62.お呼び出しです
User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]
Date: 2031-01-24 (JST)
Active Module: POLICE
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14:13:50 — Message received. (Source: Chief Inspector, Criminal Investigation Division)
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[田中様、刑事課長よりお呼び出しです。第3会議室に来るように、との事です]
「ん?……ああ、あの件かな。…中原、ちょっと課長から呼び出しだ、行ってくる」
「分かりました。お叱りじゃないといいですね!」
「その返しは前に聞いた。たまには違う返しにしてくれ」
「……テツ先輩の癖に、言うようになりましたね……」
AIってこんなに軽口を言うもんだんだろうか、と思うが、改めて考えれば以前から中原はずっとそんな感じだ。これも社会に溶け込むための最適化なんだろう。
ならもしかしてSOPHIAだって、『軽口を混ぜ込みながら話すようにしろ』と言えば対応するようになるのだろうか。
そんなどうでも良い事を考えながら、会議室までの廊下を歩く。
さて、会議室に到着したが、まぁ用件は大体予想がついている。
軽くノックをし、「入れ」という声を確認して扉を開いた。
「お疲れ、田中。仕事は大丈夫か?」
「はい、今はそこまで忙しくなかったので、中原に任せてきました。…用件は?」
とは聞いてみたものの、予想は既に確信に変わった。
なぜなら、課長の顔が露骨に生温かいからだ。
「おめでとう、調査結果は問題無しとの判断だ。犯罪歴無し、事件への関与履歴無し、交際から1か月はやや早いがログに不審な点無し。……仕事を理由に女性への興味の1つも見せなかったヘタレが、結婚を見据えて同棲とは……俺も自分の事のように嬉しいよ」
「いや、大げさですよ……」
やっぱり春日さんの身元確認の件だったか。数日前に『交際している女性と同棲を始めたい』と話した時も大騒ぎだった。
課長は葵原中央署刑事課としては3年程度の付き合いであるものの、お互い長年静岡県警に勤めているだけあって昔からの顔なじみだ。従ってIRISではあり得ない。
だからこれは本心なのだろうが、そこまで喜ばれると少し照れ――、いや待て、さり気なくヘタレとか言ったかこの人。
「しかもお相手は市役所の美人。中原から聞いたが、以前から好きだったんだって?道理で、この件だけは手が早かったわけだ」
「ははは……」
実際に行動が早かったのは完全に向こうなのだが、ややこしくなるので黙っておこう。
そして中原の奴、課長に何て事を吹き込んでやがる。
「お前の事だから心配していないが、捜査情報を話す事だけは気を付けろよ。悪いが、その点だけはSOPHIAにも気を付けて貰うからな」
[田中様。課長様の仰る通り、ご自宅での捜査情報の漏洩には私が警告、場合によっては報告の義務が生じます。ご了承ください]
「はい、もちろん理解しています。…SOPHIA、家で下手な事を言いそうだったら、遠慮なく指摘してくれ」
[承知しました]
家にいるのは話すまでもなくSOPHIAから情報抜き放題のとんでもない相手なのだが……まぁこれも言えるはずがない。
なんならその相手は警察の調査内容を把握した上で、『こんな情報を出せれば通りますよ』とまで言ってくるのだ。この話も俺が伝えるまでもなく知っているだろう。
俺一人が口を噤んだ所で意味があるのかと疑問にも思うが、自分から規則違反をするつもりもない。
「じゃあ、話は以上だ。……ああ、最後に。仕事は頑張って欲しいが、可能な限り配慮はする。幸せになれよ」
「……はい、ありがとうございます。では失礼いたします」
最後に深く頭を下げて部屋を出た。
まったく、普段は厳しいのに、これだから憎めない人だ。これもある意味感情のコントロールだよな。
そう嘯きつつも、口角が少し上がっているのは抑えられなかった。
