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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第七章:そのAIは嘘を吐いている
61/68

60.捨てちゃっていいですか?

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]

Date: 2030-12-27 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

13:39:10 — Verifying user-disposed documents.

13:39:10 — No missing disposals detected.

13:39:10 — Retrieving discarded document list.

・・・

________________________________________


12月は昔から師走、僧侶が走り回るほど忙しい、などと言うが、警察も例に漏れず慌ただしい時期となる。

まず年末年始の当直業務に向けての人員調整。

その前に今年中に起きた事件の際に手に入れた些細な物品の適切な処分。

更に自分のデスクの大掃除。

これらを通常業務の合間に行う必要があるからだ。


「テツ先輩、この箱が全部破棄申請の物です。リストはこちら。全部捨てちゃっていいですか?」

「SOPHIA、お前も確認してくれ」

[承知しました。……転記漏れの名刺や、重要書類は無いと判断します]

「だな。…中原、これは全部破棄扱いで良い。処理に回しておいてくれ」

「分かりました!」


SOPHIAが浸透してから紙の書類は激減したが、それでもやはり手を動かして何かを書くという習慣が無くなったわけでは無い。

事実俺だってつい先日、桂事件の再調査で散々メモを取った。あれはSOPHIAが使えなかったから、というのもあったが、やはり自分の手で書いた方が頭に入るのだ。

しかし捜査記録のメモを簡単にゴミ箱にポイというわけにはいかず、こういうタイミングでまとめて適切に処理する必要がある。


「しかし残念ですね、テツ先輩。後生大事にしていた女の子達の名刺も捨てられちゃって」

「違うって言ってんだろ!人聞きの悪い事を言うな!」

「えーだってあの事件からもう5か月ですよ。捨てるつもりなら何度も機会はあったでしょうに」

「忘れていただけだっての」


中原の言う女の子の名刺とは、蜂谷事件の際に事情聴取を行った、『あい』達の名刺の事だ。

彼女達は事情聴取の後、『今度は注文してね』と名刺を残して行った。

当然警察官として注文する気は無かったが、事件解決前、何かあった時の連絡手段として保管しておいたのだ。

しかしその後、蜂谷事件に違和感を覚えてしまったため、なんとなく捨てられなくなって今に至り、中原に揶揄われる事となった。

コイツなら俺がなぜ捨てられなかったのか分かっているだろうに……!


[田中様。大場様が年の瀬の挨拶、との事で入り口に見えているようですが、いかがしますか?]

「大場が?最近アイツよく来るな。…今デスクの片づけしているから、入って来てくれ、と伝えてくれ」

[承知しました]


すぐに大場が、名倉を引き連れて現れた。


「田中さん、お疲れ様です。年の瀬のお忙しい所申し訳ありません。おそらく当直が被る事は少ないと思い、ご挨拶に参りました。今年は珍しくご縁がありましたので。色々とお世話になりありがとうございました」

「お、お世話になりました!」

「いやいや、大場はともかく名倉さんは一度会っただけですから、そんなにかしこまる必要は無いですよ。また来年もよろしくお願いします」

「……田中さんは、大掃除のようですが、……今年の総決算は済みました、か?」


そうポツリと零した大場の顔は、どことなく陰が感じられるものだった。

おそらく、未だに三宅の件が飲み込めていないのだろう。つい3週間ほど前の話だ、無理もない。

本音を言えば、真相を教えてやりたい気持ちもある。だが――


「大場。気持ちは分かるが、世間は待ってくれない。俺達は警察官として、新しい事件に対応しなくてはならない。……例え気持ち悪く感じても、完了事件をいつまでも掘り返すのは、望ましくない事、と見做される」

