論外 おはなしにならない
ご無沙汰しておりますご注意くださいこちらめちゃくちゃ特殊回です
(久々の更新でなんたる暴挙)
「やってくれましたねえ、彼」
同意を求めているかのようで、実際はただの独り言。それそのものは本当に、面白がっている声だった。含みはないと知っている。だから黙って聞いていた。
「いやあ、大御所相手に大立ち回りして都合の悪いツッコミどころは全キャンセルで弾き飛ばしたまま強引に幕を下ろすとか本当にやってくれました。若干の消化不良はあっても総評は合格点でしょう。いいですね、嫌いじゃないですよ、青臭くって面白い―――――終わってみればこれはこれ、存外楽しめましたしね」
誰に聞かせるつもりもないが『言いたくなった』から言っただけ。思いのままに楽しんで、けれど同時に皮肉って、理知的な態度は崩さないままに享楽性を隠す気もない―――――ヘサーム・プトレはいつだって、観客席に陣取っている。スポンサーのような顔をして、通な観客を装って、胡散臭く浮かべた笑顔の下で辛辣なレビューを捲し立てつつ表面上は理解者よろしく拍手と声援を欠かさない。
タイラン・ラウトーイはそんな旧友と向かい合いながら沈黙していた。
(相変わらず仰々しい御仁よな)
心の中でいつもの感想を呟くだけで口には出さない。出す必要も感じていないのでタイランは無言のまま黙々と目前の漬物を消費していた。酒の席に相応しく味が濃い。特に塩がよく利いていて、これがまた持参した酒に合う―――――現実逃避的におつまみレビューを脳内展開していたところで眼前のお喋りと目が合った。
「おっと、その顔は『胡散臭いな』と呆れてらっしゃいますね友よ!」
「惜しいな。正確には『仰々しいな』と思っていた次第である、友よ」
「残念、外してしまいましたか。それはさておき手土産の漬物がご好評のようで光栄です。実はそれ私が漬けました。具合、タイラン殿好みでしょう? 醸造酒との相性もいい筈ですよ、こだわりましたので」
こちらの好みを知り尽くしているどころか今日持って来るであろう酒との相性まで加味した上で手の込んだ土産を用意する周到さを平然と披露して、しかしヘサームは悪びれもなくなんならちょっと誇らしげなドヤ顔で笑っていたりする。四方大公家の中で最も情報戦に秀でているプトレ大公家の先代とはいえ彼だけは昔から特別だった。
例えば一を知ったとして、ヘサームはそこから百を割り出す。
知るのではない。割り出すのである。
彼自身がそう申告したので本人的にはそうなのだろうが何をどうやれば『割り出せる』のかは今になっても分からない。解析力だか分析力だかが桁外れなのだろうとは思うが要するにヘサームは自分などよりよっぽど頭の出来が良い、とタイランは結論付けている―――――ので、驚きはしなかった。同時に、不快にも感じない。
「うむ、確かに酒と良く合う。察しの通り好みの味だ。欲を言えばもう少し―――――」
「舌を刺す辛味をひとつまみ」
でしょう? と笑顔で先回りをしてのける男に悪意はない。あるのは親愛だけだった。そこには打算も下心もなく、だからこそ逆に嘘臭い。それが素なのか計算なのかはもう勘繰るのも馬鹿馬鹿しいので分からないままで構わなかった。
「そろそろ味に変化をお求めの頃合いだと思っておりました」
そこでこちら、と微笑みながらヘサームが取り出した硝子の小瓶が漬物の上で傾けられる。ぱらぱらと落ちる赤い粉が付着した漬物をつまんで一口、求めていた刺激が舌先を走って爽やかに鼻へと抜けた。
「これだ」
「ふふ。大当たり」
うまい、と素直な称賛に応える声は穏やかそのもの。時間の流れはゆったりとして、急かすものなど何もない。出番が終わった端役とはなんとも気楽なものだと思う。元からそういう立ち位置である、と納得していれば尚のこと、酒精も手伝ってまあ緩む―――――あまりにも素直に舌鼓を打ってばかりいたものだから、東方大公家のご隠居はナチュラルに話題をド忘れした。
「はて。何の話だったか」
