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婚約破棄とブチ切れ令嬢(3)

 ミューラ様の信者は怒りに身を任せ私を罵っていますが、そんなお二人を放ってお茶をすする。乾いた喉が潤いますわ。


 一息ついて思いだしたことがあります。


「ところでライウス様。そちらの方とはどういったご関係で?」


「な、キリムを知らないのか!?」


 そちらの方を知らないだけでそこまで驚くことでしょうか?


「初めてお会いしましたので?」


「キリムは騎士科のトップじゃないか。それを知らないというのか?」


「知っていて当然という顔をされても、学園に通う全ての生徒を把握しているわけではありませんわ。トップと言っても騎士科全てのトップではありませんし。あ、もちろん、騎士科全てのトップは知ってますわよ」


 ここ重要です。

 またしても言葉に詰まっています。


「それで?」


 仕方なく続きを促す。


「キリムは俺の友人で護衛を任せているんだ!」


「まあ、ライウス様ともあろう方が護衛を必要とされるのですね。ところで、彼のご実家は騎士を輩出しているのですか?」


 私はライウス様を見て聞く。

 それがどういう意味か理解して、また私を睨みつける。


「キリム・フォース。フォース伯爵家の次男だ」


 それなら知っています。

 フォース家は騎士家系の名家の一つ。現フォース伯爵は王国騎士団の一つの団長だったはず。直接の面識はありませんが。それに跡継ぎの長男は優秀だと聞いていますが、弟の方は残念なようですね。


「フォース様のことは存じておりますわ。但し、次期伯爵であるお兄様の方ですが。殿下が紹介して下さいましたの。大変優秀な方だと褒めておられました。その場にはオーヘル公子もおられましたね。お二方は友人だとお聞きしました。兄同士、弟同士で友情を育まれるなんて素敵ですわね」


 そう言うと二人の空気が変わりました。あからさまに顔に感情が出ています。それは憎しみでしょうか? 兄への劣等感でいっぱいですわ。


「今、この場において兄の話は関係ない! 貴様はミューラを泣かせた。それに対する謝罪はないのか!?」


 キリム様が詰め寄ってきます。


「ありませんが?」


 驚きを露にしている。


「全くもって必要性を感じません。私が謝罪の言葉を受け取っても、私が謝罪することなどありえません」


 はっきり断言すれば、キリム様は腰に下げた剣を抜いて、私の左肩に突き刺した。


「きゃああああっ!」


 悲鳴を上げて腰を抜かすメイド。

 なぜ彼女が悲鳴を上げるのでしょう? それは私の役目では? まあ、その辺に関しては後で対処しましょう。可愛い悲鳴を上げる練習もしなくてはいけません。

 今は、目の前にいるこの二人をどう処理するかのほうが先決です。


 傷は軽い切り傷程度です。ですが、伯爵家が侯爵家に手を上げた。それは放置することの出来ない案件。特に騎士を志すものが女性に手を上げる。許されるとことではありませんわ。


「キリム……」


「この程度、どうということはないでしょう。ミューラの悲しみに比べればっ」


 まったく、どうして私がそこまで憎まれないといけないのでしょうか?

 ライウス様も彼がしたことは仕方ないみたいな雰囲気を出していますが、どう考えても悪いのはこの二人のはず。

 ここまでのことをさせるミューラ・デリスト。詳しく調べる必要がありそうですね。


「ところで、いつまで剣を刺したままでいるおつもりですか?」


 私はにっこりと微笑みます。


「は?」


 ここでキリム様は気づいたようです。今、自分がどれほど間抜けな状態にあるのかを。


「さあ、早く剣を抜いて退いてくださいませ。これでは手当ても出来ません」


 キリム様は剣に力を抜こうとしますが抜ける様子がありません。それどころか、手から離すことも出来ないでいる。


「どうした、キリム? アリス、キリムに何をした!?」


「さあ、いったい何のことでしょうか? それより、早くキリム様を退けて下さいません。邪魔なので」


 ライウス様のお顔は見えませんが、キリム様は屈辱的な顔をしていることでしょ。


「失礼致します」


「あら、ヴォルフ。来てくれて助かりましたわ」


 彼はカルマ侯爵家の執事長のヴォルフ。

 ヴォルフは私の状況と部屋の様子などを見て、全てを理解し、私の望む通りに動いてくれます。


「お嬢様。どのように処理致しましょう?」


「まず、そこで腰を抜かしている役に立たないメイドはクビで」


「かしこまりました」


 ヴォルフがそう言うと外で待機していた他の執事がメイドを連れ出した。もちろん大人しく出ていくことはしない。言い訳を並べて耳障り。それをヴォルフに睨まれて黙った。

 ヴォルフに睨まれては何も言えない。私も、お母様もヴォルフに本気で叱られては何も言えない。

 普段は穏やかなヴォルフだけど昔は前線で魔物討伐などをしていた戦士。魔法にも剣術にも優れた年の功に勝てるはずありません。ましてや、何の訓練も受けてないメイドの小娘。私でも黙らせられますもの。

