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妖怪派遣業  作者: 蜂兎類
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11/16

第十一魔 新築マンションと逢魔人材開発 前編

その日の百鬼スタッフサービスは、珍しく静かだった。


 緊急出動はない、受付の電話も少ない。


 誰かが能力を暴発させる音も聞こえない。


 青木尊は自分の席で書類を整理しながら、ふと顔を上げた。


「そういえば、うちってライバル会社がいますよね?」


 向かいで報告書を読んでいた真壁修司が、視線だけを上げる。


「いるな」


「やっぱりいるんですね」


「逢魔人材開発」


 修司は即答した。


「あと、強いて言うなら公的機関もあるけど、あっちは競合というより監視とか規制とか、そういう面倒な立場だな」


「公的機関まであるんですか」


「妖怪が普通に働いてる会社があるんだから、そりゃ管理しようとする側もいる」


「言われてみればそうですけど、改めて聞くとすごい世界ですね」


 青木は少し考えてから、さらに聞いた。


「逢魔人材開発って、どんな会社なんですか?」


 修司の手が止まった。


「どんな会社か……」


 その顔を見て、青木が首を傾げる。


「知ってるんですか?」


「知ってるさ、もちろん」


「直接会ったことも?」


「何度か仕事がぶつかった」


「えっ」


 青木が身を乗り出した。


「真壁さん、逢魔の人と会ったことあるんですか?」


「あるよ。できればエンカウントの回数は増やしたくないけど」


 休憩スペースから、雨坂つゆの声が飛んでくる。


「分かる」


 ソファに座っていたつゆが、缶を片手に会話へ入ってきた。


「逢魔が来ると面倒なのよね」


「つゆさんも知ってるんですか?」


「知ってるわよ。向こうの専務は特に」


「仲いいんですか?」


「どこをどう聞いたらそうなるの」


「いや、特に知ってるって言ったので」


「言わせないで。口で説明するのも嫌になるわ」


 修司が短く補足した。


「ものすごく仲が悪い」


「余計な説明しないで」


「事実でしょう」


 青木は少し困ったように笑う。


「それで、逢魔人材開発って、やっぱり向こうも妖怪だらけなんですかね?」


「だらけ、じゃない。全員妖怪」


 修司が答える。


「全員?」


「人間社員は一人もいない」


 青木が固まる。


「え? 一人も?」


「少なくとも、俺が知ってる限りはいない」


 つゆが缶を傾けながら言う。


「あそこ、人間を入れる前提で会社を作ってないもの」


「どういう意味ですか?」


「基準が妖怪なのよ。人間は足手まとい扱いね」


 修司が指を折る。


「まず夜通し動ける。多少の怪我なら翌日も出勤。睡眠時間は種族差で考慮。給料は完全歩合制」


「人間基準がない」


「そういう会社」


 青木の顔が引きつった。


「だって、あそこ妖怪同士で『まだ動けるでしょ』が、本当にまだ動けるのよ」


「怖い」


「でしょ」


 青木は少し黙ってから聞いた。


「でも、仕事自体は百鬼と似てるんですよね?」


「似てる部分はある」


 修司は報告書を机に置いた。


「人材派遣。怪異対応。現場処理。妖怪絡みの案件。表面だけ見れば近い」


「じゃあ、何が違うんですか?」


「考え方」


 つゆが先に答えた。


「百鬼は、面倒でも話を聞く。怪異にも事情があるから、根本的な解決を怪異側にも寄り添って探す」


 修司が続ける。


「人間側に原因があることもある。土地の問題、契約、昔の約束。それこそ人間の身勝手な行いが原因なんてことも珍しくない。そういうのを調べて、できるだけ折り合いをつける」


