第1章:家庭教師は大変です その2
さて。お貴族様の家庭教師とのことですが、どのような服を着ていけば失礼にならないのでしょうか?
昔から服は、冒険に出るときの一張羅と、どこの誰でも着ているような簡素なものしか持っていません。
ただしあまりにも冒険着は実用的すぎますし、あまり服のことは興味がなかったので、専門家に聞いてみようと思いました。
そういうわけでセレンディア商会にお邪魔しました。
レティシアちゃんに数十年間、食べ物や日用品を届けていたのが、お屋敷の件の依頼主でもあったセレンディア商会です。
お貴族様とも取引がある商会なら、そのような服にも詳しいでしょうし、仕立て屋さんとの繋がりもあるでしょう。
セレンディア商会は大きな店を持ち、ここに来れば服でも何でも揃います――いえ、揃えてくれます。
ただし取り扱っている品は高品質のため、それなりにお金を持っていなければなりませんが。
「これはこれはマクヴェーグ様、本日のお探しものは?」
黒髪を後ろに撫でつけた、鋭い印象の若い男が、私を見るなり恭しく挨拶してきました。
ルアーヴルに住むことになってから何度もワインをここで購入しているので、すっかり顔なじみです。
それとなく、レティシアちゃんの様子について尋ねられているので、恐らくこの方がレティシアちゃんの今の御用聞きだったのでしょう。
「実は、お貴族様のお屋敷で家庭教師をすることになりまして。相応しい服を探しているのですが」
「服、ですか」
一本で銀貨五枚もするような、産地にもこだわったワインばかりを求める客にしては珍しい注文でしょう。
「もちろん、お仕立てすることは可能ですが……マクヴェーグ様、差し支えなければ、どちらのお屋敷へ? いえ――」
彼は眼鏡の位置を直しました。
「そういえば姪が――ルクレツィアが、護身術の講師を探していましたね。そうですか、マクヴェーグ様が……」
「まあ。御親戚でしたか」
「ええ。我がセレンディア家の長姉が、モントクレール家に嫁ぎましたので」
まあ。商会のお偉いさんでしたか。
確か……ああ、そういえば初めてワインを買いに行った際、ジュリアン・セレンディアと名乗っていましたね。
『蒼穹の翼』にいたときもそうですが、どうも男性の名前を覚えるのは苦手です。
「それならばモントクレール家の家風は私どもも存じておりますので、マクヴェーグ様に相応しいものをいくつかご提案できるかと」
ではこちらに、と案内されたのは、既製品を取り扱う区画ではなく、商会お抱えの仕立て屋さんの窓口でした。
「護身術の講師ともなれば、動きやすさも重要でしょう。なので私からは、セミオーダー――マクヴェーグ様に合わせて、既存のデザインでお作りするのが良いかと」
やはりお偉いさんともなると、理由までしっかりと提示してくれます。
これにはつい、私の財布の紐もゆるんでしまうというものです。
大きさは違いますが同じデザイン既存の服を着て、どこをどのぐらい詰めるのかを調整していく、というのは初めての経験です。
普段着も『蒼穹の翼』の近くの古着屋で買ったものです。
リリサちゃんとミアちゃんは、時々ふたりでルアーヴルの古着屋さんを見て買っているそうですが、そういえば私は普段着もしばらく買い替えていません。
「でしたら、そちらもご提案させていただきます」
……やはり商売上手です。
「……う~ん、この人絶対、黒か白。敢えてオーバーサイズもいいけど、基本に忠実にかっちり決めた方が似合うと思うなぁ」
「あら、お客様に失礼ですわよ?」
小さなお嬢さんたちが私を見て、そんなことを言いました。
長く波打つ黒髪の子も、その年頃にしてはかなりの魔力なのでしょう。
ですが――このピンク色の髪の毛の子、相当強いです。無意識に垂れ流している魔力が、並の人間ではありません。もしかしたら私よりも、バルくんよりも。
これをそのまま【身体強化】で上乗せするのならば、まだ小さな女の子なのにドラゴンですら一撃で殺してしまえるほどの、圧倒的な暴力となるのでしょう。
「まあ。あなたは私に似合う服が分かる、というのですか?」
未来の最強候補に、私は声をかけました。
「あたしが自分でデザイン画を描く必要があるけど……全てのコーディネートを任せてくれるなら、最高の一着を用意できるかな?」
自信に満ちた答えですが、その言葉に偽りはなさそうでした。
幼い子どもですが、まるで既にお金を得ることを知っているかのような、堂々とした態度。
漏れ出る魔力の大きさは超一流の冒険者にも匹敵するのに、それですらあくまでも『ついで』のようにも見えます。
「仮に――私があなたに依頼したら、どのぐらいの時間かかります?」
「型紙まで作るとなると、さすがに一週間は欲しい、かな? デザインはもう頭の中にあるし」
なぜだかこの子に、私の普段着をおまかせしたくなりました。
これはきっと、運命の出会いなのかもしれません。
「……ああ、なるほど。この方が姉上が絶賛していた……」
ジュリアンさんは黒髪の子に耳打ちされて、納得したような表情を浮かべていました。
「マクヴェーグ様。私からも彼女に、マクヴェーグ様の普段着のデザインを提案してもらうことを推奨致します」
「まあ。商会のお抱えの仕立て屋さんが困るのでは?」
私は確かにこの子に運命のようなものを感じています。
ですが、ジュリアンさんのようなお偉いさんがそこまで言うほどなのでしょうか?
「これは我々セレンディア商会にとっても投資なのです。仕立て屋にも良い刺激となるでしょう」
まあ。そこまで言うのであれば、ぜひお願いしたいところです。
ですが、そのご本人はというと……
「あ、でもあたしエリーに一週間で帰るって言っちゃったんだ。でもこんな美人さんの服をデザインできるなんて、一生に何度あるか……」
なにやら葛藤しているようです。
「エルファリア様がそのようなことで叱るとお思いで?」
「……呆れるだけで終わるね、エリーなら。あとこの人、間違いなくバルドゥール様より強いよ?」
まあ。私がバル君より強い――ですか。
まだ小さな女の子が、バルくんという頂点を基準として知っている。
嬉しい褒め言葉ですが、それがどれだけ異常なことなのか、彼女は理解しているのでしょうか?
「エルファリア様にはわたくしの方から、モントクレールの都合で滞在期間を延長する旨を早馬で知らせますわ。この取引はそのぐらいの価値があるのですから」
そして、黒髪の女の子がジュリアンさんと何やら話し込み始めました。
それはそれとして、このピンク色の髪の毛の女の子ですが、子どもならではの物怖じのしなさ、ではありません。
世界という尺度を知っていて、そこで自分がどのぐらいの価値があるのかを既に知っている、そのような雰囲気とでもいうのでしょうか。
ならば、先ほどの『最高の一着』も誇張でもなんでもなく事実なのでしょう。
私のすぐ隣で、この子がどこまで行くのかを見てみたい――そう思わせるような、超然の存在です。
長い人生でも忘れることのできない、特別な存在。
「あなたのお名前を、伺ってもいいですか?」
だから、これが一度きりでも。
私はあなたの名前が知りたいのです。
「アリア・ルミナ。コンゴトモヨロシク……かな?」




