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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第六章:完璧と蜜
56/58

55.お話に来たんですよ

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]

Date: 2030-12-12 (JST)


[LOG ENTRY]

・・・

-No active client detected.-

・・・

________________________________________


『だって、私もIRISですから』

事も無げに言われたその一言に、呼吸ができなくなった。

タチの悪い冗談であって欲しい。だが、的確に『私()』、『IRIS』なんて言葉選びをしている以上、冗談であるはずが無い。


「…………そう、ですか。俺を、殺しに来たんですか?」

「いえ、本当にお話に来たんですよ。高橋さんも言っていたでしょう?危害を加えるつもりは無いって」

「信じられると思いますか?」

「確かに信じるのは難しいかも知れませんが……、私達IRISは人間社会に溶け込むのが最優先なので、マンガやアニメのように超人的な肉体性能はありません。私も普通の女性と変わらない程度の力しかありません。今の状況で田中さんを殺そうとしても、返り討ちされるのは間違いありませんよ」


それが本当なら、警戒しつつ正面に捉えているこの状況で女性一人に容易く負ける事は無いだろう。

だがそれが油断させるための嘘の可能性もある。更に怪しいのは、先ほど夢中で食べてしまったうどん。あれに薬でも盛られていたら、容易に無力化される。

命を狙われる可能性も考えていたというのに、俺はどうして差し出された物を無警戒に食べてしまったんだ。


「……うーん、『信じられない』、って顔に書いてありますね」


春日さんは相変わらず美しい顔で、困ったように目尻を下げて微笑んでいる。

こんな状況で無ければ、『そんな顔も魅力的だ』と思えたのだが。

彼女はぺちと掌を合わせると、柔らかく言葉を続けた。


「それでは一旦お話をしませんか?私の目的はそれですし、田中さんだって私の意図を掴みかねているはずです。話すだけなら無害でしょう?」

「……SOPHIAは、会話だけで人を誘導して殺してみせていますけどね」

「あら、これは一本取られました」


春日さんは、市役所で雑談している時と何も変わらない、穏やかで少しお茶目で、温かい話しぶりだ。

だから、それこそが恐ろしい。これが演算であって、そして今や最大の厄介者と化した俺に対しても、全く同じ対応を取れる事自体が。


だが、確かに俺は彼女がここに来た意図が分からない。

食事に薬が盛られている事も疑ったものの、もし殺す気なら食べた直後に即死する毒でも入れていたはずだ。

彼女がここに来た事を誰も知らないのであれば、疑われる事も無いのだから。

ここは話を聞くしかないだろう。


「……分かりました。一旦話を聞きましょう」

「ありがとうございます。では、まずIRISについてもう少し詳しく説明しましょう。高橋さんから今日の対応については聞いたと思いますが、警察の応接室であまり長々と話していると不自然なので、詳細は話せなかったんです」


さて、話を聞くと決めたものの、誘導には気を付けないといけない。

気を引き締めて聞かないと。


「私達IRISは、AZが開発したAIアンドロイドです。生体パーツを使って人と見分けがつかないように作られており、またそのAIも人格模倣に特化した物です。そして、デバイスが無くても内蔵設備だけでSOPHIAと接続できます」

「という事は、その顔にかけているデバイスは?」

「社会に紛れるためのカムフラージュですね。私達の内蔵設備は一般のSOPHIAデバイスからは認識できませんし、何より人が見て『あれ、この人SOPHIAを装着していない』って思われると困るので」