「逢魔は?」


 つゆが指を一本立てた。


「押さえて、縛って、終わらせる。相手の事情なんて知ったことではない。スピード優先、余計な労力は割かない」


 青木が顔をしかめる。


「かなり違いますね」


「向こうからすれば、百鬼が甘いのよ」


 修司は苦笑した。


「逢魔は成果優先。工期、利益、依頼主の都合。問題が起きてるなら早く止める。それが正義」


「悪い会社なんですか?」


 その問いに、修司は少し考えた。


「そこが面倒なんだよな」


「え?」


「単純な悪徳企業なら話は早い。でも、逢魔は仕事はする」


 つゆも不満そうに頷く。


「腹立つけど、能力はある」


「現場によっては、あっちのやり方の方が早いこともある」


「じゃあ、本当にライバルなんですね」


「そういうこと」


 青木は納得したように頷いた。


 そして、少し間を置いて聞く。


「ちなみに、職場環境はどうなんですか?」


 修司が青木を見る。


「職場環境? 何、転職する気か?」


「いやまさか。ただ、ライバル会社なら給料とか福利厚生とか、そっちも気になって」


「ああ」


 修司は頷いた。


「漆黒」


 青木が止まる。


「……漆黒?」


「そう」


「何がですか?」


「会社が」


「ブラックじゃなくて?」


「うちが超ブラックだとすると、あちらさんは超漆黒」


 青木はしばらく黙った。


「会社評価で漆黒って初めて聞きました」


「俺も逢魔を知るまで使ったことなかった」


 つゆが笑う。


「でも、合ってるわよ」


「そんなにですか?」


「基準が妖怪すぎるって言ったじゃない?」


 修司が真顔で言う。


「人間社員は三日持たず倒れるって噂だ。もちろん弱い妖怪も必要としていない。馬車馬のように働ける者だけが、あの会社で生き残れる」


 青木は頭を抱えた。


「じゃあ、うちってまだマシなんですね」


 修司とつゆが同時に黙った。


 青木が不安になる。


「……マシですよね?」


「給料は出る」


「はい」


「残業代も出る」


「はい」


「上司は理不尽じゃない」


「たまに人間の常識が通じませんけど」


「それは認める」


 青木は天井を見る。


 一反モメンが張りついて寝ている。


 コピー機の上では猫又ミケが丸くなっている。


 少し離れたところでは、紙舞ヒナが自分の体より大きい書類を引きずっていた。


「……ギリギリ前職よりいいです」


「青木さん、その基準で働き続けてるの強いな」


「両親への仕送りがありますから」


「それ言われると何も言えない」


 その時だった。


 受付の電話が鳴った。


 静かな社内に、呼び出し音が響く。


 瀬良アキがすぐに受話器を取った。


「お電話ありがとうございます。百鬼スタッフサービス、受付の瀬良でございます」


 青木は書類へ視線を戻し、修司も報告書を再び手に取る。


 だが、一分ほどして。


「……はい。黒い水、ですか」


 アキの声に、修司の手が止まった。


 つゆも缶を口元まで運んだまま動かなくなる。


「地下から鈴の音。承知いたしました。作業員の方が、誰かに名前を呼ばれたような感覚も……はい。現在は地下作業を中断されているのですね」


 アキは慌てない。


 相手の話を遮らず、一つずつ必要な情報を拾っていく。


「恐れ入りますが、現場周辺に過去、井戸、水路、祠、神社などが存在した記録はございますでしょうか」


 しばらくして、アキは受話器を置いた。


「真壁さん」


「はい」


「怪異案件です」


 青木が小さく呟いた。


「静かな日、終わりましたね」


「終わったな」


 つゆが残念そうに缶を揺らした。


