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30.そう来るかってかそれありか?

お久し振りです大変長らくお待たせしま えッ ざっと三年振り???

嘘ォ……(流石に猛省の意)


「おはようございますツラ貸せ白いの」

「おはようございます三白眼。何事?」

「仕事。もしくは行事。ちなみに強制」

「断れないやつ。お菓子とかくれる?」

「対価が安い。ミートパイでいいか?」

「めちゃくちゃいいよ!」


しかもお前これ特大サイズのホールパイ仕様じゃん最高か? 神! ありがとうございます! とテンションを秒で爆上がりさせてめちゃでかミートパイが入った箱を受け取り率直な感謝を叫んだところで三白眼の反応はなんとも微妙なものだった。笑うでもなく呆れるでもなく肩の力を抜くでもなく、言いたい台詞も溜め息も飲み込んでなかったことにして、それでも押し殺せなかった何かを手放すように彼は言う。


「俺が言うのもどうかと思うがテメェそれでいいのかよ。あっさり食い物に釣られてねぇで少しくらいは難色示せや。他に言うことあるだろリューリ」

「なんだどうした三白眼。お前相手に駄々捏ねたってどうにもならないパターンなのはそっちの顔見りゃ分かるんだから言うだけ時間の無駄じゃんよ」

「確かに」

「ほらな」


秒速解決。そんな共通認識が芽生えたのはたぶん錯覚ではない。どちらともなく小さく頷くタイミングがぴたりと一致する。示し合わせなどしていなくても通じる何かの感覚に名前があるかどうかは知らない。雑で、楽で、それがすべてだ。話が早くて助かるわ、と続けるセスの声色はいつもとなんら変わりなく、たとえあちらに思うところがあってもこちらには関係ない。


「察しが良過ぎてマジで楽。つぅわけで一緒に来いリューリ。ミートパイはもう食っていい」

「行き先とか説明とか差し置いて真っ先にそれを言ってくれるお前の優しさ嫌いじゃない」

「優しさもクソも単純にテメェ行き先とか興味ねぇだろ」

「ごもっとも過ぎて笑っちゃったなミートパイ美味しい」

「もう食ってた」


きちんと食べ易いように一切れサイズにカットされていたホールパイの十二分の一をものの数秒で平らげて二切れ目を手に笑顔で感想を述べる私を前にして、知ってた、みたいなニュアンスで呟く声は軽やかである。嫌味も皮肉も含むことなくただのコミュニケーションとして言葉を放り投げているのだと分かる雑さと親しみがあって、もしかしたらほんの少しだけ笑っていたのかもしれない。

なんとなく緩んだ空気の中で、区切りがついたと判断したらしい三白眼の視線ひとつで特定の方向へと促され、そちらへと足を動かすことで端的に了承の意を示す。連れ立って何処かに向かうことには異論など何もなかったが、それはそれとして今言っておくべきことを唐突に思い付いた私は隣を歩くセスを見た。


「一緒に行くのは構わないけどちょっと購買寄っていい?」

「残念ながら購買は諸事情で今やってねえ。水ならあるぞ」

「まじで神なの? ください」

「やるけど神じゃねぇンだわ」

「ありがとうお気遣いの三白眼。ちなみにおいくら?」

「あ? 無料。ミートパイとセットだから気にすんな」

「お前はそろそろ自分のお気遣いが神様レベルだって気付けよセス。セットついでにデザートとかもしれっとついてたりしない?」

「水分なしでホールパイとか誰がやるかンな嫌がらせじみたこと。つぅかしれっとついで感覚でデザートを期待するんじゃねぇよ」

「流石にないか」

「用意してある」

「あるのか三白眼の神」

「三白眼の神マジで何」

「わからん」

「だろうな」

「デザートって何?」

「ぶっちゃけ知らん」

「そんなことある?」


ぽん、ぽん、と投げては返される言葉の応酬がぴたりと止まる。ある、と返答しそうなところでセスは無言を貫いた。ホールパイのピースを堂々と手掴みの食べ歩きスタイルで満喫しつつ喉乾いたから飲み物欲しいなと思ったこちらの意図を汲み取るどころか完全に見越した上での完璧対応をやってのけた三白眼にしては珍しい。

その場のフィーリングで適当に喋っている私たちの遣り取りが続くかどうかは完全に成り行き任せである。けれど、今の沈黙は相手側の意図的な選択の結果だったので―――――私は流れで連投した。当然のように迷いなく、飾り気もなくあっさりと。


「よく分からんけど話聞こうか」

「急に気ィ遣うなビックリする」

「セスって普通にびっくりするんだ」

「しても誤魔化すがビックリはする」

「うわ正直でびっくりした」

「だろ。急だと対処に困る」

「しれっと何言ってんだお前」

「実は俺もよく分かってねぇ」

「ミートパイ食べる?」

「気ィ遣うのやめろ―――――もういい、分かった、なんだこれ。やってられるかめんどくせえ」


敗北宣言かのように三白眼は吐き捨てる。並んで歩くこちらの姿に一瞥さえもくれることなく前だけを見ている横顔は、中途半端さをかなぐり捨てるなり開き直って忙しい。


「ぶっちゃけるだけぶっちゃけた手前一応諸々構えてたんだがなんだテメェ普通に変わりなしかよ。そりゃそうだ。当たり前だった―――――リューリ相手に『おはようございます』とか何をガチで畏まってんだテンパり過ぎだろ正気かオイ」


解釈違いで人が死ぬならたぶんセスは今一回死んだ。自死である。プライドが高過ぎる。ていうか気にするところそこ? 本人的には迷走の真っ只中であったとしても面を貸せという雑な物言いで要望を通そうとする前にきちんと朝の挨拶から入っていた時点で根の真面目さが隠せてないな、くらいしかこちらは感じていなかったのであんまり気にするなと言いたい。なんならそのあと私の素直な反応に眉を潜めて苦言を呈してきた姿はいつも通りの律義さだったし交わされる言葉の応酬ついでに当たり前よろしく食べ物を差し出してくれるお気遣いの塊精神も普段の三白眼そのものだった。違いが分からん。セスはセス。何ぶっちゃけてもお前はお前。慰めるでもなく事実の指摘でそう告げたところで相手の表情は晴れないどころかめちゃくちゃ悔しがられる始末でなんかもうどうしたらいいんだよ。


「思い返したら腹立ってきた。冒頭から全部やり直してぇ」

「どういう感情? え、やり直すって朝の挨拶部分から?」

「別にいいけどみたいな顔で来た道戻ろうとするんじゃねぇよ。冗談だ。なんだそのノリの良さ。戻ったところでミートパイのおかわりは流石に用意してねぇ」

「え? ないの?」

「あるわけなくね」


逆にある方が怖ェだろ、と真顔で諭してきやがるセスだが言い始めた側が真っ先に冷静になるのはずるいと思う。しかし言い分は間違ってない。おかわりまであったら流石に怖い。負けず嫌いではあるけれどそういうところは妙に真面目。それでこそお前だ三白眼、という謎の気持ちを胸に秘めながら私はミートパイを齧った。香辛料が適度に効いてとても舌に合う。美味しい。


