七魔天
スラム王国の地下牢。
そこは光も届かぬ、排泄物と腐敗臭が充満する地獄だった。
明智、阿久田、そして藍野華。
かつてこの国の救世主ともてはやされた勇者一行は、今や見る影もない。
王にとって、彼らは「期待外れの不良品」であり、ただの消耗品に成り下がっていた。
明智と阿久田は、有事の際に魔物の餌として放り出される家畜として飼い殺され、容姿が良かった華だけが、王の歪んだ欲望を満たすための慰み者にされていた。
「……あいつ、正夫だぞ。俺たちがボコボコにして、ゴミ扱いしてたあの正夫だぞ」
牢の隅で、明智が虚ろな目で呟く。
隣では阿久田が、震える拳で床を殴りつけていた。
プライドをへし折られた彼は、そのやり場のない怒りを、近くにいるクラスメイトに向けずにはいられない。
「うるせえっ!! お前が……お前が余計なこと言わなきゃ、俺たちはまだ勇者一行として……っ!」
阿久田はまたしてもクラスメイトを殴り飛ばす。
しかし、その暴力にかつての威圧感はない。ただの惨めな八つ当たりだ。
そんな中、三週間が経過した頃、王国に衝撃的な噂が流れてきた。
『一人の青年と魔女が、魔王軍の七魔天のうち2体を殲滅させた』。
街中の吟遊詩人や兵士たちが、信じられないという顔でその武勇伝を語っていた。
明智の目に、狂気にも似た光が宿る。
「間違いない……。平だ。平正夫だ」
彼は看守を呼びつけ、スラム国王への面会を直訴した。
「陛下、平が強くなった理由は明白です! あの魔女、イレイナが平に絶大な魔力を与えたんです。俺たちにそれを施せば、平以上の力が手に入る。……俺たちを、もう一度使ってください!」
バカな国王は、藁にもすがる思いでその進言を信じた。
王は、まだ使える駒として上位職の阿久田、明智、華の3人を選抜。
イレイナが昨日目撃された、七魔天ガルーラが支配していたクルタ王国へ転移魔法で送り込み、伝説の魔女を探し出せと命じたのだった。
一方、正夫とイレイナは、ガルーラを倒し、既にクルタを後にして、隣国のセルジュ王国にいた。
この地を支配するのは、七魔天の一角、毒の魔女アクア。
アクアがいる城内に一歩足を踏み入れると、そこは紫色の霧が立ち込め、呼吸するだけで肺が焼けるような毒の領界だった。
だが、玉座に鎮座していたアクアの表情は、獲物を前にしたものではなかった。
彼女の視線が、平正夫の隣に立つ銀髪の女――イレイナに止まった瞬間、アクアは玉座から転げ落ちた。
「ひ……っ、あ、ありえな……あ、あ、あああ……っ!」
七魔天の威厳など、一瞬で蒸発した。
彼女はガタガタと震え、玉座を這い降りると、イレイナの足元に額を擦り付けた。
「い、イレイナ様……!? まさか、あのイレイナ様が……!」
「あら、見覚えのある顔ね。魔王軍に身を落としたのかしら? 随分と醜くなったものね、アクア」
イレイナの言葉は、氷のように冷たく、圧倒的な重圧を伴っていた。
かつて魔女の世界で伝説だったイレイナ。
その圧倒的な力の差を、アクアは肌で理解していたのだ。
一世紀前、この女が最強だった事実を。
「お、お命だけは……! 私、私はただ、魔王に脅されて……! な、何でもします! お弟子に、お弟子にしてください! この通りです!」
毒の魔女が、死を恐れて泣き叫ぶ。
背後で見ていた平正夫は、眉をひそめた。
「……イレイナさん。こんな化け物を、従えるのですか? 何か企んでいるに決まっています」
正夫の懸念に、イレイナはふわりと優雅に微笑んだ。
その笑顔は、かつてないほどに傲慢で、支配的だった。
「いいのよ、正夫。この女が何か企んでも、私なら一瞬で消し炭にできるわ。魔王軍の幹部よ? 毒も、諜報も、魔力も、手足となって働かせるにはこれ以上ない『ガラクタ』でしょう?」
彼女はアクアの頭を、足先で軽くあしらう。
「いいわ、許してあげる。……その代わり、死ぬまで私と、この『神』の道具として働きなさい。魔王討伐の露払いとしてね」
「は、はい……! 仰せのままに……!」
こうして、最強の魔女と「神」のパーティに、七魔天の一角が下僕として加わった。




