逃げる気はある
光が、足元から立ち上がる。
――ピィィン。
淡い魔法陣が展開し、空気が一瞬だけ切り替わる。
「はい! 転移入りますよー!」
「毎回これ急すぎない?」
「急がないと逃げられるんですよ! 主にカイくんが!!」
反論できない。
次の瞬間。
景色が切り替わる。
森。
見慣れた構造。
配置まで、ほぼ同じ。
――またここか。
「はい! チュートリアル第27周目、再開です!」
さらっととんでもない数字を言われた気がする。
「そんなにやってたっけ」
「やってますよ!! 全部ログ残ってますからね!?」
リィナがぷんすか怒る。
「今回の目標は!」
びしっと指を立てる。
「“ちゃんと逃げること”です!!」
「それ毎回言ってない?」
「毎回守らないからです!!」
正論だった。
「いいですか!? この後、強敵が出てきます!!」
「うん」
「絶対に勝てません!!」
「そうでもない」
「勝てません!!」
強めに訂正された。
「そこで逃げるのが目的ですからね!? 戦ったらダメです!!」
――なるほど。
「逃げる練習ってことか」
「そうです!! やっと理解しましたね!」
リィナがちょっと嬉しそうだ。
――まあ。
「でも倒した方が効率よくない?」
「よくないです!!!!」
即否定。
「報酬もらえますけど!?」
「命の方が大事です!!」
たしかに。
そのとき。
ガサッ。
森の奥で音がした。
「はい来ました!! 初級モンスターです!!」
小型の獣型。
いつものやつ。
「これは倒してOKです!!」
「それはいいんだ」
「ここはチュートリアルですからね!! 段階があります!!」
――へえ。
軽く一歩踏み込む。
――ダン。
剣を振る。
――ザシュ。
終了。
「はい上手いです!! その調子です!!」
リィナが拍手する。
――パチパチ。
「でもカイくんの場合、ここ毎回ノーダメなんですよね……なんでですか?」
「慣れ」
「それで済ませないでください」
しばらく進む。
配置も、タイミングも、全部同じ。
――本当に同じだな。
「そろそろです!!」
リィナが急に緊張した声を出す。
「来ますよ……最終フェーズ……!」
空気が変わる。
森が静まり返る。
――ズゥ……ン。
あの重さ。
あの違和感。
「はいここ!! ここ重要です!!」
リィナがめちゃくちゃ早口になる。
「絶対逃げてください!! 振り返らない! 戦わない! 距離取る! いいですね!?」
「了解」
「本当ですね!? 信じますよ!? 私今回こそ信じますからね!?」
フラグっぽい。
黒が、現れる。
輪郭の曖昧な存在。
現実を歪ませる重さ。
――やっぱり同じだ。
「はいスタート!! 逃げて!!」
リィナが叫ぶ。
俺は――
一歩、後ろに下がった。
「おお!!?」
リィナが驚いた。
「え!? 下がった!? 下がりましたよね今!?」
ちゃんと逃げてる。
――が。
「……あれ?」
違和感。
黒の動きが、わずかに違う。
いつもより、遅い。
いや。
**“浅い”。**
――なんだこれ。
「いいですいいです!! そのまま距離取って――」
リィナの声。
だが。
――これ。
思考が止まらない。
いつもより弱い。
構造が雑。
中心が、露出している。
――これなら。
一歩、前に出る。
「ちょっ」
「カイくん!?」
リィナの声が裏返る。
「待って待って待って!! 今いい流れでしたよね!?」
たしかに。
でも。
「今回は簡単そう」
「そういう問題じゃないです!!」
剣を構える。
「ダメですって!! 今日こそ逃げる回ですから!! 」
知らん。
踏み込む。
「やめてえええええ!!」
――ダン。
そして。
斬る。
――ザン。
一撃。
黒が、止まる。
「……あ」
リィナが固まる。
ひび。
崩壊。
――パリン。
終了。
静寂。
「…………」
リィナが、ゆっくりこちらを見る。
「……カイくん」
「なに」
「なんで逃げないんですか?」
真顔だった。
「いけそうだったから」
「それをやめてって言ってるんです!!!!」
森に、叫びが響いた。