「で? 結局どうしたセス」

「あ? どうもこうもねぇ。ぶっちゃけ『文化祭』が急発進した」

「は?」


なんて? とこちらが聞き返す前に三白眼が歩みを止める。絶妙過ぎるタイミングで着いたと短く私に告げて、彼は目の前にあった扉を特徴的なリズムで五回叩いた。何らかの合図であったのだろうそれに応えて緩やかな速度で扉が開く。再び歩き出したセスに倣って薄暗い室内に踏み入れば―――――なんか、やたらと人がいた。


「そうですか。同意はしかねると。それでは仕方がありません。平行線とは覚悟していましたがここまで折り合いがつかないとなれば最早対話など不要―――――今回ばかりは譲れませんねぇ表出ろ第一次産業者衆ッ!!!!!」

「やはりそうなってしまいますか。お互いの主張がぶつかる以上は残念ですが致し方なし―――――こっちもこっちで譲るわけにはいかないんスよ第二次産業者勢ッ!!! 農作業で鍛えたこの肉体はファッションに非ずと証明したらァさあさあとくとご覧あさァせ今日ばっかりはお芋を引いてる場合じゃねぇぜファーマー・フレンズ!!!」

「ハァァァァァァン農家の生え抜きさんたちがなかなかどうして煽りおる! 上等ですどうぞ掛かってらっしゃい受けて立って差し上げますよォ同志諸君! 丸めた布地は持ったか!!!!!」

「待って被服科生なにその丸太!? 凶器の使用は反則よ!?!?」

「ご心配には及びません! 布です!!! ただの丸めた布です!!!!!」

「毛織物の絨毯がただの丸めた布判定はいくらなんでもガバ過ぎんだろって思った以上に軽快なフルスイングを披露しとる!?」


急発進と聞いていたのに目に入ったのは急展開。

演出らしい局所照明を浴びた集団がわちゃわちゃしている。そうとしか表現のしようがないのだが散開して好き勝手にわちゃついているのかと思ってよくよく観察してみればどうやら真っ二つに分かれた状態で真っ向対立しているらしく、彼ら彼女らは全身全霊で喧嘩上等を表明していた。伝わってくるのは物理衝突一歩手前の緊張感、作業着に身を包んだ農業科生と思しき皆さんが謎のポーズで威嚇しているのに対して丸太状の物体もとい丸めた布だか絨毯だかの塊をぶぉんぶぉんと振り回している被服科生らしき元気な方々も力の限り声を張り上げ―――――え、なにこれ。どういう状況?

わからない。なにもわからない。わかりたくもなかったけれど流石に聞かないわけにもいかず、私はこの場で一番事情を話してくれそうなセスに問う。


「何事」

「大事」

「見りゃ分かる」

「最後まで見ろ」

「どうしたお前―――――何も分からんけどまあいいや。わかった。セスが言うなら見る」


わかったじゃねぇンだよテメェそういうところだぞ、と苦々しいものを噛み潰しているらしい三白眼の凶悪面はなんだか疲労の色が濃い。しかしそれを指摘したってたぶん何にも進みはしないから私はセスに言われたとおりにふたつの集団へと視線を戻した。

わちゃわちゃとした言い争いが取っ組み合いの大乱闘に移行するまであと数秒、くらいまで温まっている彼ら彼女らの声は大きくて五月蠅いくらいに聞こえる。


「この際だから言わせてもらいますけど農業科生優遇され過ぎでしょうよ! 食を支えてくださっている生産者の方々を悪く言う気は全然まったくないんだけれどもそれでも言わせろくださいマジでだって流石にちょっとズルい―――――美味しい食物を育んでくれるプロ農家の皆さんだからって『妖精さん』ことリューリ・ベル嬢に堂々と認知されてんの当たり前と言えば当たり前だけどやっぱり羨ま過ぎるんだが!?!?」


その場の流れでわかっただなんて口にしたのは軽率だったな雲行きが怪しくなってきた。

自分の名前が飛び出して来た瞬間に嫌な予感がしたので私は無言でセスを見る。三白眼は頑なにこちらを見ようとはしない。ただ目の前で繰り広げられる遣り取りを無心で処理するが如く静かに凪いだ顔をしていた。やってられっかこんなモン、と声なき主張が聞こえた気がする。心の中だけで頷いて、私は再び視線を戻した。合間合間にミートパイを齧って心を回復しておく。


「分かってます、分かってはいるんですよ皆さんが悪くないことは! だって第一次産業者だもんそりゃそうだ食糧ガチ勢さんには好感触で当たり前!!! 我々だってリスペクトの気持ちはもちろんありますありますけれどもソレはソレだしコレはコレ! ぶっちゃけ嫉妬を禁じ得ない! 一般人枠でありながら“国賓”扱いの『妖精さん』との絡みがまあまあ許されている縛りの緩さと接点の多さが羨ましいこと山の如し! 割と多発する有事の際に貴重な糧を無駄にしない名目でお側に寄って声も掛けられる可能性があるファンクラブ公認活動に参加出来るとか流石に無法が過ぎるでしょうがよ被服科生にはそういうミッション清々しい程ありませんけど!? なんなら『妖精さん』あのビジュアルでファッションに興味がナッシング過ぎてファンクラブからの応援要請が出る可能性ほぼゼロですけど!?!?」


丸めた布の塊を振り回す代わりに抱きしめながら被服科生の代表らしい生徒が声を張り上げている。何を言っているんだろう、と私は素直に気が遠くなった。言われてみれば被服科の生徒さんのことあんまり知らないなあ―――――ていうかもしかしなくても知らない学科の方が多いな?

今更過ぎではあるけれど、今更ながらに気が付いて。


「それについては何も言えないのでドンマイとしか言えないですね!!!!!」

「ウルセーッ! そんな薄っぺらい同情なんざこっちは聞き飽きてるんだよ! しょうがないって分かってるけどそれでもズルいって思っちゃうんだよドンマイで終わらせたくないんだよ!!!」


思いの丈をぶちまけているのは分厚い絨毯を丸めたものを頭上に掲げているお嬢さんだがパワフル極まるその女生徒の名前を私は存じ上げない。防犯上の理由とやらで人付き合いが限られていたから個人的に交流がある生徒などほんの一握りだし、実のところ所属していた錬金術科の生徒たちさえ授業以外で絡んだ記憶がほとんどないという有様だからしょうがなくはあるのだけれど。


「なにもお近付きになりたいだなんて大それたことは思ってませんし個々が認識されてなくとも別に構わないんですよ! でも私たち『被服科生』のこと何にも知らない興味もないままなんてあんまりじゃないですかせめてそういう連中が居たってちょっと紹介するくらいの時間はあってもいいじゃないですか記憶に残すかどうかを決めるのはあちらの選択であったとしてもチャンスがないままハイおしまい、だなんてそんなの黙っていられるか!!! こうなったら正々堂々と真っ向から死に花咲かせてくれる―――――そういうわけであなた方が独占しているリューリ・ベル嬢への文化祭発表枠を一コマ寄越しなさい農業科ァ!!! なお我々とまったく同じ主張をしているその他学科の皆さんが山盛りで後ろに控えています!!!!!!」

