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妖怪派遣業  作者: 蜂兎類
PR
7/16

第七魔 雪女とファミレス 後編

 ジョルフルダイナー練馬店。駅前商店街の外れにある、ごく普通のファミリーレストランである。


 外観も普通、看板も普通、入口横に置かれた食品サンプルも普通、店内から聞こえてくる食器の音や客の話し声も、どこにでもあるファミレスそのものだった。


 だが、この店には奇妙な噂が立っていた。恋人と別れたいなら、ジョルフルダイナー練馬店に行けばいい。


 最初にその話を聞いた時、修司は心底嫌な顔をした、恋愛成就ならまだ分かる。


 縁結びなら、神社でも観光地でも聞く。だが別れ話が捗るファミレスとは何なのか。


 飲食店としては致命的に縁起が悪い。修司は店の入口を見上げながら、隣に立つ冬華をちらりと見た。


「冬華さん」


「はい」


「念のため確認しますけど、今日の現場ではなるべく目立たないようにお願いします」


「目立たないように、ですか」


「はい。できれば空気のように」


「雪女なので空気を冷やすことはできます」


「そういう意味じゃないです」


 冬華は真面目な顔で頷いた。


 本人は真剣なのだが、回答が微妙にずれている。


 これが百鬼スタッフサービスの日常だった。


 修司は諦めて店内へ入った。


 そして、入った瞬間に嫌な予感が確信へ変わった。


 店内にいた男性客のほとんどが、冬華を見るなり動きを止めたのである。


 水を飲もうとしていた男がグラスを持ったまま止まり、ハンバーグを切っていた男がナイフを浮かせたまま固まり、スマホを見ていた男が画面から顔を上げ、そのまま視線を戻さなくなった。


