていく」
家付き妖精は、ひとつの家に尽くします。その家が終われば、また新しい家を探す。ナイアさんの手記にはそう書いてありました。
そして、ナイアさんの家は終わりました。
「まあ。ですが――それが、同じ場所だけど、違う家であってはいけない、という禁忌は?」
荷物を詰めているレティシア嬢の手が止まりました。
新しい家を探す――これは手記によると『家族』という単位なのだそうです。
結界を究める傍ら、ナイアさんは様々な文献を漁って、レティシア嬢の種族の習性を調べ上げていました。
「……商会から聞きました。このお屋敷の調査の真の報酬は、ナイアさんの遺言で――このお屋敷自体、と」
葬儀を終えたあと、ミアちゃんとリリサちゃんを宿に戻す道すがら、セレンディア商会の会頭に、ナイアさんを弔ったことを報告に行きました。
ギルドではなく、依頼人に直接。
本来なら問題行為ですが、恐らく会頭は真相を知る唯一の人間です。
代替わりしていたとしても、継がれてきた秘密でしょう。
だから――私もすぐにでも、真相を確定させる必要があったのです。そして、レティシア嬢がその間に何をしていたのかを考えると正しい行動でした。
つまり、このお屋敷はまだ正式に役所には認可されていませんが、所有者は私です。
「私たちは冒険者です。長期でおうちを空けることもあります。それなりに綺麗好きだという自負はありますが、これだけの大きなお屋敷を、今のところ三人で維持するのは難しいです」
だからミアちゃんを、おうちの管理人として雇うことも考えていました。
「だからレティシア嬢――いえ、レティシアちゃん。このお屋敷に新たにできる『家』を、お手伝いしていただけませんか?」
不憫に思ったからでも、ナイアさんの遺言でもなんでもありません。
ただ誰かを深く愛し、いつまでも待ち続けたレティシアちゃん。
だからこそ、私はあなたが欲しいと思ったのです。
ミアちゃんについては不憫に思ったからなのは否定しません。ですが、このわずか数日で見せた表情から、あの子はとても強い子だと思いました。
レティシアちゃんは私の言葉に、手を止めたままです。ここで素直に頷けるようなヒトではないことは、ナイアさんの手記からも分かります。
レティシアちゃんの種族が、心から『ご主人』と呼ぶ相手というのは、ただの奉仕先ではないのです。
「これから話すことは……そうですね、ある長命種のヒトの話です」
聞き流してもらってもかまわない、どこにでもよくある話です。
「そのヒトが最初に愛したのは、獣人種でした。ヒトよりも寿命が短い、五十年も生きれば長寿、と言われるような種族です」
数千年も生きる彼女にとっての五十年は、あまりにも短いのです。
「やがて彼女に、愛した人を弔う日がやってきました。愛した人がそうしていて欲しいと願ったから、彼女は涙を流し、それでも精一杯の笑顔で見送りました」
彼女はいまでも、その愛した人のことを忘れてはいません。
「だけど――また彼女は、今度は人間を愛しました。涙を流し、望まれたから笑顔で見送ったのに」
また同じ、その生命の限りが違う相手です。
「それでも再び、また同じだけ愛し、再び笑顔で泣いて、弔います。なんなら、そのお孫さんまで見送りました」
祖母を愛してくれた人だから、私も見送ってほしい。そう頼まれた。
「そして――また今も、誰かを愛し、誰かを笑顔で泣いて、弔う」
そして、彼女が必ず言う言葉があります。
「――行ってらっしゃい、という言葉で」
だから、ナイアさんが遺した言葉を。
口にすることができたのは私なのでしょう。
『しあわせにおなりなさい』という、次の未来を示されてきた側なのだから。
これからもきっと私は、リリサちゃんも、ミアちゃんも弔うのでしょう。
だけどそのたびに、私は笑顔で泣いて。行ってらっしゃいと言い続けます。そしてその次も、私が生きている限り。
「ほへぇ……今日からここが、リリサたちのおうちですか……」
昨日も訪れた、ラフロイグ家の家紋が刻まれた玄関扉の前で、リリサちゃんが呆然とした表情を浮かべています。
さすがに一日で荒れ果てたりということはなく、前庭にはロアエスの花が咲き誇っています。
「……フィオナさん、これ、あたし一人じゃ管理できませんよ?」
どうやらリリサちゃんはリリサちゃんで、ミアちゃんを説得していたのでしょう。
ミアちゃんは管理人のお仕事を引き受けたようです。
「ええ。幽霊屋敷を解決した報酬……ではなく、ナイアさんを弔ったことへの報酬、だそうです」
改めてギルドに報告に行くと、どのような謎と解決方法だったのかということを尋ねられました。
そこで私は、古リム語による結界魔法の極致への理解……という嘘ではないが微妙に違う回答をしたのです。
ナイアさんとレティシアちゃんの物語は、私たちだけが知っていればいい話なのですから。
「お貴族様の家紋、そのまま使っていても大丈夫なのでしょうか……?」
「問題ありません。なぜなら――」
いえ、これも言わなくてもいいことでしょう。
恐らくミアちゃんやリリサちゃんなら、そのままでも問題ない仕組みになっていることに、すぐに気づくはずです。
「では。そういうわけで。さっそく中に入りましょうか」
困惑気味ながらも、少し浮足立っているミアちゃんとリリサちゃんにひと声かけて、扉を開きます。
「――おかえり、フィオナ」
箒を持ったレティシアちゃんが、そこで私たちの帰りを待っていてくれていました。