「ウォォォォオオオォォよく言った被服科生俺らも後に続け建築科ァァァッ!!!」

「この“王国”が誇る文化の粋をお客様の目に入れないなんて王国史に残る汚点でしてよ腹の足しにはならなくたって命を懸けるに値する人類のイカれた執念舐めんな芸術科生一同スタンバイッッッ!!!!!」

「アッセンブル! アッセンブル! 商業科として真っ先に利益を確保せよ商機を逃すなぁぁぁああああ!!!」

「最後の挽回の機会ですわよ突撃あそばせ教養科生! 一部のやらかしお花畑どもが植え付けたイメージを払拭するにはここで我々が正しい姿をかの御方にお見せする他なし! こちらも尊厳がかかっております―――――農業科生、いざお覚悟!!!」

「所属人数の桁が違うからこっちだって発表枠はギリッギリだっつんてんでしょうが内戦やろうにも外敵多くてそれどころじゃないってある意味すごいな上等過ぎるぜ他学科連合、相手にとって不足なし―――――雁首揃えて掛かってこいやァ!!!!!」


ワァアァアアァ―――――!!!!!!!!


と、一斉に上がる雄叫び。まさかの農業科生さん対それ以外の学科生さんたちという構図に唖然とする私を置き去りにして、ふたつの集団は怯むことなくまったく同時に距離を詰め―――――ようとしたところで阻まれた。


「おおっと、なにやら盛り上がってるな元気が良くて大変結構―――――なんだけれども一旦タイム! ハイハイ止まって学友各位、揉めてる場合じゃないでしょうがよちょっとご静聴願います!!!」


静聴しろと叫んだところで実際に聞き入れてもらえる確率がどれほどのものかは知らないが、とある人物に関してだけは十割が確約されている。そんな錯覚を抱かせるには十分過ぎる実績を持つトップオブ馬鹿の姿は不思議なことに見当たらなかった。

ぴたり、と不自然に動きを止めた群衆の中を探したところで陽気に元気に光り輝く目立つ長身は捉えられない。

あれ? 待って。ホントに居なくない?

本気で探したのに見付からないとか狩猟民族の名折れでしかない、存在からして喧しいのに見付からないとかどういうことだ。割と悔しいものがあったので意地でも探し出してやると目を凝らしたところで影も形もな―――――うん? そもそも“王子様”ってあんな感じの声だっけ?

疑問は浮かんだ次の瞬間にあっけない速度で解消される。何故って声の主が私の視界の中央付近でぺらぺらと喋り出したので。


「時間がないので端折っていくぞう、ご存じの通り『リューリ・ベル』が故郷に帰ることになりました! 具体的に言えば留学期間が『文化祭』までになったので終了するなり即お別れです最終回が急過ぎるって言われたところでそれはそう! 実際『王子様』は言いました! 王国上層部の決定だから当然のこと覆らないし屁理屈捏ねても手応えイマイチで案の定どうにもならなかったけど打ち上げパーティーの取り止めだけは阻止してきたので安心してくれお別れ会として盛大に王子様プレゼンツで敢行する―――――とはいえ急。あまりにも急。だって文化祭は明後日だぞう? 準備期間がまだ一日残ってるからってだから何? 別れを惜しむならお早めにってそんなの時間が無さ過ぎでしょうよただでさえ文化祭の延期に伴い学園全体大忙しなのにそんなお知らせ投下されたらどうなるかなんてお察しじゃないの現場になにもかも丸投げするのも大概にして大人たちッ!!! という悪態もそこそこに夥しい雑事の合間を縫って学園まで駆け付けてみればこの有様とは期待を裏切らない学友たちだな気持ちは分かるが一旦落ち着こ!!!」


あれ? 明日じゃなくて明後日? なんか時系列がおかしくない?

途中で引っ掛かりを覚える類の情報があった気もしたが、そこを一旦保留にして簡単に状況を説明するなら王子様ではない人が王子様のような口振りで王子様の如くに振る舞っている。なんなら堂々と自称しているがしかしその人は誰がどう見ても断じて王子様本人ではない。まず背格好が全然違うし身振り手振りを真似したところで雰囲気的なものが寄せ切れていない、というかそもそもの話―――――なぜあのひとは王子様の似顔絵を顔面に装備した状態で朗々と語っているのだろう。

しかも似顔絵がやたらと上手い。不気味。どう見ても不審者さん。弾ける王子様スマイルが心なしかこっちを向いている絶妙な角度なのも怖い。

挙動不審になりかけて暫定不審者と傍らのセスを素早く交互に見る私だが三白眼には黙殺された。ちょっぴり虚ろな目をしていても眼前の光景から目を逸らさない胆力は大したものだと思うがなんとなく笑いを堪えていそうな気がしないでもない横顔を指で突いたら止めろやと秒で窘められたので意識の放棄はしていない―――――ということはお前やっぱり敢えて無視したなセスこの野郎。


「しかし諸君らが取り乱すのも無理はない。だって繰り返しになってしまうが展開が急。とにかく急。結局は“王国”外からの客人枠でしかない『リューリ・ベル』はいずれ此処を去り故郷に帰ると頭では理解していてもまさか二日後にはお別れですとか予想の埒外にも限度がある。しかも『文化祭』のスケジュール的に別れを惜しんでいる暇がない。彼女と関わる機会がないままその日を迎えてしまう者の悲憤は推して知るべし、チャンスがないなら最後の最後くらい形振り構わずどうにか足掻いて自ら機会を得るしかないとの発想に至るのも分かるとも、でもだからって既に決まった文化祭の発表枠を奪い合うのは褒められないぞう! そもそもそれが罷り通ったら諸々の段取りが無意味になって最悪『文化祭』そのものが詰む! そんな面白くもないオチは『王子様』として看過しかねるので話し合いに応じていただきたい―――――とかいう建前を通す時間も惜しいので『王子様』の妙案聞いて!!! マジで全部まとめてまるっと解決出来るから聞くだけ聞いて!!!!!」


暫定不審者と思われる人の肺活量が結構すごい。王子様と違う声質ながらも音の通し方は申し分ないし滑舌もいいから聞き取り易いが何者なんだトップオブ馬鹿の似顔絵を顔面に装備した人。疑問は解消されないどころか口の端に上る気配さえない。

謎の人物が訴えた「聞くだけ聞いて」という魂の叫びはわちゃわちゃしていた集団に喋る機会を与えることなく混沌を強行突破した。なんで突破出来ちゃうのかについては考えないめんどくさい。


「準備期間は今日と明日、泣いても笑っても我々の『文化祭』は明後日が本番だ。開催日は絶対に動かせない。これ以上の延期が出来ない以上は何が何でもやるしかないから当日の『リューリ・ベル』のスケジュール及び各発表枠も動かせない―――――というわけで明日リハやります」

「なんて?」


「明日!!! リハやります!!!!!」


何処からともなく上がった困惑の声に被せるかたちで“王子様”じゃない人が声を張る。まったく同じ台詞だったのに言い方ひとつでこうも勢いが変わって聞こえるのだから不思議だ。しかしリハヤリマスってなに?


