第1章:おうちさがしは大変です その2
まだ慣れないことでしょうから優しくじっくり、手ほどきをしてあげました。
お貴族様が道中で宿泊するような宿とは違って特に壁も厚くもないお部屋で、あれだけリリサちゃんが可愛らしい声を出していたのですが、朝の他のお客さんは何事もなかったという認識のようでした。
これはリリサちゃん、いい買い物をしたかもしれませんね。
しばらくはこの魔道具にお世話になることでしょう。
「さて。今日中にルアーヴルに到着するのは無理ですので、ひとつ前の宿場町まで行きましょう」
夕日が沈むと門が閉じてしまいますので、いくら私たちが旅慣れた冒険者といっても、恐らく間に合いません。
それに昨夜、ルアーヴルまでの道中、山道に山賊が出るという噂を聞きました。
たとえ護衛を雇っていても、実入りの大きい商隊が最も狙われやすいですが、ある意味では私たちも格好の獲物でしょう。
女性の二人旅です。しかも鎧などを着込んでいるわけではありません。
まずリリサちゃんは私が可愛がってしまいたくなるような愛くるしい容姿をしています。
それに魔族は眉目秀麗なエルフと根源は同じ、という説もありますし、これまでに可愛がってあげた女の子たちから美人と褒めてもらっているぐらいですから――あまり興味がないのですが、私も世間一般では美形なのでしょう。
なので私たちが襲われる前提で旅程を立てました。むしろ山賊に襲われた方が好都合です。
王国内のギルドでは、冒険者には山賊を含めた野盗に遭遇した場合、討伐が義務付けられています。
新人さんたちのパーティーでは苦戦するかもしれませんが、クラン所属の冒険者ではありましたが、私個人の冒険者としての階級は金等級です。
私としてはたかが山賊ぐらい、という感じでしょうか。わざと襲撃させて殲滅する、そういうのも熟練の冒険者のお仕事です。
ちなみにこのことをリリサちゃんに説明する必要はありません。リリサちゃんも冒険者になって三年ですから、もちろん既に知っています。
「あっ、契約通りフィオナさんのお荷物、ここからはリリサが持ちますっ!」
昨日の道中でリリサちゃんと取り決めたことがあります。
リリサちゃんの諸々のお金を私がすべて出すつもりでしたが、リリサちゃんがそれでは申し訳ない、と考えていたようです。
ですので荷物は少ないので必要ではありませんでしたが、私がポーターさんとしてリリサちゃんを雇う、という形にしました。
こうすることで、私が雇い主としてポーターさんの経費を負担しなければならなくなるからです。
この辺りをスマートに解決できてこそ、ベテランの冒険者だと思います。
ところで。街道は整備されていますが、常に楽な道ばかりではありません。
多少の起伏や峠道というわかりやすい肉体的なものではなく、例えばこの水場を逃すとしばらく水分補給ができなくなる、というような、水筒に余裕があっても補給しておかなければならない場所があります。
そういった情報は冒険者や行商人の間できちんと共有されているわけではありません。
だいたいは先輩から教えてもらうか、長年の経験でそうした方がいい、と判断するかです。
ちなみに私は適正がなかったので習得を諦めましたが、水属性の魔法を使える冒険者なら無視できる要素です。
だからといって水分補給のために水魔法を連発していると、万が一の事態に対応できなくなりますので、それも経験して学ぶことでしょう。
「あの新人さんたち、大丈夫でしょうかねぇ……」
リリサちゃんがふと、昨夜の宿で出会った冒険者パーティーさんたちのことを思い出したように言いました。
私たちと同じくルアーヴルが目的地、とのことでしたが、一足先に宿を出発したようです。
全員、ぴかぴかに真新しい装備であることから、新人冒険者さんたちだというのはすぐにわかります。
新人冒険者も山賊にとっては美味しい獲物です。
それなりに腕の立つ山賊にとっては、簡単に新しい武器を奪える絶好の機会といったところでしょうか。
余計な被害は出したくないので、私たちに同行してはどうでしょうかと提案したのですが、断られてしまいました。
まあ女性の二人旅ですから、頼りなく見えるのも仕方がないでしょう。
「もしも追いついたら、それとなく手助けしてあげましょう」
これも先輩冒険者としての務めです。リリサちゃんも頷きます。
リリサちゃんはポーターさんですが、決して戦えないわけではありません。
むしろポーターさんでも、ある程度は自分の身は自分で守れる必要があります。
そんなリリサちゃんの武器は、鬼人族の怪力を活かして、適当に振り回すだけでも充分怖いロングメイスです。
私のような前衛職ではないのですから、特別な訓練を必要としないでも扱えて、なおかつスライムでもなければ大体は攻撃が通るのでオススメです。
それにしても……何度も通った道ですが、この山道はいただけません。
道自体は踏み固められていて、なおかつ馬車がすれ違えるほどには広いのですが、左右の木々がそのままです。これでは山賊に隠れてくださいと言っているようなものです。
さて。では山賊がいるかどうかですが――います。私の右後ろにひとり、リリサちゃんの前方、五歩ほどの距離にひとりでしょうか。
見張りにふたりも用意できる、ということは結構な人数の山賊団なのでしょう。
一呼吸置くとかすかに、草木が揺れる音が聞こえます。こればかりはリリサちゃんが大枚はたいて買った、遮音の魔道具がなければ防げません。
「まあ。どうやら次の獲物は私たちのようですね」
「うぅ……リリサ、山賊って嫌いなんですよね。リリサのおっぱいばっかり見てきますし……」
リリサちゃんの言葉は、負けることなんか一切信じていないようなものです。
もちろん私も山賊に遅れを取るとはこれっぽっちも思っていません。
最低でもガルドくん並の冒険者としての実力があって、私にとっては初めて意味のある襲撃といえるでしょう。
……それにしてもリリサちゃんがこれまでに遭遇した山賊たちは分かっていません。
確かにリリサちゃんは鬼人族のわりには筋肉質ではないですし、身長も低いです。そして可愛らしい顔立ちに、立派なお胸。
見た目が好みではない、というと嘘になります。むしろ大好物です。
ですが、私は内面の可愛さも重視しています。
私にとってのリリサちゃんの可愛さは、自分の声の大きさを気にして遮音の魔道具を買ってしまうぐらいに積極的なのに、私にかかればなすがままの弱さです。
「ところでフィオナさん、リリサは自分が戦うことになったことがないのでわからないんですが……山賊ってどのぐらいの強さなんです?」
そもそも『蒼穹の翼』ほどに名の知れたクランであるなら、野盗の類は襲おうとすら思わないでしょう。一種の通行手形のようなものです。
なのでリリサちゃんがこれまでに野盗を見たことがなくても自然です。
なのでいい質問です。名の知れた山賊団は例外ですが、大体は銅等級の上位ぐらいが山賊の頭、といったところでしょうか。
「ですので、先ほどの新人くんたちのパーティーだと、ちょっと厳しいかもしれませんね」
最初からものすごく強い冒険者もいますが、少なくともそうは見えませんでした。
今ならまだ間に合うかもしれないので、ちょっとだけ急ぐことにします。




