第六魔 雪女とファミレス地獄 前編
午後二時三十分 百鬼スタッフサービス営業部 修司はクライアントの元へと向かう準備をしていた。
その時「私も行く」雨坂つゆが言った。
「いや来なくていいです」
「なんでよ」
「嫌な予感しかしないからです。フォローが増えるのが目に見えているので」
「失礼ね、あたしがいつもフォローしてあげているじゃないの」
「去年の忘年会、ビール11杯、日本酒1升」
「うっ」
「暴れまくって居酒屋の備品を壊しまくったあげく、空に向かってあなた叫びましたよね?」
「私が雨女だァァァ!!って。そのあとどうなりました?」
「……集中豪雨。で、でも一時間もすれば止んだじゃない!!」
「はい、あなたの眠りとともに。しかし俺の仕事はこれから大変でした。店長への謝罪、割れた看板の弁償交渉、あなたをおんぶしてからのタクシーで家まで送って」
「う、うらわかき乙女をおんぶできたら役得でしょ?」
「酒臭いし背中びちゃびちゃになりましたけどね。真冬に」
「そ、それだけでしょ?仕事では私の方がいっぱいフォローしているはず!」
「終電事件」
「うっ」
「終電に乗れずに駅員さんと口論してましたよね?しかも原因はつゆさんの飲み過ぎで」
「たまたま通りかかった俺にもウザがらみしてきて、しまいには気持ちよく寝ましたよね?」
「駅員さんへの謝罪、そのあと自腹であなたをホテルにおんぶして連れてきましたからね」
「え?まさか酔った私と……」
「酒臭過ぎでそれは無いです」
「なんでよ!!」
「人生相談事件」
「うっ」
「屋台の隣のおじさんに人生相談しましたよね?ん?人生?妖怪生?」
「おじさんもうらわかき乙女と話が出来て楽しそうだったじゃん」
「そのうらわかき乙女イラっとするんで止めてください。確かに楽しそうでしたよ、最初はね」
「最初はニコニコ聞いていたおじさんも最後はぐったりしてましたよ、5時間も聞いてたらそりゃあ疲れますよ」
「結局酔いつぶれたつゆさんをまた連れ帰る羽目になったんですよ」
「他にも去年財布忘れ37回、全部俺が立て替えました」
「ちゃんと返したじゃない」
「スマホ噴紛失15回、うち3回はミケさんが隠していた」
「うらわかき乙女が困ってるの見るのは楽しいわ」
「それやめろ」
「でも私もファミレスの仕事行きたい!!」
そこへ玉藻前アザミ(たまものまえ あざみ)が現れた、百鬼スタッフサービス専務。男女両方に変化できる九尾の狐、百鬼最強の営業担当である。
アザミは笑顔で即答した「ダメよ」
「えっ」
「今回は修司と冬華だけ」
「なんでよ」
アザミが書類を取り出して読み上げる「先月のファミレス案件」
つゆの顔が固まる。
修司は嫌な予感がした「それ俺知らない……まだなんかあったんですか」
「経費で計上されてるわね」
「はい?」
「ビール九杯」
「飲み過ぎだろ」
「チューハイ四杯」
「飲み過ぎだろ」
「日本酒三合」
「飲み過ぎだろ!!」
つゆ「仕事だったのよ」
アザミ「ファミレスよ」
修司「仕事じゃなくて飲み会じゃねぇか」
アザミがため息を吐く「経費申請に『精神安定費』って書いてあった」
「ダメだろ」
「必要経費よ」
「必要じゃないわね、自分のお金で買いなさい」
「世知辛いわね」
「会社の判断が正しい」
「冬華ばっかりずるい」
「何がです」
「修司と二人で仕事」
「いや仕事ですよ?」
「それがずるい」
「意味が分からない」
冬華は隣で困っている「私もよく分かりません……」
こうして、修司と冬華だけで現場へ向かうことになった。
午後三時、駅前商店街を修司と冬華の二人で現場まで歩いていた。
「修司さん、今日の現場は怪異案件ですかね?」冬華がぶっきらぼうに聞いてくる。
「百鬼に来る案件で怪異じゃなかったことってありますか?」
「そういえばそうですね」
「そうでしょう、それにこれは専務からの直接の指名です、何か意味もあるんでしょう」
「そうですかね、たまたま暇そうな二人だったんじゃないですか」
「いや俺めっちゃ忙しいんですが」
たわいもない会話をしながら歩いていると「ねぇねぇお姉さん」男二人組が近付いてきた。大学生くらいだろう。
「めちゃくちゃ可愛くない?」
「芸能人?」
冬華が困った顔になる「あの……」
「ほら始まった、今日は少ない方かな」
冬華が立ち止まる、男達は笑顔だった。