「リハとはつまりリハーサル、言わずと知れた予行演習だ! 本番前にスタッフその他関係者各位が集まって同様の環境や手順を用いて進行具合を確認すべく行われる本番さながらの事前練習的最終チェック! 今日中に準備を終わらせてしまえば明日が一日それに使える! 文化祭の本番は増やせなくても『リハーサル』という名目であれば常識的な範囲に限り人も予算も動かせるだろう、前例がないとかたかが学生の催し如きにリハなど不要だなんてありがちな横槍の類についてはいくらでも片付けられるから気にすることは何もない。なにしろ今回の『文化祭』は“北の大公”が後見している国賓がまさかの学生さんとして参加するイベントなんだもの。不測の事態は避けて当然、万全を期して何が悪いと開き直るだけで道はひらける―――――それで“国賓”本人の動きがリハと当日でまったく違っても『リハはあくまでリハですし』のパワープレイでなんとかなるぞう」


絶対に王子様ではないことだけは確かだけれどもそれ以外は何ひとつとして分からない王子様の似顔絵を装備した暫定不審者さんがなんだか王子様っぽく王子様みたいなことを言っている。王子様王子様言い過ぎてだんだん分からなくなってきた。王子様って何? 概念? 全部説明してくれたっぽいのにそっちの方が頭を占めつつあるこの現状どうしろっての?


「殿下ならたぶんで何とか出来そう」

「してくれそう。そこは信頼出来る」


ざわざわしながらそれでも大人しく話を聞いていた集団になんだかよく分からん浸透率でじわじわと理解が広がりつつある。たぶんで何とか出来そうというコメントについてはちょっと分かるが信頼出来るかどうかで問われれば王子様にしろ不審者さんにしろあんまり信頼したくはない。逆にしちゃ駄目だろどう見ても!


「あの馬鹿信頼するとか正気か」

「もう既に手遅れなんだと思う」

「テメェの正気は保証する」

「お前が真面で良かったよ」


自分の考えが口に出ていたかと思ってちょっとびっくりしたけれどもそれは傍らのセスがこぼした本気系の独白だったのでそれなと同意を示すしかない。とりあえずこいつは大丈夫だと思える人間が隣に居るので全力でこの場を逃れなくてもまあなんとでもなるからいいいか、みたいな寛容さが芽生える。理屈はともあれ本能であのトップオブ馬鹿王子様を信頼したくはないのだと抗う気持ちホントそれ。わかる。流石だ三白眼。


「そういうワケだ学友諸君、突然だが『リハーサル』するぞう!!! 文化祭当日のスケジュールはそのまま本番で“招待学生”に関わる機会がない面々にリハ名目で交流と発表の場を設ける―――――が、なにしろ時間がないしそれよりなにより人数が多い! 蟠りなく全員が納得出来るプランニングなどほぼ不可能と言わざるを得ず、現状は農業科生対他学科連合で大きく二分されていても各学科の要望は異なるものだし個々人のスタンスも当然違う! そんな状態で機会だけ与えて各自適当になんとかしろとか言われたところで困るだろう、表現としてはよろしくないが実力行使も辞さない系フェスをゲリラ開催しようとするレベルで温まりきった学生たちに丸投げかまして行き当たりばったりで上手いこと収拾がつけられるだなんてこちらとしても思っていない。乱闘騒ぎとか百害あって一利なしだから本当に止めて。そこのところは心の底からあとで反省して欲しい。そういうわけで『リハーサル』における導線はこちらで引かせてもらう。悪いがここは譲れない。可能であれば皆を信じて任せたいのは山々なんだが如何せん本気で時間がない。あと極端な話『リューリ・ベル』相手に食べ物以外の話題を大人しく飲み込ませるには工夫が要るので諸君らには難易度が高いと思う―――――被服科建築科芸術科商業科教養科その他各位、食料ガチ勢の妖精さんに己の学科のアピールポイントもとい各自の学業成果を効率良くプレゼン出来る自信は? ちなみにだが文化祭当日に農業科が予定している発表方法は使えないぞう、あれが出来るのは準備と調整を重ねてきた農業科生らだけだ。いくら何でも突発リハで真似出来るような芸当ではない」

「アッ、じゃあ無理です」


話が早い。無理、で見解が一致したらしい他学科連合なる皆さんが一様に首を横に振る。私も否定はしなかった。被服科から始まるその他学科の方々には申し訳ないのだけれど“北の民”にはちょっと理解が難しそうなジャンルの気配。だって“王国”の服とか建築とか芸術とか商業とか教養とか覚えて“北”に帰ったところであんまり役には立ちそうもない。

こちらとあちらは全然違う。“私”と“彼ら”も同様に、あまりにも違い過ぎている―――――結局のところ、そういう認識がずっと根底にあったから。


「己を知り、相手を知る。相互理解とは歩み寄りだが独り善がりでは意味がない。それが文化も生活環境もまったく異なる地から訪れた客人相手なら尚のこと、我々は礼を尽くしつつアイデアを絞らねばならない。なのでここは言い出しっぺの『王子様』が張り切って先頭を走るとしよう! 注目! さあ聞け学友諸君、誰にとってもメリットのある『リハーサル』企画を引っ提げたエンターテイナー王子様が今から大事なこと言うぞう―――――ハイまず農業科生ではない他学科在籍の学友諸君。メインは君たちだよく聞いてくれ、まず『本番前のリハーサルが今から突然始まりますのでお付き合いの程お願いします』というリューリ・ベルへの説明を演劇形式でやってもらう。脚本については時短のために『王子様』が作成するが演じるのはもちろん君たちなので発声練習演技指導については演劇先攻の芸術科生を大いに頼っていただきたい。長々とした説明をただ聞かせるより演じて見せる方がリューリ・ベルも理解がしやすいだろう。台詞を言うのは恥ずかしいけれどガヤとして賑やかしたいタイプの生徒もこれならいくらでもやりようはある。こうすることで各学科生の存在感はそのままに掴みの部分が完了するのであとはゲストが飽きないようにコンパクトとインパクトを意識しながら体験型のアトラクションを回ってもらう感覚でリューリ・ベルとふんわり触れ合って思い出を作ろう的なプランなワケだが現段階でなんか質問ある人!!!」

「ないです!!!」

「ないので早く続きを!!!」

「各学科リハーサル・アトラクションについてのご相談窓口は殿下であってます!?」

「従うしかない話の早さ! 大急ぎで詳細を詰めましょう!!!」

「あっはっは協力的でどうもありがとう学友たち―――――と、いう『王子様』と我々の遣り取りがあったのが昨日のことでございます」


さらっと丁寧にそんな台詞を吐いて居住まいを正す不審者さんだが突然別人になったのなんで?