「しかも、水ね」


「嬉しそうに言わないでください」


「嬉しくないわよ。嫌な水の匂いがするもの」


「まだ現場にも行ってないでしょう」


「だから嫌なのよ」


 依頼元は、東央都市開発。


 再開発区域で十五階建ての新築マンションを建設している企業だった。


 引き渡しまで残り一か月足らず。


 だが数日前から、地下設備フロアで奇妙な現象が続いている。


 床の継ぎ目から黒い水が染み出す。


 誰もいない地下で鈴が鳴る。


 作業員が、暗がりから名前を呼ばれる。


 現場写真には、存在しない鳥居のような影が写る。


 さらに昨夜、一人の作業員が地下奥へ歩いていこうとし、同僚に止められていた。


 本人は後になって「誰かに、こっちへ来いと言われた」とだけ話したらしい。


 百鬼から現場へ向かうことになったのは、真壁修司、雨坂つゆ、轟蓮次、三門慧、そして鴉丸シン。


 鴉丸シンは、百鬼の調査・索敵を担う鴉天狗系妖怪である。


 上空からの地形確認、風の乱れ、臭気や気配の追跡を得意とし、広い工事現場では特に頼りになる。


 社内では青木尊が土地資料の調査。


 桐生ナツメがネット上の噂や投稿を洗う。


 瀬良アキが依頼元との連絡窓口。


 必要に応じて追加人員を投入する。


     ◆


 現場は、駅から少し離れた再開発区域にあった。


 周囲には新築マンションや商業施設の建設予定地が並び、その一角に問題の十五階建てマンションがそびえている。


 外壁工事はほぼ終了、足場も一部を残すのみ。


 エントランスには養生シートが敷かれ、作業員たちが資材を運び込んでいた。


 見た目だけなら、完成間近のごく普通の新築マンションだった。


 だが、車を降りた修司はすぐに違和感を覚えた。


「……妙に静かですね」


 修司は建物を見上げながら、周囲を確認した。


 工具音は聞こえる、作業員もいる。


 それでも地下へ続く出入口周辺だけ、人の気配が薄かった。


 誰も近づこうとしない。


 修司の隣で、つゆが目を細める。


「静かなんじゃないわ。避けてるのよ」


 修司が彼女を見る。


「何をですか?」


「下」


 つゆは缶の底で軽く地面を示した。


「伝わってくるわ。水が詰まってるわね。流れたいのに流れられない。ずっと同じ場所で押し返されてる感じ」


「到着して一分で嫌な診断を出さないでください」


「診断じゃないわよ。感覚よ感覚」


「そっちの方が怖いです」


 少し離れた場所では、三門慧がすでに手帳を開いていた。


 三門は建物そのものではなく、舗装された地面を見ている。


 修司が近づくと、三門は目線を上げずに言った。


「最初から地下には入らない方がいいな」


「電話では地下で現象が起きてるって話でしたけど」


「だからこそだ」


 三門はしゃがみ込み、アスファルトの継ぎ目へ目を向けた。


「地下で黒い水が出た。だから地下に原因がある。そう決めつけるのは早い。水は移動するし、怪異も移動する。出口と発生源が同じとは限らない」


 修司は少し考え、頷いた。


「まず外から流れを確認すると?」


「そういうことだ」


 三門は手帳に何かを書き込む。


「それに、この土地……妙に古い記憶が残ってる」


「見えるんですか?」


「まだはっきりとは。断片だけだ」


 三門は一度ペンを止めた。


「石。水音。人が歩いてる気配。あと、何か小さい建物」


「もしかして……祠?」


「可能性はある。でも今の段階で決めるな。俺自身の先入観が混ざる」


 修司は黙って頷いた。


 三門が記録を重視する理由を、今の修司は知っている。


 九州の浜辺で怪異「浜呼び」に呼ばれ、死別した彼女の声で境界の向こう側へ引き込まれかけた男。


