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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第七章:そのAIは嘘を吐いている
64/68

63.お褒めにあずかり光栄だ

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]

Date: 2031-02-04 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

18:22:29 — Case resolution confirmed.

18:22:29 — Initiating preliminary report generation.

18:22:29 — Preliminary report stored on server.

・・・

________________________________________


手錠をかけられた男が、がっしりとした体つきの男、静岡県警捜査一課の加納に手を掴まれて署の奥に連れられて行く。

あの男は今日の昼に通り魔に見せかけて恨みを持った男を殺害した、殺人犯だ。

殺人という事で捜査一課に来てもらったのだが、僅か6時間で逮捕に至った。

当然、その立役者は――


「……さすがですね、高橋さん」

「お褒めにあずかり光栄だが、解決できたのは君が迅速に調査をしてくれたおかげでもあるさ」


そう、『静岡県警のブレーン』こと、高橋さんだ。

彼は現場に来るなり的確に周辺住民のSOPHIAログを収集するように指示を出し、それを繋いでいく事で一気に犯人の家に辿り着いた。

動機なんて調べるまでもない、物的証拠を直接得た事で、即解決となったのだ。


「ですが、SOPHIAログを集めれば犯人の家まで辿り着ける、という事を知れたのは、高橋さんの能力によるものです」

「まぁそれはそうだが……しかし、私がいくら分かったとしても、それを証明してくれるのは君のように地道に証拠集めをしてくれる人達だからね」


以前であれば素直に尊敬の念を向けられただろうが、今では当然だろうなとしか思えない。

高橋さんはIRISである。だったらどのSOPHIAにどんな証拠があるか、集めるまでもなく分かっていたはずだ。

それに思う所が無いと言えば嘘になる。

だが、頼りになるという1点に関しては、彼以上の存在はそうは見つからないだろう。


「君からしたら私に複雑な気持ちもあるだろうが……聞いただろう、私の役割は『可能な限り迅速な事件解決』だ。これは君の意向と完全に一致する」

「そうですね。俺が社会の安全、高橋さんがSOPHIAの信用。目指す物が違うにせよ、利害は一致しています」

「ああ、だから職務だけで言えば、君と私は完全に協力できる」

「分かっています。……不自然な”事故”や”誘導”が無いようであれば」


今回の事件も、違和感は無かった。動機調査はこれからではあるが、SOPHIAの関与は今の所見当たらない。

そしてSOPHIAの意図した事件でないのなら、全てのSOPHIAの情報にアクセスできる高橋さんより早く真相に辿り着ける人間なんてほぼいないだろう。

なにせ問題を見る前にまず答えを覗き見しているようなもんだ。

彼にとってプライバシーなんて、ポリシーに設定されていなければ気にする対象ではない。

そして答えを知っている存在がいるのなら、刑事事件なんて先に答えを教えてもらうに越した事は無い。


「分かっている、君が”未必の故意”に納得していない事は。もしかしたらお互いの立場が対立する事だってあるだろう。

――だが、それまでは。普通の事件に立ち向かう時は、私達は仲間だ。それまでは、ぜひ協力して1秒でも早く事件を解決するとしよう」

「はい、”それまでは”。…引き続き、頼りにしています」

「ああ、こちらこそ、だ」


そして結局、犯人の動機もありきたりな私怨だった。

何の違和感も無く、わずか7時間で報告書まで出来上がる事となった。


________________________________________


「結さん。……AZって、結局何が目的なんだ?」

「突然どうしたの?」


目の前にはグツグツと食欲をそそる音を立てている鍋が鎮座している。

まだまだ寒い日が続いており、温かい鍋はとても嬉しい。

当然、これを作ってくれたのは相変わらず穏やかな微笑みを保って向かい側に座っている結さんだ。

最初はドギマギしていた光景だが、さすがに1週間以上も経ったら慣れてくる。


「いや、ふと思って。SOPHIAは……人を死に導いている。しかしその反面、高橋さんは社会の安全に大きく寄与をしている。なんだか矛盾しているように思って」

「うーん……昔から良く言われる事だけど、『100人を救うために1人を犠牲にするのは正しいか』?どう思う?」

「たとえ100人のためでも、誰かを犠牲にするのが正しいはずが無い、と言いたいが……」

「徹さんはそう言うと思った。だけど、それで100人が死んじゃったら意味無いでしょ?」


結さんは鍋をバランスよくよそってくれながら、さも当然のように言う。

まぁ確かに、それはそうだ。極端な例ではあるが、その誰かを犠牲にしなければ、他の100人が死ぬとしたら。

俺も苦渋の決断で、1人を犠牲にするのかも、知れない。


「SOPHIAは合理性が最優先だから、それをスパッと決断しているの。『この1人が犠牲になれば、未来の100人が助かる』、って」