思わず固まる私をよそに、彼の言葉はまだ続く。


「改めまして、リューリ・ベル嬢。並びにナビゲーターのベッカロッシ侯子。本日はご足労いただきましてまことにありがとうございます。我らがリハーサル・ツアーのオープニングセレモニーの演目は以上でございます、ご静聴、ありがとうございました」


一人だけ桁違いの台詞量だったのに噛まず淀まず見事に演じた只者ではない不審者さんは、不審感の源であった“王子様”の似顔絵をとって丁寧に一礼してみせた。一定の距離を隔ててはいるが視界のほとんどを占拠していた学生さんたちもそれを合図に頭を下げる。

まるで当然のように流れる一連の展開についていけない。要するにコメントに困っている。

そんな私を助けるが如くに真横からしれっと響く声。


「つぅわけでリハだ。付き合えリューリ」

「事情は分かったけど大袈裟過ぎない?」

「だから大事だっつったろ」

「そういう意味かよ三白眼」


最後まで見ろって言うから何かと思ったらまさか本当に全部演劇で説明されるとは思ってなかった。分かるかこんなもん。確かに分かり易くはあったし掴みもインパクトも抜群だったけど終わり方が唐突過ぎるだろ。脚本誰だよトップオブ馬鹿だなそれも言ってた全部劇中で説明してた何これ親切?


「私が言うのもあれだけど力技にも程がある」

「実際かなりの力技だぞ現実は長時間揉めた」

「揉めた現場に居合わせたみたいなこと言い出したな三白眼」

「居合わせてねぇよ俺に嘆願書持ってきた連中同士が揉めた」

「なんて?」


思わずセスを見る。

たくさんの人が動く気配があっても会話に支障はない。ノリで始めた雑談は誰にも遮られなかった。だから私たちの遣り取りは続く。自然と途切れるところまで、或いはどちらかが止めるまで。


「何がどうしてセスに嘆願書?」

「レオニールへの陳情窓口扱い。リューリのスケジュールを調整して自分たちの学科にも出番を、的な希望者連中がカチ合った結果その場で口論が始まって集団小競り合いに発展した。どんどん増えて収拾がつかなくなってきたあたりで放置も出来ねぇから止めに入ったが思い返しても下手打ったモンだ―――――全員殴り倒していいならもっと簡単だったんだがな」

「めんどくさい事態にはブチ切れながらも文化祭を控えた学生さんたちへの細やかな配慮が窺える。人のこと言えたことじゃないけどお前も割と巻き込まれるよな………それにしてもちゃんと止めるの偉いな………」

「止めただけで解決はしてねぇんだよ。レオニールが仲裁に出張ってくるまで剣術科生フル動員して乱闘食い止めてただけで愚痴だの何だのが出るわ出るわ………ここまでマイルドかつコンパクトな内容にまとめやがった手腕については認めてやらんこともないけどそれ以外は全部腹が立つ、俺だけでなくリューリまで好き勝手にめちゃくちゃ動かしやがってなんだあのアルティメットクソ王子。上に文句垂れ流しながらテメェも大概丸投げじゃねぇか」

「ストレスフルだな三白眼。ちなみにそのクソ王子はどうした?」

「明日リューリが参加する農業系発表会のリハに行ってる。国賓に見せるに値する仕上がりかどうかをチェック出来るし単純に自領の発展に繋がる新情報が獲得出来るかも、とかなんとかそれっぽい理由をこじつけられてフローレン含む有力貴族家の子女連中は大多数がそっちに回った―――――次期国王夫妻と高位貴族子女を相手に予定外の『リハーサル』とかもう嫌がらせの領域だろうに新規スポンサー獲得チャンスと捉えて前向きに燃え上がってた農業科生の逞しさは素直にすげぇな。感心した」


王子様への評価とは違いとても素直に褒めている三白眼の言葉に嘘はない。まったく同感だったので、発表会組の学生さんたちが平穏無事にリハーサルとやらを終えられればいいなと私も思う。

しかしそれはそれとして、イベントでめちゃくちゃ張り切っている無敵状態のトップオブ馬鹿と完璧と名高いらしい才女のフローレン嬢が二人揃った現場とか純粋に恐怖でしかないな。フィーリングなのに的確な駄目出しと理詰めの容赦ない追究が絶え間なく交互に飛んできそう。いやもしかしたら最悪同時か? 想像しただけで胃が痛い。


「まあイントロはこんなモンだろ―――――準備終わったか進行担当」

「スムーズに繋いでいただきまして感謝申し上げます、侯子。整いましてございます」


セスがぶん投げたその確認は明らかに私宛ではない。丁寧な返答を述べたのは『王子様』役だった学生さんで、彼の背後にはきっちりと整列した皆さんが静止している。先頭の人だけ何かしらの絵が描かれた板を所持していたが、服とか絵を描く道具とか各学科を象徴するようなものばかりなので並ぶ人々の所属学科を表している目印とみた。


「これよりお目に掛けますは多学科混成リハーサル対妖精さんプログラム。参加学科は左端より被服科、建築科、芸術科、商業科の一部に教養科、農業科生の裏方組、ボランティアとして剣術科生と錬金術科生の有志数名。リューリ・ベル嬢。ベッカロッシ侯子。本日はお付き合いの程、よろしくお願い申し上げます―――――それでは挨拶もそこそこに、華々しく開幕といたしましょう!」


何だか芝居がかった動作でさっきまで不審者だった人もとい進行担当だったらしい人が声高らかに開始を謳う。もしかしてもしかしなくても演劇専攻の芸術科生さんなのではとたった今思い至ったけれど、そんな気付きはいきなり鳴り出した音の嵐で吹き飛んだ。

人々の列が左右に動いて空いた中央フロアでは色とりどりの衣装をまとったお嬢さんたちがくるくる踊る。部屋の最奥に陣取っている学生さんたちが奏でる楽器の音に合わせて美しく、ひらひら舞う布にぽかんとしていたら「どうぞ、こちらをお使いください」と声を掛けられて振り向いた先には座り心地の良さそうな椅子を引いてくれている女子学生。何事かと反射で隣を見ればセスはとっとと座っていたので大人しく私も座るしかない。

何が何だか分からないまま二人で使えるちょうどいい位置に椅子とセットらしいテーブルが置かれたと思えばテーブルクロスと花瓶が飾られ鮮やかな手際で冷たい飲み物とお茶菓子がセッティングされていく。揃いの給仕服を身に纏うお嬢さんたちに無駄な動きは一切なかった。この間、僅か十数秒。なんか覚えがあるようなないような感じがなんとも言えない。


「演奏しているのも踊っているのも実は同じ芸術科生です。そして給仕役の教養科生、このメンバーが着ている衣装を手掛けたのがあちらの被服科生たち。お使いの椅子やテーブルは建築科生によるものですね、彼らは他にも大道具や小道具でこのリハーサルに関わっています。商業科生と農業科生についてはおいおい説明するとして―――――はい、ゲストが唖然としていらっしゃるのでここで分かり易くタイトルをドン!」


進行担当さんが叫べば華やかな音楽と踊りはそのままにドン! と場違いな音が鳴る。なんだか毛色の違う感じの打楽器から出た音らしい。そしてそれにあわせてぐるんと部屋の奥の壁の一部が回った。もう一度言う。壁が回った。楽器を奏でる皆さんの上側が突然ぐるりと回ってでかでかと横長の文字が出た。