 その経験以降、三門には土地の記憶や残留思念が流れ込むことがある。


 だから書く、これは自分の記憶なのか、土地の記憶なのか。はたまた他人の残した思念なのかを区別するため。


 その時、上空から声が落ちてきた。


「真壁!」


 修司が顔を上げる。


 工事用足場の高い位置に、鴉丸シンが立っていた。


 黒い羽織が風にはためいている。


「裏手を見てくれ。資材置き場の脇だ」


 修司が目を凝らす。


「何かあります?」


「地面の色が違う。上から見ると分かりやすい。一本の線みたいに湿ってる」


 三門がすぐに反応した。


「直線か?」


 シンは高所から現場全体を見渡す。


「いや。曲がってる。北西から入って、建物の真下を通って、南東へ抜ける形だ。自然河川にしては細い。用水路か、昔の小川だろうな」


 つゆが小さく息を吐いた。


「やっぱり」


 修司が彼女を見る。


「何か分かったんですか?」


「まだ。でも、水が止まってるって感覚とは合う」


 シンは足場から軽く飛び降りた。


 着地の直前、一瞬だけ黒い羽が広がり、風が巻く。


「外周を一周した方がいい。上から見る限り、湿った場所は一か所じゃない」


「了解です」


 修司が答えた、その時だった。


 現場事務所の扉が勢いよく開いた。


「百鬼スタッフサービスさんですか?」


 現れたのは、五十代半ばほどの男だった。


 銀縁眼鏡で高級そうな腕時計、皺一つないスーツ。


 工事現場にいるにもかかわらず、革靴にはほとんど泥がついていない。


 男は修司たちを一瞥すると、挨拶より先に腕時計を確認した。


「東央都市開発、専務の長岡です」


「百鬼スタッフサービスの真壁です。本日は――」


「早くお願いします」


 修司の挨拶を、長岡は途中で切った。


 修司の眉が僅かに動く。


「……まずは現場の状況確認をさせてください」


「状況なら電話で説明したでしょう」


 長岡は苛立ちを隠そうともせず、建物を指した。


「地下設備フロアから黒い水が出る。作業員が妙な鈴の音を聞く。一部の者は名前を呼ばれたと言う。その結果、地下作業が止まっている。これ以上、何を確認する必要があるんです?」


 修司は一度息を整えた。


「現象は聞いています。でも、原因は聞いていません」


「原因が分からないから、あなた方を呼んだ」


「その原因を調べるために確認が必要なんです」


 長岡は露骨に顔をしかめた。


「こちらは引き渡しまで一か月を切っているんですよ。正直に申し上げますが、私は怪異なるものを全面的に信用しているわけではありません」


 つゆの眉が上がる。


 修司は嫌な予感がした。


 案の定、つゆは缶を傾けながら口を開いた。


「じゃあ、帰りましょうか」


「つゆさんヤメテ」


 修司が即座に止める。


 長岡は不快そうにつゆを見た。


「何です?」


 つゆはまったく怯まない。


「だって信用してないんでしょう? なら、私たちが何を言っても時間の無駄じゃない」


「私はダメ元で頼んでいると言っているんです」


 長岡の声が強くなる。


「設備業者を入れて漏水検査もした。地下水調査もした。配管も確認した。それでも原因が分からない。だから、次の手段としてあなた方のような業者を試している」


 修司の表情が僅かに硬くなる。


「あなた方のような業者、ですか」


「言葉尻を取るのはやめてください」


 長岡は鼻で息を吐いた。


「地鎮だの祠だの神様だの、そういうものを軽んじるつもりはありません。しかし、こちらは事業です。工期が遅れれば損害が出る。購入者への説明も必要になる。銀行も待ってはくれない」