「面白い舞台でしたねえ、というお話をしておりました。主に私が。一方的に」
「そうだった。続きを拝聴しよう」
思い出した瞬間に緩み過ぎた己を自覚して、タイラン・ラウトーイは居住まいを正す。いくらなんでも油断が過ぎた。反省の意を示すべく、空になっていた友人の盃に手酌で追加を注ぎ、あちらが好む干した果実が満載された皿を寄せ、ついでに自分の酒も足す。取り繕い方が露骨を極めてもヘサームは上機嫌だった。
「ふふ。一方的なのにきちんと付き合ってくださるなんて、タイラン殿は人がいい」
「人がいいかどうかはさておき、申し訳ないが聞いたところで私には共感出来まいよ。なにしろ貴殿ほど頭が回らぬ―――――此度は流されるままだった」
「ええ、そうですともタイラン殿。まさにそれ、まさにそれなのです」
ぱちぱちぱち、と短い拍手を送る男には笑顔があって、態度は穏やかそのもので、しかし誰にも己の言葉を遮らせない圧がある。タイランは敢えて邪魔をしない。だから滑らかに紡がれる言葉は止まったりしなかった。
「あの“王子様”の筋書きに誰も彼もが流されました。彼の言葉に流された。思惑通りに流された。沿う者はもちろん逆らう者さえ等しく巻き込み流れに流れて終わってみれば大団円――――――みたいな気にさせるあの手腕。お見事としか言えません」
冗談めかして肩を竦める姿は様になっていて、察しが良過ぎる友人は干した果実のひとつを抓み上げ行儀悪く口へと放り込む。いつになく酔いが回っている、と内心で密かに珍しがりながらタイランも干した果実をつまんだ。大振りかつ肉厚な果肉を齧れば自然な甘さに満たされて頬が勝手に緩んでしまう。素朴だが貧相な味わいではない。
「大したものです。本当に」
独り言のように溢されたのは、真っ直ぐで純粋な称賛だった。ヘサームの声音に噓はない。口に含んだ果肉は甘く、噛めば噛むほど味がする。お喋りな友人はそこで一旦言葉を切って―――――スゥーッ、と深く息を吸ったかと思えばそのまま勢い良く酒を呷って唐突に方向転換した。
「ところでちょっとタイラン殿に伺いたいことがあるんですけど『実はノルンスノゥク公爵令嬢は本当に国賊にかどわかされて一度行方知れずになったものの“王子様”が機転をきかせてバレないように超頑張ったらなんやかんやでいろいろあってマジでバレずに済みました、おさまるところに全部おさまって国賊も捕まってめでたしめでたし』があの茶番劇の真実だって言ったら信じてくださいます?」
「信じる信じない以前の問題で急過ぎるあまり何も頭に入って来ないゆえもう少しなんとかならんか友よ」
「なりませんねェ! 残念ながらこちとら酔っ払いなんですよォ!!!」
「言い切るとはその意気や良し」
「いいんだ!? 懐広いなァ!」
あはははは! みたいなノリで笑うヘサームは子供っぽい。しかし外見はどう見たところで爺のそれであったが故にタイランは自らの認識に生じた齟齬を可及的速やかに黙殺した。たあん! と卓上に叩き付けられた盃がそのままぐいっと自分の方へと押し出されてきた意図を汲み、無言で追加を注いでやれば感謝の言葉と同時に干される。
「珍しく羽目を外すなあ、友よ」
「たまにはいいじゃないですか」
本当に貴重なものを見た、と思わず口から零れた本音に返された言葉はなんとも雑だ。見るからに、相当に、ご機嫌で不機嫌に酔っている。こんな友人の姿を見たのは数十年に及ぶ付き合いの中でもたったの一回だけだったのに、まさか己が存命のうちに再度目の当たりにしようとは。
(思えば我らの付き合いも長い………何十年だ? まあいいか)
感慨深い何かを噛み締めて、タイランはひとり深く頷く。酒が進んでふわふわっとした思考では何年か分からなかったので着地点はかなり適当だったが誰も困りはしないだろうから彼はあっさり自己完結した。
「左様か。であれば仕方がな―――――」
「なくないですよやめてくださいよその言い回し超大昔の東部のどこかの別れの挨拶じゃないですか。やめてくださいよ遠回しなようで直接的に辞そうとしないでくださいよヤダやだやだやだ嫌です嫌ですタイラン殿まだ帰っちゃ嫌です私に構ってくださいよォ!!!」
