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妖怪派遣業  作者: 蜂兎類
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15/16

第十五魔 健康診断と妖怪たち 中編

 まずは問診票の記入から始まった。


 瀬良が受付横の机に用紙を並べる。


「分かるところだけで大丈夫です。人間用の項目も混ざっているので、当てはまらないところは空欄でお願いしますね」


 人間社員たちは比較的静かに書き始めた。


 修司と青木は、比較的静かに問診票を書き始めた。瀬良とナツメは受付補助に回っているため、今は検査を受ける側ではない。葛葉と神代は当然、医療側だ。


 青木はペンを動かしながら、ふと待合スペースを見回した。


 九郎、モメン、ミケ、ヒナ、つゆ、蓮次、冬華。


 顔ぶれは十分濃いが、よく考えると全員ではない。


「真壁さん」


「何」


「そういえば、他の人間社員の方たちは?」


 修司は問診票から顔を上げた。


「他?」


「三門さんとか、御厨さんとか、相馬さんとか。あと、他の妖怪の皆さんもいませんよね」


「ああ……」


 修司も改めて周囲を見渡した。言われてみれば、確かにいない。


 全社員定期健康診断と書かれていたわりには、人数が少ない。


「……本当だな」


「真壁さん、把握してなかったんですか?」


「してない。まず健康診断自体今日の当日知ったしね。九郎が貯水タンクをプール扱いしてたのも今日知った。」


「人間の会社では基本前もって案内がきますもんね」


「俺もそう思う、俺ら大分こっち側に染まってきてるんだろうな」


 その会話を聞いていた葛葉が、診察室側から淡々と口を挟んだ。


「さすがに全社員を一度に集めるわけにはいかない」


 修司と青木が同時に葛葉を見る。


「待ち時間も増える。検査機器も足りない。何より、全員を一日止めれば百鬼の業務に支障が出る」


「ああ、なるほど」


 修司は納得して頷いた。


「確かに、案件対応もありますもんね」


「だから三組に分けた。今日が一組目だ」


「なるほど。ちなみに、どういう基準で組み分けたんですか?」


 葛葉は一切迷わなかった。


「一組目に、全部めんどくさそうな奴らをぶち込んだ」


「やっぱりか。ん?待ってください。じゃあ俺と青木も、葛葉さんから見たらそっちの分類ですか?」」


「安心しろ、それは違う」


「違うんですね」


「お前らは、めんどくさい奴らのお守りとして同じ組に入れた」


「合理的な判断。さすが医者」


「褒め言葉として受け取っておく」


「皮肉です」


「皮肉でも正確なら構わん」


 青木が小さく手を挙げる。


「葛葉先生」


「何だ」


「僕もお守り側なんですか?」


「真壁一人ではツッコミが足りない」


 青木はそっとペンを置いた。


「……真壁さん」


「何」


「僕、普通の事務員として入社したはずなんですけど」


「俺も普通の営業職だと思って入社した、いつのまにか役職がおもり兼ツッコミになっているみたいだ」


 二人はしばらく無言で見つめ合った。


 その横で、九郎が明るく言う。


「じゃあ今日は修司と青木さんが俺らの付き添いっスね!」


 モメンも頷く。


「保護者だな二人は」


 ミケが尻尾を揺らす。


「迷子札も必要かい?」


 ヒナが小さく手を挙げる。


「あ、あの、私は迷子になりません」


 つゆはバッグを抱えたまま言った。


「修司、あたしの付き添いなら、検査後の一杯まで責任を持って」


「まず検査前の一杯から責任を持ちたくはないです」


 蓮次が腕を組む。


「必要なら俺が全員を担いで帰ってやるぞ?」


「酔いつぶれる前提の後片付けの話はやめてください」


 冬華が静かに言う。


「緊張する方がいれば、少し室温を下げますよ?」


「今が適温なので大丈夫です」


「念の為20℃ほど下げなくていいですか?」


「20℃の寒暖差は人間にとっては死活問題なのでやめてください」


 修司は両手で顔を覆った。


「葛葉さん」


「何だ」


「俺と青木だけで足ります?」


「足りるとは言っていない」


「じゃあ何でこの組み分けにしたんですか!」


「被害を一か所にまとめた」


「絶対今日の数値異常が出る、特に内臓」


 そうして、修司と青木が早くも付き添い役として精神的に削られ始める中、問題の妖怪社員たちは、問診票の一行目からそれぞれ別方向に引っかかっていた。

 