 さてと、次はこの二人。


「お嬢様。まずは傷の手当を」


 そう言われて立ち上がろうと思いましたが、キリム様が邪魔で動けません。仕方ありません。私は、魔法を解いてキリム様だけ動けるようにした。


 魔法の解けたキリム様は後ろのテーブルに座る形で尻餅をつきました。


「そこは椅子ではありません」


 ヴォルフに凄まれて声も出ない様子。苛ついているヴォルフの魔法でライウス様もろとも床に座らされている。


「傷は深くありませんが、痕が残ってしまうかもしれません」


「魔法で治せば痕も残らないでしょう?」


「ですが、これは証拠品の一つ。消してはなりません」


「それもそうですわね」


 ヴォルフの言葉は尤もです。

 治すのは簡単。ですが、これは傷害として訴えるのに必要な証拠品。すぐには消せませんわ。


 大の男がヴォルフに睨まれただけでビクッと震えている。

 情けないですわ。先程までの威勢はどうしたと言うのでしょうか。


「それでは今後について話し合いをしましょうか?」


 さっとヴォルフに手当てをしてもらい、剣が刺さった椅子とは違う椅子に腰を下ろし、二人に向き直る。


「今回のことは、公爵家と伯爵家に抗議文を送ります。その上で、慰謝料や婚約破棄についての話をさせていただきます」


 はっきりと断言した。全てはこちらが有利にことが運べます。面倒事が減りますわ。けれど、ライウス様は納得していないご様子。婚約破棄を未だに渋っているようですね。


「ライウス様! こんな女の言うことに耳を傾けてはなりません。あなた様は誰よりも優れた魔法士なのです。今度の魔物討伐の依頼を完遂し、こんな女との婚約を破棄し、ミューラを幸せにして下さい! それができるのはあなた様だけです!」


 また彼は私をこんな女呼ばわり。それだけではありません。その前からも地位や立場を忘れて無礼極まりない。

 ライウス様にいたってはここまで言われても未だに決めかねている。

 何より、尤も腹立たしいのはこんな茶番に巻き込まれていること。なぜヘタレと信者に付き合わなくてはいけないのか。


「はあー」


 自然と長い溜め息が出てしまいます。


「いい加減付き合いきれませんわ。あなた方の意志、ミューラ様へのお気持ちも関係ありません。私は両家に抗議文を送ります。勿論、国にも報告します。後は家同士の話し合いで解決していく。それで、この場は収めて差し上げますから、さっさと帰って下さいませ」


 私は立ち上がり、部屋を出ようとしました。


「逃げるのか?」


「はい?」


 キリム様。もう敬意など払う必要はありません。完全に敵認定致しましょう。

 それよりも、私が逃げる? 何から逃げるというのでしょうか? 逃げているのはどう見てもライウス様の方でしょう? 何を見てそんなことを言うのか、その頭の中を割って見てみたいですわ。


 私の怒りは頂点に差し掛かろうとしていた。

 その証拠に周囲のものが揺れだした。


「何故、私がそのようなことを言われなければならないのでしょうか?」


 私は、一歩一歩二人へ近づく。そのたびに物は激しく揺れ、浮き上がる物まである。


「こ、これは!?」


 キリム様は驚いてそれ以上言葉が出ない様子。

 ライウス様は状況を理解してガタガタと震える。


「ああ、これは私の魔力が抑えきれずに溢れ出ている証拠です。気にしないで下さい。それより、私が何をしたと? 責めるのでしたらそこでみっともなくガタガタ震えている人ではありませんか? 婚約者を放って他の女と浮気した。それに対して私が何か言うのは間違っているのでしょうか? 婚約破棄しようと言っているのに、はっきりしない。そんな人とどんな会話をしろと?」


 キリム様もガタガタと震えだしている。顔色も悪くなっていきます。

 ライウス様に関しては涙目ですわ。


「あなたは私がミューラ様を泣かせたと何度もおっしゃっていますが、それが何だというのですか? 泣けば全てが許されて、正義だとでもおっしゃいますか? それがあなたの貫く騎士道だとでも? それは随分安っぽい騎士道ですこと。第一泣いて許されるなら泣き寝入りなんて言葉は存在しませんわ」


 ただ震えるだけで何も言えずにいる二人。

 そんな無様な姿を見ても私の怒りは鎮まることなく、私自身、完全にキレていることに気付く。


「流石の私もここまでされて黙って冷静に対処するなんてできませんわ」


 私は高らかに宣言する。


「私、ブチ切れましたわっ!」


 こうして私は怒りを露にしました。

 こうなっては自分でも止められません。

 ヴォルフも止める気がないようなので、一発お見舞いしてやることにしますわっ!

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