表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖怪派遣業  作者: 蜂兎類
PR
2/16

第二魔 最速配送、一反モメン

 午後三時四十分、株式会社百鬼スタッフサービスの配送管理室で、真壁修司は静かにキレていた。


 怒鳴っているわけではないし、机を叩いているわけでもない。ただ、目の前に積み上がった苦情報告書を見つめながら、魂だけがゆっくり抜けていくような顔をしていた。


「……なんで?」


 机の上には、大量の苦情報告書が置かれている。内容をまとめると、荷物が違う、配送先が違う、荷物だけ届いていない、配送速度だけ異常、というものだった。


 最後だけ意味が分からない。


「なんで速いのにミスるんだよ……」


 修司は頭を抱えた。


 普通、配送の問題といえば遅延である。届かない、遅れる、追跡が止まる、そういうものだ。だが、百鬼スタッフサービスの配送担当は違った。


 速い。とにかく速い。異常に速い。なのに届かない。


 最悪だった。


「スピードだけ陸上選手で、方向感覚が迷子の小学生なんだよな……」


 修司が報告書をめくっていると、天井から気だるい声が落ちてきた。


「……速いからOK」


 修司が見上げると、天井に一反モメンがだらんと張り付いていた。


 一反モメン、白い布の妖怪であり、百鬼スタッフサービスの配送担当である。時速百キロを超える速度で飛行可能な、社内最速の配達員。ただし現在は、天井に張り付きながらスマホゲームをしていた。


