第八魔 社長と目薬と死亡遊戯
百鬼スタッフサービスには社員全員が理解できない謎の風習がある。
それは社長が定期的に誰かに目薬をさしてもらいたがることだった。
うちの社長の正体は百目鬼。全身の至る所に目を持つ妖怪である。
本来なら目薬の消費量が多いのも納得できる種族なのだが社員達が理解できないのはそこではない。
なぜかわざわざ他人にさしてもらいたがるのか。
「目薬をさしてほしい」
午後三時、営業部に現れた社長が真顔でそう言った瞬間に、室内にいた全員が一斉に嫌そうな顔をした
「またですか」修司は心底嫌そうに言う
「まただな」九郎も顔をしかめる
「懲りないですね」冬華も呆れていた
サラだけは不思議そうに首を傾げる「目薬……ですよね?」
「目薬だ」
「そんなに大変なんですか」
営業部全員が遠い目になった
「サラさん、知らない方が幸せなこともあります」
「はい?」
社長は高級そうな目薬を取り出すと満足そうに頷いた「今日は誰に頼もうかな」
その瞬間「私がやる」つゆが缶ビールを机へ置きながら立ち上がる
「採用」社長は即座に受け入れた
「却下で!!社長、大変なことになりますよ?」
しかし社長は聞いていない、もちろんつゆも聞いていなかった。
修司だけが嫌な予感しかしなかった。
「任せなさい」つゆが胸を張る。
修司は静かに席を離れた。
九郎も離れた。
蓮次も離れた。
サラだけが不思議そうに見ている。
「なんで皆さん逃げるんですか」
「すぐ分かります」
社長は椅子を倒して仰向けになる。
「さあ来い」
「いくわよ」
つゆが目薬を構えた、その表情はやたら真剣だった。
だが修司は知っている。つゆが真面目な顔をしている時ほど危険なのだ。
ポタ
目薬が落ちるその瞬間だった。
ゴロゴロゴロゴロゴロ
室内に雷鳴が響いた
ザァァァァァァァァァァ
豪雨、室内で集中豪雨。
「なんでだぁぁぁぁぁ!!」修司が叫ぶ。
社長の顔面だけに集中豪雨が発生していた。
目薬一滴に対して雨量百ミリ。意味が分からない
「ぶはっ」社長が溺れ始める。
「人間のコトワザで、目が泳いでいるとはこの事か」九郎が関心している様子だ。
「いや、違うわ。しかも泳げてないしどちらかというと溺れているし」修司は冷静に突っ込む、もちろん助けに行くことなどない。
「目薬じゃなくてダム放流だな」蓮次も冷静だ。
サラが青ざめている「目薬って怖いんですね、生きている時の頃を思い出します」
「違う、あれを目薬と思っているのであれば断じて違う。あとあの状況見て思い出すことって何があったんだよ」修司は即ツッコミした。
フロアの誰も助けにはいくことがなかった、むしろ従業員の何人かは手慣れたものでバケツとモップの用意をして後ろでスタンバイしていた。
十分後、社長復活
「次のかたーどうぞー」
「まだやるの!?ってか病院かよ」
今度は冬華が手を挙げた「私がやります、やらせてください」
修司は頭を抱えた「不安しかない」
「頑張ります」冬華は真面目だった。そして真面目だからこそ危険だった。
社長が再び横になる「頼む」
冬華は目薬を持ったまま固まった。
緊張している。ものすごく緊張している。
「落ち着いてください、深呼吸です」修司がフォローする。
「はい、スー、フー」深呼吸をするが緊張はほぐれていない。
ピシッ。天井が凍った
「あっ」修司が天井を見上げる
パキパキパキパキ、氷が広がる
「す、すみませんまだ緊張しちゃってて」
冬華がさらに焦る、天井には氷が形成されていき……
ボト
ツララが落ちた
ボトボトボトボトボト
ツララの雨だった
「あだだだだだっ!」
社長が叫ぶ、つららが目にクリティカルヒットする、というより百目鬼の体表はほぼ目で覆われているため、どこに刺さっても目だ。
「刺さる、刺さってる!!」
「刺さるなぁぁぁぁ!!」
それを見てサラが絶句している「今の目薬ってこんな命懸けなんですね」
「十年でこんなデンジャラスな目薬が開発されてたまるかよ」
