第2章:家庭教師は大変です その1
「……ミア、夜うるさかった。フィオナ、もう少し考えて。リリサ、寝不足」
食卓に料理を並べながらのレティシアちゃんの冷たい視線が突き刺さります。
ええと確か昨日は、近場の魔物の討伐依頼を受けて、ミアちゃんに魔物との戦闘訓練をさせました。
レティシアちゃんの料理は絶品なので、ギルドに報告したあとはそのままおうちに帰って、夕食にレティシアちゃんが出してくれた、いつもとは違う産地のワインがとても美味しかった記憶があります。
それでミアちゃんが私の部屋にやってきて――。
はて。物凄く記憶にある流れです。
ミアちゃんの、甘く呆けた顔。確かリリサちゃんのときも見た記憶があります。
「――まあ」
「まあ、じゃありませんよっ! 言ってくれればリリサの【遮音】の魔道具貸しましたよっ!?」
うっかり忘れていました。そしてそのつもりでもありませんでしたし。
「……でも、リリサが言ったんでしょう? フィオナさんは酔った時なら行ける、って」
言葉に詰まった表情のリリサちゃん。
「……い、言いましたけど……っ!」
「だからあたしも実践したまで。まあ――あたし、あんな声出すとは思ってもいなかったけど」
リリサちゃんに負けず劣らずの可愛らしい声だったことを思い出しました。
「するな、言わない。するなら、ちゃんと考える。ご主人、そういうの、聞かせなかった」
まあ結界魔法の天才といえども……いえ、母といえどもそういう欲求はあって当然です。
それを、娘には聞かせなかっただけの配慮はあったのでしょう。
……ただし、レティシアちゃんにはお見通しだっただけで。
「さて。それはともかく。翌月からちょっと私、お貴族様のところに定期的に通うことになりました」
きっかけはセレンディア商会からの打診でした。
ナイアさんのおうちを解決したこと。そして変わらずにレティシアちゃんがここにいて、私たちに文句を言っている。そのことが評価されたのでしょう。
それと私が護衛ではなく、遺跡調査や魔物討伐などの実戦派の金等級の冒険者という、ルアーヴルでは珍しいこともあります。
「モントクレール家のご令嬢の、家庭教師をすることになりました」
もちろん淑女教育などではなく護身術についてなのですが、一介の冒険者が担えるお仕事ではありません。
侯爵家ならば一般的には、王家の近衛騎士や宮廷魔法使いが講師を務めます。
ただしそういった、伝統という箔付けを好まないお貴族様は、自領の冒険者の中でも優れた者を指名します。
……まあ、中にはご令嬢自ら進んで自領の軍の教練所に通って鍛え上げている、超実戦派もいるらしいですが。
果たして、どのような猛者なのでしょうか。武闘派の冒険者としては気になる相手です。
なにせ【身体強化】があります。私のように枝みたいに細い魔族でも、筋骨隆々な鬼人族を抵抗する間もなく制圧できます。
なので筋骨隆々の、猛々しい令嬢ではない可能性がありますが。
「そうなると……長期の遺跡調査とかは無しですか?」
「ええ。週に二度、お屋敷の方へ通うこととなりますので。幸いなことに報酬がかなりいいですし、モントクレール家はセレンディア商会の後ろ盾ですから……多少、お買い物も融通してくれるそうですよ?」
長期の遺跡調査は、発掘できたお宝によって収入に大きく差が出てしまいます。
以前話したように『美味しいスープのレシピ』のような、現代には全く通用しないものから、私の得物である光属性の魔剣『クレヴ・ソリシュ』のような、魔剣として最高級の『伝承級』の魔剣まで。
特に『クレヴ・ソリシュ』は売れば私が死ぬまでお金に困ることはないでしょう。もちろん、これ以上の魔剣に出会ったことがないので売るつもりはないのですが。
これはもちろん、私たちのおうちを維持するために請けたお仕事です。
レティシアちゃんは掃除に料理、洗濯……最近では、庭師さんの遺したメモを参考に、庭の手入れまでやっています。
ですが、いくら家事が大好きな妖精族といえども、一人でできることは限られています。
私たちもできることは協力してやっていますが、やはりそのうち専門家を雇って、レティシアちゃんが好きな家事を好きなだけできるように整えてあげたいのです。
「……となると、フィオナさんがお屋敷に行っている間は、あたしたちの冒険者としての活動は?」
「まあ。私がいなければ、フォレストウルフも倒せませんか?」
ミアちゃんにそのような鍛え方を、この数ヶ月でしたつもりはありません。
そもそもリリサちゃんも本職はポーターですが、ゴブリン、フォレストウルフ、ホーンラビットぐらいなら倒せます。
自分たちで請ける依頼を決め、実際に活動してみて、限界を見極めるのも新人冒険者のミアちゃんのお仕事です。
私でなくても、ポーターとして同行するリリサちゃんは、それを見極められる側です。
……実際のところ、私の目があるところであるという前提ですが、ミアちゃんは今すぐにでもオークの巣に放り込んでも問題ないはずです。
単独でオークを倒せるのは、銀等級の冒険者でも下位相当です。たった三ヶ月で、そこに至るだけの才能がミアちゃんにはありました。
ただし、そこに至るまでは私も迷走しました。
最初はメイス。これはまだ直感的に扱えていましたが、振り回す勢いが強すぎて、ゴブリンの頭部が弾け飛びました。一撃必殺の武器候補として、相性としてはかなり高いとは思います。
次にショートソード。これは駄目でした。面で殴るメイスではなく、線で斬る。変に斬る位置を意識をしすぎて、フォレストウルフの断面でミアちゃんが吐いてしまいました。
次に槍。これも駄目でした。とにかく当たらない。ホーンラビットも仕留められませんでした。
どうやらミアちゃんは精密さよりも、大雑把に殴る方が向いているようでした。
ただ……それよりも最も適正があったのは、格闘。己の拳と脚で、全てをなぎ倒す。
魔剣にまで魔力を注ぐ必要のない、自身の肉体だけで完結してしまう、究極の戦い方です。
「フィオナさんフィオナさんっ、そういえばなんで最初ってメイスなんですか?」
「剣は格好いいです――ですが、それだけなんですよ。技量があったり、魔剣持ちのような消耗を踏み倒せるのであれば別ですが」
私が知り合った中ではバルくんは、しょっちゅう剣を折っていたそうです。
豪剣とでもいうほどの膂力なら、鋼鉄ですら刃が欠けてしまいます。
なので駆け出し冒険者なら、メイスや棍棒のような整備いらずの、とにかく当たればダメージとなる武器を、私はオススメしています。
「ただ、どの武器もそうですが間合いというものがありますからね。幸いこのルアーヴルの周りにいる魔物は、そこまで強くないですから」
魔石を取り込んで魔物化してしまった動物は、どうしても自然発生してしまうので、根絶はほぼ不可能と言っていいでしょう。
それを領主様の軍が狩れればいいのですが、特にルアーヴルは軍事費を抑える代わりに、冒険者に依頼を出すようになっています。
こうすることで、軍人さんが使うよりも多くのお金がルアーヴルの市内を回るのだそうです。
「ひとまず私がいるときは、ちょっと難易度の高い依頼を。それ以外は採取やゴブリンなどの討伐依頼を……という方向でお願いしますね」