「働け」


「今、働いてる」


「ゲームしてるだろ」


「周回」


「仕事を周回しろ」


「イベント今日までなんだよ……」


「知らねえよ!」


 モメンはスマホ画面から目を離さない。


 細長い布の体が、天井からだらしなく垂れている。布なのに、なぜか怠惰が伝わってくる。


「モメン」


「なに」


「降りてこい」


「やだ」


「仕事の話だ」


「じゃあもっとやだ」


「給料の話にするぞ」


 その瞬間、モメンはすっと天井から降りてきた。


「なに?」


「切り替え早いな」


「金は大事」


「そのわりに仕事の精度が終わってるんだよ」


 修司は苦情報告書を一枚持ち上げた。


「これ見ろ」


 モメンが嫌そうに覗き込む。


「……あー」


「“あー”じゃない」


「これは配送先が悪い」


「お前だよ」


「住所が似てた」


「山田歯科医院と山田動物病院は似てない!」


「山田じゃん」


「雑ぅ!」


 修司は次の報告書を見せた。


「じゃあこれは何だ、冷蔵倉庫行きの商品がゲームセンターに届いてる」


「寒そうだったから」


「感情で配送するな!」


「ゲームセンターも冷房効いてるし」


「冷蔵倉庫と冷房を同列に扱うな!」


「でも涼しい」


「商品管理なめてんのか!」


 さらに一枚、修司は別の報告書を突きつける。


「これは?」


「荷物は届けた」


「届け先が違う!」


「近所だった」


「近所ならいいわけないだろ!」


「歩いて取りに行ける距離」


「それは配送じゃなくて迷惑の共有だ!」


 モメンは不満そうに布の端を揺らした。


「配送速度は文句ないだろ」


「そこだけは文句ない」


「じゃあいいじゃん」


「よくない! 百点満点の走力で答案用紙を隣の学校に出してる状態なんだよ!」


「例え長い」


「お前のミスが多いから説明も長くなるんだよ!」


 修司が頭を抱えた、その時だった。


 バタン、と配送管理室の扉が勢いよく開いた。


「ただいまっスー!」


 入ってきたのは河城九郎だった。


 河童の新人社員であり、配管や水回りに異常に強いが、だいたい濡れている。今日もやはり濡れていた。


「なんで毎回濡れてんだよ」


「川寄ってきたっス!」


「帰宅途中の犬みたいに言うな」


「いい流れだったんスよ」


「川の感想を出勤報告に混ぜるな」


 九郎は報告書をちらっと覗き込んだ。


「あー、モメンさんまたやったんスか」


「まただよ! っていうか毎回だよ!」


 モメンが不満そうに九郎を見る。


「九郎に言われたくない」


「なんでっスか」


「入社初日に会社を浸水させたくせに」


「照れるっすね」


「ホメてない」


「お前は毎日ミスってるだろ!」


 九郎は納得したように頷いたその時、コピー機の上からミケの声がした。


「あんたもしかして視力悪いんじゃない?」


 猫又ミケ、経理担当の猫又。コピー機の上に丸まりながら、眠そうにこちらを見ている。


 修司は眉をひそめた。


「……視力?」


 モメンの動きが止まった。布なので表情はない。ないはずなのに、明らかに目を逸らした空気があった。


「別に普通」


「お前、今逸らしたな」


「布だから目ないし」


「空気で分かるんだよ」


 修司はじっとモメンを見た。


「ちょっと待て」


「……なに」


「お前まさか、配送先の文字が見えてないのか?」


 沈黙。


 数秒、配送管理室に妙な静けさが落ちる。


 九郎が小声で言った。


「え、まさか」


 ミケがコピー機の上でしっぽを揺らす。


「ありそう」


 モメンが、ぼそっと言った。


「……最近ちょっと文字ぼやける」


「はぁ!?」


 修司の声が跳ねた。


「お前、配送担当だよな!?」


「うん」


「番地とかで文字読む仕事だよな!?」


「まあ」


「なんでそれを黙ってた!」


「怒られると思って」


「黙ってた結果、もっと怒られてんだよ!」


 九郎が吹き出した。


「マジっスか!? 最速配送なのに見えてないんスか!?」


「笑い事じゃねえよ!」


 ミケがコピー機から軽やかに降りると、モメンのスマホをひょいと奪った。


「あ」


「貸しなさい」


「イベントが」


「人生のイベント発生中よ」


「うまいこと言わなくていいです、ミケさん」


 修司はスマホ画面を見た。


 そして固まった。


「……一日十四時間?」


 モメンが小さく揺れる。


「イベント期間だから」


「寝ろ!」


「ログボもあるし」


「健康よりログボを優先するな!」


「限定装備が」


「お前の目が限定デバフ装備状態になってるんだよ!」


 九郎が興味津々でスマホを覗き込む。


「妖怪でも視力落ちるんスね」


 修司はこめかみを押さえた。


「知らんけど、俺は今モメンの未来が見えない」


 その時だった。


 モメンが小さく震えた。


「……へっくしゅ!」


 瞬間、白い布の体がぶわっと暴れ、書類が舞い、苦情報告書が飛び、ミケのしっぽが逆立ち、コピー用紙の束が崩れ、棚の上で書類整理をしていた紙舞ヒナが紙吹雪のように飛ばされた。


