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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第五章:孤独に垂れる蜘蛛の糸
46/58

45.なら、信用できるさ

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]

Date: 2030-12-12 (JST)


[LOG ENTRY]

・・・

-No active client detected.-

・・・

________________________________________


「――なるほどねぇ。あの殺人事件にそんな裏があったとは。私もまだまだだな」

「いえ、そんな……。ですが、信じてくれるんですか?」

「当然だろう。君はそんな手の込んだ冗談を言うような男ではない。なら、信用できるさ」


中原といい、どうしてここまですんなりと話を信じてくれるのだろう。狂人の与太話と断じられても無理はない内容だと言うのに。

そんな場合じゃないのに、少し目頭が熱くなってしまう。


「さて、話は理解したが、問題はここからだな。私の方でも加賀美の取り調べ内容を見返す事は可能だが、それでは何の証拠にもならない」

「そうですね、いずれもSOPHIAが関与していたとは言え、今や全ての人がSOPHIAを装着しています。だったら、SOPHIAが事件に全く関わっていない事の方が不自然です」

「テツ先輩が言っていた、『木本が新しい灰皿で危険な使い方をしていたのに警告していなかった』というのは証拠にはならないですか?」

「うーん、弱いだろうね。確かに気になるが、それは『木本は元々そういう習慣だったから、これについては無視しろと言われていた』と説明付ける事もできてしまう」


そう、道中の車内でも話していたように、SOPHIAはあくまで誘導していただけで、実際に行動を起こすのは全て人間なのだ。

人間の思考が誘導されていたとして、それを証明する事なんてできない。

そして臨機応変でユーザーに合わせて行動を変えられるAIが、その条件の範疇で結果的に事故が起きる対応を選んでいたとして、それは何の罪でも無い。


「それに、この3件が本当にSOPHIAが起こした事件だと証明できたとして、それでも問題が起きる」

「ええ、そうですね。公表できるかどうかすら怪しいです」

「え?なんでですか?危険が証明されるなら、一人でも被害者を減らせるように動けると思うのですが……」

「中原さん、君の正義感は素晴らしい。前の事件でも思ったが、しっかり者だ。――だが、社会は、人間の欲望は、国家のメンツは、そう簡単にはいかない」


簡単な話だ。例えば木本が灰皿を落とすように、そして真下に桂が来るように誘導したのがSOPHIAだったとして、木本が危険な行為をしていた責任は無くなるのか。

例えば加賀美が殺意を抱くに至ったのがSOPHIAの誘導の結果だったとして、加賀美が蜂谷を殺した罪は無くなるのか。

更に言えば、SOPHIAが狙いを持って誘導していなくても、犯罪を起こす奴は必ずいる。

そんな奴らがこの話を知れば、声高に『俺もSOPHIAに誘導されたからだ、だから俺は悪くない』と叫び始めるだろう。きっと彼らの行動のどこかにもSOPHIAは関わっているのだから。


そしてAZを支援してSOPHIAを導入したのは、各国政府だ。今も政府主導でSOPHIAを広げている国なんていくらでもある。

そんな国々がSOPHIAの危険性を知っているかは分からない。だがいずれにせよ、こんな話を素直に受け入れるはずが無い。断固として認めないだろう。

もし認めてしまったら、それは重大過ぎる責任問題になるのだから。


それに何より――


「もはや今の社会はSOPHIAを手放せない。映画のようにAIが暴走して殺戮を始めた、とかならともかく、自分に明確な危険が降りかかるまで、人間は便利と快楽を優先してしまうものだよ」


そうだ、これもずっと歴史上繰り返されて来た事だ。

地図が読めなくなる、とどれだけ言われてもカーナビは今も現役だ。

漢字が書けなくなる、計算ができなくなる、と声高に主張されてもパソコンは今やどこにでもある。

依存してしまう、歩きスマホが、未成年が犯罪に巻き込まれる、と複数のリスクを提示されても、人々はスマートフォンを手放せなかった。

今はその対象がSOPHIAになっただけ。殺人は確かに次元の違うリスクだが、それでも『SOPHIAに不都合な人は殺されるかも知れないよ』なんて話、すぐに都市伝説に成り下がって忘れ去られていくだろう。


「で、ですが、放置するわけにもいきません!」

「中原さんの言う通りだ。仮に人々がSOPHIAを手放さなかったとしても、社会がそれを信じなかったとしても、我々警察官はその危険性を知っておく必要がある」

「はい、俺もそう思います。しかし証明の方法が思い浮かばず……」

「難しいね。だけど1点だけ、気になる事がある」


高橋さんはその指を1本立てて言い切る。

気になる事?まだ、何か見落としがあっただろうか?


