第11話:もう一人の異常者
「……読まれた」
神谷恒一は、静かに呟いた。
モニターに映るUSD/JPY。
さっきまでの荒れた動きが嘘のように、今は落ち着いている。
151.30
151.50
151.20
だが。
「……静かすぎる」
違和感が消えない。
「……完全に見られてたわね」
東條凛が言う。
「……ああ」
「しかも、偶然じゃない」
「……」
「あなたのエントリーに“合わせて”動いてた」
「……」
つまり。
「……向こうにもいる」
「“読む側”が」
「ええ」
凛は迷いなく頷く。
「しかも――かなり上」
「……」
小さく息を吐く。
胸の奥が、少しだけ熱い。
「……面白いな」
「……」
凛が横目で見る。
「普通は警戒する場面よ」
「……してるさ」
「ただ」
視線をモニターに戻す。
「それ以上に興味がある」
その時だった。
別モニターが、何の前触れもなく点灯する。
「……!」
凛の指が止まる。
「……なに?」
表示されたのは、通信要求。
だが。
「……おかしい」
「……?」
「この回線」
「正規ルートじゃない」
「……」
「……侵入されてる」
空気が、一瞬で張り詰める。
「止める?」
恒一が聞く。
「……」
凛は一瞬だけ考えた。
そして。
「……いいえ」
「……開く」
画面が切り替わる。
ノイズ。
一瞬の暗転。
そして。
映像が繋がる。
暗い部屋。
照明は最低限。
その中に、一人の女。
長い黒髪。
整った顔立ち。
だが。
「……」
目だけが、異様に冷たい。
恒一と、視線が合う。
「……初めまして」
女が口を開く。
落ち着いた声。
だが。
どこか“楽しんでいる”響き。
「……神谷恒一」
「……」
名前を呼ばれる。
凛が一瞬だけ反応する。
「……どうやって――」
「簡単よ」
女が遮る。
「その程度の情報、隠してるうちに入らない」
「……」
空気が変わる。
「……あなたは?」
凛が問う。
「……」
女は、少しだけ考える素振りを見せる。
そして。
「名乗る必要ある?」
「……」
一瞬の沈黙。
だが。
恒一が口を開く。
「……いや」
「いらないな」
その一言で。
空気が変わる。
女の口元が、わずかに緩む。
「……いいわね」
「理解が早い人、好きよ」
「……」
「さっきのトレード」
「……」
「危なかったわよ?」
「あと一歩で、全部持ってた」
「……」
恒一は、わずかに笑う。
「……そっちもな」
「……」
女の目が細くなる。
「……強気ね」
「……事実だろ」
「……」
沈黙。
だが、その沈黙は。
“探り合い”。
「……」
女が、ゆっくりと口を開く。
「……私は、玲奈」
「……」
「一応、“あっち側”の人間」
「……」
「あなたと同じ」
「“読む側”」
「……」
凛が小さく息を吐く。
「……やっぱりね」
「……」
恒一は、目を逸らさない。
「……で?」
「……何の用だ?」
玲奈が、わずかに笑う。
「簡単よ」
「……面白いから」
「……」
「久しぶりなの」
「ここまで読める人」
「……」
「だから」
一歩、画面に近づく。
「潰しに来た」
「……」
凛の表情が、一瞬だけ固まる。
だが。
恒一は、動じない。
むしろ。
小さく笑う。
「……ちょうどいい」
「……?」
玲奈がわずかに反応する。
「……俺も」
「同じこと考えてた」
「……」
一瞬。
空気が張り詰める。
そして。
玲奈が、はっきりと笑った。
「……最高」
「やっぱり当たりだ」
「……」
「じゃあ」
「次は、本気でいくわ」
その瞬間。
通信が切れる。
画面が暗転する。
「……」
静寂。
数秒後。
凛が、ゆっくりと口を開く。
「……今の」
「完全にセキュリティ無視してた」
「……ああ」
「普通じゃない」
「……」
恒一は、画面を見たまま答える。
「……だろうな」
「……」
小さく息を吐く。
「……でも」
口元が、わずかに上がる。
「ようやく“戦える”」




