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妖怪派遣業  作者: 蜂兎類
PR
13/16

第一三魔 新築マンションと逢魔人材開発 後編

修司は小さく息を吐いた。


「要求が出た」


 三門が頷く。


「流れ。社。返還、とてもわかりやすい要求じゃないか」


 その時、階段上から長岡の声が響いた。


「何をしているんです! 早く止めてください!」


 修司が振り返る。


「今、対処方法を確認しています! 不用意に刺激しないでください!」


「対処? 水にですか?」


「だから今説明してる場合じゃ――」


 夜蜘蛛レイが小さく笑った。


「依頼主がお急ぎみたいね」


 修司の表情が変わる。


「夜蜘蛛さん」


「何?」


「絶対に手を出さないでください」


「どうして?」


「今、求めているものがわかった、交渉できる可能性がある」


 夜蜘蛛は黒い水を見る。


「交渉?この怪異と?」


「そうです」


「何時間かけるつもり?」


「必要ならいくらでもかけます。もちろん、こちらの対処できる範囲内ですが」


 夜蜘蛛は微笑んだ。


「それが百鬼の甘いところよ」


 彼女の指先に、細い糸が光った。それに反応しつゆが立ち上がる。


「やめなさい」


 夜蜘蛛はつゆを見る。


「命令?」


「忠告よ、手を出すと危険だわ」


「あなたから忠告?そんなものを素直に聞くと思って?」


「水場で蜘蛛が勝手するなって言ってるの」


 修司が一歩前へ出る。


「夜蜘蛛さん、本当に待ってください。ここで拘束をかけたら、何が起きるか分からない」


 笑面ギンが静かに言った。


「そちらの言い分は分かりました、が、弊社は依頼者の要望を優先します」


 修司が笑面を見る。


「今、相手が何者かすら完全には分かってないんですよ」


「だからこそ早期制圧が必要です」


「原因を見ずに?」


「現象が止まれば、工事は再開できるとふんでおります」


「もし現象が再発したら?」


「もちろん再対応を致します。弊社はアフターフォローも抜け目なく行うのがモットーなので」


「それ営業としては正しいかもしれないけど、怪異対応として最低ですよ!」


「無理にふさいで違うところから出てきたものをまたふさぐ、それを繰り返していくと空気をずっと送り込んだ風船と同じだ、いずれパンクします!」 


 笑面ギンは笑顔のままだった。


「見解の相違ですね、怪異そのものを封印してしまえばもう力が供給されることはなくなります。封印、いや、消滅させた方が一番安全かもしれませんね」


 夜蜘蛛の糸が伸びる。それを見て修司が叫んだ。


「待て!」


 つゆも声を上げた。


「触るな!」


 だが、一瞬遅かった、糸が黒い水面へ触れた。それに呼応するように地下全体が鳴った。


 ばちん。巨大な何かが切れたような音。黒い水が、一気に膨れ上がる。


 蓮次が叫んだ。


「全員下がれ!」


 修司の腕を掴み、後ろへ引く。シンが風を起こし、三門を水際から押し戻す。


 つゆは水面を睨んだ。


「だから言ったでしょう!」


 夜蜘蛛も初めて笑顔を消した。


「……思ったより深いわね」


 修司が叫ぶ。


「感想言ってる場合か!」


 水が黒い腕のように伸びてこちらへとむかってくる。作業用照明が一斉に消える。


 鈴が鳴る。


 ちりん。


 ちりん。


 ちりん。


 無数の音。


 次の瞬間、地下階段の方向から悲鳴が上がった。


「うわっ!」


 入口付近にいた現場監督が、黒い水に足を取られた。


 蓮次が即座に走る。


「動くな!」


 鬼の腕が作業員を掴み、強引に安全側へ引き戻す。


 水の腕が蓮次へ伸びる。


 だが蓮次は避けなかった。


 作業員を背後へ庇い、低く吠える。


「人に触るな!」


 黒い水が一瞬ひるむ。


 その隙に鴉丸シンが風を叩き込んだ。


「真壁! 出口を確保する!」


