最強魔女イレイナと神
阿久田の拳に砕かれた肋骨の感触と、冷たい石床の硬さ。
クラスメイト全員からのリンチ。人形のように壊された、あの絶望的な「死」の記憶が、頭の奥底で渦巻いている。
――だが、僕の身体は不思議なほどに軽い。
「……随分と長く待たせてくれたものね。この私を、何百年も」
耳元で、冷たく、しかし芯の通った声がした。
重い瞼を開くと、そこは木漏れ日が差し込む古びた隠れ家だった。
薬草の香りが漂う部屋で、僕を見下ろす銀髪の美女。
菫色の瞳が、まるで道端に転がる石ころを見るような、退屈そうな光を宿している。
「あ……あの、あなたは……?」
僕は恐る恐る尋ねる。
身体を動かしてみるが、痛みは微塵もない。あの死の苦しみは、まるで嘘のようだ。
「私はイレイナ。……百年前、このジュピター星において、名実ともに最強と謳われた魔女よ」
彼女は自分の銀髪を軽く指先で弄びながら、自嘲気味に笑った。
「最強、ですか……」
「ええ。そう、百年前に『あの魔王』に敗れるまではね。私の魔法も、権能も、すべて奴の前に無力化されたわ。私のプライドも、身体も、何もかもをね。だから私は、この森に隠居して、奴を殺すための『理の外側の存在』が現れるのを、ただひたすらに待ち続けていたの」
彼女の視線は、窓の向こう、魔王城があるであろう北の空へ突き刺さるように向けられていた。
その瞳には、一世紀もの間、研ぎ澄まされてきた憎悪と執念が宿っている。
「あなたが……魔王に……」
「そうよ。だからこそ、私はあなたに興味があるの。……さあ、そのステータスを見せなさい」
イレイナが僕のデバイスを指先で弾くと、あの絶望した文字が空中に浮かび上がる。
【名前】平 正夫
【職業】ゴミ
【スキル】ガラクタ
「古代語において『ゴミ(Gomi)』とは、万物を統べる『神(Gomi)』――『管理者』のこと。そしてスキル『ガラクタ』は、事象の断片を分解し、再構成する権能よ。あなたは死なない。何度でも再生する。……他者を蘇生させることさえ、あなたには可能でしょうね」
「神……僕のような者が、ですか?」
「謙遜はいらないわ、見苦しい。これは才能ではなく『資質』よ。あのアホなスラム国王や、アホごときに踊らされる勇者もどきたちには、永久に理解できない理よ」
イレイナは立ち上がり、僕の顎を指先でクイと持ち上げた。
かつて最強だった魔女の威圧感。その支配的な眼差しに、僕は息を呑む。
「私はね、このジュピター星の狂った摂理そのものが許せないの。……平正夫、あなたを助けたのは慈悲じゃない。私の復讐を果たすための、最も効率的な『神』として利用してあげる」
彼女の言葉は、傲慢で、残酷で、しかしこの上なく魅力的だった。
最強だった彼女が、復讐のために選んだのが僕。
その事実に、僕は自分の存在意義を見出した気がした。
「……僕で、いいのでしょうか。魔王を倒すような勇気も、力も、僕には……」
「あるわ。あなたには『神』の力が宿っている。……さあ、顔を上げなさい。復讐の道具としての自覚を持ちなさい。私と一緒に、魔王の首を獲りに行くのよ」
彼女は残酷に、そして美しく笑った。
僕は、自分の震える手を見つめた。
僕には、最強の魔女が届かなかった高みへ行く力がある。
そう言われて、どうしようもなく心が震えた。
「……はい。僕にできることなら、何でも……お手伝いします」
僕がそう答えると、イレイナは満足げに鼻を鳴らした。
「手伝うんじゃあないわ。 あなたがやるのよ。」
こうして、百年前の最強の魔女と、神の職業を持つ僕の、魔王討伐への旅路が始まった。