 修司、青木、桐生、そして瀬良自身も、空き時間で自分の分を書いている。


 問題は、妖怪社員たちだった。


「既往歴って何スか?」


 九郎が問診票を顔に近づけて聞く。


 修司が答える。


「今までにかかった病気とか、大きな怪我とかだ」


「皿割れは入るっスか?」


「入るんじゃないか?」


「軽いやつも?」


「程度による」


「じゃあ、昔、源爺と川で相撲して岩に頭ぶつけて皿が半分浮いた時は?」


「今すぐ書け、ってか昔から気になっていたんだが、皿って割れたらどうなるんだ?」


「一応鉄よりも強いッスけど割れたらまず力がなくなるッスね、体の一部なので時間がたつと治るッスけど程度によっては数年から数十年かかることもあるッス」


「そうなんか、河童の世界も大変なんだな」


「そうッス、だからそういう時はレンタルしたりするッス」


「……レンタル?レンタルって?」


「これっすね、取れるんッスよ」


 そう言うとおもむろに九郎は皿をスポーンと取り外して何故か青木に手渡した。


「????????????」


 修司と青木は絶句して声が出ていない。その空気を察したのか桐生がスマホを向けながら駆けてくる。


「なんですかなんですか、何か非常に面白い気配がしたんですけど何やってるんですか??」


 流石配信者、取れ高に愛する嗅覚は抜群に高いようだ。


「いや、これ……」


青木が恐る恐る桐生にお皿を手渡す。


「?お皿ですね?なんか見たことある、うわくっせえ!!」


桐生は渡された皿の匂いにおもわずのけ反る。


「え?そんな臭いッスか?」


「え〜めっちゃ匂いますよ九郎さん、これなんなんですかえええええええええ!?」


 その時九郎に初めて視線をむけて、頭頂部にあるはずの河童としてのアイデンティティが無いことに驚く。


「これって、え、え、九郎さんの、皿!?」


「そうッスよ?あ、人間は皿取り外せるの知らないんスかね?」


「多分今あるどの文献にも河童の皿は取り外せるなんて記載はないぞ」


「まじッスか?じゃあみなさん歴史の証人になったっすね!!」


「不思議と嬉しくはねえな」


 修司はすでに疲れている様子だ、まだ健康診断が始まってもいないのに


「そうですか?俺世界初の現場に立ち会えたみたいで結構うれしいですよ」


 青木も驚いてはいるが、嬉しそうだ、だが、先程渡された皿を持った手が気になるのか匂いを嗅いでいる。


「これすごいことですよ真壁さん!!絶対にバズりますって、九郎さん、後で単独で動画回しましょう!」


「いいッスね、どうせなら源爺と二人で皿談議したいッス!」


「それ、いただきです!!」


 アホ二人が盛り上がりすぎているのを横目に、修司は辺りを見渡した。いちおうおもり役としての自覚はあるのだろう。


 ふと天井を見るとどうやらもモメンが困っているようすだ、問診票を見てはいるがペンが進んでいない。


「どうしたモメン、何か分からないところあるのか?」


「修司、一つ質問なんだが」


「何だ?」


「現在服薬しているものがあれば記載って欄があるけどこれって薬のことだよな?」


「そう、現在何か飲んでたり処方されている薬があったら記載するんだ」


「防水スプレーって記入してもいい?」


「それは薬じゃない」


「俺にとっては人間で言うUVケアに近いんだけど」