「仕方がないからせめて同量の水を飲むのがよろしかろう、という助言を伝えるだけのつもりが完全に絡み酒だなこれは………分かった、分かったから落ち着け、友よ。酔っ払いに言っても無駄であろうが老年期の駄々捏ねスタイルは他所様に到底お見せ出来んぞ」
「おっと、危ない、油断しました。酔い過ぎましたね。失礼を」
「急に正気に戻りおる………前にも思ったがそういうところうっすら怖いなこの男………」
「本人を前に堂々とそれを言っちゃうタイラン殿がタイラン殿で安心しますね! うっすら怖い男と友誼を結び続けてくれてありがとう! いやもうホントこれは本気でまことにありがとうございますッ!!!」
「メンタル無敵か? ヘサーム殿」
「お褒めにあずかり恐悦至極、唯一無二の友を得てからめでたく無敵となりまして―――――ハイ。そういうのはもういい的な呆れ顔をしていらっしゃるタイラン殿のご希望承ります」
「では簡潔に」
「ええ喜んで」
にっこり、と微笑んで快諾してみせるヘサームに先程の醜態の影はない。落ち着き払った声と仕草は平素と何ら変わりがなかった。これがこの男の話術というか処世術のような何かである。今となっては本当に酔っていたのかどうかも怪しいと思う傍らで、なんとなく今もまだ酔っているのだとタイランの勘は告げていた。
指摘したところで意味などないので特に何も言うことはないけれど。
「さて、うっかり酔って口が回っていきなり情報をブチ込んでしまいさぞや困惑されたでしょうから分かり易く簡潔にお伝えしますと―――――ヤバいですよあの“王子様”」
「流石に語彙力どうした友よ」
「要約しようとすればするほどそうとしか言えなくなるのです友よ。まどろっこしいのはお嫌いでしょうから敢えて雑に申し上げると個人的には此度の件がどうして茶番で片付いたのかがぶっちゃけまったく分かりませんで………こちらとしてはノルンスノゥク公爵令嬢が本当に誘拐されていると踏んでいたから先達としてさりげなく手助けを、と目論んでおりましたのに出番がなくてガッカリしました。当てが外れてしまいましたので慰めてくださいタイラン殿」
「そうか。貴殿が読みを外すとは珍しいこともあるのだな―――――待て。外した? ヘサーム・プトレが?」
「んふふふふふ、いーい反応ですねェお酒が美味しいですよ我が友!」
けらけらけら、とヘサームの乾いた笑いが転がっていく。どこかヤケクソ気味だった。酒に頼らねばやってられない何かがあったのかと危ぶむほどに。
「まさかあんな感じになるとは思っていませんでしたので本当に驚かされました―――――やってくれる。本当にやってくれる。まさか我々の目の前で臆することなく憚ることなく心の底から堂々と『補足云々とか正直言ってどうでもいいから全キャンセルした』と告白する馬鹿がありますか」
愉快不愉快奇々怪々、と妙なテンションで友人は笑う。タイランはそれを傍観しつつ数時間前の記憶を辿った。茶番の舞台で“王子様”が“北の民”につらつら述べていた長い台詞を再現するのは流石に無理だが大筋と場面そのものを思い出すだけなら造作もない。
「ありますか、も何も我らは実際にそれを目にしたが」
「ええ、この目で見ましたし、この耳でしかと聞きましたとも。聞いていたからこそですよ―――――聞かされたからこそですよ。お気付きですか? タイラン殿。彼の発言は“北の民”へと向けられたようで我々宛てです」
『ぶっちゃけこの茶番もうちょっと別件というか補足云々で長引く予定だったんだけどたぶんお前には心の底からマジでどうでもいいだろうなあと思って諸々キャンセルしといたぞう。アドリブが利く現場ってこういうところが楽でいいよね、とにもかくにもミロスラーヴァ卿を味方にしておく根回しがまるっとすべてを解決しました』
