第1章:おうちさがしは大変です その5
さて。昨夜の夕食と、そして今朝の朝食ですが、お会計が無料となっていました。
おまけに昼食用に、とお弁当まで宿屋の女将さんが三人分用意してくれていました。
どうやらあの山賊たちには宿場町の皆様も相当迷惑していたようで、その御礼といったところでしょうか。
なるほど。宿場町で暮らす人々が、どのような形で私たちに謝意を伝えるか悩んでいたのが、あの視線の正体……というわけです。
この方が後に引かない分、こちらとしても好都合です。
「さて。恐らくミアちゃんはまだそんなに旅に慣れていないと思うので、私とリリサちゃんの最初の予定通り、ルアーヴルのひとつ前の宿場町が今日の目的地です」
冒険者として新人のころはとにかく、移動でひたすら歩くというのが苦痛です。
慣れてくると地図からおおよその道のりが想定できるようにはなりますが、多くの冒険者や行商人が休憩するような水場や、起伏の多い道を知りません。
それにヴァルモン領を抜けて、目的地のルアーヴルのあるモントクレール領へは、山賊と出くわした地点はまだまだ序盤です。
昨夜の夕食の際には噂を聞きませんでしたが、この山道のような木々が生い茂っていると、フォレストウルフやマッドベアー、ワイルドボアといったものが出てくることがあります。
これらは野生の動物が魔石を食べてしまい、魔物化して攻撃性が高まった存在です。
山賊と遭遇した地点より先は、こういった魔物が出て来やすい地帯でもあります。
とはいえ凶暴化したとしても元は野生の動物です。人間を斬るよりは抵抗感は少ないでしょう。
「……凄い、フィオナさん、こんなに大きなマッドベアーを一瞬で……」
「草木が揺れる音もそうですが、ちょっと前には街道の端っこに足跡と糞……とにかく、この辺りにいると思っていました」
いつもの『決まりごと』の大部分を省略しても、マッドベアーぐらいなら腰の魔剣で一閃です。
さすがに魔剣がなければ一閃とはいかないでしょうが、このぐらいなら私と同じ金等級の冒険者なら、ほぼ全員気付くでしょう。
見かけたという噂が無くても出てくるものは出ます。
ですが、その大半が老いや怪我が原因で群れからはぐれてしまった個体です。
魔物の群れはもっと狙いやすい、一人で移動しているものを選んで狙う習性があるので、私たちのように複数人で移動しているような場合だと、きちんと警戒しつつ進めば比較的安全でしょう。
山賊とは違い、わざわざ魔物の死骸を燃やしたりはしません。
むしろこのまま死骸を放置して、あとからやってきた群れに死肉を食べさせて満足させた方が安全です。
討伐依頼ならそれを利用して、集まってきたところを一網打尽にするのですが。
「ところでミアちゃんは、どのぐらい治癒術を使えるんでしょうか?」
昨日から気になっていたことを確認します。
初級だとしても数十回も連続して使っていたように見えました。銅等級の冒険者なら、たとえ初級だとしても十回も使えば昏倒してしまいます。
実際には冒険中だと【身体強化】にも魔力を割かなければならないので、もっと少ない回数でしょうか。
「ええと……数えたことがないのでわかりません。昨日が、今までで一番使ったぐらいです」
リリサちゃんと思わず顔を見合わせてしまいました。
なぜなら『蒼穹の翼』の銀等級の治癒術師でも、初級治癒術を五十回前後も使えば休憩を必要とするぐらいです。
それに近いぐらいは使っていたはずですので、魔力量は相当高い……というより、種族としての人間だとするなら、かなり豊富だということになります。
魔力が高い種族の代表例といえば私のような魔族とエルフですが、ミアちゃんは私のように尖り気味ではありますが、両方の特徴である葉っぱのような長い耳ではないので、純粋な魔族とエルフではないのでしょう。
相当血が混じり合って見た目の特徴が打ち消し合っているかもしれませんが。
「魔物の気配もないですし、そろそろ一度休憩しましょう。次の沢まで距離がありますから、お水はコップ一杯ぶんだけ、ですよ」
リリサちゃんがリュックからコップを三つ取り出し、水を注ぎます。
私とリリサちゃんならもう一刻は歩いてからの休憩ですが、ミアちゃんのことを考えての早めの休憩です。
「……ぷはぁっ、美味しい……」
やはり相当山道が堪えているのか、ミアちゃんは一息ついた模様です。
「そうですね……ミアちゃん、【身体強化】って魔法は知っていますか?」
「はい、名前だけなら……使い方がわからないです」
まあ。ギルドの講習会で教えてもらえるはずですが。
ですが感覚的なものなせいで、講習会を担当する職員さん次第では意味不明な説明になりがちです。
本当は習熟するまで依頼の受注を禁止する方針にして欲しいのですが、職員さんも新人冒険者につきっきりというわけにはいきません。
「たぶんミアちゃんなら、使い方を覚えれば歩くのがとても楽になります。ですので、教えちゃいますね」