 渦を巻いた風が地下通路を走り、黒い水の進行を押し返す。だが完全には止まらない。


 シンが歯を食いしばる。


「重い……水だけじゃない! 何か混じってる!」


 三門は壁際で手帳を押さえていた。


 視界には、現在の地下設備室と、過去の水路が重なっている。


 石段 鳥居 水路 人影。


 現実と記憶の境界が崩れ始めていた。


「三門さん!」


 修司が叫ぶ。三門は額を押さえながら答えた。


「聞こえてる!」


「大丈夫ですか!」


「大丈夫じゃない。でも記録はできる」


「そこは逃げてください!」


「今逃げたら原因が分からなくなる!」


 その時、轟音が響いた。骸堂無玄が、崩れかけた仮設壁を片腕で支えていた。


「おおっと! こいつは本気でまずいな!」


 修司が振り返る。


「骸堂さん!」


「先に人を出せ! ここは俺が持つ!」


「逢魔なのにまともなこと言ってる!」


「ちょ、お前、俺を何だと思ってるんだ!」


「すみません!」


 笑面ギンもすでに動いていた。


 先ほどまで営業笑顔を浮かべていた男は、地上へ続く無線を取り、現場事務所で待機している作業員の退避を指示している。


「現場にいる人員、全員退避。人数確認を急いでください。一名ずつ氏名を読み上げ、重複確認を。慌てて走らせないでください。転倒事故を起こせば二次被害になります」


 修司は一瞬だけ笑面を見た、腹は立つがやはり優秀だ、仕事は出来る。だが一緒に働きたくはないなと思った。


「修司!」


 つゆの声が飛び、修司がそちらの方向へ向き直る。


 つゆは黒い水が触るギリギリのところに立っていた。


「今ならまだ戻せる!」


「どうすれば!」


「出口を増やす!」


「出口?」


「さっき三門が言ったでしょう! ここは最後の逃げ道なの! 水路を全部塞いだから、ここに集まってる!」


 三門も顔を上げる。


「旧水路の南東側だ!」


 彼は手帳を開き、震える指で図面を示した。


「建物を抜けた先。シンが上から見つけた湿りの濃い場所。あそこに圧が溜まってる!」


 修司はすぐに無線を取った。


「地上! 南東側の資材置き場を空けてください!」


 返事より先に、長岡の声が割り込む。


『何をするつもりです!』


「流れを作ります!」


『勝手に掘削など――』


「今それ言ってる場合ですか!」


『工事計画にない作業を――』


 修司はついに叫んだ。


「じゃあこのまま地下全部を黒い水に沈めますか!」


 無線の向こうが黙る。修司は続けた。


「専務。あなたは工期が大事だと言った。だったら今は、現場を残す方を選んでください!」


 数秒後、長岡が低く答えた。


『……必要最小限でやってください』


「最初からそうします!」


 その時、夜蜘蛛レイが濡れた糸を見つめながら舌打ちした。


「私の糸だけでは押さえきれないわね」


 つゆが彼女を見る。


「当たり前でしょ!でももうここまで来たら協力してもらうわよ馬鹿蜘蛛!」


「今は喧嘩してる場合じゃないわ」


「あなたが言う?」


「言うわよ。これでも責任を感じる心は持ってるのよあなたと違って。で、雨坂さん」


 夜蜘蛛は黒い水へ視線を戻した。


「流れを作れば、本当に静まるの?」


 つゆも水面を見たまま答える。


「保証はしない」


「百鬼らしい返事」


「でも、押さえ込むより可能性はある」


 夜蜘蛛は思考を巡らせ、指先を動かした。今度は黒い水を縛るためではない。


 細い糸が地下通路の左右へ伸び、仮の水路のような形を作った。


「なら、流れを作るまで散らさない。これでどう?」


 つゆが一瞬だけ夜蜘蛛を見る。


「……悪くない」


「褒めた?」


「調子に乗らないで」


「本当に可愛くないわね」


「今それやる!?」


 修司の叫びが地下に響いた。


   ◆


 地上では、青木尊が送った旧地図をもとに、南東側の位置が特定された。


 さらに桐生ナツメが、古い個人のブログの写真から水守社の向きを割り出していた。


『真壁さん!』