声真似まではしないにしても、軽やかな声で朗々とヘサームが台詞を諳んじる。自分と違ってこの友人の記憶から抽出されたものであるなら一言一句間違いなく“王子様”のものと同じだろうそれを黙って聞いて―――――諸々つらつら考えたところで結局なんにも分からないのでタイランは素直に白旗を上げた。
「分からんな、ヘサーム殿」
「うふふふふ、なんて素直。全部ですよ、タイラン殿。すべて、まるっと、なにもかも、我々というオーディエンスに宛てた真実で警告です。超特大の釘を刺されたと言っても過言ではありません。ミロスラーヴァ様が一枚噛んだ状態ですべては解決している。多少引っ掛かるところはあっても全部まるっと片付けて終わる算段はつけてある。だから要らない好奇心など引っ込めて大人しくしていろ、と私にはそう聞こえたというだけの話ではありますがねえ」
笑う。笑う。一を知るなり百を割り出す異才には笑みが張り付いている。穏やかに笑って不穏を吐いたその顔には何の憂いもない。しかしタイランはどうしようもない隔たりを感じて小首を傾げた。おかしい。分からない、と口にしたのはそういう意味ではなかったのだが、ヘサームがそこを間違えるとは度し難い程に珍しい。
この男が我が意を汲み損ねるとはどうやら本気で酔っている。ただ純粋に、そんな気持ちで、言うべきことを音にした。
「いや、ヘサーム殿。そうではなく。貴殿、結局なにが言いたい―――――違うな。何を聞かせたい?」
ぴた、とヘサームが停止する。時が凍ったようだった。表情も姿勢もその瞬間のままに止まって動かない。ほんの少しだけ面白かったので戯れに語る気になったあたりはおそらく自分も酔っている。
「ヘサーム・プトレともあろう御仁が随分とまあ迂遠なことだが、結局のところ言いたいことも聞きたい台詞も決まっておろうよ。何を言い淀んでいるかは知らんが私とてそれくらいは分かる。久方振りに会ったとはいえ貴殿とは長い付き合いゆえな、らしくない尻込みなどせずともよいから吐き出されるがよろしかろう」
もにょ、とヘサームの口の端が歪んだのをタイランは見逃したりしなかった。それは笑いを堪えているような非常に締まりのない顔で、立て直しにたっぷり五秒を要したヘサームは盛大に息を吐く。そういうとこォ、と恨みがましげに軽やかな調子で吐き捨てて、次に視線を合わせた瞬間友人はすとんと表情を消した。
「お言葉に甘えて白状しますが分からないのは私の方です。わからない。本当にわからない。信じられます? タイラン殿。この私がわからないんですよ」
あまりにも信じ難い告白を受けてタイラン・ラウトーイは閉口する。この男が本当にわからないことなどこの世の中にあったのか、との驚愕と衝撃は絶大だった。騙りではない。直感がある。ヘサームの滑舌は止まらない。
「何が真実か分からない。しかしこれはどうでもいいのです、だって私にはどちらでもいいしタイラン殿や“王国”にとっても等しくそう、どうでもいい。なんだっていい。辻褄があっていればいい。おさまるところにおさまって都合が良ければそれでいい。大多数が納得出来る程度の体裁が整っていれば事の真偽は曖昧なままであっても構わないし困らない。国賊に皺寄せが集中するのはまあ当然の帰結ですから論じるまでもないでしょう。ええ、まさしく大団円です。だからそこは受け流せる。この目を瞑るに値する。西方大公家のお家騒動、公爵令嬢の誘拐疑惑、害虫騒動に文化祭案件に“王子様”の大立ち回りと“北の民”を取り巻く周囲の動きその他に気になるところがあっても『私』自身の中で折り合いがつけられていれば何でもいい。ミロスラーヴァ様が良しとしたものを蒸し返す趣味などありませんからそれで平穏が保たれるならこちらも飲み込むつもりでしたよ。ですが、ひとつだけ駄目でした。どうして『そんなことをしたのか』がまったく分からないのです」
何度考えても分からない。どうやったって飲み込めない。たったひとつが納得出来ないと呪いの如くに友は言う。裏を返せばたった一点を除いてすべて分かっているのがこの男の恐ろしいところなのだが、続きを促すタイランの声は拍子抜けする程のんびりしていた。
