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妖怪派遣業  作者: 蜂兎類
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12/16

第一二魔 新築マンションと逢魔人材開発 中編

百鬼は、まず地下へ入らず、周辺を調査することにした。


 その判断に最も苛立ったのは長岡だった。


「問題は地下でしょう」


 長岡は現場事務所前で腕を組み、修司たちを見ていた。


「電話でも伝えたはずです。黒い水も、鈴の音も、呼び声も、全て地下で起きている」


 三門慧は手帳を開きながら、静かに答えた。


「現象が地下で起きていることと、原因が地下にあることは同じじゃない」


 長岡の視線が三門へ向く。


「どういう意味です?」


 三門は地面を指した。


「水は動く。人の思念も動く。怪異ならなおさらだ。地下設備室に出ている黒い水が、そこで生まれたとは限らない。流れ込んだ結果、そこから出ているだけかもしれない」


「では、何をするんです」


「外周を見る」


 三門は簡潔に答えた。


 長岡の顔に、はっきりと「時間の無駄だ」と書かれる。


 その様子を見た修司が補足する。


「まず建物の周辺に異常がないか確認します。土地の勾配、湿り、旧水路の可能性、地盤。怪異案件でも、最初から怪異だけを見るわけじゃありません」


 夜蜘蛛レイが少し離れた場所から笑った。


「ずいぶん地味ね」


 つゆが振り返る。


「調査ってそういうものでしょ」


「私はもっと早く終わる方法を知ってるけど」


「聞いてない」


「教えてあげましょうか?」


「いらない」


「相変わらず可愛くないわね」


「あなたに好かれるくらいなら今のままでいい」


 修司が二人の間に顔を出す。


「お願いだから、検証中くらい喧嘩を休んでください」


 つゆと夜蜘蛛が同時に修司を見る。


「向こうが始めた」


「雨坂さんが始めたのよ」


「子供か!」


 修司の叫びを背に、三門はすでに歩き始めていた。


 建物北側。


 そこでつゆが足を止める。


「ここ」


 修司が近づく。


「何かあります?」


 つゆは地面を指した。


「色がついてるわ」


 確かに、舗装の一部だけが僅かに黒い。


 雨は数日降っていない。


 近くに水道設備もない。


 つゆはしゃがみ込み、指先で地面の継ぎ目へ触れた。


「湿ってる、染み出してきているわね」


 修司も膝を曲げる。


「地下水ですか?」


「地下水ではあると思う。でも普通じゃない」


「何が違うんです?」


 つゆは少し考えた。


「流れ方が普通じゃないわね」


「もう少し人間向けにお願いします」


「低い場所へ逃げようとしてないのよ」


 つゆは指先についた水分を見た。


「普通なら、水は通りやすい方へ上から下へ行く。でもこれは、昔あった道を探してるみたいに動いてる」


「昔あった道?」


「多分依然と追ってた場所ね、水路か何かだと思うわ」


 三門が横から口を挟む。


「位置を記録する」


 三門は地図に印をつけた。


「よし、これでいい。次の湿りを探すぞ」


 一行は東側へ回る。


 数分後、別の湿った地点のさらに南東側。


 また一か所発見し、そこを三門は無言で印をつなぐ。


 修司が覗き込む。


「曲がってますね」


「蛇行してる」


 三門は地図を見たまま答えた。


「人工配管なら、この形は不自然だ。昔の用水路か、小川の跡に近い」


 その時、上からシンの声が飛ぶ。


「三門!」


 全員が見上げる。


 鴉丸シンは足場の高所から、地面を見下ろしていた。


「今つないだ線、そのまま建物の下へ入ってるぞ!」


 三門が声を張る。


「出口は?」


「南東側! だが建物の反対側で途切れてる!」


 シンは少し移動し、上空からさらに確認する。


「真壁! 湿りの色が、建物を境に変わってる! 北西側は薄い、南東側は濃い!」


 修司は建物を見る。


「つまり……」


 三門が答える。


「建物の基礎か地下構造物が、昔の流れを塞いでる可能性がある」


 つゆは腕を組んだ。


「やっぱり詰まってる」


 修司は小さく息を吐いた。


「到着時の感覚、当たってましたね」


「でしょう?」


「悔しいけど」


「なんで悔しいのよ」


 少し離れた場所で見ていた笑面ギンが、穏やかな声を上げた。


「しかし、それだけでは怪異の証明にはなりませんね」


 三門が笑面を見る。


「誰も証明したとは言ってない」


「では、まだ仮説」


「そうだ」


「随分と時間をかけますね」


 三門は笑面から視線を外し、手帳へ書き込んだ。


