第三魔 クレーム処理の鬼
六月某日、午後一時二十分、株式会社百鬼スタッフサービス、営業部フロア。
修司は死んだ目をしていた。「……なんで俺が行くんですか」
デスクの向かい。雨坂つゆは缶チューハイを飲みながら答えた。
「あなたは営業補佐よ?それにトラブルの対処はあなたが一番うまい、缶チューハイもうまい」
「今昼ですよ?」
「昼ね」
「酒飲んでますよね?」
「景気づけ」
「社会人として終わってる」
「妖怪に社会の常識は通じない、非常識の枠組みで私たちは生きているから」
「どや顔ヤメテ、クライアントに会うのに素面じゃないのはありえないから」
「舐めないで、缶チューハイじゃ程度じゃあ何本飲んでも酔わないわ」
「そー言う問題じゃねえ」
つゆは気にした様子もなく窓を見る。外は快晴で雲一つない。
だが修司は知っている、これは嵐の前触れだ。
「今回の案件どこなんです?」
修司は資料をめくる。
【大型ショッピングモール夜間警備増員依頼】原因:深夜巡回スタッフが全員辞めた。理由:『何かいる』
「あー……」修司は嫌そうな顔をした。
怪異案件である。しかも大型施設。絶対面倒が待ち受けている。
そこへ、ズシン、ズシン。床が揺れたて地鳴りがする。振り返るとそこには。
「呼ばれたので来た、俺の力が必要か?」
轟蓮次だった。種族は鬼、筋骨隆々で身長も2m近い。が、礼儀正しく義理堅い。当社のクレーム処理担当である。
デカい、とにかくデカい。スーツを着ているのに威圧感が隠せていない。
しかも角がある。道端で出会ってしまったらとても目を合わせれないような威圧感を身に纏っている。
修司が言う。「蓮次さんもですか」
「聞く所によるとクレーム対応込みらしい」
「何それ、嫌な予感しかしない」
その言葉を聞き、蓮次は静かに頷いた。
「俺もだ」
その時だった。バタン!!営業部の扉が開く。
「おはよーございまーす!!」河城九郎だった。びしょ濡れだ。
「なんで濡れてるんだよ」
「テンション上がって川泳いできたっス!」
「出勤前に!?」
「朝のルーティンっス!」
元気すぎる。修司は頭を抱えた。習字を横目に九郎は資料を見る。
「ショッピングモールっスか!もしかして怪異案件っすか?」
「なんか嬉しそうだな」
「知らないんすか?夜の大型施設って怪異めっちゃ出るんスよ!」
「嬉しそうに言うな」
九郎はニヤニヤしていた。完全に肝試しテンションである。すると、天井から声がする。「……行きたくねぇ」
見上げるとそこには一反モメンが天井に張り付いていた。さぼっているのだろう、手にはスマホを持ち、画面を凝視している。
「お前…いたのか」
「イベント中」
「働け」
「今ログアウトするとランキング落ちる」
社会性が終わっている。
ミケがコピー機の上で毛づくろいしながら言う。
「モメン、配達あるわよ、いっぱいね」
「えぇ……」
「サボったら引っかくわよ、その後はちゃんとショッピングモールについていってね。いかないとひっかくわよ?」
モメンが震えながら言う「横暴だ……」
完全に上下関係ができていた。不安なメンバーだ。逃げたいが逃げることは出来ない、そのうち修司は、考えるのを辞めた。
午後十時十一分。
大型ショッピングモール『ラウンドスクエア川崎』
閉店後の立体駐車場を、修司は重たい足取りで歩いていた。
「……なんでショッピングモールって閉店後こんな怖いんですかね」
隣を歩く河城九郎が缶ジュースを飲みながら笑う。
河童の技術主任で、配管や機械整備を担当する百鬼スタッフの問題児の一人。
「昼間うるさい場所ほど、夜静かになると反動ヤバいんスよ」
「反動ってなんだよ……」
その後ろでは、一反モメン(いったん もめん)が天井近くを漂っていた。
「なあなあ修司、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「なんだ」
「このモール、ゲームセンターある?」
「今閉店中だよ」
「よし解散、お疲れさまでした」
「おいまて帰んな、怖いから人数減ると心細いんだよこっちは」
人数は5人派遣の予定だったが1人泥酔のため4人で向かっていた。
今回の依頼は、“閉店後のショッピングモールで怪異が出る”というものだった。しかも内容が妙だった。被害報告はこうだ。深夜になると館内放送が勝手に流れる。クレームセンターの電話が鳴り続ける。マネキンが動く。謎の怒鳴り声が響く。清掃員が泣きながら辞める。きゅうりの在庫が合わない。
修司は資料を閉じた。
「嫌な予感しかしない……」
今回同行しているのはもう一人、轟蓮次元百鬼夜行の頭領で、現在はクレーム処理担当をしている鬼だ。
蓮次は静かに館内を見上げていたその姿は、デカい、怖い、圧が凄い。
なのに今はスーツ姿で腕章に、【お客様相談対応】と書いてある。
違和感が凄かった。修司が聞く「蓮次さん、なんか見て分かったことあります?」
蓮次はゆっくり答えた。
「……溜まってんな、そこかしこに。それが集まってきているようだ」
「…?何がです?」
