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妖怪派遣業  作者: 蜂兎類
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第四魔 猫又経理と消えた領収書

六月下旬、午後六時四十分、株式会社百鬼スタッフサービス経理部。


 修司は静かにキレていた。「……ない」


 机の上、書類の山、ファイル、段ボール、キュウリ。


 なぜかキュウリ。


「いやなんでだよ」


 修司は頭を抱えて地面に突っ伏していた。探しているのは一枚の領収書、たった一枚。だがその一枚がないだけで。会社の経費精算が止まる。


 そして、専務が怒る。静かな笑顔を貼り付けながら。狐だがその雰囲気は鬼のような気配になる。


 それだけは避けたかった、絶対に。


「ミケさぁぁぁん!!」修司の叫びがフロアに響く。


 返事はない。代わりにコピー機の上から猫の鳴き声。


「にゃー」見上げるとそこにいた。猫又のミケが、コピー機の上で丸くなって寝ていた。


「寝ていないで仕事してくださいよ」


「今もやっている」そういうと大きなあくびを一発。


「寝てましたよね?」おもわず修司が突っ込む。


「寝ていない。ちゃんと脳は働いてた」


「便利な言い訳だな」


 ミケは片目だけ開けた。眠そうだった。


「で、何」


「俺のディスクの上に置いておいたはずの領収書が無くなったんですよ、領収書どこですか」


「私を疑うのは筋違いよ、私は知らない」


「嘘だ、絶対知ってる」


 修司の勘は当たっていた、この会社で書類が消える時の原因は九割ミケである。残り一割は紙舞ヒナが布団にしている。


 その時机の陰から小さな声。


「ひゃぅ……」


 修司が覗き込む。紙舞ヒナだった、手のひらサイズ。小さな和紙の着物姿でコピー用紙の束の隙間に埋まっていた。


「ヒナちゃん!?」修司は慌てて救出する。


 ひょいっと持ち上げると、ヒナが涙目で言った。「か、紙の間に挟まってました……」


「なんでそんな所に」


「風で飛んじゃいました……」


 総務の紙舞ヒナは古い契約書から生まれた紙妖怪。総務の天使。軽い、とにかく軽い。メモ用紙一枚の風圧で飛んでいく。


 修司はそっとデスクへ降ろした、ヒナはぺこぺこ頭を下げる。


「すみません、ありがとうございますう……」


「いやヒナちゃんは悪くないから」


 その瞬間ミケがぼそっと言った。


「かわいがられてんなぁ」


「嫉妬ですか」


「別に」


 尻尾が揺れていた、分かりやすい。修司は本題へ戻る。


「で、領収書」


「知らん」


「ミケさん」


「知らん」


「本当に?」


 ミケは面倒くさそうに伸びをした。


「人を疑うのよくない」


「あんたは猫だろ」


「猫でも疑うのはよくない、差別だ」


「書類隠す前科百犯が言うな」


 ミケは黙った、図星だった。その時。バタン!!営業部の扉が開く。


「ただいまっスー!!」


 河城九郎だった、ずぶ濡れだった。いつも通りである。


「だからなんで毎回濡れてんだよ」


「今日は用水路掃除してきたっス!」


「勤務外だろ!?」


「地域交流っス!楽しいし一石二鳥っすよ!」無駄に善良だった。九郎は空気を察する。


「あれ、なんか揉めてる?何があったんすか?」


「領収書が消えた」


「あー」


 一瞬で理解した顔。「ミケさんっスよね」


「決めつけよくない」


「前も自分のを隠してたじゃないすか、その前もつゆさんの領収書も隠されたって言ってたっす。何度も」


「それは遊び心よ」


「会社潰れるわ!」


 すると、天井から声が聞こえる。「……猫は隠す生き物だからな、猫又ならなおさらだ」


 一反モメンだった、今日も天井待機でスマホゲーム中。


「何やってんのお前は、仕事しろ」


「何?今はスタミナ消費に追われて忙しい」


 突っ込む気力も失せた、。それを横目にミケは欠伸しながら言う。


「そもそも領収書なんて、なくてもなんとかなる」


 その言葉が発された瞬間空気が変わり全員が固まる、そして静かに扉が開いた。


 スッ――冷気か、いやもっと嫌な何か。全員が振り向く、そこにいたのは玉藻前(たまものまえ)アザミ。


 この会社の専務である。外見は30代で、この人は女性でもあり男性でもある。女性時は長身で妖艶。男性時は中性的な美形。どちらの姿でもモテる。今日は女性の姿だ。


 笑顔。ものすごく笑顔。「……へぇ?」


 ミケが凍った。修司も凍った。ヒナは紙吹雪になりかけた。アザミは優雅に微笑む。


「今、“領収書なくてもいい”って聞こえた気がするのだけど、どういうことかな?」


 ミケが即座に土下座した、その手慣れた土下座の速度は猫とは思えないほど。


「申し訳ありませんでした」


「どこ?」


「え?」


「領収書」


「……」


 しばらくの沈黙。記憶を辿ってるのだろうか、この期に及んで隠そうとしているのか。それを見てアザミの笑顔が深くなる。


 怖い、ものすごく怖い。この人は常に笑顔だが、その笑顔は色々な場面で使い分けられている。


 その時ヒナが小さく手を上げた「あ、あの……」


 全員がヒナを見る。ヒナはおずおずと言った「たぶん、ミケさんが隠してるとこ……コピー機の裏です……」


 聞いた瞬間ミケが目を逸らした。修司はゆっくり振り向く。コピー機のその裏。


 大量の書類と猫じゃらし、乾燥したたくあん。なぜか女性物のハンカチ。そして領収書「あるじゃねえか!!!」


 修司の叫びが響いた。ミケは開き直った。「隠してない、置いてそのまま忘れていただけ」


「いやこんなとこに誰も置かねえわ!置いた場所としても悪意ありまくるわ」


「猫的には違う」


「知らねえよ猫基準!」


 アザミが笑顔で言う。「ミケ?」


「はい」


「後で、お話しましょうか」ニッコリとした笑顔を貼り付けてアザミが誘う。


「はい……」完全に怒られるだろう、猫耳がしょんぼりしている。その時だった、突然。


 ビリィッ!!


 モメンの悲鳴。


「ぎゃああああ!!」


 全員が見上げる。ミケだった。狩猟本能が暴走していた。否、半分以上は八つ当たりだろう


「ひらひらしてたから」


「だからって破るな!!」


 モメンの端っこが裂けていた。本人は泣いていた。


「新スキン買ったばっかなのに……」


「スキン!?」


 布なのにスキン概念があるらしい。


 修司は深いため息を吐く。疲れる、本当に。この会社は毎日これだ。普通に仕事したい。心からそう思う。その時デスクの電話が鳴った。


 プルルルル。修司が出る。


「はい、百鬼スタッフサービス――」


『助けてください!!』


 絶叫。修司が顔を上げる。


『公園で飼っていた地域猫達がいなくなったんです!!』


 沈黙。全員がミケを見る。ミケはゆっくり目を逸らした。


「……知らない」


 修司は確信した「お前だろ?」


「違う」


「絶対お前だろ」


 ミケはぼそりとつぶやいた「……新しい舎弟候補」


「誘拐じゃねえか!!!」


 数十分後修司たちは現場へ向かうことになる。逃げたミケを追いながら。夕焼けの街を修司の叫び声が響いていた。


「だから問題起こしてから勧誘するなって言ってんだろぉぉぉ!!」


 モメンは空をただよいながら言った「今日も平和だな」


「どこがだよ!!」


 百鬼スタッフサービス、今日も通常営業である。

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