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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第五章:孤独に垂れる蜘蛛の糸
47/57

46.元も子もないんですけど

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]

Date: 2030-12-12 (JST)


[LOG ENTRY]

・・・

-No active client detected.-

・・・

________________________________________


「…(テツ先輩、詐欺って何の事ですかね?SOPHIAの危険性を追うのは大事ですけど、私達が逮捕されちゃったら元も子もないんですけど)」

「…(分からん。だが、高橋さんの事だから変な事はしないと思うんだが……)」


『詐欺を働く』という警察官にあるまじき発言をした高橋さんは、『しばらく発言には気を付けてね』と言いつつSOPHIAを起動し、有給休暇を数時間だけ取得し、あれよあれよという間に俺達を連れて外に出た。

そして俺の車でどこぞの駐車場に移動してきたかと思うと、付いてくるように言われ、また無言のまま歩き始めたのだ。

さすがに意図が読めなさすぎる行動に、つい中原と小声で相談もしてしまうってもんだ。


「二人とも、そろそろ到着するよ」

「は、はい!……あの、ところでどこに向かっているんでしょうか?」

「ああ、ごめんごめん、言い忘れていた。私の自宅だよ」

「え?高橋さんのご自宅?何のためですか?」

「中原さんには特に興味深いであろう、骨董品を見せてあげようと思ってね」


高橋さんのSOPHIAはまだ起動しっぱなしだ。だから下手な事が言えないのは分かるが、常に論理的で明瞭な話し方をする高橋さんにしては珍しく、言いたい事が全然分からない。

自宅?骨董品?特に中原には?一体何だろう。


「さて、ここだ。今は家に誰もいないから、遠慮なく上がってくれ」


そして辿り着いたのは、ごく普通の一軒家だった。見た所、築20年程度だろう。


「静岡県警本部に戻れるとなった時に調子に乗って中古で購入したんだが、住みやすくて気に入っていてね」


いや高橋さん、今聞きたいのはそこじゃないんです。

高橋さんの自宅に何をしに来たのか、という事が気になっているんです。


「――さて、じゃあ本題に入ろうか。君達がやるべき事、卯月陽太郎のログをどうやって調べるか」


だが、自宅に入るや否や、高橋さんはSOPHIAの電源を落として話し始めた。

やはり、SOPHIAを警戒して喋る内容を調整していたらしい。

しかし、卯月陽太郎のログの話で、なぜ自宅に来たのだろうか?


「まず、事故当時の卯月のログは、君達の話からして葵原中央署の交通課に保管されているだろう。それを取り寄せられれば話は早いが、これも既に完了事件だ。資料を見るだけでも警察組織を納得させられる理由が必要になる。これは今の我々にとって、現実的じゃない」


SOPHIAを切った途端、いつも通り流れるように論理的に話し始めた。

高橋さんって意外と演技派なんだなぁという場違いな感想が頭に浮かぶ。


「じゃあログを見るにはどうするか。卯月のログを再度提出して貰うのが一番早いだろう。だが、既に警察が回収したはずのログを再度貰いに行って、素直に渡してくれるはずが無い。しかも我々はSOPHIAの電源を切って行かなければならない、そんな不審人物ならなおさらだ」


ただ、問題は俺達が『この人はどこに行って何をするつもりなんだろう?』と疑問に思った心境のまま、シームレスに論理展開が始まってしまった事だ。

高橋さんには大変申し訳ないんだが、全然話に付いていけない。


「あ、あの!ちょっと待って頂けますか?えっと、今は卯月のログを手に入れるために行動しているって事で良いんですかね?」

「その通りだよ、中原さん。加賀美のログはこれが終わったら署に戻って私が調べる。まずは卯月のログをどう調べるか、だ」

「それでなぜ高橋さんの家に……?」

「知っているかい?SOPHIAが広まった社会で、一番解決が難しい犯罪というのはどういう物なのか」


それは蜂谷の事件でも井口に語った。一番難しいのは『SOPHIAが対応する前に済まされる犯罪』、つまりアナログに短時間で行われる犯罪だ。


「そこで、中原さんに質問だ。…これ、何か知っているかい?」

「あ!映画で見た事があります!昔の電話、ですよね!まだあるんですね!」


高橋さんが手で指し示したのは、ひと昔どころではなく昔の、レトロな黒電話だった。

まさかの物品の登場に目が引き付けられる。俺ですらほとんど見た事無いぞ!?


