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蠱毒の後宮妃~型破りな異端妃は美貌の皇子と謎を解く~  作者: 及川 桜@『後宮の料理妃2』発売
第七章 皇位継承権

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皇子、父の間へ

 ◆


こうして楊胤は仙霞と共に、久方ぶりに華蠱宮へ赴くことになった。


 仙霞はどこか浮き立つ様子だ。まるで実家に帰るかのような表情である。


 華蠱宮は以前と変わらず、ひっそりと佇んでいた。


蠱婆の離れを訪ねると、蠱婆はあの日と同じ場所、同じ姿でふたりを迎えた。ただ、今回は昼間だったため、前に感じたほどの不気味さはない。


「……結局、わしが行かねばならぬのかい」


 蠱婆は大きくため息をついた。


どうやら気乗りしないらしい。当然といえば当然だが。


「今回は罪人探しとはわけが違う。蠱毒にあたったのは皇帝だ。いかに蠱婆といえど、これは断れぬ案件だ」


 楊胤は鋭い目で蠱婆を見据えた。


 帝を救いたいからではない。仙霞を皇帝に会わせたくない――その思いのほうが強かった。


「そうですよ。罪人探しは大変でした。四夫人の宮に行ったり、呪われかけたりもしたのですから」


 それを言ってしまえば、余計に蠱婆が行きたくなくなるのではないだろうか。やはり仙霞は、どこかずれている。


 懸命に口添えする様子からは、帝の呪いを自分ひとりで跳ね返す自信が、やはりないのだろうとうかがえた。


「わかっておる。宮廷に放蠱された場合、その呪いを退けるために、わしらは存在するのだからな。それに、古代の帝と後宮の蠱師との間には契約術がある。足が痛いから行けぬ、とは言えん」


 思いのほかあっさり承諾してくれたので、楊胤は胸をなで下ろした。


「ただ、輿は用意してくれ」


「すでに手配してある。輿が入れぬ道は、武官に背負ってもらうことになる」


「……準備のいいことだ」


 蠱婆は観念したように重い腰を上げた。よろめく体を、仙霞が慌てて支える。


 蠱術の道具を大きな布包みに詰め、蠱婆は華蠱宮を後にした。


 巨体の蠱婆を宦官が支えきれるはずもない。そこで特別に許可を取りつけ、屈強な武官が後宮に足を踏み入れることになった。輿が通れぬ狭道では、武官の背におぶってもらうことになった。


蠱婆は意外にも頬を染め、満更でもない様子である。


「……息子がいたら、こんなかんじかのう」


 乙女のような声音に、仙霞は呆れるように目を細めていた。


 そうして蠱婆は、帝の寝室がある大内殿へと辿り着いた。


 言い伝えや神話のようにしか語られなかった存在が、目の前に現れたことで、周囲はざわつく。


 侍医は訝しげな目を向けながら立ち会っていたが――蠱婆が術を施すと、帝の苦痛の叫びはぴたりと止み、全身に浮かんでいた青痣もすうっと消えていった。もはや疑いようはなかった。


 蠱婆は寝所に麝香を焚き、一晩中読経を続けた。


 それでも完解には至らず、呪いとの戦いは長期戦になりそうだという。


しかし――さすがは本物の呪術師というべきか。一晩のうちに帝は食事を取り、言葉を交わせるまでに回復していた。あれほど苦痛に叫び悶えていたのが嘘のようで、その回復ぶりは驚異的としか言いようがない。


 そして、声を取り戻した帝が最初に呼び寄せたのは、楊胤だった。


(……帝と直接話すのは初めてかもしれない)


 これまでは皇子のひとりとして、儀式や会議で顔を合わせるのみ。血は繋がっていても、肉親と感じたことは一度もない。


 抱かれた記憶もなければ、一緒に遊んだこともなく、親子らしい会話など交わしたことさえなかった。


(何の用だ……。考えられるとすれば、あの件か)


 胸の奥がきしむように強張り、楊胤は珍しく緊張を覚えていた。


 侍医の許可を得て部屋へと進む。侍中が扉を押し開き、中へ入るよう促した。


「失礼いたします」


 深く揖礼をし、顔を伏せたまま静かに歩を進める。許しが出るまでは顔を上げることは許されない。

床しか見えぬ状態で、麝香の濃い香りが鼻を満たす。


「顔を上げよ」


 帝の声に従い、ゆっくりと顔を上げる。思いのほか、その声には力があった。


 室内は絹の帳と金銀の装飾に彩られ、きらびやかに整えられている。床榻しょうとうに腰をかける帝の背後には分厚い敷布が置かれ、体を支えていた。


顔はまだ青白いものの、その眼光は鋭く、圧をもって楊胤を射抜く。


 帝の傍らには蠱婆が控えていた。椅子に腰を下ろし、両手を合わせて目を閉じ、ぶつぶつと読経を続けている。なにを唱えているのかはわからないが、室内には不気味な響きが漂っていた。


「他の者は下がっておれ」


 帝の言葉で、部屋に残ったのは楊胤と帝、そして蠱婆のみとなった。


気まずい沈黙がゆっくりと流れる。


「梅昭媛を呪殺した罪人の件は、どうなっておる」


呼ばれたのは、蠱毒の罪人についてだったようだ。当然、そうだろうと思っていたので、淀みなく言葉が出る。


「大方、検討はついております。あとは証拠を集めるのみかと」


 少しばかり話を盛っておいた。


そう言っておかねば、楊胤の立場が危うくなる。


「必ず見つけよ。罪人にどれほど権力があろうとも、見逃してはならぬ。そして、余の病を治せ」


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