「壁って回ることあんの!?」

「そうなると思ったわ白いの」

「ッシャオラ良い感じの反応ォ! 改造すれば回せますとも!」

「おい待て改装許可取ったか」

「ベッカロッシの兄貴が鋭いッ!!!!!」


びっくりする私に大成功とか言ってはしゃいでいた面々(推定建築科生)がセスにお目溢しお願いしますと頭を下げているカオスな現場。ちょっと予想と違ったらしい反応をしてしまったことに気付いた私は彼らからそっと視線を外して改めて回った壁に書かれた文字を眺めて即座に白状する。


「ごめん。読めない」

「ハイ読み上げます―――――エントリーナンバー・ゼロゼロワン! 被服科芸術科合同プレゼンツ、絹とか金とか食べてみよう!!!!!」

「キヌトカキントカタベテミヨウ」


復唱したところでその内容はいまいち把握しきれない。とりあえず何かを食べる流れかと浮足立つ心を抑える私に傍らのセスから補足が入る。


「極端に言えば絹っつぅうのはあそこで踊ってる連中の服の素材で金は金。普通に金属。食えるかどうかで聞かれたらまあ食いモンじゃねぇって答える」

「へえ―――――エッ? 布と金属? 食べられるんです? セスが食べ物じゃないって言うなら確定で食べ物枠じゃないのに食べてみようとか蛮勇じゃない? 王国民食べ物じゃなくても食べるの?」


こちらが理解しきれていないと察するなり的確なアシストを寄越すお気遣いの三白眼が嘘を吐くとは思っていないがそれでも信じ難かったので念のために真顔で聞いてしまった。ミートパイをとっくに完食していた身には追加の食料供給が大変ありがたいのだけれど食べ物は食べ物であってほしい。

そこでしっかりめに返されたのは進行役の人の肯定である。


「はい。一般的には食べ物という枠組みに当て嵌まるようなモノではなくとも特殊な製法を確立することで摂取は可能になりました。人類の叡智をご覧あれ」

「ご覧になるわすごいな叡智!」


布とか金属とか食べようだなんて流石に“北の民”も思わない。だって布とか食べたところで腹の足しにはならなさそうだし金属は消化によろしくなさそう。しかし“王国民”たちは工夫により食べられるようになったらしいから心の底から驚きだ。すごい、そういう話ならもっと早くに聞きたかったなとうきうきしながらお茶菓子を齧る私にセスの何とも言えない目線が突き刺さるが彼は何も言わない。


「言いたいことがあるなら言えよ」

「良心の呵責につきノーコメント」

「絶対先に聞いといた方が良いやつだろそれ早く言え!?」


言ったところで負けず嫌いが素直に口を割るわけもなく、胸倉掴んで揺らしてみようかなと魔が差したあたりで運ばれてきたお皿の物体に目を奪われる。何故ってとってもぴかぴかしていた。小さなお皿にちょこんと乗ったその物体の表面は不自然にきらきら煌めいている。色でも塗ったかのように、全体的に無駄にきらきらしていた。何だろうこれ何なんだろう、ちょっと知らない食べ物ですね。


「ちょっと知らない食べ物ですね」

「リューリにあり得ざるコメント」

「知らないものは知らないぞセス」

「こちら、シルクパウダー入りシフォンケーキの金箔包みでございます」

「シフォンケーキ。は、知ってる」


じゃあ食べ物か。食べ物なのかな。光沢が金属質なんだけどって違うわ金属そのものか。これを最初に食べてみようと試みた“王国民”がすごい。

どうぞ、とオススメされたからにはとりあえず躊躇ってる時間が惜しいのでまずはフォークで真ん中あたりからえいっと一思いに割る。断面の色は知っているシフォンケーキそのもので安心しちゃうな、これで断面も金ぴかだったらもう一段階勇気が要った。いただきますして割った半分を一口で頬張り噛んで味わう。安心安定の小麦粉さんに寄り添う芳醇なバターの風味、柑橘の皮と思われる苦味が上品な甘さを引き立てて後味爽やか見事な調和―――――待って布と金属の味が全然分かんない何処。迷子?

食べたことのない食材だから知らん味がそうなんだろうなと消去法で味わうつもりだったのに知ってる味しか感知出来ない。金属の方は見た目でそうだと主張しているからまだ分かるけども布の存在感が皆無。

首を傾げてもう半分の側面だけを薄く剥ぐ。金属の膜っぽい部分を慎重に舌の上で転がして、冷たいお水で流したところでやっぱり味は分からなかった。残った断面を三秒眺めて再度一口で食べる。もぐもぐもぐもぐ咀嚼したって新しい味は拾えない。


「シフォンケーキの味しかしない」

「引っ張ることでもねぇから言うけど絹っつっても布として織る前のモンを粉状に加工して隠し味程度に少量使ってるだけだから食感とか味とか期待出来ねぇし金に至っては無味無臭の上ぶっちゃけ栄養素もカロリーもゼロだ」

「ゼロなことある?」

「普通にある―――――“王国民”は承知の上でめちゃくちゃ豪華な虚無食ってる」


三白眼がクソほど大真面目な顔で虚無食ってるとか言い出したせいでこちらの雑談を静観していた生徒たちが何人か膝から崩れた。少なくない人数の口からは奇妙に潰れた呼吸音が飛び出しあちこちで身体を震わせている生徒たちの姿が散見される。かく言う私もちょっと笑った。だって全部承知の上でめちゃくちゃ豪華な虚無をわざわざ食べているという衝撃を一旦忘れるくらいには素直に面白いじゃんこんなの。


「布とか金とか食べてみようっつったところで要するにテメェが今食ったのはめちゃくちゃ見た目が豪華な虚無で飾り付けられたちょっと美容にいいらしい繊維の粉入りシフォンケーキだ。金額としては通常シフォンケーキの五倍ぐらいする単価のクセしてカロリー的にはどう足掻いてもシフォンケーキひとつ分しかねぇってシロモノ」

「シンプルに意味が分からない」

「テメェならそう言うと思った」


だから止めるかどうか迷った、と続いたセスの発言には私のスタンスをよく知るが故の気遣いが見え隠れしていたのだがこのレベルの配慮を他の人たちに求めるのは流石に無理があるだろう。食べ物好きなら一度はどうぞ、みたいなノリで出されたところで“北の民”には受け入れ難い―――――基本的には命を繋ぐ目的で糧を得る信条なので『めちゃくちゃ見た目が豪華な虚無』と形容されてしまうような基本食用外の物体をわざわざ口にするという思考そのものが分からない。


「一応聞くだけ聞いておくけどなんで豪華な虚無食べるんだ?」

「特別感とか話題性とかそういう演出目的だろうな。シルクパウダーの方は栄養価が高いだとかなんとか言われてるらしいが詳しく知らん―――――いや待て何で俺が率先して答えてんだよおかしいだろうが『リハーサル』だろ担当者ども仕事しろ」