 スマホ越しにナツメの声が響く。


『昔の写真、鳥居の背後に鉄塔が写ってます! 今も同じ位置に鉄塔があるので、社の向きを絞れます!』


「そんなことまでできるんですか!」


『配信者を舐めないでください! 映像の背景特定は基本です!』


「怖い基本だな!俺のアカウントは鍵かけとかないとな!!」


『あと、これ絶対動画にしたら――』


「しない!」


『まだ最後まで言ってない!』


「言わなくても分かる!」


 別の通話では、瀬良アキが依頼元と地元関係者への連絡を進めていた。


『真壁さん、古くからこの地域に住んでいる方と連絡が取れました』


「瀬良さん?」


『水守社について、ご存じです。小さな社でしたが、昔は農業用水の分岐を守る場所として大切にされていたそうです』


「やっぱり」


『ただ、再開発が始まる少し前から管理者がいなくなり、その後どうなったかは分からないとのことです』


「ありがとうございます。引き続きお願いします」


『はい。あと、相馬さんにも契約関係を確認していただいています』


 修司が一瞬止まる。


「相馬さん?」


『ダブルブッキングの件です』


 アキの声は変わらず丁寧だった。


『かなり怒っています』


 修司は長岡の方角を見る。


「専務、ご愁傷様です」


     ◆


 南東側の地面を開くと、古い石積みの一部が出てきた。


 完全な水路ではない。だが、人の手で作られた導水路の跡だった。骸堂無玄が土砂をどかしながら豪快に笑う。


「おお! 本当にあったぞ!」


 シンが上空から位置を確認する。


「そこだ! あと半間、東!」


 三門が地下図面と過去の記憶を照合する。


「合ってる。昔の流れと重なる」


 黒い水の水面から無数の手がこちらへとゆっくり向かってきている。何かを訴えたいのか、生きずりこもうとしているのかは分からない。


 修司は無線で地下と地上を繋ぐ。


「つゆさん! 出口、見つかりました!」


『開けて!』


「今やってます!」


『急いで! 夜蜘蛛の糸、もう持たない!』


 その言葉に、地下で夜蜘蛛が顔をしかめる。


「余計なこと言わないでくれる?それに、まだ、まだ余裕、よ」


 つゆは黒い水を抑えながら返す。夜蜘蛛は強い言葉とは対照的にきつそうな声を出している。


「事実でしょう」


「あと十分は、持つわ」


「五分ね」


「いや九分」


「七分」


「値切るな!」


 地下で修司が叫んだ。


「あんたら意外と余裕だな!」


 やがて、古い水路跡の一部が開く、その瞬間。地面の奥から、水音がした。


 ちょろちょろとした小さな音。だが、その音を聞いたつゆが顔を上げる。


「来た」


 地下の黒い水が動いた。今まで無秩序に膨れ上がっていた水面が、僅かに南東側へ引かれる。


 三門が叫ぶ。


「流れが戻り始めた!」


 シンが風を送る。


「なら道を作る!」


 夜蜘蛛レイも糸の角度を変える。


「散らさないわよ!」


 骸堂無玄が地上から石積みを押し広げる。


「もっと流せ!」


 蓮次は作業員を安全区域へ誘導しながら、地下入口を守る。


「全員、線より前へ出るな! 見物するな! これは作業じゃない、退避中だ!」


 笑面ギンは施工会社側をまとめていた。


「人数確認を繰り返してください。誰か一人でも所在不明なら、勝手に探しに行かず私へ報告を」


 修司は走り回りながら思った。腹は立つ、本当に腹は立つ。


 だが、逢魔は仕事はちゃんとする、朝、青木に話した通りだった。


 悪徳企業なら簡単だった。有能だからこそ、面倒なのだ。ただ、その仕事に対しての向き合い方が百鬼とは根本的に違うのが問題なのだ。


     ◆


 黒い水は少しずつ引いていっているが、完全には消えなかった。


 三門が水面を見つめつぶやく。


「まだ足りない」


 修司が息を切らしながら聞く。


「何がです?」


「流れだけじゃない」


 水面の鳥居のその奥の顔のない影。三門は手帳を見る。


「要求は三つだった」


