48.歓迎されていません
User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]
Date: 2030-12-12 (JST)
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山下建築は道沿いに広い敷地を拡げ、そこには小さな事務所と思われる建物、多くの資材が積まれた倉庫、そして複数の重機やトラックが置かれていた。
山間と言うほどではないが、街から車で山道を30分ばかり、十分に郊外と言えるだろう。
ここは本社として登録されているものの、葵原市の中心地にも事務所が設置されていて、そちらが営業所の役割をしているらしい。
社長は営業所の方にいて、こちらは資材置き場や作業員の詰め所となっているようだ。
「こんにちはー、お邪魔して申し訳ありません、佐藤さんから依頼を受けて来た者なんですが」
「ああ……はい、聞いております。じゃあ、卯月くんを呼びますので。そちらの応接室でお待ちください」
「分かりました。ありがとうございます」
事務所に入りすぐ目の前にいた事務員らしき恰好の女性に話しかけた所、あっさりと通された。
良かった、高橋さんが直接話した社長はここにはいないので、話が通っているか少し不安だったのだ。
誰もいない小さな応接室に入り、とりあえず座らせて貰う。
だが――
「……全く歓迎されていませんでしたね、私達」
「ああ、まぁ無理もないさ。気にしないようにしよう」
先ほどの女性の態度、どう好意的に解釈しても、明らかに嫌がっていた。
それはそうだろう、向こうはこちらを警察だと思っている。だから断れなかったのだろうが、本来受け入れたくなかったはずだ。
何せ、事故を起こしたのが僅か10日前。誰だって度々探られるのは嫌がる。
世間的にはただの事故という事で大した騒ぎにもならず収束していたのだから、彼らとしてはそのままほとぼりが冷めるのが一番のはずだ。
実は詐欺スレスレの行為という事で心は痛むが、さっさと作業を終わらせて、お互い騒ぎにする事無くさっさと退散しよう。
そんな事を考えつつ無言で待つ事5分、控えめにノックが聞こえ、若い男が入ってきた。
大場に見せてもらった資料に載っていた写真と同じ。間違いない、卯月陽太郎だ。
「あ、あのー、卯月と申します。なんか、また僕のログが欲しいって……聞いたんですけど……」
「卯月さん、こんにちは。我々は佐藤からの依頼でデータ回収に参りました山田と、こちらは鈴木です。お忙しい所お邪魔して申し訳ありません」
「鈴木です、よろしくお願いします。ご協力感謝いたします」
気弱だと大場も言っていたが、確かに聞きしに勝る気弱さだ。喋り方もなんだかたどたどしいし、目線も泳ぎまくっている。
これなら名倉の方がまだ堂々と喋っていたと思えるほどだ。
「は、はい、社長にも指示に従うように言われています。……というか、前にもログは提出したのに、なんでまた?……あれ?というかなんでSOPHIAが認識できないんですか?」
「ああ、順番に説明しますと、我々は一時的にSOPHIAの電源を落としています。それが今回のログの再抽出に繋がるのですが、今回SOPHIA経由では無くPCでデータを吸い出させて頂きたいんです。それで、SOPHIAがあるとAIによる最適化が入る可能性があるため、なるべく、万が一にも最適化処理が入らないよう、こちらはSOPHIAを消して行うように、と言われています」
当然のように嘘だ。これはここに来るまでに中原と考えた”設定”。正確には中原は納得していなかったが、他の案が思い浮かばなかったため採用となった。
若干無理があるように思わない事も無いのだが、SOPHIA以前の社会では、いやSOPHIA以後の社会でも、よく分からない理由から行われる慣習というのは存在している。
だったら、『SOPHIAの影響が出ないように、この作業中はSOPHIAの電源を消して行う事』という慣習もあるかもしれない。
問題は、卯月が納得してくれるか、だが――
「はぁ……そうなんですね。まぁ、分かりました。さっさと終わらせてください。時間かかると怒られちゃうので」
「ええ、もちろん。ご迷惑おかけします。…おい、鈴木。すぐ作業に取り掛かってくれ」
「分かりました、山田さん」
幸い、特に疑う事なく納得してくれたようだ。
じゃあ、余計な事を考えられる前にさっさと作業を始めてしまおう。
さて、俺の仕事はほぼ終わりだ。中原がPCと卯月のSOPHIAを手際よく接続して何か操作するのを、ぼんやりと眺める。
まぁ正直な所、自分のSOPHIAの設定すら覚束ない俺が、PCから専用ツールを使って他人のSOPHIAログの指定部分を抜き出すなんて事をできるはずが無いのだ。
だと言うのにこの作戦が立てられたのは、ひとえに中原がいるからだ。
高橋さんだって言っていた。『多分田中くんには難しいが、中原さんがいるなら大丈夫だろう』、と。
複雑な気分ではあるが、実際にその通りなのだから何も言えない。大人しく中原に任せよう。
…この任務、もしかして俺は要らなかったのでは?