 冬華は困ったように小首を傾げる。


「何かありましたか?」


「ありました。主に冬華さんが」


「私ですか?」


「はい。あなたです」


 入口近くのテーブル席では、若いカップルが険悪な雰囲気で向かい合っていた。


「だから最近冷たいって言ってるでしょ」


「仕事が忙しいんだって」


「その言い訳、何回目?」


 どう見ても別れ話だった。


 修司は心の中でそっと手を合わせる。


 頑張れ彼氏。


 だが、彼氏は頑張れなかった。ふと顔を上げた男が、冬華を見た瞬間、完全に停止した。


 視線が吸い寄せられたまま戻ってこない。


「……綺麗だな」


 彼女の眉がぴくりと動いた。


「は?」


「いや、あの人すごく綺麗じゃない?」


「今その話する?」


 修司は額を押さえた。


 終わった。


 まだ怪異も出ていないのに、すでに一組終わりかけている。


 冬華は困ったように自分を指差した。


「もしかして、私のことでしょうか」


「もしかしなくてもあなたです」


 即答だった。


 すると今度は別の席からも声が聞こえてきた。


「あの人、モデルかな」


「え?」


「ほら、入口の人」


「……へぇ」


 女性側の声色が一段低くなった。修司はもう見なかったことにした。


 まだ始まってもいないのに帰りたかった。


 この人選は専務の嫌がらせじゃないのかなというのが脳裏によぎり始める。


 そこへ、店長らしき男性が青い顔で近寄ってきた。


「もしかして、百鬼スタッフサービスの方でしょうか?」


「はい。営業部の真壁です。こちらは氷室です。本日の要件は概要では聞いていますが、詳しく状況を確認させてください」


「来ていただいて本当に助かります……」


「かなり酷いんですか?」


「酷いです」


 即答だった。


 しかも涙目である。


「このお店はオープンして5か月目です、オープン当初から女性のすすり泣く声がきこえるとか、いつも同じ女性が座ってるのを見た子もいたり」


「それと並行してカップルの痴話喧嘩がなんだか他の店舗よりも多いな、くらいに思ってましたが、段々それが口コミにでも書かれるようになり始めまして」


「一度お祓いも頼んだのですが効果が無く……特にここ二〜三か月は痴話喧嘩の明確な原因が判明しまして……」


 店長がちらりと冬華を見る。


 冬華もつられて自分を指差した。


「私ですか?」


「たぶん、あなたです」


 冬華が固まった。


 修司は嫌な予感しかしない、店長は申し訳なさそうに説明を続ける。


「お連れの女性の方、最近何度か来店されていますよね」


「あ……はい。冷蔵倉庫の派遣先が近くにあって、帰宅ルートでちょうどよかったので、夕食を食べて帰ることが何度かありました」


 本人に悪気はまったくない。


 仕事帰りにファミレスで食事をしただけである。


 普通なら何の問題もない。


 普通なら。


「その頃からなんです」


「何がです?」


「別れ話がさらに増えたのが」


 修司は天を仰いだ。


 思ったより酷かった。


「最初は月に二、三件だったんです」


「すでに多いな」


「それが六件になって」


「増えてる」


「十二件になって」


「倍々ゲームかよ」


「先月は十八件です」


「もう営業妨害だろ」


 冬華が目に見えてしょんぼりした。


「すみません……」


「いや、冬華さんは悪くないです」


「でも、私が来てから増えたんですよね」


「悪いのは男です」


「即答ですね」


「即答です。美人を見たからといって、目の前の相手を放置するのが悪いんです」


 修司がきっぱり言い切った直後、また別の席から悲鳴が上がった。


「ねぇ!!私と話してる時に他の女の人見ないでよ!!」


 若い女性が立ち上がっている。


「いや違うんだって!」


「何が違うのよ!」


「だって綺麗だったんだもん!」


「最低!! 違わないじゃない!!」


 修司は頭を抱えた。


「馬鹿なのかあいつ」


「馬鹿ですね」


 冬華も普通に同意した。


 その返答が冷静すぎて、修司は少しだけ吹き出しそうになった。


 だが、その直後、店内にいた別の男性客まで冬華を見て固まり始めた。


 沈黙。


 視線。


 気まずさ。


 女性客たちの空気が一段ずつ冷えていく。


 冬華の冷気ではない。


 人間関係の冷え切った空気が辺りに充満していく。


 修司の胃が、きりきりと危険信号を鳴らし始める。


 店長はすでに半泣きだった。


「氷室さんは悪くないんです! 実際、カップルが別れるようになったのは、氷室さんが頻繁に来店される前からでしたので!」


「え、冬華さんだけが原因じゃなかったんですか?」


「違います。こちらを見てください。この店の最近の口コミです」


 店長がタブレットを差し出す。


 そこには、店の口コミが並んでいた。


『恋人と別れたいならおすすめです』


『彼氏と修羅場になりました』


『別れ話が捗ります』


『カップルクラッシャー』


『ずぶ濡れの河童がサラダバーのキュウリを全部食べていた』


『泥酔したずぶ濡れのお姉さんがいつもいる。あれはお化けですか?』


 修司は大きくため息を吐いた。


「途中に見覚えのある被害報告が混じってるんですよね」


「サラダバーのキュウリは私どもも困っておりまして……」