「きゃぁぁぁぁ!?」


「ヒナちゃん!?」


 修司は慌てて両手を伸ばし、空中でヒナを受け止めた。


 紙人形妖怪の小さな事務員、紙舞ヒナは、手のひらサイズの体を震わせながら涙目になっている。


「こ、怖かったですぅ……くしゃみなら先に言ってくださいぃ……」


「ごめん、ヒナちゃん、俺も飛ぶと思ってなかった」


 モメンは鼻をすすった。


「……花粉」


 修司が振り向く。


「お前、花粉症なの!?」


「春きつい」


「布なのに!?」


「妖怪だから」


「妖怪だからで何でも通ると思うなよ!」


 九郎が真剣に頷く。


「花粉、水で流すっスか?」


「やめろ、部屋を水洗いするな」


「でも俺、得意っスよ?」


「だから怖いんだよ」


 その瞬間、電話が鳴った。


 配送管理室の空気が凍る。


 修司は嫌な予感を覚えながら受話器を取った。


「はい、百鬼スタッフサービスでございます」


『荷物が届かないんですけど!』


 受話器の向こうから、怒った女性の声が響いた。


 修司はゆっくり目を閉じた。


 来た。


『追跡だと到着済みになってるんです! でも玄関にも宅配ボックスにもありません!』


「大変申し訳ございません、すぐに確認いたします」


 修司は受話器を押さえ、ゆっくりモメンを見る。


 九郎も見る。


 ミケも見る。


 ヒナも涙目のまま見る。


 全員の視線が、モメンに集中した。


 モメンは目を逸らした。


「……あ」


「お前またかぁぁぁ!」


 十分後、修司はモメンの背に乗り、現場へ向かっていた。


 一反モメンの背に乗る、普通なら感動的な体験である。空を飛ぶ白い布、風を切る速度、街を見下ろす視界、初めて乗った時、修司も少しだけ胸が高鳴った。


 だが今は違う。


 モメンの背に乗る時は、だいたい謝罪へ向かう時である。別の意味で心臓が高鳴る。最初の頃は動悸もした。今では慣れてしまったが、慣れたくなかった。


「モメン」


「なに」


「今回は本当に見つけろよ」


「たぶん大丈夫」


「たぶん禁止」


「おそらく大丈夫」


「言い換えるな」


「高確率で」


「不安しかない」


 モメンは裸眼ならぬ裸布のまま飛んでいる。


 風に乗る速度は確かに速く、都内なら数分で着く。だが、修司は背中の上で思った。


 速いだけなら、迷子も高速移動できるのだ。


 むしろ、これでよくぶつからないな、と感じる速度だ。


 マンション前では、依頼人が当然怒っていた。


「どこ行ったんですか荷物!」


 修司は深く頭を下げる。


「大変申し訳ありません! 只今、配送担当と共に追跡中です!」


 隣でモメンがぼそっと言う。


「たぶんこの辺」


「“たぶん”で仕事するな」


「匂いがする」


「荷物に匂いで追跡要素あったか?」


「段ボールの」


「世の中だいたい段ボールだよ!」


 その時、モメンがふいに上を見た。


「あ」


 修司は嫌な予感で顔を上げる。


「今度は何だ」


「木、見える?」


「木? ああ、街路樹がありますけど、それがどうした今それどころじゃ――」


 言いながら、修司も上を見る。


 街路樹の枝、その上に、荷物が引っかかっていた。


 段ボールが、枝に絶妙な角度で乗っている。風に揺れながら、まるで鳥の巣のように。


 修司は膝から崩れ落ちた。


「なんでだよ!」


 モメンは小さく揺れた。


「電柱だと思った」


「視力終わってるだろ! あと電柱だったとしても、なぜそこに置く!」


「高いところなら安全かなって」


「宅配ボックスを使え! 自然界に預けるな!」


 依頼人は完全に引いていた。


「木の上……?」


 修司は即座に頭を下げた。


「大変申し訳ございません! すぐに回収いたします!」


「どうして木の上に?」


「配送担当の視認能力に重大な問題がありまして」


「それをそのまま言うんですか?」


「もう隠す余裕がありません!」


 モメンが鼻をすすった。


「花粉つら……」


「今それどころじゃねえよ!」


 修司は脚立を借り、必死に荷物を回収した。


 幸い、中身は無事だった。依頼人は呆れながらも、最終的には受け取ってくれた。ただし最後にこう言った。


「次からは普通の配送会社に頼みます」


 修司は深く頭を下げた。


「それが一番安全です」


 モメンが小声で言う。


「営業としてそれでいいの?」


「お前がそれ言うな」


 帰り道、修司は深いため息を吐いていた。


 モメンは珍しく、しょんぼりしている。


「……怒ってる?」


「当たり前だろ」


「でも速いのに」


「速くても届かなかったら意味ねえんだよ」


「……」


「百メートル走が速くても、ゴールテープが見えてなかったら別競技なんだよ」


 モメンは黙った。


 いつものように言い返さない。


 数秒後、小さく言う。


「……以前は見えてたんだ」


 修司は足を止めた。


「ん?」


