第1章:おうちさがしは大変です その6
モントクレール領の領都、ルアーヴルは入市税が銅貨5枚と、だいたい市場でパンとトマトを買うのと同じぐらい。かなりの破格です。
より多くの人を集めるための、モントクレール侯爵の考えなのだとか。
それだけ景気がいい、ということでしょう。かといって治安が悪いわけではありません。
この国の商売の中心ですから、私たちのように多くの冒険者が集まります。そうすると街道の巡回や、魔物の討伐に領軍を割く必要が減り、その分を治安維持に回すことができます。
私が以前ルアーヴルを訪れたのは十年ぐらい前でしょうか。
大まかな記憶とお店の位置は変わっていません。ということは、冒険者ギルドも同じ場所でしょう。
まずはミアちゃんにお願いした依頼の達成と、活動の拠点をルアーヴルに移すことを冒険者ギルドへ報告に行くことにしました。
久しぶりに訪れたルアーヴルの冒険者ギルドは、記憶との差がほとんどありません。
たくさんの依頼書を貼り付けた掲示板、依頼の受付カウンター、そして酒場が併設されています。
変わりがなければ二階は支部長の執務室、三階が資料室です。
さすがに受付の顔ぶれは変わっていますが、報告の流れは誰でも一緒です。
「――依頼証書の確認が終わりました。ミア・デュボワ様には冒険者税を差し引いて、銀貨四枚の支払いとなります」
お盆に乗った銀貨四枚に、ミアちゃんは目を潤ませています。
これが初めての依頼達成ですし――そしてもしもの光景を想像してなのでしょうか。
「続いて、フィオナ・マクヴェーグ様、並びにリリサ・フラハーティ様。ルアーヴル市に活動の拠点を移されるということで、お間違えはないでしょうか?」
「はい。ふたりとも所属クランはなし、指名依頼および緊急招集は対応可能、と登録してください」
さすがルアーヴルの冒険者ギルドです。金等級の等級証にも動じた様子はありません。
ミアちゃんに依頼を出したギルドの出張所では、私の等級証と依頼内容についてのちぐはぐさに疑いの眼差しを向けられたものです。
「フィオナさんフィオナさん、受付さん、フィオナさんが『雷霆』って気付いていないっぽいですね」
異名持ちは異名が先行して、名前を知られていないことがよくありますし、そしてバルくんのように本名を隠して活動する冒険者もいます。
恐らく支部長あたりならすぐに異名と名前が結びつくでしょうが、受付さんだと難しいものがあるかもしれません。
「指名依頼および緊急招集に対応可能とのことですが、連絡先となる定宿や住居はすでにお決まりでしょうか?」
「いえ、これから物件を探すつもりです。なので、商業ギルドへの紹介状をお願いしますね」
こういった手続きも慣れているのでしょう、受付さんは併設の酒場でしばらくお待ちください、と言って別の職員さんに手続きを任せました。
だいたい一刻ぐらい待てば紹介状が出来上がるでしょう。
これが宿場町にあるような出張所だと受付さんと事務職員さんを兼務しているので、かなり時間がかかったりします。
ちょうど昼時ということもあって、ギルド併設の酒場は冒険者で混雑しています。
冒険者ギルドの酒場はお昼時の営業が中心で、利用の際には等級証の提示が必要だという条件はありますが、なにより非常に安価でご飯が食べられます。
というのも、明日のご飯もままならない新人冒険者にとっての補助の意味合いもあるからです。
特にルアーヴルのギルド併設の酒場は、商業都市なだけあっていつでも新鮮な食材が流通しているので、いい意味で値段と味が釣り合っていません。
そして――クランに所属していない冒険者にとっては、この冒険者ギルド併設の酒場、というのは情報収集の場として最適です。
行商人の護衛で他領に行くことも多いですし、噂話程度でも情報の鮮度が高いのです。
四人掛けのテーブルに案内されて、ミアちゃんが見慣れない料理名のメニューとにらめっこしているこの一分間で、様々な情報が飛び込んできています。
モントクレール侯爵――ルアーヴルのある領地を治めるお貴族様です。そのご令嬢が、ヴァルモン伯爵の二女に絶縁状を送ったこと。
バスティオン領――これはバルくんの領地ですね。新たに武器や防具の定期的な交易を開始したこと。