「今では通話と言えばSOPHIAによる通信がほとんどだ。SOPHIA登場以前だって、スマートフォンアプリが大多数を占めていた。その前だって携帯電話の電波通信が主流だった。…だが、災害時のインフラ保障のため、電話線という物は現代に至るまで生き残っている。そして、電話線は国家管理の通信網、SOPHIAとは完全に分離されている」


受話器を手に取ると、慣れた手付きで黒電話の文字盤を回し始めた。


「私はSOPHIAどころか携帯電話すら無い時代の生まれだからね、これも昔から捨てられずに残っている物だ。そして、今でもある程度古い会社というのは、固定電話を設置しているものだよ」


ジーコ、ジーコ、という地味な音が、断続的に響く。

そして、高橋さんは受話器を耳に当て、口を開いた。


「こんにちは、交通分析対策課の佐藤と申します。突然のお電話すみません。社長の山下さんはいらっしゃいますでしょうか?…はい、お手数ですが、お願いいたします」


突如始まった明るいトーンでの話に付いて行けず呆気に取られている俺達になんて構わず、高橋さんは言葉を続けていく。


「山下さんですか?すみません、今お時間よろしいでしょうか?…ありがとうございます、交通分析対策課の佐藤と申しますが、実は現在事故の事例資料を作っていて先日の……いえ、御社の事を責めようというわけでは無いんです。御社の事例は将来の防止策を練るに当たり重要な資料となると見られまして、改めてログを見させて頂きたい、と考えた次第です。……はい、もちろんです、必要なのは通常のログの、数分です。それを研究分析用のツールで吸い出させて頂ければと。……はい、はい。……本当ですか?ありがとうございます!では後ほど下請けの山田と鈴木を御社に伺わせます。…ええ、ログ提出以外は何もありません。ご協力感謝します!」


そして、高橋さんは受話器を置いた。

まさかこの人……詐欺ってそういう事か!?


「さて、これで君達は『交通分析対策課の佐藤』から下請けで要請を受け、研究分析用のツールでログを吸い出しに行く業者の山田くんと鈴木さんだ。ただし、くれぐれも『警察』とは言っちゃダメだよ。あくまで『佐藤の命令で来た』というスタンスで行くように」

「え、えぇー……あの、高橋さん、それって、詐欺、犯罪なんじゃ……」

「そうかな、中原さん?詐欺は財産犯だ、刑法246条にて、人を欺いて財産的侵害を与える事、そして不法利益を得る事、とある。私達が貰うのは僅か数分の、釘箱を運ぶ時のログ。業務情報や会社としての分析価値も無い。経済的利益は認められないだろう。しかも任意での協力だ。逮捕は難しいと思うね」

「で、でも、静岡県警に交通分析対策課、なんて課はありませんし、身分詐称なんじゃ……」

「私は一度も警察とは名乗っていないからね、刑法158条、公務員詐称罪にも該当しない。それにやる事は下請け業者の精々20分もあれば終わる作業への協力だ。仮に彼らが告訴してきたとして、威力業務妨害や信用毀損での立件も無理だろう」

「えっと、だけど……」

「そして受話器を耳に当ててしまうと、受信した音声はSOPHIAに届かない。君たちも向こうの声は聞こえなかったろう?私のSOPHIAも君達のSOPHIAも電源が切れている現状、どこにも私が嘘を吐いた証拠は残っていない。ではどのように犯罪と立証するかね?」


中原は困った顔で助けを求めるかのようにこちらを見てくる。さすがのアイツも高橋さんには歯が立たないらしい。

だが、高橋さんの言う通り、現段階での立件は極めて困難だろう。


『交通分析対策課』『先日の事故』というワードから警察を連想させつつ、自身は警察とは一言も言っていない。

要求したのは任意でログの提出、それも他愛もない業務風景のものを数分だけ。

ついでに電話越しに言っている以上、電話の向こうにいるであろうSOPHIAはその真偽を判断できない。そして向こうの人間はこちらが当然SOPHIAを使っているだろうから嘘を言っているとも考えない。

電話回線はSOPHIAの監視の範囲外、それ故にこちらのSOPHIAの状況を確認できない。

そして俺達は下請けだ、と宣言しているから、俺達が行った時に警察モジュールを起動できていない事も問題にならない。


「これは中原さんへの実地研修、という事で。狡猾な詐欺犯はこれくらい普通にやってくるから、注意するんだよ」

「いや、あの、目の前で堂々とやられると、勉強になったというより、引いちゃうんですけど……」

「それは参った。こんな爺さんにもなって若い子に引かれるのはちょっと悲しいね。ただ――」


もちろん、ほとんど黒に近い行為である事には変わりない。

だが、高橋さんは最初から言っている、『詐欺を働く』、と。

この人は誰よりもSOPHIAを使いこなしながら、こうも簡単にSOPHIAを欺けるのか。


「相手が法の外側を攻めてくるのであれば、こちらも相応の手が必要だ。――私は”性格が良い”とはとても言えないが、”良い性格”はしているよ」


――あ、でも真似はしないようにね。

最後にそう締めくくった高橋さんに、俺達は茫然とした顔を返すしか無かった。

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