「時間をかけずに間違えるよりましだ」


 笑面の笑顔が僅かに深くなる。


「なるほど。百鬼らしい」


 修司はその二人を見ながら呟いた。


「褒めてないんだろうな、あれ……」


     ◆


 次に必要なのは、土地の履歴だった。


 修司は青木へ電話をかけた。


『はい、青木です』


「青木。土地資料、追加で追えるか?」


『何か分かったんですか?』


「昔の水路っぽいものがあった。旧地図、航空写真、祠、井戸、神社、小さい水利施設。何でもいいので探してくれ」


『分かりました』


 少し間が空く。


『あの、真壁さん』


「はい?」


『現場、怖いですか?』


 修司は目の前の光景を見わたした。


 地面を調べる三門、水の流れを感じ取るつゆ。


 上空を飛び回る鴉丸シン、腕を組んで周囲を警戒する蓮次。


 少し離れた場所でこちらを観察する逢魔の三人。


 そして、苛立った顔で腕時計を見る長岡。


「怪異よりも今のところ人間関係が怖いかな」


『……大変ですね』


 何かを察する声だが、その何かを青木が聞いてくることは無かった、おそらく知りたくはなかったのだろう。


「着いてこなくて正解だったよ」


『ありがとうございます』


「褒めてないけどな、その分バックアップは頼んだぞ」


 三十分ほどして、青木から連絡が入った。


『真壁さん、ありました』


 修司はすぐに通話をスピーカーへ切り替える。


「何が見つかった?」


『昭和中期の航空写真です。今のマンション敷地を斜めに横切る細い水路があります』


 三門がすぐに近づく。


「位置は?」


『今送ります。それと、もっと古い地図に小さい祠の記号があります』


 つゆの表情が変わる。


「祠、やっぱり」


『はい。水路の曲がり角付近です』


 三門が送られてきた画像を確認する。


「位置が合う」


 修司も画面を見る。


「どこです?」


 三門は現在の建築図面と重ねた。


「地下設備室の北東側」


 つゆが静かに言う。


「流れの曲がり角を守ってたのね」


 修司が彼女を見る。


「水を守る祠?」


「違うかも」


 つゆは地図を指した。


「水って、曲がるところで淀みやすいの。増水すれば溢れる。だから、流れの境目を守ってたんじゃない?」


 三門も頷く。


「あり得る」


 その時、修司のスマホに別の通知が入った。


 桐生ナツメからだった。


『真壁さん、ネット側でも出ました!』


 修司はそのまま通話を切り替える。


「ナツメさん、何が?」


『この地域の古い掲示板ログに、“水守さま”って呼ばれてた小さい社の話があります。かなり昔の投稿ですけど、田んぼの水を分ける場所にあったみたいです』


 三門の目が鋭くなる。


「水守か、読んで字のごとくだな」


 ナツメは勢いよく続ける。


『あと、閉鎖された個人ブログに昔の写真が一枚あります。小さい鳥居と石段。位置情報はないんですけど、背景の山の形が今の現場周辺と似てます』


「送ってくれ」


『もう送りました』


「早い」


『ネット探索は任せてください。こういう埋もれたログ探すの得意なので』


「現場に来ないと優秀だな」


『どういう意味ですか!?』


「そのままの意味だよ」


 修司は送られた写真を見る。


 古い鳥居、苔むした石段、細い水路。


 その瞬間、三門の手が止まった。


「これだ」


「見覚えがあります?」


「さっき流れ込んできた記憶と同じだ」


 修司の背筋が少し冷えた。


「じゃあ、祠は実在した」


「かなり可能性が高い」


 修司はすぐに長岡へ向き直った。


「専務。この位置から、基礎工事中に何か出ませんでしたか?」


 長岡は眉を寄せる。


「何かとは?」


「石組み。木材。祠らしいもの。陶器。札。何でも」


「知りません」


 修司は現場監督を見ると監督の顔が僅かに曇った。


 その変化を、蓮次が見逃さなかった。


「知ってる顔だな」


 低い声だった。


 現場監督が息を詰める。


「……小さな石組みは出ました」


 修司の表情が変わる。


「どう処理しました?」


「地中障害物として」


「具体的には」


「撤去しました」


「撤去しただけですか?」


 監督は目を伏せる。


「古い木片や、陶器の破片もありました。腐った箱みたいなものも」


 蓮次がゆっくり一歩前へ出た。


「それを捨てたのか」


 監督の顔色が変わる。


「わ、私は上からの指示で」


 蓮次の拳が静かに鳴った。修司はすぐに横へ入る。


「蓮次さん」


 蓮次は監督を見たまま答える。


「分かってる」


「今は原因確認です」


「分かっている」


