表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイリスの瞳  作者: たけひろ
第五章:孤独に垂れる蜘蛛の糸
48/58

47.ちょっと不思議ですね

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]

Date: 2030-12-12 (JST)


[LOG ENTRY]

・・・

-No active client detected.-

・・・

________________________________________


『――今日は日本全国に非常に強い寒波が訪れており――』


「ほう、これがラジオ……SOPHIAもネット接続も無しに聞けるというのは、ちょっと不思議ですね……」

「俺からすれば、お前が不思議と感じている事の方が不思議なんだけどな」


12月ともなれば大半の木々はその葉を落とし、その堅い枝が剥き出しになっている。今はそんな木々が乱立する合間を縫って延びる山道を走っている。

目的は決まっている、山下建築に行って卯月のSOPHIAログを入手する事だ。山下建築は木材を使うだけあって、事務所も結構山間部に入った所に所在しているらしい。

だが中原はなぜかカーラジオに食いついている。


『――特に昨晩まで降り続いていた雨で道路の凍結もあり、車を運転する際はご注意ください――』


「で、アカウント登録も無くアンテナ一本立てれば聞ける、と。24時間どこでも?どうやって?」

「改めてどうやってって聞かれると困るな。だからこそ災害時のインフラとして残されているんだろうが」


山下建築に向かうに当たり、なぜかスラスラと地図が読める中原にナビをしてもらっていたのだが、作業の合間に『昔の技術もまだ残っているもんですね』と言い出した。

それに『まぁラジオとかも現役だよな』と返した所、『ラジオってポッドキャストとかの?』と当然のように言い放ったのだ。

俺みたいなオッサンからするともう、嘘だろ……?、としか言葉が出なかった。


『――以上、午前のニュースでした。また午後にお会いしましょう――』


「なんでSOPHIAに接続しないんですかね?」

「まぁ番組は共有しているがな。通信手法を完全に共有してしまうと、万が一SOPHIAが使えなくなった時に一緒に使えなくなるからだろう。電話線もそうだが、日本は災害も多いから情報通信手段は複数持っておくに越したことはない」


かつて大きな災害があった時も、こういった事は度々問題になってきた。単一の通信インフラに頼り過ぎると、何か大きな災害が起きてダウンした時、通信が全滅するという事態に陥るのだ。

そんな時に、ラジオや電話線通信のような単純な、しかし頑強なインフラが力を発揮する。だから未だに国家が整備を続けている。

…まぁ、『だからSOPHIAの裏をかける』なんて発想で用いる人は高橋さんくらいだろうが。


『――この後11時からは社会技術学の教授をお招きしての討論会を――』


「じゃあ、聞きたい番組はどうやって選ぶんですか?」

「……その番組が流れるまで待つ」

「聞き逃したら?」

「……諦める」

「えー、不便ですね」


中原は今25か26だから……もう物心ついた頃にはスマートフォンがあったくらいの世代か。

好きな番組をネットでいくらでも検索・視聴できた世代からすれば不便極まりないだろう。俺だって改めてそう言われるとそりゃ不便だったなとは思う。

だが、ぼんやりと聞き流している時にふと気になる番組や懐かしい曲が流れてくるという楽しさも確かにあったんだがな……。


「まぁ、お前のように存在すら知らない世代も増えているからだろうな、さっきも言ったようにほとんどの番組はSOPHIAと共有されていて、そっちは聞きたい番組を狙って聞ける。電波放送を維持しているのはやはりインフラ確保という面が強いだろうな」