 つゆが答える。


「流れ、社、返せ」


 沈黙。黒い水面が揺れる。つゆが静かに立ち上がった。


「仮でいい。社を戻す」


 修司が聞く。


「今ここで?どうやって?」


「正式な再建には時間がかかる。でも、人間側が戻す意思を見せないと終わらない」


 三門も頷く。


「記憶の中では、社は境界点だった。流れだけ戻しても、境目がない」


 修司は長岡を見る。


「専務」


「今度は何です」


「水守社を再建してください」


 長岡の顔が引きつる。


「は?」


「まず仮社。その後、正式な祠を元の役割に近い場所へ再設置する」


「そんなものに工事計画を変更しろと?」


「はい」


「簡単に言わないでください!」


 長岡の声が荒くなる。


「設計変更、管理組合への説明、土地利用、費用負担。どれだけ手間がかかると思っているんです!」


 修司も引かなかった。


「その手間を省いた結果が今です、このままだとまた再発するどころか、悪化する羽目になるのが目に見えてます」


「証明できるんですか?」


「少なくとも旧水路は出た。祠の跡も資料で確認できた。撤去した事実もある。そして、黒い水は流れを戻したことで弱まった」


 長岡は黙る。


 修司は続けた。


「あなたは工期が大事だと言った。分かります。会社には会社の責任がある。それも理解します」


 修司の声は怒鳴り声ではなかった。


 だが、はっきりしていた。


「でも、土地に元からあったものを勝手に壊しておいて、問題が起きたら『そんなものは信じない』では通らない」


 長岡の眉が動く。蓮次が前へ出た。鬼の巨体に、長岡が僅かに身を固くする。だが蓮次は怒鳴らなかった。


「謝れとは言わん、まだな」


 修司が横を見る。


「まだなんですね」


「原因を確認せず頭を下げても、それは謝罪じゃない」


 蓮次は黒い水を見る。


「だが、こちらが壊したものを戻す。塞いだ流れを戻す。それを約束した上で、初めて頭を下げる意味がある」


 長岡は何も言わない。その時、修司のスマホが鳴った。


 相馬律からだった。


『真壁。瀬良さんから状況を聞いたぞ』


「相馬さん」


『依頼元へ伝えてくれないか』


 いつも真面目な相馬の声が、今日は特に硬い。


『未開示の二重依頼については、契約上重大な問題があります。また、今後の祠再建、水路復旧、土地管理について責任範囲を文書化しなければ、百鬼は継続対応できません』


 修司は長岡を見る。


「聞こえました?」


 長岡の頬が僅かに引きつる。相馬は続ける。


『なお、解決した一社だけに報酬を支払うという条件は、少なくとも弊社は承諾していません』


「ですよね」


『当然です』


 その時、夜蜘蛛レイが横からスマホへ顔を近づけた。


「逢魔も請求するわよ」


 修司が驚く。


「夜蜘蛛さん?」


「当然でしょう。働いたんだから」


『どなたですか』


「逢魔人材開発専務、夜蜘蛛レイ」


『……競合ですね』


「ええ」


『今回に限り、意見が一致したようですね』


「気が合うわね」


『それは否定します』


 修司は思わず吹き出した。


「相馬さん、強いな」


 結局、長岡は折れた。


 百鬼と逢魔、双方への出動費と作業費、仮社の設置、旧水路の一部復旧。正式な水守社再建に向けた協議、今後の土地管理責任。


 すべて書面化することになった。


     ◆


 仮社の設置には、境界を示す白いものが必要になった。


 修司は嫌な予感と共に、追加派遣で到着した一反モメンを見た。


 モメンも修司を見た。


「俺を見たな?」


「見ました」


「その目、嫌な予感しかしない」


「頼みがあるんだが」


「断る」


「まだ言ってない」


「顔で分かる、自分にしかできないけど自分がやるのはとてもいやなお願いということが」


 つゆが横から言う。


「白くて長いものが必要なの」


 モメンが固まる。


「俺?」


「適任」


「俺、配送担当なんだけど」


「今日だけ境界担当」


