災厄のはじまり
――ピィィン。
乾いた音が、空気を裂いた。
「……っ」
視界の端で、光が立ち上がる。
「カイくん、時間です!」
リィナが強引に腕を引く。
「ちょ――」
「待ちなさい!」
銀髪の女が踏み込む。
だが。
――遅い。
光が、俺の足元から一気にせり上がる。
「……あなた――」
最後に見えたのは、あの鋭い目だった。
そして。
音が、消える。
*
次に視界が開けたとき。
そこは、見慣れた“白”だった。
床も、壁も、天井も。
何もかもが曖昧な、あの場所。
「……戻ったか」
「おかえりなさい!」
リィナが、いつもの調子で現れる。
さっきまでの緊張は、もうない。
――いや。
よく見ると。
ほんの少しだけ、笑顔が硬い。
「今回はちょっとイレギュラーだったので、早めに戻しました!」
「外、やばそうだったけど」
「え?」
一瞬、間が空く。
「いえ、そんなことないですよ?」
――嘘だな。
「まあいいけど」
「よくないです」
即答だった。
そして。
リィナは、少しだけ声を落とす。
「……カイくん、今回の行動」
「うん」
「“想定外”です」
やっぱりか。
「どのへんが」
「全部です」
間髪入れずに返ってきた。
「本来、あの段階で“災厄級”は出ません」
「出てたけど」
「出てましたね……!」
軽く頭を抱える。
「しかも、撃破までが早すぎます!」
「そう?」
「そうです!!」
はっきり言われた。
「通常は、あれは“街が壊滅するイベント”なんです!」
「へえ」
知らなかった。
「でも壊滅してないよ」
「それが問題なんです!!」
――ああ。
「分岐、壊した?」
「はい……!」
即答だった。
「イベント進行がズレました!」
「ズレるとどうなるの」
リィナは、一瞬だけ言葉を止めて。
「……“補正”が入ります」
小さく言った。
そのとき。
――ピキ。
音。
「……ん?」
空間の一部に、細い線が走る。
ひび割れみたいなもの。
「……え」
リィナが固まる。
「ちょ、ちょっと待ってください」
パタパタと何かを操作する仕草。
「おかしい……こんなの、この段階で……」
――ピキ、ピキ。
ひびが、増える。
「これ、なに」
「……外部干渉です」
「外?」
リィナの顔から、完全に余裕が消える。
「さっきの……」
小さく呟く。
「カイくんが災厄を倒したことで、“未発生のイベント”が一気に流れ込んでます」
「まとめて来たってこと?」
「そんな優しいものじゃないです……!」
声が震えている。
「本来、時間をかけて段階的に発生するはずのものが――」
一拍。
「“同時に起きてる”」
――外で。
*
「――ッ!!」
銀髪の女が、顔を上げた。
空。
そこに、違和感。
「……裂けてる」
誰かが呟く。
――ミシ、ミシ……。
空間そのものが、軋む音。
「おい……なんだあれ……」
「空に……穴……?」
次の瞬間。
――ドンッ!!
空が、内側から叩かれたように歪む。
「うわっ!?」
「来るぞ!!」
裂け目から、“何か”が落ちてくる。
ひとつじゃない。
ふたつ。
みっつ。
いや――
「多すぎるだろ……!」
影が、いくつも地面に叩きつけられる。
そして。
――ズズ……。
ゆっくりと、立ち上がる。
「……嘘でしょ」
銀髪の女が、息を呑む。
それは。
さっきの“災厄”に、似ていた。
だが。
「……増えてる」
質が違う。
数も違う。
そして何より。
「……強くなってる」
確信だった。
そのとき。
「おい……」
誰かが震えた声で言う。
「なんでだよ……」
誰も答えない。
だが。
ひとりだけ。
銀髪の女は、理解していた。
「……あいつのせい」
小さく、呟く。
怒りではない。
ただの、事実認識。
「……カイ」
その名前だけが、静かに残った。




