第1章:おうちさがしは大変です その3
「――ぁっ! 来ないで! 来ないでぇっ!!」
結論から言うと間に合いませんでした。
裸も同然の治癒術師の女の子が、なんとか山賊たちを遠ざけようとしていました。
少し離れたところには革鎧の男の子ふたりと、胸当てをした男の子がひとり、血まみれで倒れています。
そんな彼らに、むさ苦しい男たち群がっています。
「無駄な抵抗だなぁ? ガキの適当な攻撃なんざ、当たっても痛くもねぇよ」
「そうそう、だからさっさと静かにしてくれねェかな? これから上玉が来るンだわ」
「そいつらと一緒に、お前も可愛がってやるからさぁ」
まあ。なんてお決まりの言葉なんでしょう。とりあえずズボンは履いて欲しいものですが。
「……お前らが遊びすぎたせいで、もう本日のメインディッシュが到着しちまったじゃねえか」
髪を無造作に伸ばした髭面の、左腕に刺青が入った大男が、私たちを見るなり他の山賊に声をかけました。
なるほど、この男が山賊団の頭目ですね。
その後ろには弓をこちらに向けた山賊がひとり。
頭目を含めて山賊の人数は十四名。新人冒険者にはあまりにも厳しい数です。
「ネエちゃん、見りゃわかると思うが俺たちは山賊ってヤツだ。死にたくなきゃ今すぐ裸になりな。そうすりゃ殺しはしねぇからよ」
「まあ。そのあとはどうなります?」
「決まってんだろ。そこのガキと一緒に三人まとめてたっぷり可愛がってやるか、金持ちに売っぱらうだけさ」
なるほど。そういう経路も持っているということは、それなりに山賊として長く活動しているのでしょう。
「それはそれは。では見逃してください。私たちと――そこの女の子を、です」
「そいつは無理な相談だな。それとも何だ? その腰の細っこい剣でなんとかするつもりか?」
山賊は私の腰に下げた得物を見ると大笑いしました。
確かに立派な装飾もない、古ぼけた細身の長剣です。
「――リリサちゃん、背後にだけは気をつけてくださいね」
私の小声にリリサちゃんは足音を鳴らしました。
それは『蒼穹の翼』では声を出せない、出したくないときの了解の合図です。
「では、交渉は決裂ですね。冒険者の掟として、あなたたちゴミムシを――殺しますね」
【身体強化】【魔剣励起】【ウェポンオーバードライブ】――そして『雷霆』。
私が心の中で呟いたのは、戦闘に入る前に必ず行っている『決まりごと』です。
この『決まりごと』を守らなかった場合、それでも銀等級の冒険者よりは強い自信がありますが、なぜか戦闘能力が格段に落ちてしまうのです。
「行きますよ――魔剣『クレヴ・ソリシュ』」
短く息を吐き地面を踏み込むと、二歩目からはもう最高速度に到達します。
その速度は駿馬より疾く、十歩ほどの距離であればまさに一瞬。
そのまま山賊の頭目の、刺青の入った左腕めがけて剣を閃かせます。感触はありません。ですが――
「は? 何を――あがああアアアアアアアアアアアっっっっ!?」
頭目はいきなり訪れた痛みに叫び声をあげています。
ひとまずそれは無視して、駆け出した勢いのまま、女の子を取り囲んでいるせいか油断している山賊たちに近づきました。
ひとりめ。頭を切り飛ばします。
ふたりめ。斜めに引き戻すついでに胴体を袈裟斬りに。
最後。横に薙いでまっぷたつ。
ここまで、わずか五秒にも満たないでしょう。
「ふう……というわけで、見た目であまり判断しない方がいいですよ。私、とっても強いですから」
また一呼吸して、踏み込みます。
次はリリサちゃんに向けて弓を構えた山賊です。脅しのつもりの一発でしょうが、リリサちゃんを怖がらせるのは許しません。
身体の横から、剣を持っていない左手で殴り飛ばします。衝撃で矢が放たれますが、明後日の方向に飛んでいくことでしょう。
頭目が痛みにこらえながらもメイスを構えようとしていましたが、お構いなく右手も落としましょう。
胸当ての男の子に群がっていた山賊は、まだ物色に夢中になっていたので脳天から一突きです。
ちょうど足が届く範囲にも一人いたのでこちらは蹴飛ばしておきます。
「痛えエエエエエエっ、イデえよオオオオオオッッ!!」
決していたぶっているわけではありません。頭目がどのぐらい強いか分からないので、まずは武器を持てる両腕を潰しただけです。
そしてようやく何が起こったか理解した残りの山賊たちは、及び腰ながらも各々の武器を構えました。
「まあ。山賊にしては強そうだな、と思いましたが……大したことありませんね」
これなら元冒険者だとしても銀等級には遠く及ばないでしょう。
むしろ【身体強化】だけでよかったかもしれません。
「み、見逃すしそこのガキも連れてっていい、だから――だから殺さないでくれ!!」
痛みに狂ったように叫び声をあげる頭目の代わりに、山賊のひとりが命乞いをしてきました。
「はて。あなたたち、そこの新人さんたちが同じことを言ったとき、どうしましたか?」