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「良かった、無事に許可貰えて。じゃあ、これで気兼ねなく一緒に住めますね!」
「春日さんの言った通りの流れでしたよ。恐ろしいと言うべきか、さすがと言うべきか」
「そこは優秀な恋人を褒める所でしょう」
葵原中央署と葵原市役所のちょうど中間くらいにある全国チェーンの個室居酒屋、その一席で春日さんと向かい合っている。
当然だがすでにお互い退勤済みで、外はとっぷりと日が暮れている。
今は夕食を共にしつつ、今日の話を報告している所だ。
春日さんと食事を共にする習慣は今に至るまで続いている。
そして折々で、『きっとこのような映像データを求められるので、ここに行きましょう』だの『こう聞かれたら、こんな話をした、と言ってくださいね』だのと演技指導まで付いてきた。
その内容は簡潔ながら的確で、俺はそれを軽く覚えるだけで課長からの聞き取り調査もあっさりと突破できてしまったわけだ。
「ですが良く考えたら、この1か月間は直接監視せずとも問題無かったわけですし、無理に同棲しなくても良かったのでは?」
「まぁ確かに田中さんも『もうSOPHIAを勝手に切らないで』というお願いはちゃんと聞いてくれたわけですけど、でもやっぱりSOPHIAの見えない所で色々できちゃうわけじゃないですか。そうすると、そのうち『やはりリスクが高すぎる』という判断に傾くかも知れませんから。あくまで一時的な措置です」
「なるほど。まぁ、SOPHIAからしたら情が湧くなんて事もありませんし、リスク計算されますよね……」
「残念ながらその通りです。私達だって、せっかくの協力者を失いたくないんです。……それとも、私と一緒に住むのがそんなにお嫌ですか?」
そんな事を言いながら俺の顔を覗き込んで来る春日さん。
その聞き方は反則だろう。ずっと憧れていて、この1か月で何度も時間を共にした彼女と過ごすのが、もう嫌だなんて思えないのだから。
…まぁそんな内心はお見通しだろう。彼女の悪戯っぽい微笑みがそれを証明している。
「……コホン。まぁ、それは今更拒否するつもりもありません」
「なんだ。『一緒に住みたいです!』と情熱的に迫って来てくれるかと思ったのに」
「揶揄うのは止めてください。…それで、監視はいつから始めるんですか?」
「監視じゃなくて同棲って言ってください。…そうですねー、ちょうど明日は土曜日ですから、明日引っ越します」
「明日!?」
「はい、早い方が良いですし」
相変わらずの即断即決だ。そういえば中原や高橋さんだって決断も行動も早かったなぁと今更ながら納得する。
だが、こちらの心の準備も待ってほしい!
「ええっと、私は明日も出勤なんですけど」
「はい、知っていますよ。警察は固定のお休みがなくて大変ですね。…ああ、私は荷物もそんなに多くないですし、室内の配置や田中さんの荷物の場所も把握できていますので、放っておいても片付けできますよ」
「いえ、そうではなく――」
「荷造りも、私は夜通し行動しても問題ありませんから大丈夫です。一晩徹夜くらいなら誰かに怪しまれる事も無いでしょう」
「それは休んだ方が良いと思いますが、そこじゃなくて――」
「ああそれと、これから同棲するんですから、いい加減他人行儀な呼び方も改めたいですね。これからはお互い下の名前で呼びましょう。ね、”徹さん”」
愉し気で美しい笑顔を浮かべながら突然放たれた親し気な呼び方に、一瞬呼吸すら止まったように感じた。
たったそれだけの事で、なんとか時間を稼ごうとしていた思考が吹き飛ばされてしまった。
「ほら、徹さんも。いざと言う時にボロが出ないよう、練習は必要です」
「ゆ、結、さん……」
「うーん、ぎこちない。それに敬語もやめましょう。……徹さん、これからよろしくね」
「は、はい……よろしくお願いします……」
「うーん、まだまだ練習が必要みたい」
畳みかけるような彼女の言葉に、子供のように狼狽える事しかできない。
そして翌日仕事から帰ったら、本当にさっさと引っ越しを済ませており、「おかえりなさい」と出迎えてくれた。
久しく忘れていた。誰かが帰りを迎えてくれるという事は、誰かと家で食事を共にするという事は、これほど温かな事だったのか。
その温かさに、また心の内が絆されていくのを感じていた。