「一反木綿にUVの概念あったの?しかも防水スプレーで紫外線は遮れないからな!」


「そうなの?」


「そう。検査の後で布に使えるUVカットのやつあったら買ってきてやるよ」


「ありがとう、やさしいな、修司」


「その分バリバリ配達頑張ってもらうからな」


「それは嫌だ」


「即答かよ、いい話で終わらせとけよそこ」


 ふと見ると、ミケは猫の姿のまま、問診票の上に前足を置いていた。問診票を手に取り見てみると何も書いていない。


「ミケ、書かないのか?」


「アタシは猫だからね」


「猫又だろ」


「猫又だけど猫でもあるよ」


「都合のいい時だけ普通の猫になろうとするな」


「健康診断も仕事の一部だ」


「健康診断何て必要ないさ、アタシはずっと元気だよ、どこも悪くなんかないさ」


「自分じゃ分からないことがあるかもしれないから検査をするんだ」


 修司がそう言ってもミケは動こうとはしない。それを見かねて葛葉がミケに伝える。


「ミケ、見た目だけでは分からない不調もある。猫又は長命だ。長く生きる分、変化が緩やかで本人が気づきにくいこともある」


「確かに一理あるけどねえ、今日は日向ぼっこするって決めたのさ」


「終わってからいくらでもすればいいじゃない」


「いや、今、今の日光を浴びたいね」


「今曇ってますけど?」


「もう、つべこべ言うんじゃないよ、アタシは健康だからね、もう行くよ」


 そう言うとそっぽを向いてそそくさと窓の方へと向かいだした。


「分かった、ミケは会社の健康診断がイヤなんだろ?人間基準だからそれに当てはめてやられるのがイヤなんだろう?」


「そ、そうさ、別に注射とかがイヤなわけじゃないんだよ?人間はみな下僕。そんな人間の健康診断に合わせるのが嫌なだけさ」


 その言葉を聞くと修司は納得し悪い顔になる。


「じゃあこうしようミケ、ここの健康診断は受けなくてもいいよ」


 ミケの耳が、ぴん、と立ち、勝ち誇ったような声を出す。


「分かってくれたかい、じゃあここから出しておくれ。やっぱりいつもの場所で日向ぼっこするのが一番だ」


「いや、動物病院に連れていく」


「……動物病院?」


 声が一段小さくなった。


「そう。猫なんだろ?」


 修司は淡々と続ける。


「猫なら猫らしく、動物病院で診てもらった方がいいよな。健康診断、ワクチン、爪切り、歯石チェック」


 ミケの二本の尻尾が、ふわっと膨らむ。


 怒ったというより、驚いた猫がそのまま固まったような反応だった。


「修司」


「何だよ」


「今の、冗談だよねえ?」


「さあ」


「さあ、じゃなくてね」


「アタシは猫だけど、猫又でもあるからねえ。普通の猫とは、ほら、色々違うだろう?」


「さっき猫だから対象外って言っただろ」


「そこは言葉のあやというか」


「じゃあ猫又として健康診断を受けろ」


 ミケは困ったように、尻尾を自分の身体へ巻きつけた。


「うーん……それはそれで、体重とかがねえ」


「動物病院なら体重も測るぞ」


「そういう正論はよくないよ」


 修司はそこで、さらに一歩だけ悪乗りした。

 

「あぁ、ついでに去勢の予約もしておこう。粗相するのも減るかもしれないしな!」


「にゃっ!?」


 ミケの尻尾が二本とも垂れ下がり、目を伏せる。

  