「すみません。たぶんうちの河童です」


「泥酔したお姉さんは」


「それもうちの雨女です」


「百鬼スタッフサービスさん、意外とすでに関係してますね」


「本当にすみません」


 どうやら怪異が恋愛感情を歪ませ、嫉妬や不満を増幅している。


 そこへ、元々人目を引く冬華が現れる。


 結果として、男性客は理性を失い、彼女や妻の前で余計な発言をする。


 そして修羅場になる。


 最悪の相乗効果だった。


「つまり痴話喧嘩の原因としては、怪異が九割、冬華さんが一割」


 店長が微妙な顔をした。


「いや……三割くらいあるかと」


「増えた!?」


 冬華がさらに小さくなる。


「ごめんなさい……」


「だから冬華さんは悪くないんですよ」


「でも」


「悪いのは男です。美人に目を奪われてパートナーをおろそかにするのが原因なんです」


「二回目ですね」


「大事なことなので二回言いました」


 その時、店内の空気が急に冷たくなった。


 今までの寒さとは違う。


 冬華の冷気ではない。


 もっと重くて、胸が締め付けられるような冷たさだった。


 ガラスが白く曇り始め、照明がちらつく。


 さっきまで騒がしかった店内が、少しずつ静まり返っていく。


 修司は表情を引き締めた。


「来たな」


 窓際の一番奥の席。


 誰も座っていないはずの場所に、いつの間にか一人の女性がいた。


 白いワンピース。


 長い黒髪。


 儚げな横顔。


 彼女は店の入口を見つめたまま、静かに涙を流していた。


 まるで、今この瞬間も誰かが扉を開けて現れるのを待っているかのようだった。


 冬華は、その姿を見つめながら静かに目を細める。


「あの人、私がここに来るときいつもいましたね」


「そっか、そうなんだ」


 冬華は一人で納得しているようだ。


「……ずっと待っていますね、彼女」


「ずっと待ってるって、誰をです?」


「そうですね、ちょっと待ってください」


 そう言うと冬華は彼女に向けて手をかざす、修司は何をしているのか分からなかった。


 次の瞬間冬華の手のひらが淡く光り始める。冬華は両目を瞑り、手をかざしたまま動かない。


 その時間は1分にも満たない時間で、冬華は目を開き、修司に伝える。


「恋人を、待っているみたいです」


「どれほど長く待っていたのかは分かりません、待っている期間に他の恋人たちを横目に何か嫉妬のようなものが目覚めているのか」


 その声には同情が混じっていた。


 修司は小さく息を吐いた。


 どうやら怪異の原因はこれらしい。


 修司は怪異の姿と冬華の横顔を交互に見比べる。


 こういう時の冬華は不思議だった。


 まるで相手の気持ちが分かるかのような顔をする。


 恋愛絡みの怪異、この店で頻発する別れ話、そして待ち続ける女性。


 全部が一本の線で繋がり始めていた。


 その時、修司のスマホが震えた。


 画面を見ると、九郎からの着信だった。


「もしもし」


『おう、修司か』


 電話越しに河童の声が聞こえる。


 同時に、シャリシャリと何かを食べる音まで聞こえてきた。


「電話中に何食ってるの」


『キュウリ』


「聞いた俺が悪かった」


『調べもの終わったぞ。その店な、昔は喫茶店だった。名前は白樺。カップルのデートスポットで有名だったらしい』


 修司の嫌な予感が強くなる。


「この近辺で何か事件などはあったか?」


『事件のデータベース照合していたらあった、あと新聞記事も見つけた』


「出たな、嫌な予感の本体」


『十年前の交通事故で、死者が出てる。男の名前は吉川アイル、二十二歳。当時の新聞に喫茶店のオーナーの証言も出てるな』


「吉川アイル……」


 その名前を口にした瞬間、店内の空気が一気に冷えた。


 まるで誰かが巨大な冷凍庫の扉を開いたような寒気だった。


 冬華もそれを察したらしく、静かに怪異の方を見る。


『それと、同じ日の同じ時間帯に、別の場所でも事故があった。こっちも死者が出てる。女性だな。名前は……』


 電話の向こうで、またキュウリをかじる音がした。


「今そこ食うな。大事なところだろ」


『悪い悪い。名前は白峯サラ、二十一歳』


 修司は短く息を吐いた。


「分かった。助かった」


『そっち大丈夫か?』


「大丈夫ではないけど、たぶん分かった」


『あとその店、サラダバーのキュウリうまいぞ』


「今その情報いらない」


 通話を切ると、修司はしばらくスマホを見つめた。


 こういう役回りは嫌いだった。


 真実を伝える役なんて、誰だってやりたくない。


 けれど、誰かが言わなければならない。


 ずっと待ち続けている彼女を、これ以上同じ場所に縛りつけないために。


 修司はゆっくりと、窓際の席へ向かった。


 冬華も静かについてくる。


 修司は怪異の向かいに腰を下ろした。


「白峯サラさん、ですね」


 初めて彼女がこちらを見た。


 その瞳には、驚くほど強い意志が宿っていた。


「今日は来てくれると思うんです」


 サラは小さく微笑んだ。


 まるで待ち合わせの相手が少し遅れているだけだと言うように。


「来てくれる、というのは恋人が?」


 サラは嬉しそうに頷いた。


「約束したんです。今日、ここで大事な話があるって」


