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婚約破棄とブチ切れ令嬢(2)

 次の日。私はわくわくしながら待っていました。早く婚約破棄の報せが来ないかな、と。来ないなら来ないでこちらから取りに行くまでですが。

 そんなことを本気で思っていた時でした。扉がノックされました。それはいいのです。ですが、問題は私が返事をする前に扉が開かれたこと。


「ライウス・オーヘル公子がお待ちです。お急ぎ下さい」


 入って来たメイドはいきなりそう言った。

 このメイドは以前から私を見下している節がありましたが、こんなあからさまな事をされるとは思ってませんでした。


「用件は聞いていますか?」


「いいえ。ですが、早くお会いになるよう侯爵様からのご命令です」


 命令ね。本当にあの人もご自分の立場をどう思っておられるのか。

 このメイドもこの家のことを何も分かってはいないのですね。


「わかりました」


 本当ならマナーがなってないと言って追い出すこともできるのですが、監視付きでは仕方ありませんね。逃げても同じことですし、面倒事は早く片付けるのが楽ですわね。


 仕方なくライウス様の待つ応接間に向かった。


 応接間に入るとライウス様は乱暴にカップを置いて、私を睨む。


「遅いじゃないか」


「前持ってご連絡を頂いていれば待っていることもできましたけど?」


 やれやれ、どいつもこいつもですね。

 このメイドはわざと私を遅く連れてきた。そして、目の前のボンクラを苛立たせて煽っている。侯爵の命令か、単なる嫌がらせか。

 まあ、どちらでも構いません。私が問題視することではありません。ですが、職務は全うしてもらいたいものですね。


「お茶を」


 私が席についてもお茶を出さない。むっとした表現で後ろについているだけ。私に言われてやっと、それも渋々という様子で淹れる。

 淹れ方を見ていたら、自分で淹れたほうがマシですわね。茶葉を大量投入して渋いお茶を淹れる。お湯もぬるそうですし。もしかしたら、茶葉も古いかも。大量消費の可能性もありますね。

 そして、私の前にそのお茶を平然と置く。

 香りがほとんどしない紅茶。まあ、とりあえず飲んでみましょう。

 渋いし、ぬるいし、香りはしない。飲めたものではありません。

 ですが、私には関係ありませんわ。

 この不味い紅茶にほんの少しだけ手を加える。すると、不思議。普通に淹れるよりも美味しく飲めました。


「美味しいですわよ」


 そう言うとメイドは顔を引きつらせている。何をそんなに驚く必要があるというのでしょうか? カルマ家がどういう家か知らないわけではないでしょうに。

 このことは後で報告するとしましょう。


「それで、ご用件は?」


 私はここでライウス様と目を合わせる。

 正直、存在を忘れていましたわ。いけませんね。でも、仕方ありません。いくら自慢の金髪が眩しくても、目に入らなければ気づきません。仕方ありませんわ。うんうん。


「用件は決まっている」


「婚約破棄の件ですか? 公爵様は納得されたのですね。どのように説得されたのですか? 後学のためにも教えて下さいな」


 そう言うとライウス様はバンッとテーブルを叩きました。テーブルが壊れていたらどうしましょう。

 あ、しかも紅茶がはねて服にシミが。すぐにシミ抜きしないといけませんわ。


 服のことを気にしているとライウス様は顔を真っ赤にして私を睨みつける。


「お前のせいで、お前のせいで……」


 体も怒りで震えている? そんなに怒ることなどあったでしょうか?

 昨日のことを思い返しても、私が怒る要素があっても、この方が怒るところなどないように思いますが。


「お前のせいで、ミューが泣いた!」


「はい?」


 私の聞き間違いでしょうか? この人は今なんと言いましたか?


「ミューがお前のせいで泣いたと言っているんだ!」


「頭が痛くなってきました。この場を退場して休んでもいいでしょうか?」


 本当に頭の痛い話です。この方はいつの間にかボンクラ具合が進んでしまったのですね。


「お前は何も分かっていないようだな」


「はて、婚約者の不貞をどう理解しろと?」


「な、不貞だとっ」


「そうでしょう。婚約者である私を放って、他の女性と入場。それだけでも裏切り行為と取られても仕方ありませんわよ。それに、学園内でのお二人の行動を思えば、ね」


 ライウス様は拳を握り、肩を怒りで震わせている。


「これ以上ことを大きくしたくなければ、婚約破棄を前向きに進めることを検討されてはいかがですか? 私は慰謝料を請求してもよろしいのですよ」


「そうなったら君の名前にも傷がつく。そうなれば結婚もカルマ侯爵家を継ぐことも難しくなるんだぞ」


 はい、また矛盾したことを言う。

 婚約破棄はイヤ! 彼女と別れるのもイヤ! 両方手に入れる!

 と脳内がこのようなことになっているのでしょうか? こんなバカでしたかこの人は?

 とりあえず紅茶でも飲みましょう。

 考えることをやめました。


「ライウス様」


 ライウス様の後ろで控えていた騎士風のではなく、騎士科の生徒でしょう。彼が口を開いた。


「ピクリとも動かないから置物かと思ってましたわ」


 二人は私を睨む。また声に出していたようです。癖はなかなか治りませんね。治すつもりもありませんが。


「ライウス様。こんな女の言うことなど聞く必要ありません」


 初対面でこんな女扱い。

 この人もミューラ様の信者か何かですか?


「ライウス様。忘れてはなりません。この女はミューラを泣かせたのです。それなのにこの女は反省もせずのうのうと」


 激しい怒りを募らせる。その瞳にもミューラ様しか映っていないようですね。

 信者確定です。


「ミューラを泣かせた」


 そこに反応したバカ。それも二人。


「お前のせいでミューラが泣いたんだっ!」


 立ち上がり指を指す。犯人はお前だっ!と言わんばかり。


「ミューラに謝れ!」


「何故?」


 謝る必要もなければ、悪いことなど一つもしていない。明らかに悪いのは彼女で私は被害者。それなのに、何故私が頭を下げなければいけないのでしょうか?


「あなた様からの謝罪を受けても、私が謝罪する必要はないと思いますが。それに先程から申し上げている通り、ミューラ様をお選びになると言うなら、いつでもこの身を引くと言っているではありませんか」


 そう言うと言葉を詰まらせる。

 話が進みません。


「ミューラは昨日のパーティを楽しみにしていたんだ。それをお前のその態度で楽しめなかったんだ。彼女の立場はわかっているだろう」


「没落仕掛けた男爵家を救った聖女でしたか?」


「そうだ! 彼女は貴重な光魔法の使い手だ」


 彼女、ミューラ・デリストの光魔法は本物ですが、あのぐらいのことで聖女になれるのなら、この国の最高の光魔法の使い手は女神にでもなれます。


 デリスト男爵家の領地に災害が起き、それを救ったのが領民だった彼女。突然能力に目覚めたとかなんとか。男爵はその能力をかって、養女に迎え入れた。それから、領地は不思議なくらい潤っているとか。

 男爵が彼女は「デリスト家の聖女だ!」と言って国が諌めても言うことを聞かないとか。

 そして、この話は少しばかり胡散臭いと言われている。彼女の能力を含めて。

 もっともこの話をしたところで信じないでしょうけど。


 まったく、言葉が通じないとは不便ですね。

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