「職種が雑に増える!」


 結局、モメンは仮社の周囲を白く囲うことになった。


「俺、布の尊厳を失ってない?」


 修司が真顔で答える。


「仕事です」


「その言葉で全部押し切れると思うなよ!」


 仮社には、水、米、塩、酒が供えられた。


 つゆが自分の空き缶を置こうとして、修司に止められる。


「それは駄目です、ってかいつ空にしたんだよ」


「舐めないで、あの時のものはとっくに飲み終わった過去の男よ、この子は6番目」


「あのシリアスな展開でそれだけ飲みすぎい!」


「日本酒だってお清めに使うじゃない。それと一緒よ」


「それとこれとは話が違うし、まず空缶だしね、せめて日本酒持ってきて欲しかった」


「もちろん持ってきてたわよ」


「本当ですか?」


「空の瓶が車に転がってるわよ?」


「飲み終わってるじゃねえか!」


 夜蜘蛛レイが呆れたようにつゆを見る。


「あなた、本当に変わらないわね」


「あなたにだけは言われたくない」


「また始めるな!」


     ◆


 準備が整う、旧水路には仮の流れが戻り、仮社が置かれ、正式な再建も文書で約束された。


 黒い水面の前に、蓮次が立つ。修司が横から見た。


「蓮次さん」


「分かってる」


 蓮次は深く息を吸った。


 そして、頭を下げた。


「申し訳なかった」


 地下が静まる。それは、反射的な謝罪ではなかった。


 一連の流れできちんとした手続きを行わなかったこと、神社の氏神にきちんと相談し神様を別の場所へ移す「御霊抜き(みたまぬき)」の儀式を行わなかったこと。


 そのまま、隠すように建設を進めてしまったこと、全てに対しての心からの謝罪だった。


「人の都合で流れを塞ぎ、社を壊した。それはこちらの非だ」


 黒い水が僅かに揺れる、蓮次は頭を上げない。


「だが、ここで人を引きずれば、あんたが守ってきた水場そのものが恐れられる。社を戻す。流れも戻す。忘れぬよう記録も残す」


 三門が手帳を開く。


「俺がきちんと記録する」


 つゆが続ける。


「水も私がきちんと戻すわ」


 修司は契約書を見る。


「人間側の責任を果たします」


 黒い水面に映っていた鳥居が、ゆっくり遠ざかる。顔のない影が立っているが、その姿が薄くなっていく。


『忘れるな』


 三門のペンが止まる。


 修司も聞いた。つゆも、蓮次も、シンも、そして逢魔の三人も。


 修司は静かに答えた。


「忘れません」


 最後に一度ちりん、と鈴の音が鳴り、黒い水が引いていく。最初に聞いた音と違い、とてもよく澄んだ鈴の音だった・


 最後に残ったのは、小さな石片だけだった。


 三門が拾おうとして、蓮次に止められる。


「待て」


「記録用だ」


「素手で触るな」


「分かってる」


 修司はそのやり取りを見て、ようやく肩の力を抜いた。


「終わった……」


 夜蜘蛛レイが横から言う。


「ずいぶん時間がかかったわね」


 修司は振り返る。


「誰かが途中で糸を突っ込んだからです」


「あら。結果的に共同作業になったでしょう?」


「原因側が言うな!」


 つゆも夜蜘蛛を見る。


「次、水場で勝手に糸を出したら沈めるわよ」


「次は水に沈まない糸を用意するわ」


「反省しなさいよ!」


 笑面ギンはいつもの笑顔で長岡へ向き直った。


「それでは後ほど、弊社分の請求書を送付いたします」


 長岡の顔が引きつる。


「……百鬼さんからも来るんですよね」


 修司は笑った。


「もちろんです」


「二重に?」


「最初から二社呼んだのはあなたでしょう」


 長岡は初めて、本気で後悔した顔をした。骸堂無玄が豪快に笑う。


「ははは! 高くついたな!」


 修司は思った。今日一番、正しいことを言ったのが、まさかのがしゃどくろだった。


「長岡さん、最後に、1つご忠告いたします。支払いに関しては人対人の契約と違い、相手は妖怪の会社だということを肝に銘じて、決してごねらず、値切らずに速やかに行うのが身のためですよ」


