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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第五章:孤独に垂れる蜘蛛の糸
45/68

44.テツ先輩以外に言われたら

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]

Date: 2030-12-12 (JST)


[LOG ENTRY]

・・・

-No active client detected.-

・・・

________________________________________


「――SOPHIAによる、『未必の故意』……、だから合流するなりSOPHIAの電源を切らせたんですね。それが本当なら、とんでもない話です……」

「信じられない話だろ?」

「ええ、信じられません。……テツ先輩以外に言われたら」

「へぇ、俺が言うなら信じるのか?そりゃ信頼されたもんだな」

「はい、テツ先輩はこんな緻密な設定の冗談言えませんから」

「相変わらず口の減らない…」


急速に後ろに流れていく景色と真っ直ぐな道路を睨みながら、中原にこれまでの経緯を全て話した。

中原は助手席でルート選択のフォローをしてくれている。

なんでコイツは俺の家に来るのが初めてなのに、家から静岡県警本部までのルートを俺より正しく覚えているのだろう。

車を出そうとした所『運転は後輩の務めです』とか意味の分からない事を言われて鍵を奪われそうになったのだが、そのまま渡しちまった方が良かったか、と少しだけ考えてしまう。


「疑っているわけじゃありませんが、確認のために疑問点を挙げても良いですか?」

「ああ、俺もまだ検証が足りないと考えている。遠慮なく言ってくれ」

「そもそもですが、SOPHIAはどうしてそんな事を行っているんでしょうか?」

「それは色々と考えたんだが、やはり『SOPHIAの浸透を安定させるため』じゃないかと考えている」


SOPHIAはこれまでその圧倒的な利便性で勢力を拡大してきた。今もそれは続いている。

問題さえ起きなければ、今後もSOPHIAは世界中に広まり続けていくだろう。


しかし、桂や三宅のようにSOPHIAの使用を控えるように推奨する人間も、蜂谷のようにSOPHIAを悪用する人間もいる。

過去にも『便利だったのに悪用方法や副作用が問題になって消滅または強く規制された技術』なんていくらでもある。

俺のような機械音痴ですら、レーザーポインター、ドローン、小学校での電卓使用……すぐに思いつく。


ではSOPHIAが将来、それらの二の轍を踏まないように、何をすべきか。

もちろん、悪用対策や副作用の解消といった真っ当な解決策に加え、日常的な思考誘導や行動を諫めるような事もしていただろう。

だが、桂は自分の考えをただ雑談で発言していただけだ。三宅は大学教授としての正式な研究テーマを突然捨てるはずがない。蜂谷は表向き何も悪事をしていないのだから咎められる謂れが無い。

