職業ゴミ、スキルはガラクタの無能
都心の私立高校、3年B組。
午後のチャイムが鳴り終わった直後の教室は、僕にとって世界で一番居心地の悪い場所だ。
湿った空気と、安っぽい制服の臭い。
そして、教室のあちこちから聞こえてくる「正夫」という名前を呼ぶ悪意に満ちた声。
「おい、平。また漫画読んでんのか? 陰キャのくせにオタク趣味とか、本当に救いようがないな」
机を蹴り飛ばす音とともに、阿久田龍二が僕の視界を塞いだ。茶髪のソフトモヒカン、筋肉質な体躯。
彼はこのクラスの絶対的な暴力の象徴だ。
僕は視線を下げ、ただじっと耐える。
反論などすれば、火に油を注ぐだけだ。
それは、これまでの3年間で学んだ唯一の生存戦略だった。
「本当、うざいよね。阿久田くん、そんなゴミに関わらなくていいよ」
背後から聞こえてくる甘い声。
クラスのアイドル、藍野華だ。
金髪パーマの彼女が鼻をつまんで僕を蔑む。彼女がそう言うだけで、クラスの雰囲気は「正夫は排除すべき汚物」という空気に染まる。
高嶺の花である彼女が僕に向ける冷ややかな眼差しは、クラス中の男子から「正夫への攻撃は正義」というお墨付きを与えていた。
「まあまあ、二人とも」
騒ぎの中心に、学級委員長の明智満が割って入る。スポーツ万能、成績優秀。教師からの信頼も厚い、クラスの「顔」だ。
彼は僕の方を向くと、呆れたような、しかしどこか憐れむような優しい声で言った。
「正夫、君も少しは空気を読んでくれないか? 君のその態度のせいで、クラス全体が迷惑してるんだ。阿久田だって、君がちゃんとしていればこんなことはしないんだから」
――全部、僕が悪い。
僕がゴミだから。僕がキモいから。僕が勉強も運動もできないから。
そうやって自分を納得させないと、この教室では呼吸すらできなかった。
僕は机に顔を伏せ、早く家に帰って、大好きなゲームの世界に逃げ込みたいとだけ願っていた。
いつもの日常に、そう願った瞬間、
教室の空気が、不自然に歪んだ。
窓の外の景色が、まるで水面に映った絵のように揺らぎ、次の瞬間、黒板の向こう側が崩れ落ちるような轟音が響いた。
「な、なんだこれ……!?」
阿久田の叫び声。華の悲鳴。
足元の床が抜け落ちるような浮遊感。教室という檻が、崩壊していく。
僕は目を閉じた。ああ、もうこの日常が終わるのだと、どこか安堵していた。
冷たい石の床。
僕たちがいたのは、教室内ではなく、巨大な石造りの玉座の間だった。
正面には王冠を被った老人が座り、周囲には厳めしい鎧を着た騎士たちが並んでいる。
「異界の勇者よ。魔王の脅威からこのジュピター星、スラム王国を救うため、汝らを召喚した」
国王の言葉は、驚くほど事務的だった。
魔王。異世界。クラスメイトたちは混乱し、泣き出し、あるいは興奮していた。
そんな中、国王はある程度簡潔にこの国の状況や、召喚に至った経緯を説明し、クラスを落ちつかせる事に成功した。
それから次に、「空間デバイスを開け」と命じた。
「……なるほど、これがこの世界のステータスか」
真っ先にデバイスを操作したのは明智だった。彼の瞳に自信が宿る。
「僕は職業『勇者』。スキルは『全体強化』。……なるほど、僕がこのパーティーを導く運命のようだ」
その言葉に、クラス中から歓声が上がる。
続いて阿久田が雄叫びを上げる。
「俺は『戦士』! スキルは『腕力強化』だ! 魔王の首を獲ってやるぜ!」
「私は『治癒師』の『回復強化』……。これなら、みんなを守れるかも」
華が可憐に微笑む。その瞬間、彼女は「クラスのアイドル」から「戦場の女神」へと格上げされた。
希望、期待、そして高揚感。玉座の間に満ちるポジティブなエネルギー。
僕は、震える指先で自分のデバイスをタップした。
皆が成功していく中で、僕だけが取り残されるのが怖かった。
浮かび上がったウィンドウ。
そこには、残酷なまでの文字が羅列されていた。
【名前】平 正夫
【職業】ゴミ
【スキル】ガラクタ
――ゴミ。
――ガラクタ。
血の気が引く。心臓の音がうるさい。
周囲の空気が、まるで真空状態になったように静まり返った。
隣にいた阿久田が僕のウィンドウを覗き込み、一拍置いて、腹を抱えて笑い出した。
「おい、見ろよ!! 平だ! こいつ、職業が『ゴミ』だってよ! しかもスキルが『ガラクタ』! 異世界まで来て、期待を裏切らねえな!」
教室と同じだ。何も変わっていない。
阿久田の嘲笑を皮切りに、クラス中の視線が突き刺さる。
明智が冷ややかな視線を向け、鼻で笑った。
「ゴミ、か。……まあ、予想通りだね。最初から期待なんてしてなかったけど、これじゃ連れて行く理由がない」
「ねぇ、あっちに置いていけないの? ずっと一緒なんて耐えられない」
華が本気で嫌そうな顔で国王に訴える。
僕に向けられるのは、クラスメイトの「ゴミを見る目」よりもさらに冷たい、異質な排除の視線だった。
「……役に立たない者は、この国に不要だ」
国王が冷たく言い放つ。
阿久田が僕の胸ぐらを掴み、力任せに壁へ叩きつけた。
「死んで詫びろよ、ゴミ野郎!」
拳が腹にめり込む。『腕力強化』のスキルが乗った一撃は、僕の意識を粉々に砕いた。
視界が暗転する中、最後に見たのは、僕をゴミとして扱い、見捨てることを当然とするクラスメイトたちの、冷酷で満足げな笑顔だった。
他のクラスメイトも、自分のスキルの試し斬りに僕を使用した。
僕の最大の仕事はサンドバッグになる事だったようだ。
(……やっぱり、僕はどこへ行ってもゴミなんだ)
僕の意識は、暗い闇の底へ落ちていった。
ジュピター星の冷たい石床の上で、僕は一人、静かに息絶えた。