「……ここの健康診断受けるにゃ」


「にゃって今言ったぞ」


「言ってにゃい」


「ハイまた言った。お前、テンパると猫語出るんだな」


「修司」


「何だ」


「それは……ちょっと、怖い言葉だよ」


 怒ってはいない。


 ただ、尻尾を抱えるようにして、しゅんと縮こまっている。


 修司は少しだけ言い過ぎたか、という顔をした。


「いや、本当に連れて行くわけじゃないけど」


「本当に?」


「健康診断を受けるなら」


「受けるよ」


 返事が早かった。


「ものすごく早いな」


「受ける。ちゃんと受けるから、その話はもう閉まっておくれ」


「話を閉まうって何だよ」


「押し入れの奥の、開けちゃいけない箱に入れておくれ」


「そこまで嫌なのか」


 ミケは小さく頷いた。


「嫌だねえ。とても嫌だねえ」


 神代が静かに近づく。


「ミケさん、こちらでは無理な処置はしません。猫又として必要な確認だけです」


「本当に?」


「本当です」


「切ったりしない?」


「しません」


「動物病院に連絡したり?」


「しません」


「例の……その、さっきの処置も?」


「しません」


 ミケはようやく、少しだけ息を吐いた。


「なら、受けるよ」


 出窓から床へ降りる。


 いつもの優雅な着地より、少しだけ足取りが慎重だった。


 修司がぼそっと言う。


「こんなに効くとは思わなかった」


 ミケは修司を見上げた。


 怒るというより、少し恨めしそうな、しょんぼりした目だった。


「修司」


「何だよ」


「猫又にも、言われるとしっぽが縮む言葉があるんだよ」


「すまん」


「分かればいいさ」


 その日、ミケは最後まで大人しく検査を受けた。


 後日、修司の机の上に置いてあった経費申請書が、引き出しの奥へ丁寧に隠されていたはまた別の話。


 問診票の記入が一段落すると、いよいよ基本測定が始まった。神代がリストを確認する。


「まずは身長、体重、血圧から行います。人間社員の方は通常の測定器で。妖怪社員の方は個別に調整します」


 青木が小さく息を吐いた。


「僕、普通の測定器で測れることに安心してます」


 修司も頷く。


「分かる。今日ほど“普通”がありがたい日はない」


 最初に青木が身長計へ乗った。


 何の問題もなく測定が終わる。


「172.1センチです」


 青木は妙にほっとした顔をした。


「ちゃんと数字が出る……」


「青木、普通すぎて泣きそうになるな」


 次に修司も測った。


 これも問題なく終わる。


 神代が数字を記録する。


「真壁さん、去年とほぼ変わりません」


「それはよかったです」


 葛葉が横から言う。


「ただし姿勢が悪い。肩と胃のあたりに疲労が出ている」


 修司が眉をひそめる。


「身長測定でそこまで分かるんですか?」


「そんなもの診断しなくても見れば分かる」


「怖い」


 ミケ口を挟む。


「修司、最近よく胃薬飲んでるからね」


「ミケ、余計なこと言うな」


 モメンも天井から言う。


「最近食べる量も増えてる気がする。ストレスか?」


「要因の一味に心配されちゃあ世話ないな」


 九郎が頷く。


「ツッコミのキレが八割くらいの日あるっス」


「ツッコミで体調を測るのヤメレ!」


 葛葉はタブレットに何かを入力した。


「その見識参考にしておこう」


「何の??」


 身長測定では次のモメンが呼ばれる


「一反モメンさん」


「やっと俺か」


 モメンが天井からふわりと降りてくる。


 黒縁眼鏡をかけた布状の身体が、空中でゆるく波打った。


 神代は普通の身長計を用意していた。


「通常時の全長、最大伸長時、重量、含水率、繊維損傷を確認します」


「はいよー」


「ではここで浮いてください、布の下の先端を底面にくつけてくださいね」


 指示されたとおりにモメンは身長計で図ろうとする、が、身長計の高さからはみ出てしまう。


「こうしてみるとモメンけっこう長いんだな」


 修司がまじまじと見る。


「でしょ?頑張れば3人は乗れる」


「そんなに乗って重さは大丈夫なの?」


「命の危険度は増すけどね」


「それ聞いて試すやつはいねえ」


「どうしましょうか……これじゃあ身長測れませんね」


「神代、これを使え」


 葛葉から手渡されたのはメジャーだった。職人さんたちが使うような金巻のメジャー、5mと表記してある。


「わかりました、モメンさんこちらに寝ころんでピンと張ってください」


「わかった」


 モメンは指示に従い地面に横たわる。


「なんか、敷物みたいだな」


 修司が突っ込む。


「修司、その感想は俺の尊厳を少し踏んでいる」