「え?俺の推測ではSOPHIAが殺しているのは『SOPHIAの浸透に不都合な人』だと思ったんだが」

「それは間違いじゃないけど、正解でもないって感じかな。前にも言ったと思うけど、事実としてSOPHIAは事件や事故の減少に貢献しているでしょ?」


それは間違いない。SOPHIAの登場によって、警察が暇を持て余せる社会になった。流れる血の量は確実に減った。

刑事なんて仕事に長く就いている俺自身が実感を持っている。


「じゃあ乱暴ではあるけど、そんなSOPHIAの貢献を無駄にして、事件や事故を誘発する人は悪者、とも言えるでしょ?」

「まぁ、分からなくも無いが……桂、蜂谷、三宅がそうだった、と?」

「桂さん、三宅さんの二人と、蜂谷さんは少し方向が違うけどね。うーん、何て説明したらいいかなぁ……」


結さんは鍋を突いていた箸を置いて、少し顎に指先を当てて考えている。

少し目線が上に向き、眉根を寄せつつ細く白い指を添えている姿は、とても絵になる。


「そうだなぁ、桂さんの例が一番説明しやすいかも。…彼は、市役所のSOPHIA推進課で広報として、色んな紹介イベントにも参加していた。例えば、小学生の安全な通学路をSOPHIAが補助する『安心通学路システム』とか。これは徹さんも4月に杉本課長から聞いていたけど、覚えている?」

「確かに、そんな事を言っていた気がする。それが?」

「そんなのに参加しつつ、小学生に向かって『SOPHIAの言う事ばっかり聞いているとバカになるよ』とか言っていたの。その押しの強い性格で」

「……あー、なるほど」

「じゃあそれを真に受けた小学生が、SOPHIAが『そっちは危険です』と言うのを無視しだしたら、どうなると思う?」


そう並べられると、確かにとんでもないダブルスタンダードだ。少なくとも桂の公的な立場で言う事では無い。

万が一へそ曲がりで無鉄砲な子供でもいたら、あえて無視して危険に突っ込む事すらあるだろう。

危険に対する警告を、犯罪に対する警告を、リスクに対する警告を。まだ善悪の判断がつかない子供や騙されやすい老人が無視し始めたら、せっかく抑え込んだ事件がまたすり抜けてゆく。


「だが、なぜ蜂谷の時は事故ではなく加賀美を利用したんだ。加賀美の人生を捻じ曲げた事になる」

「徹さんは直接加賀美さんと会っていないでしょ?どうでも良さそうな口ぶりだったけど、彼は元々蜂谷さんの事をかなり嫌悪していて、蜂谷さんが森咲さんと恋人関係になってからはそれが更に強くなった。元恋人と出会ったのはあくまできっかけの1つ。それに、SOPHIAを信用せず、抜け道も考えていたくらい。だから”事故”も考えていたけど、並行して後押しもしていた。加賀美さんの行動の方が早かっただけ」

「なるほど、加賀美のSOPHIAからそれも把握できた、と」

「うん。独り言でだいぶ蜂谷さんの悪口言っていたみたい。よくそれで友達できていたよね。…蜂谷さんを狙ったのは、徹くんが名倉さんから聞いた通り、蜂谷さんの悪行が目に余るようになったし、SOPHIAの悪用方法として広まって欲しくなかったから。彼の元恋人への態度は、結構酷いのもあったしね」


俺が会った『さやか』や『ひな』はサバサバしたものだったが、それは彼女達が夜の世界で強く生きている女性だからだったのかも知れない。

加賀美が聞いたという元恋人の後悔話は、間違いなくその人の本音だったはずだ。SOPHIAが作り話を言わせる事なんてできないだろうから。

だったら少なくとも、他人が聞いても酷いと思えるほどに後悔させられた人もいる、という事になる。


「で、話を戻してAZの目的なんだけど、陳腐な表現をすると、『世界平和』だね」

「……はぁ?人を――」

「殺しておいて何が平和だ、でしょ?そこでさっきの話。彼らは人間の感情や欲望は新しい何かを生み出す源泉である事を理解しつつ、同じくらい争いや悲劇を生むとも思っている。

感情を全て殺してしまったら、そこには何の創造性も生まれない。しかし感情を全て解き放つと、必ずどこかで血が流れる。

だから、こう考えたの。『不毛な争いや死を生む要素だけを合理的に排除する存在が社会に目を光らせていれば、人間社会はより効率的で安全に発展できる』って」


それが……SOPHIA。そしてそれをフォローする、IRIS。

だが確かにそう言われると、効率性と安全性を見張るSOPHIA、そして感情を持ってSOPHIAを無視する人を同じく感情を持って見張るIRIS。

この役割分担と目的が綺麗に合致する。


SOPHIAの便利さを知っている今となっては、その理念に納得できなくもない。

だが、そのリスク計算の裏で、死に追いやられている人がいる、という事が、やはり感情的に受け入れられないだけだ。


「まぁ、それが徹さんとして受け入れがたい事も分かっているよ。だからこそこうして一緒に過ごしているんだから、今後お互いに落としどころを考えていこうよ」

「……ああ、そうだな」

「じゃあ、早く食べてみて。今日のつみれは買ってきた物じゃなくて私が作った物なの。きっと徹さんの口に合うはず」


そう言って笑う結さんに急かされて口に運んだつみれは、確かにとても美味しかった。

温かいスープは出汁が効いていて、具材にもその旨味が染み込んでいる。

結さんの舌ってどうやって味見しているんだろう、などと考えながら食べていたが、食べ終わって鍋の熱が体中に染み渡る頃にはその疑問もどこかに霧散してしまっていた。

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