「貴殿に分からぬ事柄が私に分かるとは思っておらんがひとまず聞くだけ聞いておこう。で? 何が分からぬと?」
「ノルンスノゥク公爵令嬢の行動に説明がつきません」
「うむ、そうか―――――うん?」
予想もしない名前がぽろっと飛び出してきたものだから、訳知り顔で頷いた後でタイランは目を瞬く。なんて? みたいな心境で受け止め損なった情報を拾い上げて咀嚼して、彼は念のためと唱えながらも率直な感想を口にした。
「ノルンスノゥク公爵令嬢………レディ・フローレン・ノルンスノゥク? え、散々やってくれたな的な評価を下していた殿下ではなくその婚約者たるご令嬢の方? ヘサーム殿にしては話運びがアレ過ぎるというかだいぶ下手だと思うがどうした?」
「どうしたも何も『そんなことも分からぬとは貴殿も衰えたものよなあ』みたいな反応をされたらガチ泣きしちゃうしタイラン殿に幻滅されるのだけは死んでも嫌だなァと予防線を張りまくってたらまあまあ意味が分からなくなって収拾がつかなくなっただけです怖いですねお酒の力って!」
「おお………酔っ払いが何を言うかと思えばなんというか思春期の子女じみたことを………」
「思春期の子女がお酒の力ではっちゃけるのはフツーに駄目ですし嫌われるくらいなら王国滅ぼして丸ごと無かったことにしよう、なんて発想に至る思春期は流石に居ないと信じたいですねェ最近の子は分かりませんけども!」
「よし分かったヘサーム殿水を飲め。貴殿は確実に混乱している」
「そのようですね。醒めました。それで何が分からないってまさにその思春期の子女なんですけど『なんであっさり誘拐されたか』がホントに分からないんですよね彼女」
「だから急に正気に戻―――――おん?」
だからなんて? みたいな本音十割で改めて突き刺した視線の先ではいつの間にか盃を水入りのピッチャーに持ち替えたヘサームが大真面目な顔をしている。何故か腰に手を当てていた。しかもピッチャーを掲げ始めたので全然正気に戻っていない。今から一気飲みを披露します、との宣誓が放り投げられそうな絵面を力一杯裏切って確定演出で酩酊している友人はなんと普通に続けた。
「茶番の筋書きでは誘拐なんてされてないことになっていましたが私の見立てでは本当に攫われていた筈ですよ彼女。だってそれ以外『招待状』を紛失させる理由がありません。すべてが織り込み済みの茶番、すべてが仕掛け人ありきの仕込みであったというなら『招待状』は取っておくべきです。物的証拠ですからねえ、敢えてわざわざ舞台上から排除する理由が見当たらない。メリットがひとつも浮かばない。強いて言うなら“北の民”を参考人として召喚するためという見方も出来なくはないですが、いっそ過剰なほどあの娘に配慮してみせたミロスラーヴァ様のご様子からしてその可能性は低いかと………どちらかというとあの場に彼女を呼びたくはなかったんじゃないかなあ」
ぽつりと付け足された一言は、ただのヘサームの感想だろう。けれどおそらく的を射ている。タイランの勘はそう告げていたが肯定を挟むことはない。己の捉え方を伝えるよりも滑らかに続く友人の台詞を聞くことに意識が向いていた。
「だというのに『リューリ・ベル』は招聘されました。オルロフ大公家の許可なしには呼び付けられない“北の民”を後から茶番劇に組み込んだ。更には彼女に軸を合わせて再編成までしてのけた。そうしなければならない理由と必要性があったから、彼女は巻き込まれるべくしてあの場に立っていたのです。あれはそれほどのことだった。そこまで事を大きくしなければ誤魔化せない程の何があった………酒の席でもいたずらに話すことではありませんからこれっきりにしますけれど、私はね、タイラン殿。ノルンスノゥク公爵令嬢は自らの手で『招待状』を処分して己が意思で誘拐されたのだと、そう考えているのです。ただの勘ではありますが確信していると言ってもいい―――――だからこそ、意味が分からない」