「該当部分のデータを確認できました。抽出したいのは12月3日の15時31分から38分までの7分間のデータです。…卯月さん、そちらのSOPHIAから許可承認の連絡が出るはずなので、確認の上、ご了承願えますか?」
「は、はい。……はい、了承しました」
「ありがとうございます。……開始しました……はい、ダウンロードが完了しました。ご協力ありがとうございます」
「あ、もう終わったんですか?」
あまりにも呆気なく、目的は達成できた。山下建築に到着してからまだ15分も経っていない。
まぁ順調であるに越した事は無い。怪しまれる前にさっさと退散するのが吉だろう。
「では、お仕事の邪魔をしても申し訳ないので、我々はこれで帰らせて頂きます。ご協力感謝します」
「ありがとうございました」
「あ、いえ、こんなすぐ終わるなら大丈夫です」
さて、じゃあ帰ろう。
そう思い立ち上がった所で、ドアの外からドカドカと音を立てて歩く音が聞こえて来た。しかもこの部屋の方に向かっているように聞こえる。
そして、間もなくドアが乱暴に開かれ、50歳くらいだろう大柄な男が現れた。
「卯月ィ!テメェ役立たずの癖に何やってやがる!」
「ヒィ!藤原さん、違うんです!社長からの指示でこの人達の――」
「うるせぇ!言い訳すんじゃねぇ!――で、テメェらはなんだ?」
コイツが藤原康弘か。こちらも大場の資料で見た写真と一致する。
そして性格についても聞き及んでいた通りだ。大場は『感情的』『高圧的』と言っていたが、『人の話をまともに聞かない』も加えないといけないようだ。
そりゃこんな奴、卯月とどう考えても相性が悪い。もしかして卯月が過剰に気弱なのは、この男の影響もあるのではないだろうか?
「テメェら、ウチの役立たずに何の用だ?記者か?…おい卯月、テメェ余計な事言ってねぇだろうな?」
「いえ、この人達はけいさ――」
「オメェがやらかしたせいで俺らにも迷惑かかってんのに、この上まだ迷惑かける気かっつってんだよ!」
まったく、聞くに堪えない。結果的に卯月が『警察』と言いかけたのを遮ってくれたのは助かったものの、気分が悪い。
卯月と藤原の関係については興味も関係も無いが、今日卯月を呼び出したのはこちらの都合だ。
その程度のフォローはしても良いだろう。
「藤原さん、ですかね?申し訳ありません、卯月さんに我々が用があって――」
「あぁ!?人の会社に入ってきて何勝手を――」
「我々が用があって、それで付き合って頂いていたんですよ。社長の山下さんにも許可を頂いております」
藤原は大声で俺の言葉を遮ろうとしたようだが、構わず言い切る。
どうせ大柄な体躯で、大声で喚きたて、相手を委縮させて自分の話を通すのが常套手段なのだろう。
だが、その程度に怯むようでは、刑事が務まるはずが無い。
こちとら10年以上、コイツより余程凶悪で狡猾な奴らを相手にし続けてきたのだから。
「すでに作業は完了したので、ちょうど帰る所でした。お仕事のお邪魔してしまって申し訳ありません」
「て、テメェら何しに来やがった!?余計な事漏らすようなら――」
「先ほどお伝えした通り、社長さんにはウチの上から連絡が行っていると思うので、そちらにご確認ください」
「俺はテメェらに――」
「実は我々も言われた事を実施する下請けなもんで、勝手に事情を話せないんですよ。――特に関係無い人には」
「はぁ!?俺はアイツの上司だ、関係なら――」
「それこそ私には判断できません。社長さんにはあなたに話して良いとは伺っていませんし、何より…あまり上司には見えませんでしたので」
「ふ、ふざけんな!?黙って聞いてりゃ――」
「よし、片づけは終わったか?鈴木。じゃあ、帰るぞ」
藤原の言葉に被せるように、あえて邪魔するように押し切ってやる。
どうせ、大声で通す以外の方法しかしてこなかったのだろう。逆に押し切ってやると簡単にペースが崩れる。
そして、そんな手合いが最後に頼る手法なんて、相場が決まっている。
「なめやがって……!」
藤原は大きく振りかぶって拳を向けてきた。俺よりも少し大きな体躯、建築会社で働いているだけあって筋肉も多い。
だが、それでも素人に負けるようでは話にならない。
拳に速度が乗る前に手のひらで抑え込み、彼の耳元に…正確には、耳元にあるSOPHIAに声をかける。
「これを振り切ってしまうと、お互い色々面倒になると思いますので、今日はこれくらいにしておきましょう。お仕事中お邪魔して申し訳ありません。
――もう、二度と顔は見せませんので、ご安心ください」
さて、改めて帰るとしよう。
騒ぎの後ろでしっかりと片づけを済ませていた中原に軽くアイコンタクトをし、口をパクパクしているものの動かなくなった藤原の横を通り過ぎ、事務員の女性に軽く会釈だけして山下建築を出た。
―――藤原は知らなかっただろう。俺が後ろ手にずっと中原を制止し続けていた事を。
コイツと舌戦させたらもっと無様に負けただろうから、感謝してもらいたいくらいだ。何せ俺ですら1度たりとも勝てた事が無い相手だぞ。
彼のプライドをギリギリ守って終わらせてやれただけ、俺が来たかいもあったというものだ。