「すみませんちょっと豪華な虚無がンフッフハハハハハ無理駄目降参一旦タイムでお願いします」

「ヒュウ! 演劇界のアドリブ大王が敗北宣言だぜパネェなセスニキ!!!!!」

「お黙り気安いですわよ舎弟ッ! ごきょうだいに混ざらないでくださいまし!!!」

「身内以外にはそこそこ塩でも根底に優しさと気遣いが光る………シルクパウダーに含まれているアミノ酸より旨味がすごい………お肌がツヤツヤになっちゃう………!」

「ひへへへへへこんなにも近くで末っ子ちゃんとセスお兄様の仲良しごきょうだい拝めるだなんて人生最高ォウ」

「ワ………ウボワァッ………リアルようせいさんきょうだいの尊さ舐めてた無理しんど」

「こんなに間近でごきょうだいを浴びられた奇跡………なにこれ、ゆめ………?」

「同志? 同志―――――ッ!? 気を確かに持て! 倒れてる場合か!? 満足して逝くにはまだ早い! こんなミラクルの到来は今日この瞬間しかないんだぞ!!! オラ立て負けるなリハ連合、意識飛ばしてる暇とかないだろ浸れる余力が残ってるんなら気合いを入れてガン見しろィ!!!!!」

「この光景を目に焼き付けるのが先か忘れないうちに描き殴るのが先か迷うより先にするべきことは五体投地からの感謝の表明」

「わかる機会をお恵みくださりありがとうございます何らかの神」

「私たちって承知の上で豪華な虚無を食べているのね………そうね、その通りだわ、ただの飾りにお金を積んで虚無を口にしているけれど今は何故か無料で尊い光を食んでいるのだわ………お金を払わせてくださらない? 募金箱! 募金箱は何処ッ!?」

「いやあ、あの真顔から言い放たれる豪華な虚無は強過ぎる―――――売れるなコレ。売れるわコレ!? すみません侯子そのネーミングセンスと今までの一連の遣り取り諸々言い値で買わせていただいても!?!?」

「仕事しろっつってんだろうがはしゃぐなボケども時間ねぇんだぞ!!!」


妙なテンションできゃっきゃしている連中に至極真っ当な理由で以てキレ散らかしている三白眼にお労しや的な視線が集うがキレさせてるのはテメェらなんだわとセスの額に青筋が浮いた。ごもっとも過ぎて言うことない。言うまでもない凶悪面に震え上がって大人しくなるギャラリー続出かと思いきや、意外なことに誰一人として萎縮も怯えもしていなかった。

手応えのなさを感じ取ったのか観察を選択したセスに、笑いの波を乗り越えたらしい進行役の生徒から声が掛かる。


「ご安心ください、ベッカロッシ侯子。昨日までただのパッション溢れる烏合の衆に過ぎなかった我々の即席『リハーサル』はこれで良い、この流れでこそ良いのです―――――なにしろ『特等席で末っ子ちゃんとお兄様の絡みを出来るだけたっぷり堪能したいな』というその一点で意思の統一を成した自覚的お祭りギャラリーどもには何もかもがご褒美でしかない」

「キメ顔で何ほざいてやがる」

「畏れながら申し上げると嘘偽りなき総意です。実のところ『誰が何をやったところでどうせ不公平感出るならいっそのこと総合ナビゲーターとしてセス巻き込んで補足説明とか対応その他とか全部一任しちゃえば良くない?』という大人もびっくりの丸投げプランがレオニール殿下の示された満場一致最適解でして………ぶっちゃけ候子とリューリ・ベル嬢のごきょうだいトークを特等席で拝みつつ自分たちならではの趣向を凝らしてゲストのお二人をおもてなしする、というリハーサル・コンセプトが楽しそう過ぎたので学科を問わず一同こぞってほとんど徹夜で張り切りました」

「そういうことかよ寝ろ馬鹿ども。軽率にテンションで夜明かしするな。トップオブ馬鹿は責任持ってこっちで殴り倒しておくから今からでもなんとか普通の学生らしいリハーサルプランに直せ」

「お言葉ながら無理でございます走り出してしまいましたので!」


イエーイ! みたいなノリで突然大きな声を張る進行担当。顔はまったくの別人なのにテンションだけ王子様に酷似していて一瞬トップオブ馬鹿が突然この場に生えたと思った。他の方々も流れで一緒にイエーイ! しているので手に負えないしとにかく楽しんだもの勝ちみたいな開き直りが目に眩しい。直視してるとなんだか顔のパーツがきゅっとなっちゃうな―――――セスも似たような顔してるから反応的にはあってる。たぶん。


「ァッ! 似てる! おかおが! にてる!!!」

「アツい激レアこれはアツいうおおおおお唸れ俺の右腕そして細部に宿れ芸術ゥゥゥ!」

「スケッチ隊の熱意と筆ノリがとんでもないことになっている!?」


過去最高にどうかしている連中を見るセスは無言だ。無言だが無表情ではなく割と如実に大丈夫かこれとげんなりしているし誰がどう見ても元気がない。一心不乱に絵を描いているらしい人々のパッションと元気を多少分けてもらえたのなら持ち直すのかもしれないが、そんなもん分け与えられたくはねぇよとは言われるまでもないことなので無駄というか無意味な思考である。


「心の底から帰りてぇ」

「もう諦めろよ三白眼」


なにがなにやらと思いながらもひとまず静観を決めた私とはまったく異なる面持ちで、要するに限界を突破した先で虚無の境地に至ったらしい三白眼の声は平坦だった。表情と声音に齟齬はない。帰りたい、とこぼした愚痴の温度と完璧に一致している。そこだけ切り取ればもう諦めているのだと解釈しそうなものだったのだが私にはそうは見えなかったので言葉は流れるように続いた。


「帰りたいって言うだけでお前絶対帰らないじゃん。そういうとこだよ三白眼。悪態だけはしっかり吐くのに実際行動には移さないってバレちゃってるから結構図太く皆さん楽しみまくってるんだろ」

「うるせぇ白いの。気のせいだ」

「お言葉ながらベッカロッシ侯子。気のせいなどではございません」

「あァ?」


細心の注意を払った上で丁寧に差し出された恭しさには不遜の欠片も含まれず、あくまでも柔らかい声で進行担当の人が言う。王子様曰くナチュラル過ぎてちょっぴり割り込みにくいらしい私たちの会話にするっと入って来られるあたり本当にお喋りスキルが高いな。若干トップオブ馬鹿を彷彿とさせるものだったせいか三白眼が反射で咄嗟に凄んでしまったのは事故である―――――機嫌の悪さは本物であれ、本気で威嚇されたわけではないのだときちんと理解しているらしい彼が態度を変えなかったのは意外といえば意外だったけれど。


「学び舎を共にしていたところで『セス・ベッカロッシ』という“あなた”を私たちは知りませんでした。風の噂や勝手なイメージで知ったような気になって、身分的にも所属的にも遠い御方であるからと決め付けて線を引いていました―――――ですが、そうではないのだと、王子様方や“招待学生”と過ごす日々を見て気付いたのです。貴族らしからぬと揶揄される程に粗野な振る舞いが目立とうが、あなたは真面目で負けず嫌いで他人以上に自分に厳しく何より面倒見の良い御方だと私たちはもう知っています。態度や口振りはどうであれ、上に立つ者に相応しい寛大な心をお持ちであると私たちは存じ上げているのです」


穏やかなまま、敬意を込めて、まるで台詞を読み上げるように紡がれた言葉に嘘はない。それは紛れもない本音であって、同時に総意とやらなのだろう。様子のおかしい野次は飛ばない。分かってるじゃん、と言いたくなったがなんとなく違う気がしてやめた。

和やかに生温い空間の中心でセスは何も言わない―――――照れ隠しや否定の言葉もないまま視界に映るすべての人間の正気を等しく疑っている。横で見ているだけの私にもそれは理解出来たので、正面に陣取るリハーサル組の皆さんにもそれはばしばし伝わっただろう。目線だけで正気かどうかを問うてくる三白眼って何?