どうしてそんなことをしたのかが分からないのだと彼は言う。分からないから落ち着かない、と嘆きもそこそこに吐かれた弱音は本当に珍しいものだった。
「これだ、と思える答えがどうしても私には浮かばないのです。どうしてあのレディ・フローレン・ノルンスノゥクが誘拐される気になったのかが私にはまったくわからない。何しろ彼女は誰もが認める才媛にして次期王妃、誘拐犯の脅迫如きに膝を折ることなど許されません。誰ぞに危害を加えるとほのめかされても動じず揺らがず敵を見定め排除する。次代の王妃として完璧であれと育てられてきた娘ですからそう振る舞うのは当然のこと。それこそわざと誘拐される筋書きでも存在しなければ攫われるような真似はしない―――――筈、なのに、分からない。どうしてでしょうね? 本当に」
ああ、わからない、わからない、と迷宮入りした思考の中でヘサームは首を振っている。知りたい、解きたい、納得したいと欲する気持ちは分からなくもない。
「どうしてもそれだけが分からない。他のことについてはなんとかなります。例えばノルンスノゥク公爵令嬢がこなしていたという大量の文化祭案件書類云々については王子を筆頭に協力者たちが彼女の分まで働けばいい。ミロスラーヴァ様の後ろ盾があれば大抵の無茶は通るでしょう。ブルカウクスへの訪問もキルヒシュラーガー公子改めヴィッテルスバッハ大公孫が口裏を合わせればいいだけですから難しいことではありません、翌日かの地から『ノルンスノゥク公爵令嬢』が王都に戻ればすべては茶番の筋書き通り………まあ、誘拐されたレディ・フローレン・ノルンスノゥクを見付け出して保護した上で人知れずこっそりブルカウクスまで護送しなければならないという点がネックではありますが………国賊どもの周りにはルイトポルト殿やミロスラーヴァ様の手の者が潜んでいたでしょうからそのあたりはどうとでもなったかと」
彼が言うならそうなのだろう、と思われる情報を受け取りながらタイランは努めて平静を保つ。オルロフ大公家を筆頭とした王国上層部が良しとした茶番劇以外の真実その他などあまり知りたくはないのだが―――――酒の席で酔った爺が語る頓狂な与太の類ならギリギリ付き合っても許されようとの言い訳は自分でもちょっと苦しい。
(まったく、久々に設けた酒席で珍しい酔い方をしてくれる)
まさかそれがヘサームなりの親愛の示し方とも知らず、激レア演出であったがゆえに伝わりようがない甘え下手など擁護のしようもないものだからタイランのひたすら胡乱な視線は絶賛酔っ払っている友人に注がれるばかりである。
「ああ、というかあの場に居ましたねえ、実際にノルンスノゥク公爵令嬢を救出したであろう駒。あれこそがもう答えというか………タイラン殿もご覧になったでしょう? ほら、あの伝令役ですよ、“北の民”にペリメニのお鍋を渡していた軍人の」
「ああ、おったな。あの若者―――――国賊伯めが『アバーエフ卿』とか叫んでいたからもしやと思ったがやはりドミニク・アバーエフ・ノルンスノゥクだったのか」
ばん! とものすごい音がして、がしょん! と喧しい音もした。何事かと身構えたタイランが発生源を確認してみればヘサームがテーブルに突っ伏している。ピッチャーを握りしめたまま顔面をテーブルの平面にくっつけて微動だにしない友人の頭頂部をしばし見詰めた彼は半ば呆然としながら呻いた。
「ヘサーム殿が………寝落ちした、だと………!?」
「ちッがいますよ何なんですかなんなんですかタイラン殿なんでそれちゃんと分かってて諸々気にならないんですかっていうかあなた布で口塞がれてた国賊の台詞聞き取れてたんです!?」
「おお、無事だったか、ヘサーム殿。いや、まあ普通に聞こえてはいたが誰も何も特に反応しておらなんだからそういうものかと流してしまった」