「敷物にしてはもっとクッション性が欲しいッス」


 九郎が正直な感想を伝える。


「俺は高反発でも低反発でもない。一反だ」


「ちょっと破いていいかしら」


 ミケがウズウズしている。


「やめて、爪をしまって。健康診断で裂傷がつくってどういうこと」


「少しだけよ」


「少しでも嫌だ」


「爪の入り方で繊維の強さが分かるかもしれないじゃない」


「健康診断を爪研ぎ検査にするな」


 その時、待合室の方からつゆの声が聞こえた。


「ワインこぼれたから、モメンちょっと来て」


「……俺は雑巾じゃない」


 修司が頭を抱える。


「つゆさん、まだ検査中です!」


「拭くだけだから」


「だから拭かせる前提で呼ぶな!」


 モメンは床に伸びたまま、静かに言った。


「配送係として呼ばれるなら行く。布巾として呼ばれるなら断る」


 九郎が感心したように頷く。


「誇り高い布ッスね」


「その言い方も嫌だ」


 床にぴんと伸びたまま、モメンが低く言った。


 神代はメジャーの先端をモメンの布端に合わせ、瀬良に反対側を押さえてもらう。


「では、通常時の全長を測ります。モメンさん、力を抜いてください」


「力を抜くと少し縮むぞ」


「通常状態でお願いします」


「通常状態とは何だ。仕事前の俺か、仕事後の俺か、スマホゲームで負けた後の俺か」


「じゃあ、スマホゲームで負けた時で」


 セラがリクエストしたら、モメンの全身の力が抜けて、小さくなる。


「縮んだ!?」


「スマホゲームで10連爆死した後は、確実に短くなる」


「精神状態が物理に出すぎだろ」


「布は繊細なんだ」


「繊細なやつは配達間違いを繰り返さない」


 神代がメジャーを確認する。


「通常時、2メートル86センチです」


 瀬良が記録用紙に書き込む。


「2メートル86センチですね」


 九郎が首を傾げた。


「思ったより長いッスね」


「俺を何センチだと思ってた」


「120くらいッス」


「本気出せばもっとあるし」


 モメンが即座に返す。


 修司は頷いた。


「確かに120センチだったら、完全にバスタオルだな」


「修司、お前までそっち側に来るな」


 神代は次の項目へ移る。


「では、最大伸長時を測ります」


「最大か」


 モメンの布地がわずかに揺れた。


「少し場所を取るぞ」


「どれくらいですか?」


「気分次第だ」


「検査で一番困る答えですね」


 モメンはゆっくり身体を伸ばした。床に広がっていた白い布が、するすると奥へ伸びていく。


 瀬良が慌ててメジャーを引く。


 5メートル。


 ぴん、と金巻メジャーが限界まで伸びた。それでも、モメンの端はまだ先にあった。


「全然足りませんね、どうしましょうか」


 瀬良が少し困った声を出す。葛葉は無言で棚からもう一本メジャーを取り出した。


「継ぎ足せ」


「そんな測り方でいいんですか?」


「相手が一反木綿だ。測れるなら方法は問わない」


 修司が呆れたように言う。


「医療というより現場採寸ですね」


「対象によっては医療も現場仕事だ」


「妙に説得力あるのやめてください」


 メジャーを2本つなぎ、ようやく最大伸長時の端に届いた。


 神代が数字を確認する。


「最大伸長時、6メートル42センチ」


 青木が思わず声を漏らした。


「思ってたよりも長いですね」


「本気を出せばもう少し伸びる」


 モメンが少し誇らしげに言う。


 修司が眉を上げる。


「さらに伸びしろあるのかよ」


「ある。ただし戻る時に少し虚しくなる」


「元の長さに戻るだけで何を失ってんだよ!」


 ミケが2本の尻尾を揺らした。


「6メートルあれば、かなり爪研ぎしがいがあるねえ」


「猫、2回目だ。爪をしまえ」


「ほんの端っこだけ」


「端っこでも俺だ」


「いい言葉ですね」


 瀬良が思わず頷く。修司は瀬良を見る。


「感動するところか?」


「ちょっとだけ」


「ちょっとだけかい」


 モメンが床から言った。


次は重量測定だった。


 神代が用意したのは、通常の体重計ではなく、吊り下げ式の測定器だった。


 大きなフックのような器具に、布をかけて重さを測る仕組みらしい。


 モメンはそれを見上げて、しばらく黙った。


「神代」


「はい」


「これは洗濯物では?」


「測定器です」


「どう見ても干される流れだ」


 修司が器具を見て頷く。


「確かに、物干し感はあるな」


「修司、今俺は味方が欲しい」


「悪い。これはちょっと物干し感が強い」


「正直者め」


 九郎が明るく言う。


「でも風通し良さそうッスよ」


「乾かす前提で話すな」


 神代は丁寧に説明した。