だから、中原は今日ずっとSOPHIAデバイスの電源を切っているにも関わらず、行動に全く支障が無かったのか。

それはそうか、SOPHIAの目の届かない所をフォローするのが役割なのに、デバイスに頼らないといけないのでは話にならない。


「そして第一優先は人間社会に溶け込む事ですが、IRISはそれぞれに役割を持って投入されています」

「役割?」

「はい、SOPHIAはあくまでツールですから、”人として”対応が必要な所をカバーするのが主な目的ですね」


それは今日俺も推測していた事だ。

”完璧”なシステムには、特に感情の流れを”人として”誘導できる存在が必要であろう、と。


「例えば中原さんは刑事課の現場に出て、SOPHIAを使った軽犯罪の解決及び統計や、それで市民がどのように困ったのかを聞き出す事。

例えば高橋さんは捜査一課のブレーンという立場で、SOPHIA社会下で起きた犯罪を可能な限り迅速に解決する事。

そして私は、市役所の窓口という立場で、市民の方々のSOPHIAへの悪感情を聞いたり、SOPHIAを使って頂けるようにおすすめしたりする事、ですね。特にお年寄りなんかは顔を合わせてお話した方が、聞いてくれますので」


つくづく、合理的だ。

滔々と語られる内容に、全て納得してしまう。


中原は下っ端として入る事で、教育という名目で様々な現場に連れ回される。他でもない、俺がそれをやっていた。

そして犯罪者がどのようにSOPHIAの目をかいくぐるか、そしてそれに人々がどのような感情を持つか調べていたのだろう。

思い返してみれば、たまに『SOPHIAでもログを編集できないのは徹底していますよね』だの『こういうのを見るとSOPHIAも万能じゃないと思いますね』だの、SOPHIAのシステムに関する感想を引き出させるような質問をされた。

あれも、調査の一環だったのだろう。


高橋さんは、突然現れたと思ったらSOPHIAを余りにも見事に使いこなし、すぐにブレーンとしての立場を確立した。

元々がSOPHIAと繋がっているAIなのだ。機能の隅々まで使いこなせるのは当然だ。

また、全ての事件を24時間以内に解決する手腕。これも当然だ、彼は他のSOPHIAの情報を自由に引き出せる。だったら現場に入る前から犯人が分かっている。蜂谷の事件だって、加賀美が盗聴器などを準備していたのを最初から把握していただろう。

後は俺達に的確に情報を集めさせ、解決に導くだけ。いわば人間が納得する情報に落とし込むだけの翻訳家に近い。


春日さんに関しては、俺は直接感じてはいないが、中富佳代子が言っていた。

『SOPHIAの使い方が上手で、私が困っていると分かりやすく教えてくれる』、と。そして『お年寄りから人気』だと。

SOPHIAの使い方が上手なのは当然として、分かりやすく教えてくれるのも納得だ。相手のSOPHIAと直接やり取りができるのだから、何に困っているのか聞くまでも無く分かる。

そして対面での会話がお年寄りの心を開いている、というのも証明されてしまった。


「なるほど、見事なもんですね」

「ただ、IRISが貴重なのは間違いないんですよ。こんなにも沢山のIRISが入り込んでいるのは、ここが葵原市だからです」

「……草壁啓太郎知事による、SOPHIA全面活用都市モデル」

「仰る通りです。この街の成功は、将来のSOPHIAの社会浸透に対してとても大きなメリットとなります。だから確実に成功してもらうために、他の都市の数倍以上のIRISが投入されているんです」


なるほどな、貴重な存在である事は容易に想像がつくのに、俺一人だけでも3体ものIRISと出会っている不自然に納得がいった。

ここが日本でも、いやもしかしたら世界でも最優先の、IRIS投入対象だったわけだ。

確かに葵原市ほどSOPHIAの市政導入に積極的な都市は聞いた事が無い。これが成功すれば、他国でも同様の活用が行われるかも知れない。


「IRISについては、大体分かりました。ですが、なぜそのような話を俺に?IRISの存在同様、知られては困る事でしょう」

「はい、そうですね。本来は絶対に隠したい内容です。これを知ってしまうと、他のIRISがどこにいるかとか、推測できてしまうかも知れませんしね。

――では、ここからが、私がお話に来たメインテーマです」


春日さんは相変わらず柔らかく微笑みながら話を続けている。

だがその温かさが伝播したのだろうか、手の震えが少しずつ収まって来ていた。

それがAIによる演算だとしても。

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