 つゆが小さく呟く。


「神様も待ってくれないけどね」


「つゆさん」


「聞こえた?」


「俺には」


「じゃあ問題ないわね」


「あります、火種を作らないでください」


 修司が額を押さえていると、長岡が再び腕時計を見た。


「今日中に方向性を出してください」


「現場を見ないうちから約束はできません」


「できない?」


「はい。分からないものを、分かると言う方が危険です」


 長岡は修司をしばらく睨んだ。


 その時だった。


 現場事務所の横から、軽い拍手が聞こえた。


「いやあ、相変わらず真面目やなあ。百鬼さんは」


 修司の表情が固まった。


 ゆっくり振り返る。


 三人の男女が立っていた。


 一人は黒いスーツをまとった妖艶な女。


 長い髪に細い目。指先には、光の加減でようやく見えるほどの細い糸。


 夜蜘蛛(よぐも)レイ。


 逢魔人材開発専務兼営業担当。


 女郎蜘蛛の妖怪。


 人当たりは柔らかい。声も穏やか。


 だが、相手が気づかないうちに話の逃げ道を塞ぐ。


 そして、雨坂つゆとは犬猿の仲だった。


 修司は彼女の顔を見た瞬間、低く呟いた。


「……最悪だ」


 夜蜘蛛レイが楽しそうに目を細める。


「あら。久しぶりに会った第一声がそれ?」


「どうしているんですか、夜蜘蛛さん」


「どうしてって、仕事に決まってるでしょう?」


 夜蜘蛛は笑いながら、修司の後ろへ視線を移した。


「あら、雨坂さんもいるじゃない」


 つゆの顔が露骨に嫌そうなものへ変わる。


「本当にいた」


「その反応、私も同じ思いよ」


「帰ってくれない?」


「あなたが?」


「あなたが」


 二人の間に見えない火花が散る。


 修司は胃の辺りを押さえた。


「まだ何も始まってないのに疲れる……」


 夜蜘蛛の隣にいた男が、一歩前へ出た。


 白い仮面のような笑顔。


 笑面(しょうめん)ギン。


 笑い般若の妖怪。


 逢魔人材開発営業部長。


 どんな状況でも笑顔を崩さず、そのまま相手に最も逃げにくい条件を提示する男だ。


「お久しぶりです、真壁様」


 笑面ギンは丁寧に頭を下げた。


「まさか今回も百鬼の皆様とご一緒するとは。ご縁というものは面白いですね」


 修司は嫌そうに返す。


「俺は面白くないです」


「そうおっしゃらず。競合他社同士、切磋琢磨するのも健全な市場形成には必要でしょう」


「怪異現場で市場原理を持ち込まないでください」


「成果を求める以上、競争は自然なことです」


「その言い方がもう怖いんですよ」


 三人目の巨漢が、豪快に笑った。


「おう、真壁! 久しぶりだな!」


 骸堂無玄(がいどうむげん)


 がしゃどくろ。


 逢魔人材開発の現場主任で、大型怪異や物理対応を得意とする。


 巨体に似合わず性格は陽気。九郎とは友達。


 逢魔の中では比較的話しやすい方だが、問題が起きると力で何とかしようとする傾向が強い。


 骸堂は修司の肩を叩こうとして、蓮次に視線を止めた。


「お、鬼もいるじゃねえか」


 蓮次は腕を組んだまま答える。


「いるたら悪いか」


「相変わらず愛想ねえな」


「お前に振りまく愛想はない」


「ははっ、元気そうで何よりだ!」


 修司は頭を抱えた。


「逢魔って、どうして全員会話の圧が強いんだ……」


 その時、長岡が当然のように言った。


「紹介は済みましたか?」


 修司が振り返る。


 嫌な予感が、一気に形になる。


「専務」


「何です?」


「まさかとは思いますけど」


 修司は逢魔の三人を一度見てから、長岡へ視線を戻した。


「逢魔人材開発にも依頼したんですか?」


「ええ」


 長岡は平然と答えた。


 修司は数秒、何も言えなかった。


「……事前に聞いていません」


「言っていませんからね」


「いや、そういう意味じゃなくて」


 修司は一歩前に出る。


「現場介入を伴う怪異案件で、別方針の会社へ同時依頼をかけるなら、事前告知が必要です」


 長岡は面倒そうに眉を寄せた。


「どうしてです?」


「どうしてって……」


 修司は本気で理解できないという顔をした。


「百鬼と逢魔では、対応方針が違います。こちらが原因調査と交渉を進めている横で、逢魔が封印や拘束を始めたら、現場そのものが崩れる可能性がある」


「それはあなた方同士で調整してください」


「調整するための情報を、今初めて知ったんです!」


 修司の声が強くなる。


「こちらは依頼を受けて、人員を確保して、現場へ来ています。他社との同時対応を隠した状態で動かすのは、契約上も問題があります」


 長岡は腕を組んだ。


「契約書に、他社へ依頼してはならないと書いてありますか?」


「独占契約の話をしてるんじゃありません」


 修司は一つ一つ言葉を選んだ。


「現場安全の話です。たとえば、こちらが怪異との交渉中に、逢魔が対象を拘束する。あるいはこちらが封印解除を調べている最中に、別の封印を上から重ねる。そんなことをすれば、何が起きるか分からない」


