チュートリアルは終わっていませんが何か?
風が戻った。
――ザァ……。
さっきまで止まっていた空気が、何事もなかったかのように流れ出す。
なのに。
誰も、動かない。
「……消えた、よな……?」
「見間違い……じゃねえよな……?」
「いやでも……あれ災厄級だぞ……?」
声はある。
だが、どれも確信がない。
現実が、まだ追いついていない。
俺は剣を収めた。
――カチン。
その音だけで、近くのやつがビクッと跳ねた。
……そんなに?
「……あなた」
声。
顔を上げると、銀髪の女がまっすぐこっちを見ていた。
近づいてくる。
――コツ、コツ。
やけに迷いのない足取り。
「今の、どうやったの」
直球だった。
――めんどくさいな。
「普通に斬っただけ」
「普通って何」
「普通は普通だけど」
「会話する気ある?」
ちょっと怒られた。
周囲がざわつく。
「おい……あれ、“銀閃”だぞ……」
「マジかよ……Sランクの……?」
「なんであいつに絡んでんだ……」
――有名人か。
どうでもいいな。
「じゃあ質問変えるわ」
銀髪の女――たぶん強い人が、少しだけ眉をひそめる。
「あなた、どこで戦い方を覚えたの?」
――どこで。
「チュートリアル」
一瞬。
間。
「……は?」
完璧な反応だった。
「チュートリアルで」
今度は周囲から笑いが漏れる。
「はは……いやいや……」
「まだやってんのかよあいつ……」
「チュートリアル坊が災厄倒すって……どんな冗談だよ……」
あだ名、ちゃんと定着してるな。
――まあいいけど。
「……本気で言ってるの?」
「うん」
女は数秒、黙る。
じっと見てくる。
観察、というより――測定。
「チュートリアルって、普通すぐ終わるわよね」
「そうらしいね」
「……あなた、まだ終わってないの?」
――その言い方だと。
「終わってないというか」
少し考える。
「終わらせてない、が正しいかな」
また空気が止まった。
「は?」
「え?」
「今なんて?」
いい反応だ。
「いや、報酬もらえるし」
「は?」
女が二回目の「は?」を言った。
ちょっと面白い。
「同じとこ何回もやれるんだよ。敵も出るし、最後にでかいのも出るし」
「いや待って、何回もって何」
「何回もは何回もだけど」
「意味がわからない」
ですよね。
そのときだった。
「カイくーーーん!!」
場違いな声が響いた。
人混みをかき分けて、小柄な少女が全力で走ってくる。
――あ、来た。
「もーー!! どこ行ってたんですか!!」
目の前で急ブレーキ。
――キキッ。
「途中で消えるのやめてくださいよ! ログ追えないし! 同期ズレるし! 私めっちゃ怒られるんですからね!?」
「ごめん」
「軽っ!!」
いつものやつだ。
少女は周囲を見渡して、ようやく異変に気づく。
「……あれ?」
全員がこっちを見ている。
「……なんかやりました?」
逆に聞かれた。
「ちょっと斬っただけ」
「何を!?」
「黒いやつ」
「黒いやつ!?」
少女はぐるっと周囲を見る。
「……え、どこですか?」
「もういない」
「え?」
「倒した」
沈黙。
「…………は?」
三回目くらいの「は?」が出た。
「いやいやいやいや!! ダメですよ!? あれ最終フェーズ用のやつじゃないですか!!」
「そうなの?」
「そうですよ!! 普通は逃げるんです!! 逃げる練習なんです!!」
――ああ、それ。
「毎回倒してるけど」
「はあ!?」
少女が頭を抱えた。
「なんでそうなるんですか!? 説明しましたよね!? “逃げてください”って!!」
「聞いたよ」
「じゃあなんで戦うんですか!!」
――なんで。
「倒せそうだったから」
「シンプルにバカなんですか!?」
ちょっとひどい。
周囲は完全に固まっていた。
「……なあ」
「今の会話、理解できたやついるか?」
「無理だ……」
「チュートリアルって何だっけ……」
世界観が壊れ始めてる気がする。
銀髪の女が、ゆっくり口を開く。
「……その子、何?」
「案内役」
「案内役です!」
即答が被った。
「……案内役?」
「はい! チュートリアル専属ナビゲーターのリィナです!」
胸を張る。
ドヤ顔。
周囲がざわつく。
「案内役って……人間……?」
「いや聞いたことねえぞ……」
「チュートリアルって外と繋がってんのか……?」
リィナが首をかしげる。
「え? 普通に行き来できますけど?」
「「「普通じゃない」」」
声が揃った。
リィナがびくっとする。
「え、なんで怒られてるんですか私!?」
知らん。
「カイくん!!」
ぐいっと袖を引かれる。
「まだ途中ですからね!? 次、“逃走フェーズ”です!!」
――逃走フェーズ。
思わず、少しだけ笑う。
「了解」
「今回はちゃんと逃げてくださいよ!? 本当に!!」
リィナが念押しする。
俺は少し考えて。
「善処する」
「それやらないやつの返事です!!」
怒られた。
「待ちなさい」
背後から声。
銀髪の女だ。
「あなた……またやるつもり?」
“やる”。
つまり、さっきのやつ。
俺は少しだけ考えて。
「まあ、流れで」
その瞬間。
「流れで災厄倒すな!!」
誰かが叫んだ。
今回は、ちょっと笑いが起きた。