 修司のその言葉を聞き、長岡はその場にへたり込むが、それを横目に百鬼も逢魔も撤収していった。


     ◆


 夕方、百鬼スタッフサービスへ戻ると、青木が真っ先に顔を上げた。


「お疲れ様です」


「ただいま」


 修司は疲れ切った声で答える。青木は少し迷ってから尋ねた。


「それで……逢魔の人たち、本当にいたんですか?」


「来たよ、現場を混乱させてくれたよ」


「どうでした?」


 青木のどうとでも答えられる質問に対して修司は背を向け自分の席へ座った。


 数秒考える。


「青木」


「はい」


「会ってみたいとか思わない方がいい」


「そこまでですか」


「余計な仕事が増えるぞ」


 つゆが後ろから入ってくる。


「特に向こうの専務」


「つゆさん、また喧嘩したんですか?」


「してない」


 修司が答える。


「しました」


「余計なこと言わないで」


 少し離れた席では、桐生ナツメが目を輝かせて待っていた。


「真壁さん!」


「嫌な予感」


「現場映像あります?」


「ありません」


「逢魔との初合同案件ですよ!?」


「合同にした覚えはない」


「でも百鬼と逢魔が同じ現場で――」


「配信しません」


「まだ何も言ってない!」


「言う前に止めた」


 そこへ狐火マリが近づいてくる。


「でも、会社紹介として競合他社との――」


「マリまで乗るな!」


 ナツメとマリが顔を見合わせる。


「いけると思います?」


「構成次第、かけあってみる?」


「二人ともやめろ!」


 青木はその光景を見ながら、静かに書類へ視線を戻した。


 天井では一反モメンが伸びている。


「今日は配送よりひどい仕事した……」


 コピー機の上ではミケが寝ている。


 紙舞ヒナは書類の山から顔だけ出していた。


 青木は小さく呟く。


「……やっぱり、ギリギリ前職よりいいかな」


 修司が聞きつける。


「まだそう思えるなら、この仕事は天職だよ」


「両親への仕送りがありますから」


「それ言われると何も言えないんだよな」


     ◆


## 百鬼スタッフサービス日報


**案件名**

新築マンション地下黒水および旧水守社跡対応


**発生場所**

東央都市開発関連・十五階建て新築マンション建設現場


**発生内容**

旧水路の遮断および水守社撤去に伴い、地下設備フロアで黒い水、鈴音、呼び声、存在しない鳥居影等が発生。

作業員一名が呼び声に誘導されかける。


**依頼上の問題**

依頼元が百鬼スタッフサービスおよび逢魔人材開発へ無告知で同時依頼。

「先に解決した一社へ報酬を支払う」と主張。

後に契約条件を修正。


**百鬼側対応者**

真壁修司

雨坂つゆ

轟蓮次

三門慧

鴉丸シン


**社内支援**

瀬良アキ

青木尊

桐生ナツメ

相馬律


**追加対応**

一反モメン


**逢魔側対応者**

夜蜘蛛レイ

笑面ギン

骸堂無玄


**対応内容**

現場外周調査

湿潤地点の確認

旧水路経路推定

上空地形調査

旧地図・航空写真調査

地域伝承およびネット記録確認

作業員聞き取り

地下怪異現象確認

旧水路一部復旧

仮社設置

正式な水守社再建に向けた契約文書化


**被害状況**

作業員一名が軽度の怪異影響。

地下仮設設備一部破損。

夜蜘蛛レイの糸、一部水没。

一反モメンの布としての尊厳、大幅低下。


**特記事項**

逢魔人材開発との競合対応は、胃に悪い。

ただし能力は高い。

認めたくはない。


**修司の感想**

手のかかるのが増えたらツッコミが間に合わない。


**百鬼スタッフサービス**

今日も、人と妖怪と怪異の間で、なんとか仕事をしています。


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