冬華は超がつく美人だ、しかも雪女なのでとても肌が白い。しかし自分がモテるという事は本人は気付いていない。いや、気づいていないというよりも人間の男性に興味が無い。
「めちゃくちゃ可愛いですね」
「ありがとうございます」
「今から暇ですか?」
「いえ仕事です」
「仕事終わりでもいいんで」
「いえ」
「ご飯とかどうです?」
「いえ」
冬華が困り始めた。冬華はこういうのが苦手だ、人見知りというのもあるが、外へ出るたびにこのようなことになるのでいささか辟易しているのだろう。
しかし男達はお構いなしに冬華に話かける。修司のことはまるで初めからいなかったかのように。
「彼氏とかいるんですか?」「どこに住んでいるんですか?」「今仕事ってなんの仕事しているの?」矢継ぎ早に質問が飛んでくる。インタビューか。
「彼氏はいません、住んでるところは秘密です。仕事は人材派遣業です」
「正直だなぁ」
男達の目が輝く
「じゃあワンチャンあるじゃん」「あるよね、お姉さん仕事なんて後回しにして遊ばない?」
「ありません、仕事に行きますので」
「え?」
「ありません」
「即答!?」
冬華が少し後退り始める。
「すみません」
「いやいや話だけでも」
「すみません」
気温が少し下がる。冬華の感情が冷気となり表に出始める。
修司「あっヤバい」
知っている。冬華が困る→寒くなる、さらに困る→もっと寒くなる。悪循環だ。
男達はまだ気付かない「そんな警戒しなくても」「俺ら怪しくないから」「そうそう」
冬華がさらに後退る「修司さん」
「はい」
「凍らせてもいいですか」
「ダメです」
「でも」
「ダメです」
男達「え?」「何を凍らせるの?」
修司「アイスです」
「アイス?」
「アイスです」
冬華「アイスです。この場でアイスが出来上がります」
男達「?そうなんだ?」
全然納得していない様子だ。冬華の髪が少し揺れ始め、周囲の気温がさらに下がり、街路樹の葉っぱに霜が付き始めた
修司「まずいまずいまずい」
男達はまだ気付かない「お姉さん名前は?」
「冬華です」
「いい名前だね」
「ありがとうございます」
「連絡先は?」
「嫌です」
即答
男達が少しショックを受ける「そんなぁ」「ってか何か寒くね?」
冬華が小声で聞く「修司さん、右の人だけ凍らせても」
「ダメです」
「じゃあ左の人ならいいんですっけ?」
「ダメです」
「一気に両方ならいいってことですかね?」
「凍らせる前提から離れてください」
男達「何の話してるの?」
修司が男たちと冬華の間へ割って入る「すみませんがこの人こういうの苦手なんです、だから諦めてください」
男達は露骨に残念そうな顔をした「マジかぁ」「せっかく可愛かったのに」
その瞬間、バキッ。街路樹の枝が凍った
「ほらぁ!!冬華さん、やめて!」
「すみません、高ぶっちゃって」
男達「え?」「何あの木。なんか凍った?」
修司は真顔になる「帰った方がいいです、命の危険があるので」
「え?」「いやいや」
「本当に」
「そんな大げさな」
修司が凍った枝を指差す「あの枝見てください凍ているでしょう?彼女は雪女です」
男達「ははは」「お兄さん面白い人だね、今のSNS載せたらバズりそう」「確かに」
「この前酔っ払った客が肩を組もうとして、腕が凍りました」
「ははは」「さすがにお兄さんその嘘は面白くないよ」
「本当です」
全然伝わらないので、冬華が小さく言う「もう少し凍らせますか」
「やめてください、社会的に面倒なんです」
「分かりました、我慢します」
冬華が手を引っ込めると、気温が戻る。
男達は最後まで状況を理解していなかった。
「じゃあまたねー」「気が向いたら連絡してー」
去っていく後ろ姿をみて、修司は深いため息を吐いた「助かった……」
「凍らかしてしまってよかったのでは?」
「駄目です、人間は凍らかしてしまうと死んでしまいます。凍ったしたいなんて全国ニュースものですよ」
「あと五秒遅かったらニュースになってました」
「そんなにギリギリでしたか」
「そんなにギリギリでした。仕事の邪魔をされるのは嫌いですし、人間は弱いですよね」冬華は少し首を傾げた
修司は遠い目をした「百鬼にいると感覚麻痺するんですよねぇ……」
そして二人はファミレスへ向かう。既に修司はの顔には疲れが見えていた。