「流さないでくださいよ………そこは元ノルンスノゥク公子がミロスラーヴァ様の間諜としてヴィクトール・ヘンスラーの陣営に潜り込んでいたからこそ速やかに元義妹であるレディ・フローレン・ノルンスノゥクを救出する運びになったんだとか察するところでしょうがよォ………もうやだこのひと………開き直って全然裏とか読んでくれないホントつれないそういうところきらいになれない………本当そういうところです友よ。終わったことだと割り切った話題をあなたは深掘りしない。気付かず知らないままでいる方が都合の良いことにも関わらない。怠慢ではなく信条としての在り方だとは分かっていても僕としては物足りないっていうか同じ立場として意見交換とかそれっぽいことしたいときだってあるんですよ我が生涯の友よってねえちょっと聞いてらっしゃいますかねえそういや前にもこんなことありましたっけそうですそうですまさにノルンスノゥク家の跡取り云々でゴタゴタしてたあのときもタイラン殿ったら横着して右から左に受け流すだけで情報収集もしないんだから結局こっちがいろいろと砕いて説明したっていうのに結局スタンス変わんないってそれもこれもみんなノルンスノゥクのアホ公爵がアホなんですよミロスラーヴァ様のご意向を盛大に勘違いした挙句あのアホ勝手に先走るからあんな馬鹿なことになったってのになんだって僕らの下の世代はあんなにもアホばっかなんですかねえタイラン殿どう思いますやっぱりあのとき僕とあなたで粛清的なアレコレ諸々さくっとやっとくべきだったでしょォ!?」
すんすんと嘘臭く噓泣きしながら顔を上げてちびちびと水を啜りつつ謎の呪詛をばら撒いている友人からそっと視線を逸らしてお気に入りとなった漬物を齧るタイランの表情は凪いでいる。ぼりばりと響く小気味良い音だけを背景音楽に管を巻き始めたヘサームは息継ぎさえも忘れているのか一向に止まる気配がない。人生を面白可笑しくするには一種の才能が必要だ、とはかつての彼の言葉だったがどうしてそれをこのタイミングで自分は思い出したのか。
とりあえず喋らせ続ければいつかは落ち着くだろうかと見守りに徹することしばし、内容は徐々に支離滅裂となり何を言っているか怪しくなってきたなと判じたあたりでタイランはようやく口を開いた。
「ヘサーム殿。飲み過ぎである。酒に溺れるとはらしくない―――――というか私が思うに貴殿、既に答えを得ているようだが」
「え。タイラン殿なんて?」
「おそらくそれが答えなのでは? と思われる核心をそうとは気付かず口にしていたようだぞ貴殿」
「ウッソォ! 待って!? いつですかそれ、うわヤバ本気で覚えがない。タイラン殿とのサシ飲みで酒に溺れるとはなんたる不覚―――――すみません酔いが醒めました、もう完全に目が覚めました、思い出すのでどうかもう少しお付き合いください我が友よ」
「ああ、友よ。もちろんだとも。我らの出番は最早無い。時間だけはある隠居の身ゆえ、今宵は飲み明かすとしよう………ところでそれはそれとして」
「漬物のおかわりでしたらこちらに」
さっと取り出された容器の中にはぎっしりと漬物が詰められている。迷いのない動きで先回りして正解を叩き出すヘサームに何とも言えない視線を向けて、タイランは思わず言い掛けた小言を酒で流して飲み込んだ。
言ったところで山などなければ当然の如く落ちもない。舞台を下りた端役ふたりの打ち上げなんてそんなもの。ご隠居たちが酒を片手に駄弁っているだけの枯れた絵面に誰が得をするのかと考えたところで答えなんて出る筈もなく―――――出さなくたって大局的には何も困りはしないから、二人の先代大公たちの会話は此処だけの話で終わった。
Q.なんでこの二人に焦点当てたの?
A.本編ではもう出番がないからつい
流石に暴挙が過ぎるだろうがよと思いましたがやりたかったのでやりました、大筋的には読まなくても影響あんまりないですけれど読むとちょっぴり小ネタが拾える箸休めみたいな特殊回。
そして後書きまで読んでくれている奇特な読者の方にサンキュー、実はこれでも半分くらい削ってコンパクトにしたんですけどやりたかったことのもう半分が結果として手付かずになりましたなんて言えない無計画無軌道←
次回はきちんと主人公が出る予定なのでごゆるりとお待ちいただけますと幸いですハイ……




