第1章:おうちさがしは大変です その7
商業ギルドから紹介された物件は、そのどれもが私たちの好みの物件とはなりませんでした。
元々の所有者がお貴族様だったお屋敷のように、ほぼ条件を満たした物件はあるにはあったのですが、これだとミアちゃんが管理するのは大変です。
もちろんミアちゃんひとりにお家の管理すべてをお願いするわけではなく、通いのメイドさんを雇うつもりはあったのですが、そこではメイドさんの数を増やさなければならないので、ちょっと予算を超えてしまいます。
商業ギルドの職員さんは他の物件を探してみる、とのことでしたが、やはり最初から三人の意見が一致するような理想の物件ではなく、ある程度は妥協する必要があるのでしょう。
「物件探しがこんなにも難しいだなんて……これ、ロニたちとなら絶対揉めてた……」
商業ギルドの職員さんから教えてもらった冒険者と行商人のお客さんが最も多い酒場での夕食中のことです。
レモンの果実水を一口飲んで、ミアちゃんが頭を抱えます。
新人のころならまず物件を借りるのは資金的にも、信用的にも難しいのですが……まあ、それは置いておきましょう。
「リリサはお風呂さえあればどこでもいいんですがねえ……」
赤ワインの牛肉煮込みのお肉を切り分けながらのリリサちゃんの言葉に、私も同意します。
お風呂は大量の水と薪、あるいは水の魔石を埋め込んだ魔道具なので贅沢です。ですが、こればかりは外せません。
特にリリサちゃんたち鬼人族の多くは火山の近くで生活していて、火山の周辺には自然にお湯が湧き出るような地域があります。
かくいう私も八十年近く前の、知り合いの鬼人族のおかげで、水浴びではなくお湯に浸かる方が好みなのですが。
別に水浴びでも充分だろう、と言った先々代の『蒼穹の翼』のクランマスターとは、クランハウスを買い取る際に『浴槽は必要不可欠です』と、強く対立したのを思い出します。
結果としては私の主張が通って、クランの人間ならニーナちゃんのような事務職員さんでも利用できるようになりましたが。
やはり多少予算を無視してでもあの物件にするべきでしょうか。
それにしても冒険者や商人でごった返す酒場です。私たちのささやかな悩みですらちっぽけに思えるほどの、いろいろな情報が入ってきます。
とはいえ、そのほとんどは昼間の冒険者ギルドでの食事の際に漏れ聞こえてきたものと変わりはほぼありません。ですが、収穫もありました。
数十年前……それこそ『蒼穹の翼』が成立したのと時を同じくしてこのルアーヴルに、亡霊系の魔物が――現在では幽霊屋敷と呼ばれる、どこかのお貴族様の別荘に集まりだしたそうです。
ですが亡霊たちは屋敷から外に出ることもせず、それどころか屋敷を荒らさない限りは、こちらには一切手出しをしてこないのだとか。
しかもお屋敷の中はホコリひとつ落ちていないほどに、とても綺麗だという話も聞こえてきます。
これはかなり稀な事案です。亡霊系は生者の肉体を本能的に欲しがる、物理的な攻撃よりも精神的な攻撃で、魂そのものを攻撃してくるような厄介な、遺跡調査にはつきものの魔物です。
そしてお屋敷が綺麗に掃除されている……となると、なんらかの魔法的な仕掛けが施してあるのかもしれません。
ごくまれにですが、遺跡にそういう仕掛けのお部屋があったりします。
恐らく結界魔法の応用だということぐらいしか私でも推測できませんが。
「……本当は亡霊たちも攻撃したくない、とか?」
ミアちゃんのその呟きはおそらく、核心を突いているのだと思います。
とはいえ私ですらそういった亡霊系の魔物はこれまでに見たことがないのですが。
他の冒険者の断片的な会話から拾った情報なので、私が思いつく様々な理由は憶測の範囲でしかありません。
「……気になりますね」
以前にルアーヴルを訪れたときにはまったく気になりませんでしたが、数十年もの間、誰にも謎が解き明かせないお屋敷。
しかも好戦的でない亡霊系の魔物のすみかです。
極めつけは私たちのおうちを決めるまでは、近場の依頼ぐらいしか受けられないので暇を持て余しています。
「ですねっ。それにもし幽霊が襲ってきても、フィオナさんの魔剣なら大丈夫ですしっ!」
私の持つ魔剣『クレヴ・ソリシュ』だけに限りませんが、魔剣や聖剣といったたぐいの武器は、亡霊のような実体を持たない魔物を斬ることができます。
特に『クレヴ・ソリシュ』は、不死者の類に有効な光属性の魔剣です。
「……ひょっとして、幽霊屋敷の問題を解決して、乗っ取ろうとしています?」
まあ。さすがにそこまでのことは考えていませんでした。
単純にただ新しい物件を待っている間に、面白そうなものがあるからという興味からです。
それに元々はお貴族様のお屋敷ですから、そう簡単には譲っていただくことは不可能だと思いますし。