「ここで?」


「はい。最近なんだかお店の雰囲気が変わっちゃいましたけど、彼と待ち合わせしているんです」


 その笑顔が痛々しかった。


 十年という時間が経っていることを、彼女だけが知らない。


 修司はスマホを差し出した。


「これを見てください」


 サラは不思議そうな顔で画面を見る。


 そして固まった。


 指先が震える。


 呼吸が止まる。


 そこに映っていたのは、古い新聞記事だった。


 事故の記録。


 当時の写真。


 死亡した男性の名前。


 そして、別の事故で亡くなった女性の名前。


 待ち合わせの日付。


 すべてが揃っていた。


「うそ……」


 かすれた声が漏れた。


 震える指が画面へ伸び、写真をなぞる。


 何度も。


 何度も。


 認めたくない現実を消そうとするように。


「そんな……」


 サラは首を横に振った。


 だが記事は消えない。


 名前も、写真も、日付も、何一つ変わらない。


「うそです……」


 涙がこぼれた。


 ぽたりとテーブルへ落ちる。


 彼女は、恋人が来ない理由を知らないまま、自分がすでにこの世の人間ではないことにも気付かないまま、何度もこの場所へ来ていたのだろう。


「だって……」


 もう声になっていなかった。


「ずっと待ってたのに……」


 十年。


 彼女にとっては、昨日の続きだったのかもしれない。


 明日には来る。


 来週には来る。


 来月には来る。


 そう思い続けていたのかもしれない。


 けれど現実には、十年が過ぎていた。


 誰も来ないまま。


 自分も死んでいることに気付かないまま。


「ずっと……」


 涙が止まらない。


「ずっと待ってたのに……」


 店内のガラスに霜が広がり、照明が揺れる。


 客たちが不安そうに辺りを見回した。


 それでも誰も大きく騒がなかった。


 まるで自分たちがこの物語の外側にいることを、無意識に理解しているようだった。


 だが、そこにいるのは恐ろしい怪異ではなかった。


 約束を信じ続けたまま、取り残された一人の女性だった。


 冬華は静かに立ち上がり、サラの隣へ腰を下ろした。


 何も言わない。


 慰めもしない。


 励ましもしない。


 ただ隣に座る。


 それだけだった。


 しばらくして、冬華が小さく口を開いた。


「十年間、ずっと頑張りましたね」


 その一言だった。


 サラの表情が崩れる。


 堪えていたものが、一気に溢れ出した。


「会いたかった……」


「はい」


「一人だった……」


「はい」


「怖かった……」


「はい」


 冬華は、ただ聞いていた。


 否定しない。


 急かさない。


 ただ受け止める。


 だからこそ、サラは泣けた。


 ずっと吐き出せなかった十年分の想いを。


 やがて、店内を満たしていた冷気が少しずつ消えていく。


 窓の霜が溶ける。


 張り詰めていた空気も和らいでいく。


 そして不思議なことに、周囲のカップルたちも落ち着きを取り戻し始めていた。


 さっきまで別れ話をしていた男女が、気まずそうに向き合っている。


「ごめん」


「私も言い過ぎた」


 そんな声が聞こえてきた。


 店長は、信じられないものを見るような顔をしていた。


「直った……」


 修司は苦笑する。


「原因はやっぱりこの人だったみたいですね」


 店長は何度も頷いた。


 そして、ちらりと冬華を見る。


「でも氷室さんも三割くらいは」


「言わないでください」


 冬華が本気で落ち込みそうになったので、修司は即座に止めた。


「冬華さんは悪くないです」


「三割……」


「数字を受け止めなくていいです」


「でも三割……」


「店長も追い打ちをやめてください」


「す、すみません」


 どうやら本日の案件は無事解決らしい。


 店長が恐る恐る聞いてくる。


「終わった……んですか?」


「たぶん、終わりました」


 修司は肩の力を抜いた。


 怪異は消えていない。


 だが敵意も執着も消えている。


 少なくとも、この店で問題を起こすことはもうないだろう。


 その時、サラが不安そうな顔で口を開いた。


「……あの」


「はい、なんでしょう」


「私……これからどうしたらいいんでしょう?」


 修司は一瞬、意味が分からなかった。


「どうって?」


「待つ理由が、なくなってしまいました」


 その言葉に、修司は黙った。


 確かにそうだった。


 十年間、彼女は待つためだけに存在していた。


 恋人が来る。


 その約束だけで、ここに居続けた。


 だが今、その理由が消えた。


 だからこそ彼女は、迷子になっていた。


「成仏とか、そういう感じじゃないんですか」


 修司が言うと、サラは困ったように首を傾げた。


「したことがないので分かりません」


「まあ、そうですよね」


「それに、まだ消えたくないんです」


「未練があるんですか」


「未練、になるのか分かりませんが、十年間待っていただけなので、もう少しだけ生きてみたいです」


「いや、あなたもう死んでますけどね?」


 サラは少し考えてから、真面目に言った。


「では、もう少しだけ、死んだまま生きてみたいです」