「通常の体重計では、床に接している面積や伸び方で誤差が出ます。吊り下げて測った方が安定します」


 モメンはしぶしぶ測定器にかけられた。


 白い布状の身体が、ふわりと吊られる。


 その姿を見て、九郎が思わず言った。


「やっぱり洗濯物ッスね」


「河童、帰りは包む」


「何で俺だけすぐ巻かれるんスか!」


「発言が軽いからだ」


 測定器が数値を示し、神代が確認する。


「重量、前回より少し増えています」


 モメンが揺れた。


「太ったのか?」


「布にその概念あるんですか?」


 青木が真面目に聞く。


「ある。気分的に」


「気分なんですね」


 葛葉が近づき、モメンの表面を確認する。


「水分を含んでいる可能性が高いな、でも昨日の雨の中配達はなかったよな?」


「……ガチャ負けてむしゃくしゃして天気悪かったけど外飛びまわった」


「乾かしてから来い」


「健康診断のために乾かすのは、普段の状態ではないだろう」


 修司が悔しそうに顔を歪める。


「正論に聞こえる自分が怖い」


「だろう」


「湿気てたら通常の状態じゃないから次からはちゃんと乾かせ」


「ドライヤー好きじゃない、以前少し焦げたし」


「お前な、濡れていても関係なく天井にいるから水がしたたり落ちてくるんだよ」


「次から濡れたら俺がやってやるから」


「じゃあ、我慢する」


 横では紙舞が普通の体重計で体重を測ろうとしている。


「紙舞ヒナさん、こちらで体重測りますよ」


 それを見て神代が誘導する。


「は、はいっ」


 ヒナが小さな身体で前へ出る。


「ヒナさんはこちらです」


 用意されたのは、透明な風防付きの精密計量器だった。風が測定の邪魔をしないように密閉された空間の中に電子はかりが置いてある。


 ヒナがそれを見つめる。


「……閉じ込められるんですか?」


「測定中だけです」


「もし戻ってこなかったら」


「戻ります」


「修司さん」


「何?」


「机の二段目に、お菓子があります、私がいつかいいことがあったら食べようと思っていたやつです、それを……」


「いや遺言みたいなのやめて?」


「賞味期限が近いので……」


「え、何収監されると思ってる?心配しなくてもすぐ戻れるから」


 その言葉を聞き、ヒナは覚悟を決めたように、精密計量器の中へ入る。


 風防が閉じる。


 数字がゆっくり動いた。


「28.4g」


 神代が記録する。


 風防が開き、出てきたヒナが小さく震えた。


「……死ぬかと思いました」


「だから心配ないって言っただろ?」


「はい、娑婆の空気は美味しいとはこのことです」


「出所かよ」


「祝杯をあげたい気分です」


「私が付き合うわよ」


 順番待ちのつゆが手にシャンパングラスをすでに2つ持っている。


「どっから取り出したんだよそれ。あとヒナちゃん水分NGだからな」


「ちゃんと乾けば大丈夫よ」


「ふやけて破れたら大変だから駄目です」


「ちゃんと乾けば大丈夫よ」


「ふやけて破れたら大変だから駄目です」


「じゃあ、ストローで少しだけ」


「水分自体駄目だって何故伝わらん」


 修司が止めると、つゆは不満そうにシャンパングラスを見下ろした。


「健康診断って、思ってたより自由がないわね」


「健康診断を何だと思ってるんだ」


「私はまだお酒の量で診断するの諦めてないからね」


「もうそれは葛葉さんに言ってください」


 そのやりとりの横で神代が静かに手を差し出す。顔は笑顔だが、目は笑っていない。


「雨坂さん、グラスをこちらへ」


「……はい」


 つゆは少しだけ名残惜しそうに、2つのグラスを神代へ渡した。


 その横で、ヒナがほっとしたように胸を押さえる。


「私、破れずに帰ってこられました」


「だから最初から帰ってこられるって言っただろ」


「でも、あの透明な箱の中に入った瞬間、人生を見つめ直しました」


 葛葉が記録を確認しながら言う。


「紙質、水分量、体重変化は経過観察だな。大きな異常はない」


 ヒナはぱっと顔を明るくした。


「本当ですか?」


「ああ。ただし、コピー機の排熱口付近で寝るのは控えろ」


「……どうしてそれを」


 葛葉は視線を上げずに答えた。


「紙の端が微妙に乾燥している」


 修司がヒナを見る。


「ヒナ、またコピー機で暖を取ってたのか」


「だって、あそこ、ほんのり温かくて……」


「猫じゃないんだから」


 出窓からミケがゆっくり尻尾を揺らした。


「コピー機の上は誰にも譲らないよ」


「そこ張り合うな、後コピーしたい時はどいて、マジで」

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