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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第七章:そのAIは嘘を吐いている
60/68

59.処理しておいてくれたようです

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]

Date: 2030-12-14 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

08:48:03 — Work attendance registration completed.

08:53:05 — POLICE module activated.

08:53:10 — Reviewing handover information.

・・・

________________________________________


随分遠い昔のようだが、2日ぶりに葵原中央署に出勤した。

当然スリップしたバイクが突っ込んで来るような事も、警備員に怪しまれる事も無く、あっさりと刑事課の自分のデスクに到着した。


「さて、と。まず課長……は席を外しているみたいだし、…SOPHIA、俺への引継ぎ情報をダウンロードして報告」

[承知しました。…2日休暇分の引継ぎ情報の取得完了。ですが田中様、中原様がほとんどは処理しておいてくれたようです]

「中原が?」

「はい、なんですか?」

「おぁ!」


SOPHIAとのやり取りに集中していたら、突然話しかけられて不覚にも派手に驚いてしまった。

慌てて振り向くと、いつも通りの――いや、訝し気な顔の中原が立っていた。

普段なら気配の一つくらい感じられるのに、怒涛の数日だったせいで未だにぼんやりしているのだろうか?


「……おはよう、中原。後ろから突然声をかけてくるのは止めてくれ」

「それは悪かったですけど、なんて声出しているんですか。おはようございます、テツ先輩」

「えーと、…(腕の調子はどうだ?)」

「…(昨日と一昨日の夜に急ピッチで修理して、もうほぼ支障ありません。隠しやすく、直しやすい所で助かりました。これが顔やお腹、手足の欠損を伴う部分だったら大変でした)」