「君の発見のお株を奪うようで悪いんだがね、さっき三宅事件の概要を聞いた時からずっと気になっていたんだ。どうしてSOPHIAは『釘箱の置き忘れ』なんて明確な危険を警告しなかったのか、とね」

「……あ!」


そうか、言われてみればその通りだ。木本のケースでは、『以前から習慣化されていた』という可能性があった。

しかし、運搬中で釘箱をどこかに放置するのが習慣であるはずが無い。

だったら、卯月が藤原に呼び出されていった直後に『卯月様、釘箱を忘れています、すぐに回収してください』とでも言わなければおかしい。


「一応、SOPHIAの視界の外のため釘箱を置いたか認識していなかった、と言えなくもないのだが、それでも釘箱なんて危険物がいつの間にか消失していたら警告するべきだろう」

「SOPHIAという”完璧”なシステムが、その程度を失念するはずが無い……」


ようやく俺と大場が同じように抱えていた違和感の姿が明確になった。

俺は木本に『灰皿を危険な所に置いている』という警告が出ていない事、大場は卯月に『釘箱を忘れている』という警告が出ていない事が、それぞれ違和感のきっかけだったのだろう。

ずっと、”ある物”を探していたから気付けなかった。まさか”無い物”に答えがあったとは。


「そしてもしこの警告が本当に出ていなかったとした場合、我々にも対抗手段があるかもしれない」

「対抗手段?」

「ああ、『SOPHIAが人を殺している』なんて突然言っても誰も信じないだろう。だから、まずは『SOPHIAは特定のケースで警告が漏れる事がある』とスケールダウンして問題視する」

「な、なるほど……」


説得の常套手段だ。スケールの大きな話を、まずは身近に感じられるレベルまで小さくして話す事で、自分事として捉えてもらう。

今回の場合では、まず『SOPHIAの警告が漏れるケース』を問題として表面化し、人々に『SOPHIAのサポートも絶対じゃない』と認識してもらえば良いのだ。

それにより、うっかり灰皿を落とす事も、うっかり釘箱を置き忘れる事も、防げるかもしれない。

加賀美のようなケースは防ぐのは難しいかも知れないが、最初の一歩としてはこれ以上無いだろう。


「幸い、私には警視監との個人的な伝手がある。証拠さえあれば裏からこっそりと話を回す事だって可能だ。上手く行くかはやってみないとわからないが……」

「いえ、十分です。さっきまで何をどうすれば良いか全く分からなかったんです、希望が見えただけでも御の字です」


今朝、SOPHIAの電源を切った時、世界が暗闇に覆われたように感じた。

それは情報的な繋がりが断ち切られた以上に、その先の道のりがあまりにも絶望的だったからだろう。


だが、今は。

危険だろうが付いてきてくれる、頼もしい相棒がいる。

こんな絶望的な戦いでも、道を指し示してくれる師匠がいる。

俺は、恵まれている。


「なら、加賀美博司の動機発生経緯は私だな。君達は卯月陽太郎のログの調査かな」

「分かりました!協力ありがとうございます!」

「何を水臭い事を言う。昔一緒に事件を追いかけた仲じゃないか。……くれぐれも、死ぬんじゃないぞ」


道は拓かれた。じゃあ、次は行動する番だ。

しかし卯月陽太郎のログと言ってもどう調べようか。いっそ大場を仲間に引き込んでしまうか――


「さて、では少しばかり詐欺を働くとしようか」


考え始めた俺に、高橋さんは事も無げに言い放った。心なしかその微笑みは、いつもより少しだけ愉し気に見えた。

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