 蓮次は一度目を閉じ、拳を開いた。


「責めるのは後だ。まず人を守る」


 修司は小さく頷いた。


 その横で、長岡が苛立たしげに言う。


「それで? 古い祠があったから何だというんです」


 修司が長岡を見る。


「まだ分かりません」


「またそれですか、その祠が原因なら神主さんでもよんで今からお祓いさせましょうか」


 長岡がひどくめんどくさそうに提案するが、をれを修司は断る。


「そう簡単にお祓いで解決できるものではなさそうです、話を整理する限り、これは土地神に近いので、原因を特定して、そこからの判断にさせてください」


「もし、このまま強行してしまうと、竣工してから何が起こるかわかりません、もしそうなった場合、お宅の会社の名前も傷がつくことになる、それは回避したいでしょう?」


「まあ、もし万が一そんなことが起きてしまうのは避けたい、が手抜き工事をしてるわけじゃないんだ。万が一意にもそんなことは起きないと思うがね」


「でも、少なくとも昔の水路があって。流れの曲がり角に祠があった。それを撤去したことによって地下から黒い水が出ています」


「偶然でしょう」


 三門が静かに口を開いた。


「偶然かどうかを、これから地下で確認する」


 長岡が三門を見る。


 三門は表情を変えずに続ける。


「ただし、今の時点で一つだけ言える。何もなかった土地じゃないな」


「長岡さん、ここで少し時間をかけて懸念点を払しょくするのが一番精神衛生上もいいかと思われます、なのでもう少しお時間いただきますが調査にご協力お願いします」


 長岡は修司の言葉に多少は納得したのか、鼻をふんっ、と鳴らして反応することはなかった。


「流石リスク回避に定評がある真壁さんじゃない」


 つゆがニヤニヤしながら脇腹をこづいてくる。


「百鬼ではいくら事前にリスクを回避してもそこかしこに磁歪が埋まってますからね、いかに被弾をしないか歩くことは学びましたよ」


「それもこれも教育係の私のおかげね」


「あんたのせいだよ」


「なんでよ」


 粗方外の調査が終わり、一行は地下の方へと向かう。


     ◆


 百鬼が地下へ降りたのは、現場到着から一時間半以上が経ってからだった。


 長岡は露骨に不満そうだった。


「ようやくですか」


 修司がヘルメットを直す。


「今までが入る前の調査です」


「一時間半も?」


 三門が階段を見る。


「必要なことだからやったまでだ。だから、今はある程度の仮説を持って入れる」


 長岡が何か反論しようとした時、蓮次が現場監督へ向き直った。


「地下の作業員は全員上げたか」


「はい」


「入口付近にも残してはいけない、何かがあったときに距離があると守れなくなる」


「警備で二名を――」


「退避させてくれ」


 蓮次の声が低くなる。


「最低でも現場事務所に待機させるようしておいてくれ。何か出た時、入口に人がいたら巻き込まれる」


 現場監督はすぐに無線を取った。


「分かりました。全員下げます」


 修司は蓮次を見る。


「ありがとうございます」


「礼は後だ。まだ何も終わってない」


 階段前では、鴉丸シンが目を細めていた。


 シンは片手を前へ出し、空気の動きを確かめる。


「風がおかしいな」


 修司が聞く。


「地下だからじゃなくて?」


「換気設備は動いてる」


 シンは天井のダクトを見る。


「風は入ってる。だが途中で消えてる」


「消える?」


「止まるんじゃない。飲まれてる感じだ」


 つゆが手に持っている缶をしまった。


 修司はそれを見て、少し驚く。


「飲まないんですか?」


「今から下に行くのよ、こぼれたら嫌じゃない」


「そっちかよ、てっきり真剣に仕事するとでも思ったのに」


「いつも真剣じゃない。私を何だと思ってるの」


「酒をお守りにする人」


「間違ってないけど腹立つわね」


 階段を降りる。降りるごとに少しずつ気温が下がるのを感じる。


 単なる地下の冷気ではない。湿った土蔵の奥のような、古い井戸の底のような、長い間日の光が届いていない場所。


 そんな冷たさだった。


 ちりん。


 鈴が鳴った。


 修司が足を止める。


「今の、聞こえました?」


 前を歩いていた三門が振り返らずに答える。


「聞こえた」


「どこから聞こえた?」


 シンが右を見る。


「音は右あら聞こえてきた」


 つゆは左を見る。


「でも水は左からきているわよ」


 三門が壁へ手を触れる。


「道は正面にあるな」


 修司は三人を順番に見た。


「情報が全部違う!」


 三門は真顔だった。


「だから厄介なんだ」


 さらに地下へ進む。


 ちりん。


 また鈴。


 三門が突然止まった。