「私は早く解決してほしいだけです」


「だからって、二社を競わせるんですか?」


「その通りです」


 長岡は全く悪びれなかった。


「先に解決した方へ、報酬を支払います」


 その場の空気が止まった。修司はゆっくり瞬きをする。


「……今、何て?」


「聞こえたでしょう」


「解決した方だけに払う?」


「当然です。同じ問題に二重で報酬を払う理由はない」


「それは依頼じゃなくて、勝手に競争させてるだけでしょう!」


 修司の声が現場に響いた。


 夜蜘蛛レイが口元を押さえ、楽しそうに笑う。


「あらあら。真壁さん、珍しく怒ってる」


 修司が夜蜘蛛を見る。


「笑い事じゃありません」


「私は嫌いじゃないわよ、この方式」


 夜蜘蛛は長岡へ視線を向けた。


「成果を出した方が報酬を得る。単純で分かりやすいじゃない」


「逢魔はそうでしょうね!」


 笑面ギンも静かに会話へ加わる。


「弊社としても異論はございません。依頼主が求めるのは過程ではなく結果。先に問題を処理した側が評価されるのは、極めて合理的かと」


「怪異現場でその理屈をやるなと言ってるんです」


 修司は笑面を睨んだ。


「相手が何者かも分からない。何に怒っているかも分からない。下手に触れば作業員へ被害が出るかもしれない。その状態で競争を始めたら、焦って手を出す奴が出るでしょう」


 笑面ギンは笑顔のまま答える。


「それは、焦る者の能力不足では?」


「そういうところが漆黒なんですよ」


 修司が叫ぶ。


 骸堂無玄が首を傾げた。


「漆黒?」


「こっちの話です!」


 つゆが横で吹き出した。


「ふふっ」


 夜蜘蛛がすぐ反応する。


「何がおかしいの、雨坂さん」


「別に。朝から逢魔の話をしてたから、本当に出てくるとは思わなくて」


「私の噂?」


「悪口をね」


「正直ね」


「あなた相手に気を使う意味がないもの」


 夜蜘蛛の笑顔が深くなる。


「相変わらず、口だけは達者ね」


 つゆも笑った。


「糸しか能がない蜘蛛よりはね」


「二人ともやめて!」


 修司が間に入る。


「まだ怪異より先に人間関係が悪化してる!」


 その様子を見ていた長岡が、苛立たしげに腕時計を見る。


「もうよろしいですか?」


 修司が振り返る。


「よくないです」


「こちらは言い争いを見るために呼んだわけではありません」


「こっちもダブルブッキングされるために来たわけじゃありません!」


「なら帰りますか?」


 長岡の声は冷たかった。


「帰っていただいても構いません。その場合は逢魔さんにお願いします」


 一瞬、修司の表情が消えた。


 蓮次が横から修司を見る。


 つゆも黙る。


 三門は長岡を静かに観察していた。


 修司は数秒後、低い声で聞いた。


「地下では、作業員が名前を呼ばれてるんですよね」


「そう聞いています」


「一人は、呼ばれたまま奥へ行こうとした」


「ええ」


「それでも、工期の方が大事ですか?」


 長岡は迷わなかった。


「当然です」


 修司の目が細くなる。長岡は続けた。


「誤解しないでいただきたい。作業員の安全を軽視しているわけではない。だからこそ早く現象を止めたい。しかし、会社には会社の責任がある。工期を守る。購入者へ引き渡す。融資元との約束を守る。私はその責任を負っている」


 修司はしばらく黙った。


 高圧的で怪異を信用していない、なおかつ人の話を聞かない。


 だが、この男にも理屈はある。だから余計に面倒だった。


「……分かりました」


 修司は息を吐いた。


「百鬼は残ります」


 長岡が僅かに顎を上げる。


「そうですか」


「ただし」


 修司は逢魔側を見た。


「少なくとも最初の現場検証中は、勝手に対象へ手を出さないでください」


 夜蜘蛛レイが眉を上げる。


「百鬼に命令される筋合いはないわ」


「命令じゃない。安全管理です」


「私たちは私たちの判断で動く」


「だからダブルブッキングが危険なんですよ!」


 修司が再び声を上げる。


 それを横目に笑面ギンが穏やかに言った。


「真壁様、ご心配には及びません。百鬼より先に解決すれば、問題そのものが消えます」


 修司は額を押さえた。


「今朝、青木に逢魔の説明をしたばかりなんですよ」


「青木様?」


「こっちの話です、俺たちは俺たちのやりかたでやらせてますのでお互い干渉しないようにしましょう」


 夜蜘蛛レイが笑う。


「お望みどおりにしてあげるわ、あなたたちも邪魔をしないでちょうだいね」


 そう言うとお互いそれぞれの準備を始めた。

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