第五魔 三途の川の求人票
真壁修司が死にかけたのは二十六歳の春だった。
残業百五十時間、休日出勤四週連続、コンビニ飯生活、睡眠時間平均三時間。
上司は無能、客は理不尽、給料は安い、将来などはもちろん見えない。
そしてその日も終電だった「……帰りたい」
それが最後の記憶だった。気が付くと、知らない場所にいた。
川だ、どこまでも続く大きな川、空は夕焼け。なのに太陽は無い。
妙に静かだった。
「……どこだここ」修司は立ち上がる
川の向こう側に何か人影が見える。よく見るとそれは白い服を着た人達。
みんな黙って歩いていた「何だここは。なぁんか嫌な予感がする」
すると横から声がした「初めてかい」
修司が驚いて振り向くと、そこにあったのは屋台だった。
なぜ屋台……しかも『三途観光案内所』と書いてある。
「観光地なの!?」
中にはお婆さんがいた「まあ最近は色々あるからねぇ」
「最近って何」
「死後もサービスの時代だよ」
「嫌な時代だな」
修司は頭を抱えた。
「というかここどこです?」
その言葉を聞くと、お婆さんは不思議そうな顔をした「三途の川だけど?」
「終わった」修司は即理解した。
死んだ
俺死んだ
数秒後
「いや待て待て待て!!」
「慌てても死んだものは戻らないよ」
「まだ若いんですけど!?」
「最近は若いの多いのよねぇ、しょっちゅう見るわよ」
「嫌な統計やめろ!!」
修司は川を見る。本当に三途の川なのだろう。水は流れているが現世のものと何かが違う。
何が違うんだ?川をしばらく観察する。わかった、生き物が住んでいない、水草なども生えていない。普通の川にあるであろう生命の営みがそこには一切なかった。
自然と涙が流れてきた。実感が湧かない、電車で眠ってしまってそのまま死んでしまったのか。ああ、これが過労死ってやつなのかな。おふくろたちになんて言おうかな、ああ、もう死んだから伝えれないんだ。
色々なことが脳裏をよぎり、頭の中が混乱する。その時だった。
ひらり
何かが風で飛んできた。これは何だろう、考えることをやめ、目でそれを追う。
紙だった、修司の顔面に直撃する。
「ぶふっ!?」
修司は紙を掴んで何気なく目を通すとそこには
(求人募集)百鬼スタッフサービス 業務拡大につき急募
・未経験歓迎・学歴不問・死後経験者優遇・人間歓迎・妖怪歓迎・責任感のある方歓迎・霊的耐性のある方歓迎
「何だこれ」
お婆さん「求人票だねぇ」
「それは見れば分かるよ」
「最近よく飛んでくるのよ、私も応募しようかなとも思ったけど今の仕事も気に入っちゃているしねえ」
「なんで三途の川で求人してるんだよ、ってかおばちゃん仕事なのそれ」
「そうよ、三途の川の水先案内人、あなた達みたいにたまに死にきれない人達の現世の未来を断ち切って川を渡らせるお仕事よ」
「え、優しそうな顔してすっごく怖いこと言ってるこのおばちゃん。ちなみに納得しないでだだこねたらどうなるの?」
「そりゃあねえなるべく優しく諭すけど私も鬼だからねえ、最後には実力を行使しちゃうかも、てへぺろ」
「いやてへぺろってなんで知ってんだよ、しかもそこは鬼じゃないからっていう所だけどおばちゃん鬼なの??」
「そうよお。これまでも現世で悪さしたやつとかで自我が強いやつらがたまに川のほとりで渡らずに駄々こねているのがいたけど」
「瞬殺よ」
「怖ーよ、死んでからも瞬殺とかまじやってらんない」
「というよちもこんなとこで人材募集ってどういうことだ」
修司は続きを見る。
福利厚生・社保完備・交通費支給・死亡保険加入済
「死んでるんだよなぁ」
・有給取得可・各種手当あり・怪異案件手当あり
「怪異案件手当?」
さらに下
こんな方におすすめ・生前ブラック企業勤務・理不尽耐性が高い・怒鳴られることに慣れている・残業に慣れている
「俺じゃねぇか!!」
お婆さんが覗き込む
「向いてるんじゃない?」
「嫌だよ!」
「でも生前より待遇良さそうよ?」
修司は黙ってしまう。確かに給料、休日、福利厚生。全部前職より良かった。
「前の会社どんだけ酷かったんだよ……」