このルアーヴルの町にある、幽霊屋敷と呼ばれる古い屋敷の探索が、まったく進行していないこと。
はて。探索が必要な屋敷とはいったいなんなのでしょうか。
「ミアちゃん、気になったものはどんどん頼んでいいですよ。食べきれなかったらリリサちゃんが食べてくれますし」
鬼人族の人はだいたいが大食いで、リリサちゃんも女の子にしてはかなりの量を食べます。
【身体強化】が無くても、私ですら重いと思うような荷物を担いでいるのですから、それだけのエネルギーを必要とするのであれば自然なことなのでしょう。
「美味しいものがいっぱい食べられますから、これも種族の役得のひとつ、ですねっ」
ですのでリリサちゃんの言葉は、ミアちゃんを気遣うものではなく素直に受け取っていいと思います。
「さてミアちゃんに質問です。ミアちゃんはこのルアーヴルで、どんなお家に住みたいですか?」
「え……? 広さや大きさは気にしないですけど、あまり近所に人がいなくて、なのに買い物に困らないような場所……とか? あと仕事先に近ければ……?」
まあ。そのうちの一つは簡単に解決できそうです。
私としては『蒼穹の翼』のクランハウスのような、ゆっくりくつろげる物件であれば他の条件は特にありません。
なので大きめのお家だと都合がいいのですが、そういうのは大抵は賃料がそこそこいい値段がします。
極力のんびり過ごしたいので、依頼を受ける回数は減らしたいのですが。
「あの、ところでなんであたしに家の希望を……?」
「まあ。ミアちゃんのお家にもなるからに決まっているじゃないですか」
ルアーヴルに到着してから、いくぶんか元気を取り戻したかのように見えますが、私の経験からするとまだまだミアちゃんは危なっかしいです。
そしていくらルアーヴルでもすぐに仕事が見つかるかはわかりません。
その間にお金が尽きてしまったら……すでに説明した通りです。
あるいはギルドに等級証を返していないので、冒険者としての活動もできますが、それでも新人冒険者さんができることは限られています。
そこで私が考えたのは、私やリリサちゃんのお家の住み込みの管理人、というお仕事を用意する、ということでした。
実際私たちが依頼を受けると、場合によっては数週間留守にする、ということもあります。
その間に誰かにお家の管理を頼むとなると、よほど信頼できる人しか考えられません。
「……はぁ、これであたしが断ったとしても、フィオナさんの中ではすでに決定事項、ですよね?」
まあ。ミアちゃんもこの旅の間でだいぶ私の性格を分かってくれたようです。
「でも、ひとつひとつちゃんと考えると、フィオナさんの言う通りです。お金も先ほどの報酬を入れても、一番安い宿の雑魚寝で一週間泊まれるぐらいしかありません」
そして新人冒険者さんが請けられるような採取系の依頼だけでは正直なところ、生活もままなりません。
やたら強い魔物がたむろするような危険な山岳地帯にしか生えない貴重な薬草の採取、という依頼も私のような金等級なら選択肢としてはありますが。
ただ確実に採取できるわけではないので、ただの無駄足になる可能性を考えると、候補からは真っ先に消える依頼です。
かといって討伐系はミアちゃんが【身体強化】を習熟しても、ひとりでできることには……今のところ限界があります。
酒場や食堂の求人は、収入としては悪くありませんし、お店によっては住み込みも可能としている場合があります。
そういう点では私たちのお家の管理人として働く、ということと差はないように見えます。
ですが私がミアちゃんに提示できるメリットは金等級の……それも遺跡やダンジョンの調査、そして魔物討伐を中心とする、冒険者の中でも武闘派とされるタイプの冒険者の庇護下に入る、ということです。
「……ズルしているような気がするのは癪ですけど、今のあたしにとって一番いいのはここで頷くこと、でしょうね」
ズルだろうがなんだろうが、いくらでも私を頼ってくれればいいのです。
そのぐらいの価値が、ミアちゃんにはあるのですから。
投稿時、リリサの名字にミスがあったので修正しました。
当初はエイリークが名字でしたがフラハーティが正しいです。