中原は小声でそう言いながら、右腕を軽く振って見せる。

あんな重傷だったはずなのにたった2日で元に戻る不自然にアンドロイドである事を実感してしまうが、それはそれとして何事も無かった事に少し安心もしてしまう。

中身がAIだったとしても、それでも長期間バディを組んでいた相棒である事は変わりない。

死んでしまったら――いや、壊れてしまったら、そうでなくても後遺症のような物が残ったら、強く悔いていただろう。

…しかし、顔だったら大変とか言うのは止めて欲しい。もし顔に突き刺さっていたら、直せたとしてもトラウマ間違い無しだ。


春日さんから少し聞いたが、特にこの葵原市にはIRISが多いという事もあり、表向き病院でありながらIRISの修理や調整を行っている場所もあるらしい。

よく考えたら、毎年の健康診断結果の提出など定期的な偽装は必要になるのだから、そのような施設も必要だ。

ただし緊急事態に救急車の行き先をその病院に指定できるとは限らないので、やはり事故は原則回避が必須だろう。

そういった意味でもIRISはコストと手間が必要で、貴重な存在と言う事が分かる。


「テツ先輩の方は、無事SOPHIAも新調できたみたいですね。今まで片眼鏡型だったのに、急に眼鏡型になって驚きました。しかもオシャレですね、センスが良い」

「……お、おう、そうだろ。…(お前、春日さんの事、聞いてるんだよな?)」

「…(ええもちろん。ご協力今後ともよろしくお願いします。春日さんの事はまだ内緒にするんですよね?)」


コイツ、俺のこれが春日さんに勧めてもらって買った物だって分かっていてわざわざ口に出してんのか。

しかも心なしかニヤニヤしながら。相変わらず良い性格してやがる。

…いや、そういう演技だってのは分かっているんだが。


「はぁ……。まぁいい、それで引継ぎ事項を確認したら、お前がほとんど処理してくれたって聞いたんだが」

「あ、はい。幸い大事件も起きませんでしたので、書類仕事は昨日私がささっと終わらせておきました。残ったのはテツ先輩の権限で承認が必要な物ばかりですね」

「あー、さすが、仕事が早い」

「書類仕事に関してはテツ先輩よりよっぽど速い自信があります」

「その通りなんだが、『テツ先輩よりよっぽど』は付けなくて良かったよな」


そりゃ人間的な感情まで再現可能なAIがいるなら、書類仕事なんて独壇場も良い所だろう。

実際これまでも報告書はSOPHIAに粗方作ってもらって人間は手直しや承認するだけ、という事が多かった。

それがさらに人間的に、高精度になっただけだ。


「ま、色々と助かったよ。…とりあえず、事情が事情だが、今後ともよろしくな」

「はい、こちらこそ、今後ともよろしくお願いします!」


さて、まぁ思う所は無いわけでは無いが、仕事が変わる事は無い。

コイツが不自然に誘導してきたりしないかだけ注意しておけば、今までと同じだ。

取り急ぎ、戻って来た課長に急な休暇の謝罪に行くとしよう。


________________________________________


「お。サボり魔不審者のご出勤か」

「なんだ、小林か。人聞きの悪い事を言わないでくれ」


課長にキツく怒られた(刑事課係長の自覚はあるのか、との事だ)後に自席に戻ると、中原と共にニヤニヤしている小林が待っていた。

一昨日はコイツも本当に人間なのか、と考えたが、冷静に考えればIRISはどれだけ古くても8年前以降に登場しているはず、18年来の付き合いであるコイツがIRISのはずが無い。

つまり、このニヤニヤは純粋に俺の事を揶揄っている笑いだ、という事だ。


クソ、しかしコイツの言い分も否定できない。

一昨日入り口で不審者扱いを受けていた所を助けてくれたのもコイツだし、昨日は『SOPHIAが直らなかったから』なんて理由で休んでいた形なのだから。

それに――


「あー、小林。さっき課長から聞いた。この2日間、俺の仕事を引き受けてくれたって。…すまん、助かった。ありがとう」

「気にすんな、困った時はお互い様さ。…で?何かあったみたいだが、解決したのか?」


さて、何と言ったものか。

春日さんにも宣言した通り、今更SOPHIAの過去の騒動に対してむやみやたらに騒ぎ立てるつもりは無い。

それにここにはSOPHIAだけでなく中原までいるのだ、余計な事は口走れない。

そうでなくとも、小林をこんな厄介事に巻き込むのはやはり気が引ける。


しかしコイツには『SOPHIAが壊れた』という話が嘘だと既に見抜かれている。

どう答えれば良いのか……。

まぁ、結果だけ答えるか。コイツなら分かってくれるだろう。


「ああ、解決した。今はもう、大丈夫だよ」

「……ふーん?」


やはり訝し気にジロリと見て来るが、しばらく眺めた後、ついと視線を外した。


「思う所はあるが、とりあえずひと段落ついた、って感じか。良かったな」

「……一昨日も思ったんだが、俺ってそんなに分かりやすいか?」

「ああ、めちゃくちゃ分かりやすい」

「はい、私もテツ先輩は非常に分かりやすいと思います」

「……そうかよ……」


それは刑事として大丈夫なのだろうか?割と致命的ではないだろうか?

もしかして過去の犯人や関係者との対峙で実は『この刑事は分かりやすいなぁ』とでも思われていたのだろうか?


「凹むな凹むな。現場に出て刑事モードになっている時は大丈夫だって。読みやすいのはそれ以外の時だけだ」

「……いや、それをサラリと読まれている所が嫌なんだが」

「大丈夫ですよテツ先輩、きっと過去の関係者だって『この刑事分かりやすい』なんて思っていません」

「……もう少しポーカーフェイスを身に付けられるように努力するよ」


人間関係の機微に長けた小林ならともかく、AIにすらここまで的確に読まれる俺って……。

いや、中原はただのAIではなく、感情の誘導に特化したAIだ。きっとそのせいだ。

…そうだと思わなければ、立ち直れそうにない。


「ま、何事も無く復帰してきて何よりだ。…詩織ちゃんもありがとうね、この馬鹿を追いかけてくれて」

「いえ、私はバディとして当然の事をしただけです。むしろ、テツ先輩が不審者になっていた事を教えてくれてありがとうございました、小林さん」

「……まぁ、そうだな。二人とも、色々世話になったよ。きっと井口にも面倒をかけたろう、礼はまた今度するよ」


内心はともかく、一応五体満足で無事に職場復帰できた。

それは騙していたとは言え事故の直前にギリギリでハンドルを切ってくれた中原と、仕事のフォローをしてくれていた小林、井口の助けもあっての事だ。

日常に復帰する以上、皆に感謝はしないといけない。


「じゃあ、今度は田中の奢りでメシだな。高級焼肉とかどうだろう?」

「いえ小林さん、それだとテツ先輩の栄養バランスが心配です。それに井口さんの意見も聞かないといけません」


とりあえずは、俺の意見を聞かずに勝手に話を進めている連中をどうやって止めるかから、考えないといけないだろう。

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