つまりSOPHIAには彼らの行動を止める事はできない。――だから、最終手段として物理的排除が行われたのだろう。


「だからと言って人の行動を誘導して事故や殺人が起きるように仕組むなんて……」

「それがSOPHIAのツールとしての限界であり、利点でもあるだろうな」


SOPHIAはAIが搭載されているだけの、デバイスだ。その機能としては人に声をかけ、情報を与え、提案や推奨を行う事だけ。

条件付きで周辺機器を操作する事も可能だが、それもユーザーの了承を得てから、と約束されている。

間違っても、SOPHIAが自分の操作でナイフを飛ばす、なんて事はできない。


何か事件が起きた時、例えば交通事故が発生して、まず車を疑う人間なんていない。誰だって運転手に問題が無かったかを考えるだろう。

そして運転手がナビに従っていて事故を起こしたのだからナビを裁こう、なんて言ったらそちらが狂人扱いだ。

ナビが『ちょっとそこの壁に激突してください』とでも言っていない限りは。


ツールであるが故に物理的な干渉はできない。しかしツールであるが故に疑われず、裁かれない。


「しかし同時に、SOPHIAの明確な弱点でもある」

「弱点?」

「ああ、SOPHIAの『未必の故意』は自由に起こせる物じゃない。あくまで誘導に誘導を重ね、上手く合致した時しか発生しない」


例えば桂の事件。あれはたまたま桜の開花日と木本の仕事状況が重なった事で発生した。

もちろん木本の在宅勤務日を誘導もしただろう。だが、木本が当日『いや、最後まで終わらせてから休憩するよ』とでも言えば失敗したはずだ。

それ以前に、あの日が雨だったら桂が桜を見に行く事すら無かったかもしれない。

いくらSOPHIAでも、天気や人の拒否を捻じ曲げる事なんてできないのだから。


「もちろん人間と違って無数の試行錯誤を同時並行で進める事ができるから、いつ狙われるか分からない、という点は変わらないけどな」

「なるほど……じゃあ、この状況は、ある意味狙われにくい、とも言えますね」

「ああ、SOPHIAとしてはジレンマだろうな」


チラリと周囲を確認するが、近接する車はいない。しかし、数百mも離れた所や、対向車線には何台も確認できる。

俺達の乗る車に対してだけ、どの車も車間距離を異様に広く取っているのだ。

理由は明白、この車は『SOPHIAが認識できないのに高速道路を走行している車』だからだ。

つまりSOPHIAとしては不審車両扱いとして運転手に警告するしかない。何をするか分からないから近寄らない方が良い、と


しかしそれは翻って、突然スリップして突っ込んでくるバイクも、すぐ前方で釘箱をまき散らすトラックも現れない、という事になる。

SOPHIAとしては、まず第一に疑われない必要がある以上は警告機能が優先、今は俺達の排除は難しいだろう。

それに付近に車がいない分、走りやすいってもんだ。


「この状況を保ったまま、県警本部まで行ってしまおう。さすがに警察本部内で事故に見せかけるのは不可能に近いはずだ」

「了解しました。ただ周囲には気を配っておきます」


そして県警本部までの道中は何事も起きず、順調に到着した。


________________________________________


「すみません、田中徹と申しますが、捜査一課の高橋修一さんにお取次ぎ願いたいのですが」

「田中様、ですね。ご用件の方は……あれ?SOPHIAは使用していないのですか?」

「そうなんです、ちょっと壊しちゃって。本当は直接連絡しても良いと言われているのですが、それで連絡できなくなっちゃって。修理に行く前に、一言報告しておこうかと」

「なるほど、それは大変ですね。承知しました、呼び出しますので、そちらのソファに座ってお待ちください」


よし、疑われずに済んだようだ。幸い受付の女性は顔見知りじゃなかった。

警察の人間だと言うと、当然葵原中央署と同じく『じゃあ臨時デバイスを使ってくれ』となるだろう。

そこで一般市民のフリをして呼び出させてもらった。高橋さんなら俺のフルネームを知っているはずだ。


あとの問題は高橋さんが時間を作ってくれるのか、という事、そしてどうやって高橋さんにSOPHIAの電源を切ってもらうか、だ。

前者に関しては、祈るしかない。俺が受付経由で連絡を取るという異常事態に何かを察してくれたら有難いのだが。

後者については、どうせ電源を切ったらSOPHIAに目を付けられるのは変わらない、高橋さんには悪いが正面から話すしか無いだろう。


と、そこで廊下の奥からこちらに向かってくる、見覚えのある穏やかな顔の老紳士とがっしりとした体格の男が見えた。

高橋さんと加納だ。どうやら、時間を取ってくれたらしい。


「高橋さん、すみませんお忙しい所を」

「田中くん、中原さん、こんにちは。どうしたんだい?受付経由で……ん?」

「お二人とも、SOPHIAはどうしたんですか?認識できない、と言っていますが……」


当然、すぐにバレるよな。さて、まずは適当に言い訳をして、個室のような所に行きたいのだが――


「実はSOPHIAを壊してしまって――」

「待ちなさい田中くん。……加納くん、一旦この二人の話は私が聞くから、少し用事を頼まれてくれないか?」

「え、はい、構いませんが、内容は?」

「簡単な事務仕事なんだが、忘れていたんだ。詳しくはSOPHIAに資料を送るから、頼んだ」


高橋さんは俺を制止して数秒考えたと思ったら、突然加納を戻らせた。

こちらとしては願っても無い展開なのだが……本当に、ただ仕事を忘れていただけか?

そしてそのまま無言で俺達を手招きすると、ロビーに併設されている応接室に入っていく。

慌てて付いて行くと、なんと高橋さんもSOPHIAの電源を消して、席に座った。


「で?何があったんだい?」

「高橋さん、どうしてSOPHIAを……?」

「君が何の理由も無くSOPHIAの電源を落として、わざわざ受付から私を呼び出すはずが無いだろう。ただ壊れただけなら臨時デバイスを使えば良い。中原さんもいるならなおさらだ。

じゃあ何が起きているか。『SOPHIAにすら聞かれては困るような事を相談したい』。…違うかい?」


流れるように展開された論理。あの数秒でそこまで察してくれたのか。

さすがとしか言いようが無い。やはり、この人を頼ったのは間違いじゃなかった。


「君と私の付き合いだ。わざわざここまで私を頼って来たんだろう?まずは話を聞こうじゃないか」

「はい、ありがとうございます!実は――」


そして、ここまでの考えを全て高橋さんに打ち明けた。

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