「……っ!! お、俺は殺してねぇ!!」
「まあ。でも――お仲間が殺しましたよね? それに私、決めているんですよ」
山賊の絶望した顔が、更に歪みました。
「冒険者の掟ですし、それに放っておいてもいいことがないですからね。山賊は――見つけたら全員、殺します」
リリサちゃんが慣れた様子で山賊の死体を積み重ね、火を着けます。
そのまま死体を放置すると病気の原因になったり、血につられてやってきた魔物が居座ったりと、いいことはあまりないからです。
立ち上る炎が通行の邪魔になりますが致し方ありません。
頭目の首と、刺青の入った左腕は適当な袋に入れて、討伐の証拠とします。
新人さん三人についてですが、こちらは――
「ひぐっ、えうっ……」
治癒術師ちゃんが泣きながら一生懸命治癒魔法を使っていますが、残念ですがやはり息を吹き返すことはありません。
あの人数の山賊でしたから、経験の浅い冒険者には厳しい戦いだったでしょう。
もしも間に合っていれば無事だったのかもしれません。
ですが同行は断られてその結果、治癒術師ちゃんだけが生き残りました。それが現実です。
「リリサちゃん、二人ぐらい担げますか?」
「三人でもおまかせください、です」
彼らは弔われるべきです。幸い、山道に入る手前の宿場町には聖堂があります。
治癒術師ちゃんがもう無意味だと悟ったのか、ひときわ大きな泣き声をあげました。
「辛いでしょうが、彼らはこのままここに置いておくわけにはいきません。聖堂で丁重に葬っていただきましょう」
「……ぁい、わかってます、でも……」
そしてもう一度だけ、治癒魔法を使いました。感情に区切りをつけるためでしょう。
リリサちゃんはリュックから天幕とロープを取り出し、そして手ぬぐいを水で濡らしてご遺体の処置を始めました。
私はリュックからリリサちゃんに預けていた外套を取り出して、目のやり場に困る姿の治癒術師ちゃんに羽織るように伝えます。
初めての冒険でパーティーが全滅する、というのはそこまで珍しいことではありません。
もっとも多いのは力を過信して危険な依頼を受けたり……今回のように警戒が必要な道を進む際に、協力を断ったりと様々です。
ただそのすべての選択を、自分で責任を負わなければならないのです。
冷たいようですが、そう割り切らないと冒険者は続けられません。
もちろん今この子にかける言葉ではないので黙っておきますが。
「フィオナさん、処置が終わりました」
天幕を切ってこしらえた布で包んだご遺体を、木を伐採して作った即席の背負子に乗せて、軽々と――さすがに若干前かがみですが、リリサちゃんが三人分背負っています。
代わりにリュックは代わりに私が背負います。もちろん【身体強化】を使用してですが。
「……凄い、ですね」
「これでも私、百年近くは冒険者をしていますから」
慣れては欲しくはないことですが、これからも冒険者を続けるのであれば、いつかはこうなります。
それにしても――かなりの魔力の持ち主なのではないでしょうか、この子は。
正確には数えていませんが、たとえ初級の治癒魔法だとしてもあれだけ続けて使ったのであれば、魔力が足りなくなって失神していてもおかしくはありません。
「……あたし、言ったんです。あのお姉さん、かなり強いはずだから、途中まで一緒に行ってもらおう、って……でも」
確かに血気盛んな、冒険者として一旗揚げようとするような新人さんなら、ベテランに頼ることを恥と思うかもしれません。
「あたしたち同じ孤児院の出身で……あたしは無理やり冒険者にさせられたようなものみたいですけど、それでも、小さい頃から一緒だったん、です……」
これもまた、ありがちな話です。
平民が――特に孤児院や貧民街育ちだと、大金を稼ごうと思ったら、特別な才能がない限りは冒険者になるしかないですから。
新品の装備は、孤児院の営む事業の御駄賃をこつこつ貯めて買った、憧れの本物の武器だった……といったところでしょうね。
「……孤児院で喧嘩が一番強かった、っていうのも、意味がないんですね、冒険者って」
「厳しい現実を言いますと、その通りです。それでも、あの数の山賊は新人さんが相手にするには多すぎました」
ゴブリンやフォレストウルフ、そして孤児院の喧嘩なんかとは違い、野盗は連携をしてきます。
その連携は高位の冒険者からすると拙いものですが、即効性の高い毒を塗ったナイフでの斬撃、トラバサミのような罠、その他いろいろと得意なフィールドでの戦闘に特化した連中です。
力量差が大きすぎる場合なら踏み倒すことができますが、本来集団戦というのは難しいのです。
冒険者ギルドとしても新人冒険者さん向けの講習などを行っていますが――この子たちがそうだったとは断言できませんが、まあ、中にはそういうのを嫌う人がいます。
知識と知恵、そして実力がなければ生き残れない。
――そういう世界なのです、冒険者という稼業は。