服の上から心臓のあたりに指先で触れられて、ミアちゃんが小さく漏らした吐息は、リリサちゃんとはまた違う愛らしさがあります……が、それは後回しです。
「あくまでもイメージです。ここに魔力があるとします。そしてここは、全身に血を送る大事な場所です。治癒魔法が使えるのですから、魔法は魔力を手のひらから出すもの、という理解はできていますか?」
ミアちゃんは頷きます。
魔法を使える、それはつまり魔力をまっすぐに出すことはできているのです。
「治癒魔法と同じように、ここから左手に魔力を流すように意識してみてください。でも、出してはいけません。そして流した魔力をまた、元の場所に戻します」
指先で心臓から左肩、肘、手のひらまでなぞり、それを元の位置に戻す、というのを何度か繰り返します。
そのたびにミアちゃんはくすぐったそうな声を挙げますが、やはり今は集中しましょう。
「では、普通に石を投げてみましょう」
リリサちゃんの腰の革袋から、いくつか石を取り出してもらいました。
いざというときに振り回せば武器にもなりますし、天幕の杭を打つ時にも使えるので、だいたいのポーターさんは常に持ち歩いているのです。
ミアちゃんが左腕で投げた石はゆるやかな速度で、草むらの中に姿を消しました。だいたい人間種の女の子が投げる速度と距離と同じです。
「次は先ほどの魔力の流れを意識して、お願いします」
ミアちゃんは次の石を手に取り、目をつぶって集中します。
そして投げられた石は――限界まで引き絞られた弓から放たれた矢のように、まっすぐに凄まじい速度で飛んでいきました。
太い幹にぶつかった石が、その衝撃で砕け散ります。
「凄い……! 【身体強化】ってこんなに力が上がるんだ……!!」
目を輝かせるミアちゃん。
一方の私たちはというと――
「ええと、ミアちゃん……リリサちゃんとお話がありますので、続きは少し待ってくださいね」
一言断ってから、私はリリサちゃんと相談を始めます。
「……どう、思います?」
「リリサ、あれは新手の兵器かなにかかと思いました……」
左腕だけに一点集中しているとはいえ、私もあまり見たことがない威力です。
せいぜい白金等級だった『蒼穹の翼』の先々代クランマスターやバルくん、シルヴァハさん、あと私自身の投石と同じぐらいでしょうか。
つまり、素質だけなら最低でも金等級並の強化量と言ってもいいでしょう。
「お待たせしました。ちなみにミアちゃん、疲れたりとかはありますか?」
ミアちゃんは左手を何度か結んで開きますが、あまり変わりはなさそうです。
そして私の問いかけに、ミアちゃんは不思議そうな表情を浮かべて首を振ります。
強化の上限が高く、必要な魔力も少ないか、あるいはミアちゃんの魔力量からすると割合としてはそうでもないかのどちらかだと考えられます。
そうであるならば現時点では深く説明しません。
これだけ強化されるということを知って、もしもあのときに……と後悔させるのもまずいですから。
「では、左腕で想像した魔力を流れを次は右腕に、その次は右足、そして左足……と、徐々に位置を変えてみてください」
ミアちゃんは素直に頷いて、腕を振ったり、足を曲げ伸ばししたりを何度も繰り返しています。
もともと治癒術師ですから、魔力の操作ができるという基礎があるので、すぐに感覚は掴めることでしょう。
「それではこれをひとつの流れとして、全身に行き渡らせてここに戻す、と想像してやってみてください」
身体のそれぞれの箇所への魔力の流れが想像ができているのであれば、これはすぐにコツが掴めるはずです。
「目を閉じたままで構いません、そのまま何歩か歩いてみてください」
するとどうでしょう、ミアちゃんの地面を踏み込む力が増し、より歩きやすそうにこの山道を歩き始めました。
「……と、このように【身体強化】は戦闘だけではなく、ただ道を歩くことにも使えます。だからギルドでの講習会で、一応は教えられています」
ただ先ほどの通り、つきっきりで教えることができないので、表面だけなぞる形ですが。
魔力の扱い方の素養があって、なおかつ具体的に想像できるような教え方をしたから、この短時間でミアちゃんが一応は使えるようになったと、私は考えています。
堅実な冒険者なら……恐らくミアちゃん自身はこのタイプでしょうが、冒険者登録をしたギルド周辺での採取系か、大型の野生動物の駆除などで地道に稼ぎ、合間を見てギルドの資料室や、昼間から飲んだくれているような先輩冒険者に指導をしてもらったりするでしょう。
中には先輩冒険者といっても使えない人もいますが、指導方法は人それぞれでしょうが【身体強化】を教わるはずです。
ちなみにリリサちゃんも私が手ほどきしました。
「とりあえず次の宿場町までは、この魔力の流れを意識しながら歩いてみましょう――では、出発しますよ」