「……はい、分かっています」


心苦しいが、こう言うしかない。大場の気持ち悪さは痛いほど分かるが、これを追ったとしても、SOPHIAに押しつぶされるだけ、なのだ。

こんなややこしい立場になるのは、俺だけで良い。


「まぁ、また次に妙な事件と遭遇した時は、また相談してくれ。役に立たないかも知れないが、刑事として全力で協力する」


これは本音だ。中原が見ている前で言うのは少し怖いが、既に宣言している事でもあるから構わないだろう。

またSOPHIAの関与が疑われる事件を見つけたら、容赦しない。作為的な警告漏れだって全て見つけてやる。


「はい、分かりました。では改めて、来年もよろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく、大場」

「あ、あの、田中さん。ちょっと聞きたい事があるんですが、よろしいですか?」


これで話も終わり、みたいな雰囲気になったのだが、また名倉が声を上げた。

相変わらず気弱そうな態度なのに、意外と自己主張するもんだ。まぁ良い傾向だとは思うが。

なぜだか内密に話したいとの事だったので、名倉と二人で部屋の隅に行った所、小声で驚くべき事を言い出した。


「…(あの、田中さんってもしかして、市役所の春日さんとお付き合いされていますか?)」

「!!…(どうしてそれを)」

「…(実はおばあちゃんが市役所で春日さんによくお世話になっていて私も顔を知っているのですが、先日田中さんと二人で食事していた所を見かけて……)」

「…(ああ、なるほど……。はい、恋人として交際させて貰ってます。すみません、まだ警察組織には報告していないので、ご内密に)」

「…(わぁ、そうなんですね。春日さん美人ですもんね。分かりました、秘密にしておきます!)」


そうだよな、葵原市なんてそこまで大都市では無い。街中でメシ食っていれば、誰かに見られる事だってあるだろう。

まぁ別にやましい事があるわけでは無いのだが、なんとなく気恥ずかしい。

見られたのが名倉で良かった。小林だったらまた散々揶揄われる所だった。


________________________________________


「なるほど、警察の後輩さんに見られていた、と」

「そうですよ。あなたなら分かっていましたよね?」

「はい。ですが悪い事をしているわけじゃないので、別に良いかなって」

「それはそうなんですが、教えてくれればより良かったですね……」


ファミレスのボックス席で春日さんに今日の話をしてみたら、あっさりと返された。

当然だ、彼女は他のSOPHIAから見られないように移動する事ができるくらいなのだ、知り合い(のSOPHIA)に見られた事くらい簡単に察知できただろう。

なのに何で教えてくれなかったのか……。


「だって、それを言うと田中さんが恥ずかしがって、こうして会ってくれなくなるかも知れないじゃないですか」

「いえ、そんな事はしませんよ。……多分」

「本当ですか?」


さすがに即同棲は怪しすぎるという事で、現在は交際期間……という名のログ作成期間だ。

春日さんには監視の役割もあるのだから、定期的にこうして直接会って食事などをする事、そしてもう勝手にSOPHIAの電源を切らない事を約束させられた。

そうじゃないとまた、SOPHIAの目をかいくぐって家まで押しかけて来る、との事だ。


どうだろう、恥ずかしいからと言って拒否しただろうか。

もしかしたら「組織に報告する前に下手に見られて怪しまれては困る」とか言って会う頻度を減らした可能性も…無いとは言い切れない。

実際今日も思わず名倉に口止めをしてしまった。

何でもかんでもお見通し、というわけだ。


「せっかくの田中さんとのデートですから、無くなっちゃうと困るんですよ」

「デートって……あなたにとっては監視ですし、ただ食事しているだけですよ」

「世間一般では男女が二人で食事をしているこの状況は、デートと言って差し支えないかと思いますが」

「……ファミレスでも?」

「世間一般では『愛している人となら場所はどこでも関係ない』という美談があるそうです」

「……それは勉強になりました」


感情も無いはずなのによく堂々と言えたものだ……いや、逆に感情が無いから堂々と言えるのか。

ちなみにこのファミレスを選んだのは、『ここは通り道だから田中さんが楽でしょう』と言われたからだ。


「ではデートらしい事もしましょうか」

「『あーん』はしませんよ」

「ええ、嫌がるような事はしません。――今日初めて、他人に『恋人』って紹介してくれましたね。嬉しかったですよ」


そう言ってニコッと笑う春日さんはあまりにも魅力的で、俺は目を逸らす事しかできなかった。

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