「怒りだ、人の怒りが思念体となって悪さをしている」
その瞬間、館内放送が急に鳴りだす。
『店員の態度が悪い!!』
ビリッ。スピーカーがノイズを撒き散らした。
『謝罪しろ!!』『責任者を出せ!!』『誠意を見せろ!!』
「うわぁ……」修司が顔を引きつらせる。まだまともに人間社会だけで働いてた頃を思い出し、胃がキリキリしてきた。
「うるせぇっス……」九郎が耳を塞ぐ。
その時だった、エスカレーターの上の暗闇の奥に“いた”黒い影。
人型にみえる、だが輪郭が安定していない。何人もの顔が混ざっていて、怒鳴り声だけが重なっていた。
『店長を呼べ!!』『土下座しろ!!』『謝罪が足りない!!』『客を舐めるな!!』
モメンが震える。「うわっクレームの集合体だ」
「そんな最悪な怪異いる!?」
蓮次が静かに前へ出た。その背中はかつて百鬼夜行の棟梁をしていた逞しさを背負っている「……なるほどな」
修司が聞く「なんなんですかアレ」
蓮次は低い声で答えた「積もった怨念だ」
「怨念……って?」
「理不尽な怒り、行き場のない不満、吐き捨てられた悪意。それがこの場所に溜まり続けた」
館内の空気が重くなり影が膨れ上がる
『謝れ!!』
『誠意を見せろ!!』
『責任者ァァァ!!』
影が膨れ上がり弾け飛んだと同時にドン!!店内シャッターが一斉に閉まった。
「うわ閉じ込められた!!」修司が叫び声をあげる。
九郎が辺りを見る「照明も落ちるっス!」
パチン、館内の灯りが半分消える、黒い影がゆっくり近づいてきた。
空気が重い。怒りだけが空間を埋めていく、その時だった。
蓮次がネクタイを締め直した。
「修司」
「はい?」
「下がってろ」
低い声だった。修司は息を呑む。知っている、この人が“本気でクレーム対応する時”の顔だ。
蓮次はゆっくり影の前へ歩いた。巨大な鬼の体。だが姿勢は真っ直ぐだった。
『謝罪しろ!!』『責任者を出せ!!』『誠意を!!』
次の瞬間、蓮次が深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでしたァァァ!!」
轟音みたいな謝罪だった。館内が震える、修司が耳を押さえる「うるっさ!?」
九郎も引いていた。「土下座に覇気乗ってるっス!!」
蓮次は頭を下げたまま続ける。「ご不快な思いをさせたこと、まずは心より謝罪致します!!」
ビリビリと空気が揺れる「だが!!」
蓮次が顔を上げる。顔はまるで百戦錬磨の鬼の目つきだった。「貴様ら!!」
怒号で館内全体が震える「怒り続けて楽しいか!!」
その迫力に気圧されてか影が止まる。「謝罪を求め続けて満たされたか!!」
影が揺れる。「貴様らの怒りは正しかったかもしれん!!」
蓮次が踏み込む。「だが!!怒りだけ残して死んだら、最後には何も残らん!!」
黒い影の輪郭が崩れる、怒鳴り声が少し弱くなる。
『でも……』『苦しかった……』『誰も聞いてくれなかった……』
修司は少し目を見開いた。あれはもう“怪異”というより、ただの不満を抱えた人間たちだった。
蓮次は静かに言った「聞いてやる」
館内が静まる文句も不満も怒りも、全部聞いてやる」
低い声、だが不思議と優しかった
「だからもう、閉店後に残業してまでクレームをするな」
修司が吹き出しそうになる「そこ!?」
だが影たちは少しずつ静かになっていく『……疲れた』『帰りたい』『誰かに聞いてほしかった』
蓮次が頷く「分かった」
そして、もう一度深く頭を下げた。
「文句も怒りも、確かに受け取った」
低く静かな声だった。
「もう十分だ。かえって休め」
その瞬間黒い影が崩れた。
砂みたいに、煙みたいに、静かに消えていく。
館内放送のノイズが止まる、シャッターが開く。照明も戻った
静寂が戻る。モメンがぽつりと言う。
「……終わった?」
九郎が呆然としていた「クレーム処理で除霊した……」
修司は深いため息を吐く「なんなんだよこの会社……」
その時、館内放送が最後に小さく鳴った。
『……ありがとうございました』
全員止まる。蓮次だけが静かに頷いた。「こちらこそだ」
帰り道、修司が尋ねる。
「蓮次さんって、昔からクレーム対応得意だったんですか」
蓮次は少し考えて「……百鬼夜行の頃からな」
「鬼の頭領時代に?」
「ああ、妖怪どもの揉め事仲裁してた」
モメンがぼそっと言う「つまり昔から胃痛役」
「鬼なのに苦労人なんだよなぁ……」
その時だった、修司のスマホが鳴る。着信の名前をみて少し驚く。【百目鬼 社長】嫌な予感しかしない。
「……はい」
『修司』
「なんです」
『ショッピングモール側から追加依頼だ』
「え?」
『“蓮次さんを常駐クレーム担当にできませんか”とのことだ』
修司はゆっくり蓮次を見た。蓮次は気にすることなく缶コーヒーを飲んでいる。
「と、いうわけなんですがどうしますか」
「……人気出てる」モメンがぼそっと言った。
蓮次はコーヒーを飲み干すと小さくため息を吐いた。
「……世知辛ぇなぁ」
百鬼スタッフサービス、妖怪の世界も人間と同じで世知辛い世の中だ。