その時、遠くから声が聞こえてくる。声の主は段々近づいてきている。
「おーい」
誰かが歩いてくる、スーツ姿で大柄な男だった。
「求人見た?」
「見たけど」
「応募する?」
「誰ですか」
「百鬼スタッフサービス社長」
「社長ォ!?」
修司は思わず後退る「なんで三途の川で採用活動してるんですか」
「効率がいい、こっちは死にかけの生きのいいのが集まってくる」
「最低だな!?死にかけで生きのいいってすっごく矛盾」
社長は気にしていなかった「一目見てわかる、君いいね」
「何が」
「目が死んでる。そういう子はうちにピッタリだ」
「生きてますけど!?」
「元々の職場かなりのブラック企業だろ?」
「なんで分かる」
「分かる、理不尽の中生き抜いてきた目をしてる。あ、もう死んでるか」そういうと社長はブフォっ、と噴出して笑った。
「人が神殿の何が可笑しいんだよ……」一気に突っ込む気が失せた。
「いやすまんすまん、今のはいわゆる妖怪ジョークってやつだ。ともかく君はうちの会社向いてるよ」
「嫌です」
「給料は働いた分だけ出る」
「ほう」
「休みちゃんともある」
「ほう」
「上司は理不尽な人間じゃない」
「ほう」
「客は理不尽」
「やっぱりか」
社長は求人票を差し出した。
「どうする?今なら現世に戻してあげれる、この求人を断ったらそのままあのばーざんに引き渡すことになるが」
修司は悩んだ。これは夢かもしれない、現実では死んでないかもしれない。もし死んでたとしたらまだ戻れるかもしれない。
でも、前の会社へ戻る未来を想像してみる……嫌だった、心の底から嫌だった。
もしこれが現実ならこのまま死んでしまおうか。いや、まだおふくろに親孝行していない、父は早く死に、女手一つで育ててくれた母親を一人残して死ねない。それに……
「それに死んだら部屋に残った大量のエロDVD母親が発見することになるぞ」
「怖っ、人の思考読んでんじゃねえよ」
社長が聞く
「どうする働く?死ぬ?」
「何その究極の二択。ちなみに仕事内容は」
「妖怪派遣業」
「意味分からん、まったく分からん」
「給料はそこそこ出せる」
「やります」
「即決だな、じゃあ採用で」
その瞬間、世界が白くなった。意識が遠のく、最後に聞こえたのは。
「詳しくは体が回復してからな」
という社長の声とおばあさんの舌打ちの音。
次に目を覚ました時は病院だった、医者が驚いている。
「奇跡だ、三日も心肺停止していたのに」
その言葉を聞いて思わず驚く「三日?」
どうやら過労で疲れてそのまま電車で倒れこんでしまっていたらしい。母親が涙を流して喜んでいる。
腕には点滴を付けられており母親の他に医者、看護婦が二人、ん?何か一人看護婦さんびちゃびちゃじゃない?
数日後、なにも問題なく退院することができた。母親には今の会社を辞めることを伝え、転職先も見つかっていることを伝えると、喜んでいた。
しかし果たして転職先といっても信用できるものなのか、あれは臨終の際にみた夢なのかと思いきや、数日は体を休めるためゆっくりしよう、そして次の職場を探そう、そう思いながら帰路につく。
家へ帰りポストを見ると、一通の封筒。
差出人をみるとそこには『百鬼スタッフサービス』と書かれていた。
「ほんとに来た……じゃああれは夢じゃなかったのか」
震える手で開封すると、中には一枚の紙『採用通知』
真壁修司様 先日は面接にご参加頂きありがとうございました 採用となりますので出社をお願いします。
「面接した覚えねぇ!!」
その後、修司は出社した。ごちゃごちゃ考えるよりも先に体が動いた。
転職先を他に探そうかとも思ったが、前職より条件がかなり良かったから、とりあえずやってみようか、と思った。
こうして妖怪派遣業、真壁修司の物語が始まった。
百鬼スタッフサービス採用報告
本日の本日の採用者
真壁修司
経歴 ブラック企業勤務
特技 残業
趣味 生存
採用理由
死にかけていたから
百鬼スタッフサービス、今日もどこかで人材を探しています、ただし三途の川まで行くのはほどほどにします。