「ここ」


 修司も止まる。


「何があります?」


「古い石段」


「壁しかありませんけど」


「今はな」


 修司は顔をしかめた。


「その言い方、本当に嫌いです」


 三門は目を閉じた。


「石段。小さい鳥居。水路。人が何人か立ってる」


「過去の記憶?」


「たぶん」


 三門はすぐに手帳を開く。


「書かないと混ざる」


 ペンが走る。修司は何も言わず待った。


 やがて、地下設備室へ入る。そこで初めて、黒い水を見た。


 コンクリート床の継ぎ目から、じわじわと染み出している。


 水たまり自体は大きくない。


 幅一メートルほど。


 深さも数センチにしか見えない。


 だが、修司は水面を見て、息を止めた。


「……これ」


 水面には、地下の天井が映っていなかった。


 苔むした石段に古い鳥居が見えた、横には細い水路。


 修司は隣の三門を見る。


「俺にも見えてます」


「俺にも見える」


「つゆさん」


「見えてる」


「シンさん」


「同じだ」


 修司は深く息を吐く。


「全員見えてるなら安心……できるわけないな」


 蓮次が前へ出る。


「誰も触るな」


 つゆがしゃがむ。


「触らないわよ」


「お前は水を見ると近づく癖があるからな」


「雨女だからね、でも泳いだりはしないわよ」


「九郎を連れてきてなくてよかったと心の底から思う」


 つゆは水面へ手をかざした。触れてはいない、それでも黒い水が僅かに揺れた。


「……怒ってる」


 修司が静かに聞く。


「何に?」


「まだ分からない。でも、暴れたいんじゃない」


「違いがあるんですか?」


「ある」


 つゆは水面から目を離さない。


「暴れたい水は外へ出ようとする。これは違う。戻りたがってる」


「どこへ?」


「元の流れ」


 その時。


 背後から夜蜘蛛レイの声が響いた。


「ずいぶん詩的な調査ね」


 修司が勢いよく振り返る。


「なんで降りてきてるんですか!」


 夜蜘蛛は肩をすくめた。


「現場確認。私たちも依頼を受けているもの」


「だからって黙って後ろに立たないでください!」


「驚いた?」


「驚きますよ!」


 つゆは水面を見たまま言う。


「邪魔しないで」


 夜蜘蛛の目が細くなる。


「まだ水とお話し中?」


「あなたと話すよりは幾分も有意義よ」


「本当に可愛くないわね」


「あなたにだけは言われたくない」


 修司は両手を上げた。


「二人とも、本当に今はやめて!」


 笑面ギンが黒い水を観察しながら、一歩前へ出た。


「しかし、現象の中心はここに見えますね」


 三門が顔を上げる。


「違う」


 笑面は笑顔のまま三門を見る。


「ほう。根拠を伺っても?」


 三門は黒い水を指した。


「これは入口じゃない。出口だ」


 修司が聞き返す。


「出口?」


「水がここから発生してるんじゃない」


 三門は床の継ぎ目を見る。


「昔の流れを全部塞いだ。その結果、最後に残った弱い場所から押し出されてる」


 つゆが頷く。


「私も同じ感覚」


 シンが天井を見上げる。


「なら、風が途中で消えるのも説明できる。地下空間全体の流れが一か所へ引っ張られてる」


 修司は図面を開いた。


「旧水路は……この設備室を斜めに横切ってる」


 三門が指差す。


 つゆが続ける。


「祠は流れの曲がり角」


 修司はゆっくり顔を上げた。


「つまり、祠を撤去して、水路を塞いで、地下構造物を置いた」


 三門が答える。


「その可能性は高い」


 笑面ギンが穏やかに口を挟む。


「原因がそれなら、なおさら簡単では?」


 修司が嫌な顔をする。


「何をする気です?」


「現象の出口を封じる」


 三門が笑面を見る。


「また別の出口を探すだけだ」


「では、そちらも封じる」


「繰り返すのか」


「必要なら」


 修司は頭を抱える。


「朝説明した通りだ……」


 その時だった。


 ちりん。


 鈴が鳴った。


 今までより近い、全員が水面を見る。鳥居の奥に何かが立っている。


 人のような形だが、顔がない。


 修司の喉が鳴る。


「……皆さん」


 蓮次が前へ出た。


「見えてる。下がれ」


 黒い水面が揺れる。顔のない影が、ゆっくりこちらを向いた。


『戻せ』


 声が地下全体に響く。修司は動かない。三門は手帳を開く。


『流れを』


 三門のペンが走る。


『社を』


 つゆの表情が険しくなる。


『返せ』


 怒りに満ちた怪異がそこにいた。

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