余談だがセスの正しさというか疑っといて損はねぇ的経験則が証明されたのはたった二秒後のことだった。


「ええ、存じ上げておりますとも―――――ド真面目負けず嫌い一番搾りのベッカロッシ侯子であれば途中で仕事を投げ出したりせずリューリ・ベル嬢をひとり残して自分だけ帰るなんてことはしないと信じております信じているからありのままの情熱引っ提げてこの『リハーサル』で最高の思い出刻み込ませていただきますねという決意表明のコーナーでしたご静聴ありがとうございます! ハイいいお時間! 尺を稼ぐ必要がなくなったので実食タイム後の説明枠はカットしましょう担当者たちが軒並み尊さでダウンしているのでちょうど良さげ! なおこの後のスケジュールにつきましては商業科による“王国”内における食料流通エピソードあるあるを流しつつ教養科秘伝のお給仕マニュアルに建築科生の専門知識と芸術科生の尖ったセンスを融合させた食堂スタッフの超大作『タワー・オブ・サティスファクション』をご賞味いただいた後に場所を移して屋外型体験レストランでのランチを予定しております!!!」

「情報量の多さと勢いで押し切ろうとしてんじゃねぇぞコラ」

「要約するとランチの前になんかすごいの食べられる感じ?」

「微塵もブレねぇそういうところ安心感しかねぇなリューリ。よく分からんノリのオンパレードでも食い物関連の情報については相変わらず的確に拾いやがる―――――らしいな」

「よしきた。いただこう」


細かいことについてはさておき食べられるものがあるなら食べたい。そんな素朴極まる欲求をストレートにお出ししたところで正気を疑われないどころ安心するとか言われる不思議。なお私たちの雑談を聞いて妙に盛り上がるリハーサル組については正気に戻って欲しいなんで狂気を標準装備しながら活動してるんだ。

正直に言ってしまうなら、私は彼らをよく知らない。

個人個人を良く知らず、集団として括ったところで思い出らしい思い出がない―――――だから、あんまり思い入れもない。向こうの人もそれは同じだろう、と軽く考えていたのだけれど、しかし私に知って欲しいと彼らは真っ向から語った。今までは知らなかったという三白眼のあれそれを見てここまで親しみを深めたように、知って欲しいその一念で頑張って走っているのだろう。可能性が僅かであっても煌めく何かを残したいのだと叫ぶ彼らの熱量は眩しいくらいに輝いて、それは私の記憶に残った。ほんの片隅に少しだけ、とても小さな思い出として残すくらいはしてもいいかと自分でも呆れ半分に。


「食事が用意されてるんなら私はちゃんと付き合うぞ。ところでそれセスの分はある?」

「もちろんご用意しておりますとも。タワー・オブ・サティスファクションはゲストのお二人に確かな満足をお約束する食物の塔―――――ざっくり雑に説明するとリューリ・ベル嬢の身長くらい縦に盛ったパイ料理です」


お前ら私よりセスの記憶に残る気だろうがそのチョイス、と言いたくなったがなんとか耐えた。たぶんこの瞬間の突っ込みしばらく忘れないと思う。


「建材ですらねぇ食い物を人間大まで盛るんじゃねぇよどういうバランス感覚だ。それはそれとしてパイ料理は食う」

「三白眼が乗り気になったので持って来てもらっていいですか?」

「かしこまりましたありがとうございますそれでは準備が整ったところでタワー・オブ・サティスファクションの入場です! 音楽!!!」


音楽、の一声でホントに音楽鳴ることあるんだ。進行役のテンションは今や王子様に匹敵しているが感心している場合ではない。楽団の皆さんが一心不乱に弾いたり吹いたり奏でたりしている曲が完全オリジナルの『パイ料理の塔行進曲』とか紹介されてもコメントに困る。食いしん坊なのにお兄ちゃんが食べる分の心配してあげる末っ子ちゃんが尊いぜ更に盛るしかないぜ、とか視界の端っこの遠いところで爆泣きしている人たちの迸る情熱にも参る。


「まあ実害ないしスルーでいいか」

「圧倒的強者の余裕じゃねぇかよ」

「事実として一番強いんだが?」

「知ってっから証明せんでいい」


試す? みたいな軽さで握った拳は三白眼の掌に押されてあっさり引っ込んだ。抵抗する気もありはしないから本当にただのじゃれあいである。景気のいい曲が流れる室内で聞こえた気がするか細い悲鳴はきっと私の知らない楽器が奏でた旋律に違いない。楽器の種類は知らないし、奏者の名前も知らないが、今日この場所で見聞きした非日常のいくつかがふとした拍子に懐かしさをもたらすことはあるかもしれない。

それならそれでまあいいか、と私は気楽にひとりごちる。

なんだかちょっとよく分からないレベルで張り切りまくっている人々にもてなされようが、熱意と共に囲まれようがはしゃがれようが囃されようが―――――三白眼が道連れならまあしょうがないかで済ませていいか、くらいの余裕もそこそこに、どんな料理が出て来るのかと食事を待つこの得難い時間を楽しむように、ちょっと笑った。


更新自体は三ヵ月振りでも登場人物が三年振りとかどういうことなの本当に。


彼が再びお目見えするまで待ち続けてくださった読者の方のご期待に添えていればいいのだけれどぶっちゃけ本気で久々過ぎて思い出すのに時間が掛かりましたね笑い事ではない。ホントに。

今尚付き合い続けてくださる方もこの後書きにまで目を通してくださる方もありがとうございます、いつも皆様の温かいお気持ちに支えられているのでガチ感謝……捧ぐ圧倒的感謝……!


次回の更新は年内になんとかなったらいいなぁ←

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更新キテタ━━━(゜∀゜)━━━!! 気付くの遅レタ━━━(゜∀゜)━━━!! そして三白眼キタ━━━━━━━(>∀<)━━━━━!!!!!! 待ってたよセス!! すっかり「ぶっきらぼうだけど優しいみ…
こうしんに きづくの おくれた。 ………じくじ!!!! 更新ありがとうございます。 え?セスさん3ね……いやいや。3ね……いやいやいや。そういや誘拐騒ぎからのお城でわちゃわちゃして3年……。経つのか…
更新嬉しいです! え、セスくん三年ぶり?本当に? リューリ・ベルとセスのめちゃ息の合いまくった言葉の応酬が気持ち良い! 王子様、やっぱり爪を隠すタイプなんだなぁ。もしくはめちゃデコ爪にして相手に危ない…
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