「言葉としてはだいぶ複雑ですけど、気持ちは分かりました」


 冬華が静かに言う。


「サラさん、行くところがないなら、うちへ来ますか」


「うち?」


「百鬼スタッフサービスです」


 修司は冬華を見た。


「冬華さん、それ今ここで提案します?」


「駄目でしたか?」


「駄目というか、うちの会社、怪異を解決してるのか増やしてるのか分からなくなるんですよ」


「でも、困っているなら助けたいです」


 冬華の声は静かだった。


 それ以上、修司は何も言えなかった。


 翌日。


 百鬼スタッフサービス本社、社長室。


 百目鬼社長は、履歴書代わりに渡されたメモを見ていた。


 メモには、白峯サラ、幽霊、特技は待つこと、と書かれている。


「採用」


 即答だった。


「早っ!? まだ何も聞いてないですよね!?」


 修司が机を叩く。


「真面目そうじゃないか。何より十年も無断欠勤していない」


「地縛霊として待機してただけです!!」


「待機実績十年は立派だよ」


「評価基準がおかしい!」


 アザミも書類を眺めながら頷いた。


「いいんじゃない? 恋愛相談系の案件で使えるし、接客補助も向いてそう」


「専務まで!? 人材派遣会社の採用理由じゃないんですよ」


「うち、人材派遣会社よ」


「妖怪派遣会社です」


「似たようなものよ」


「似てないです」


 サラはソファに座ったまま、おろおろしていた。


「えっと……私、まだ働いたことがないんですが」


 アザミが優しく微笑む。


「大丈夫よ。うち、働いたことがない妖怪もたくさんいるから」


「安心材料になってない」


「むしろ平均より社会経験はありそうね」


 修司は反論できなかった。


 十年同じ場所で待機していた、と考えれば、ブラック企業なら表彰されそうな勤続年数である。


 その時、冬華が小さく手を挙げた。


「私は賛成です。サラさんが困っていたら、助けてあげたいですし」


 全員が冬華を見る。


 冬華が自分の意見をはっきり出すのは珍しい。


「冬華さん……」


 サラの目が少し潤む。


 修司はその様子を見て、頭を抱えた。


 もう決まりだ。


 この会社で女性陣の意見が一致した時点で、ほぼ覆らない。


 社長が立ち上がる。


「よし、採用だ」


「よくない」


「明日から来れるか? 住む場所は寮を用意しよう」


 サラは慌てて立ち上がる。


「えっ、そんな急にいいんですか?」


「大丈夫。うち、全員だいたいそんな感じだから」


 社長は親指を立てた。


 体のあちこちの目も、なぜか少し嬉しそうに瞬いた。


「採用基準どうなってるんですか」


 修司は呆れる。


 サラはしばらく悩んでいた。


 だが、やがてゆっくりと頷いた。


「よろしくお願いします」


 その言葉に、冬華が嬉しそうに微笑んだ。


 修司はため息を吐く。


 また一人増えた。


 ただでさえ個性の強い社員だらけなのに、今度は十年待機実績のある幽霊である。


 その日の夕方、社内チャットに新入社員紹介が流れた。


【新入社員のお知らせ】


氏名:白峯サラ

種族:幽霊

担当:恋愛相談・接客補助

特技:待つこと

待機実績:十年


 数秒後、社内チャットが爆発した。


 モメン

『待機実績って何』


 九郎

『俺でもそこまで待てねぇっス』


 ミケ

『残業耐性SSランク』


 つゆ

『飲める?』


 アザミ

『初日から飲ませるな』


 匿名

『人に目薬とかさしたことある?』


 修司

『社長、匿名の意味ないです』


 蓮次

『根性があるな』


 修司

『そこ評価するんだ……』


 冬華

『よろしくお願いします。困ったら言ってください』


 サラ

『よろしくお願いします。働くのは初めてです』


 モメン

『俺も働くの苦手』


 アザミ

『あなたは働きなさい』


 こうして、白峯サラは百鬼スタッフサービスの一員になった。


 長い間、ただ一人で待ち続けた幽霊は、ようやく待つ理由ではなく、帰る場所を手に入れたのだった。


百鬼スタッフサービス業務報告


案件名

ファミレス恋愛崩壊事件


発生場所

ジョルフルダイナー練馬店


依頼内容

カップルの別れ話が異常に増加

窓際席に白い影が現れる

店内の恋愛感情が不安定になる


対応者

真壁修司

氷室冬華


調査協力

河城九郎

資料調査中にキュウリを食べていた


原因

旧喫茶店「白樺」に残っていた白峯サラの思念

待ち合わせ相手を十年間待ち続けたことによる恋愛感情の歪み

氷室冬華の来店による男性客の理性低下


補足

怪異が九割

冬華が一割

店長見解では冬華三割


結果

怪異一名保護

恋愛崩壊現象は収束

店内のカップル数組が関係修復

店長の胃痛軽減


新人採用

白峯サラ

所属:百鬼スタッフサービス

担当:恋愛相談・接客補助


新人コメント

「働くのは初めてです」


冬華のコメント

「サラさんが来てくれて嬉しいです」


修司の感想

うちの会社は怪異を解決しているのか、社員を増やしているのか分からない。

あと、冬華さんは悪くない。たぶん。


百鬼スタッフサービス

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