修司はフォローを諦めて席に戻る。従業員の何人かはバケツとモップとほうきとちりとりを用意してスタンバイしている、仕事してくれ。
三十分後
社長復活、頭?目?に包帯を巻いている
「次」
「諦めろよ」
「諦めるとそこで目薬終了だよ」社長は諦めなかった。
「名言パクる割には何もかかってねえ」
今度はサラを見る「新人のサラ君だね、頼めるか」
「はい」サラは少し嬉しそうだった。初めて任された仕事みたいなものだからだ。
社長が横になり包帯を外し、目を開く。
サラが目薬を構える
一分経過
「まだ?」
「はい」
二分経過
「まだ?」
「はい」
社長が涙を流し始めた。
三分経過
「まだ?」
「はい」
社長の目が乾燥し始めた。
「どうしたの」
「私」
「うん」
「待つのは得意です」
サラは真面目な顔で答えた。
「いや」
「はい」
「ずっと開いてたら乾いちゃう」
「まだ待ってるうちに入りませんよ?」
「さすが十年待ってた人の発言は重みが違う」修司が突っ込む。
結局目薬は落ちなかった
社長の涙だけが流れ、そして枯れた。
そして最後「私がやりまぁす!!任せてください!!」
元気よく立ち上がったのは狐火マリだった。
百鬼スタッフサービスのSNS担当であり妖狐の少女。性格は明るいが勢いだけで行動するタイプ、たまにSNSを炎上させることもある。
「頼む、マジで」
社長は希望を託した。明らかに目薬をさしてもらうよりも覇気がない。
修司は嫌な予感しかしていない、なぜなら気合を入れすぎたマリの手には狐火が灯っている。
そして、ジュゥゥゥゥ。目薬の容器から嫌な音が聞こえている。
「あっオワタ」修司が察する、しかし進言はしない。
「温めておきました」マリが満面の笑みで言った。
「優しい」社長が感動する。
「違う」修司は即答した。
ポタ、目薬が落ちる。
一秒後
「熱ァァァァァァァァ!!熱湯だこれぇぇぇぇ!!」
社長絶叫
「目薬から湯気が出てる」
「なんで温泉になってるんだ」
営業部全員我関せずと自分の仕事に戻っている。
その時、ガチャリと扉が開く。入ってきたのはアザミだった。
百鬼スタッフサービス専務でそして社長を管理する唯一の存在である。この人?無くして百鬼は立ちいかないであろうと言われる存在だ。
アザミは部屋を見回す。
大量の水たまり、天井の氷、ツララ、絶叫している社長。
湯気が出ている目薬。
一瞬で状況を理解した。
「社長」笑顔だった、とても綺麗な笑顔だった。
「は、い」息も絶え絶えの社長が何とか返事をする。
「何をされているんですか?」
「目薬をさしてもらおうと……」
「会議室で?社員に頼んで?」
「はい」
「その結果、豪雨を降らせて」
「はい」
「ツララを降らせて」
「はい」
「熱湯を目に入れたんですか」
「はい」
沈黙が場を飲み込み、営業部全員が一歩下がった。
修司だけは知っている。アザミは基本的に笑顔だが、この満面の笑みの時は危険だ。
「社長?」
「はい」
「あなた百目鬼ですよね?」
「はい」
「目が百個近くあるのは分かりますが、普段使う目以外は閉じておいてください」
「正面の2個だけなら自分でさせますよね?」
「でもそれだと百目鬼のアイデンティティが無くなっちゃう……」
「社長?」
「はい」
「目を開けておきたいのであれば自分で目薬さしてください」
「社員はみな忙しいんですよ?」
営業部全員が頷く、社長は反論できなかった。
「正座」
「はい」
即答だった。
百鬼スタッフサービス日報
案件名
社長の目薬
被害状況
・室内豪雨発生
・天井からツララ落下
・社長の目が溺れる
・社長の目が刺される
・社長の目が茹でられる
解決者
玉藻前アザミ
修司の感想
目薬一つで労災指定されそうな会社を俺は他に知らない
百鬼スタッフサービス
今日も平和に営業中です
※社長は現在説教中です
目薬さすのが上手な人間募集中(百目鬼)
そんなのに人件費使えないので却下です(玉藻前)