「なるほど。例えばテロ組織が一斉ジャミングしてネットが一切使えなくなった、とかだと、こういうのが必要になるかも知れませんね」

「出てくる例えの極端さが、お前がどれだけネットが無い状況を想定できないのか顕著に表しているな」


まさかSOPHIAについてあれだけ詳しいコイツが、ラジオを知らないとは思わなかった。

そして先ほどまで色々と弄っていた、今は中原の足に乗せられている物に関してもそうだ。


「で?ラジオは良いが、”それ”の使い方は理解したか?」

「もちろんです。ソフトも準備できました。しかし、DVDが個人でお手軽に作れる物だったとは、改めてビックリです」

「もうどこから突っ込めばいいのか、こっちの方がビックリしているんだけどな」


その華奢な太ももに乗せられているのは、普通のノートPCと、それに接続された小さな箱型の機械、そしてキラキラと光を反射している円盤が数枚。

ネットワーク上のやり取りが標準となった昨今、俺ですら最後に触ったのはいつだろう、というレベルのそれら。外付けDVDドライブとDVD-Rだ。

これも、高橋さんが家の奥から事も無げに出してきた物品だ。


『SOPHIAの瑕疵を証明するデータなんて不都合な物、SOPHIAが無視するはずがない。ではどのように、削除も改竄もできないように警視監まで渡すか。ネットワークを経由したら、途中で軽く切断を挟むだけでファイル破損事故を引き起こせる。PC内に直接保存していては、改竄の可能性が残る。そのような観点で見た時に、結局一番強いのは物理媒体さ』


だから、書き切り型のDVD-Rなのだろう。

これなら”書き込まれたデータ自体が本物か”という問題はあれど、”書き込まれた後の改竄は無い”という事は保証できる。

警察の正式捜査だとしたら証拠能力は足りないが、内々に相談する材料としては十分だろう。


『脆い光学ディスクによる証拠保存は、ディスクに傷の1つでもつければ良い、という事で人間相手なら弱点になり得る。しかし今回の相手はSOPHIAだ。SOPHIAの弱点は田中くんの言う通り自由に仕掛ける事ができない、という点。つまり、ディスクだけ狙うなんて細かい挙動を起こせない。それを持っている人間ごと壊すしか無い。そして物品ごと破壊するような大掛かりな事故は誘導するのが非常に難しい。

――なら、我々はその誘導さえ警戒しておけば、ディスクは守られる』


これから俺達は、山下建築に行ってノートPCを用いて卯月のSOPHIAから該当部分のログを抜き出し、それをどこか別の場所でDVD-Rに書き込む。

そしてそれを高橋さんに渡し、秘密裏に警視監まで渡してもらう、という流れになる。

作業自体は全てオフラインで行うが、山下建築の面々は当然SOPHIAを装着しているだろうから、俺達がノートPCでログを吸い出した事は確実にバレる。

しかし、それをDVD-Rに書き込んだ事、さらに複数枚用意されたDVD-Rのどれに書き込まれたのかを知る術は無い。そうなると下手に仕掛けて破壊し損ねては困る事になる。


あの人はなんでこんな物品を当然のように保有しているんだろう。

よく知っているつもりだったのだが、この数時間でどんどん知らない面が見えてきた。

なんかもう”物持ちが良い”を通り越して、最初からこのような事態を予見していたんじゃないかと思うくらいだ。


『重要なのは、全て秘密裏に行う事だ。卯月達に怪しまれないのはもちろん、証拠を手に入れたら私に直接渡してくれ。他の人間を経由すると、その人がSOPHIAに誘導されて”うっかり”証拠を紛失する可能性がある。証拠の受け渡しはSOPHIAの危険性を知っている我々の間だけでやり取りすべきだ』


高橋さんは県警本部でスケールダウン作戦を考えた段階で、ここまで見据えていたのだろう。だから固定電話とDVDがある自宅へ俺達を連れて行った。

じっくりと作戦を練ったならともかく、県警本部で話を聞いて即座に弱点を見抜き、その場で作戦を立案し、同時にその具体的な道筋まで組み立てる。

改めて、その慧眼と思考能力に感服する。一体どのような脳があればそんな事ができるのか、一度覗いてみたいくらいだ。


「テツ先輩、地図ではもうすぐ山下建築が見えてくるはずです。多分あと5分もかからないかと」

「分かった。…じゃあ、これから俺達は『佐藤さんから依頼を受けたデータ吸出し業者』だ。よろしくな、『鈴木』」

「分かりました、よろしくお願いします、『山田さん』」


さて、俺達の仕事はここからが本番だ。

せっかく高橋さんが作ってくれた道筋、無駄にするわけにはいかない。

気を引き締めていこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