「夜でも、住所も表札も全部見えてた。マンション名も部屋番号も、飛びながら読めた」


 モメンは空を見上げる。


「でも最近、ぼやける。スマホも近くなら見えるけど、遠くの看板が見えない」


「……」


「配送ミス増えたの、分かってた」


 修司は少し黙った。


 普段はだらしない。ゲームばかりしている。サボる。報告も遅い。それでも、モメンは配送が嫌いなわけではないのだろう。


 速さには自信があった。


 だからこそ、見えなくなっていることを言えなかったのかもしれない。


 修司は短く息を吐いた。


「病院行け」


「嫌」


「なんで」


「注射怖い」


「子供か。視力の相談で注射なんてたぶん無いから」


「目に何かされるの怖い」


「眼科に謝れ」


 さらに数秒後、モメンがぼそっと言った。


「……メガネ高いし」


 修司は固まった。


「お前、給料は?」


「使った」


「何に」


「ゲーム」


「貯金は?」


「ゲーム」


「食費は?」


「ゲーム」


「ゲーム食って生きてんのか!」


「課金は栄養」


「アホかぁぁぁ!」


 結局、修司はモメンを眼鏡屋へ連れて行った。


 妖怪対応可能な、少し変わった店である。とはいえ、一反木綿が眼鏡を選ぶ光景は相当珍しいらしく、店員は明らかに困惑していた。


「……こちら、鼻当ての位置は」


「鼻ないです」


「耳にかける部分は」


「耳ないです」


「では、どこに固定を」


「気合いで」


「店長困らせんな」


 修司が間に入る。


「布にも固定できるタイプでお願いします」


「布に眼鏡……」


「俺も初めて聞いてます」


 モメンは棚の前で真剣だった。


「これ似合わね?」


「布に似合うとかあるのか?」


「ある」


「どの辺が?」


「知的に見える」


「元が布だからな」


「ひどい」


 いくつか試した結果、最終的に黒縁メガネに決まった。


 モメンが装着する。


 数秒、動きが止まる。


「……うわ」


 修司が聞く。


「どうだ」


「めっちゃ見える」


「当たり前だ」


「遠くの文字読める。あの看板、焼肉食べ放題って書いてある」


「今までどんだけ見えてなかったんだよ」


「店員さんの顔も見える」


「見えてない状態で会話してたのか」


「なんか人型だなって」


「失礼すぎるだろ!」


 店員は苦笑いしていた。


 帰り道、モメンは珍しく上機嫌だった。


 黒縁メガネをかけた白い布が、夕方の空をひらひら飛んでいる。変な光景ではある。ただ、どこか誇らしそうだった。


「……修司」


「ん?」


「ありがと」


 小さい声だった。


 修司は少し驚いた。


 それから、いつもの調子で言う。


「その代わり」


「?」


「明日から真面目に働け」


 沈黙。


「……それは別問題」


「ぶん殴るぞ」


「布だから効かない」


「心に効かせるぞ」


「それは嫌」


 モメンは笑ったように、ひらひら揺れながら空へ飛び上がった。


 その瞬間。


「へっくしゅ!」


 強風に混じった花粉が、モメンを襲撃した。


 白い布が大きくはためき、新しい黒縁メガネが勢いよく空中へ吹っ飛んだ。


「あぁぁぁぁ!」


「花粉症まで治るわけねえだろ!」


 夜の街に、修司のツッコミが響いた。


 百鬼スタッフサービス。


 今日も平和。


 ではない。


 だが、荷物はたぶん少しだけ正しい場所へ届くようになる。


 たぶん。


 たぶん禁止である。


百鬼スタッフサービス日報


案件名

最速配送、一反モメン


発生場所

百鬼スタッフサービス配送管理室

都内某マンション前

妖怪対応眼鏡店


発生内容

・一反モメンによる配送ミス多発

・荷物違い、配送先違い、荷物未着の苦情多数

・配送速度のみ異常に高評価

・視力低下が原因の一部と判明

・スマホゲーム一日十四時間プレイを確認

・花粉症による突発的な布暴れ発生


対応者

真壁修司

一反モメン

河城九郎

猫又ミケ

紙舞ヒナ


原因

長時間スマホゲームによる視力低下

本人の報告遅れ

花粉症

配送先確認の雑さ

「山田ならだいたい同じ」という危険思想


被害状況

・荷物が街路樹の上に配送される

・紙舞ヒナが一時飛ばされる

・苦情報告書が室内に散乱

・修司の謝罪回数増加

・モメンのメガネが購入直後に花粉で吹き飛ぶ


改善対応

・一反モメン用黒縁メガネ購入

・配送前の住所確認義務化

・スマホゲーム時間の制限を検討

・花粉症対策を検討

・高所への荷物設置を禁止


モメンのコメント

「メガネ、めっちゃ見える」


修司の感想

速いだけでは配送にならない。

あと、荷物を木の上に置くな。

電柱でも置くな。


百鬼スタッフサービス

今日も最速で問題を起こし、最速で謝罪に向かっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