43.慌てて駆け付けた次第です
User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]
Date: 2030-12-12 (JST)
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葵原中央署からすぐ近く。通行人のSOPHIAからなるべく見られないように入った小道で、後ろから声をかけられた。
声の主が誰か、なんて見なくても分かっている。俺を『テツ先輩』なんてふざけた呼び方する奴なんて、一人しかいないのだから。
「中原、か……」
「小林さんに聞きましてね、テツ先輩が不審者になっていたって。困った先輩のために、慌てて駆け付けた次第です」
振り向いて姿を確認すると、その軽い言葉とは裏腹に表情は真剣で、その黒い瞳が輝く目はこちらを睨みつけんばかりに細められている。
小林がどこまで話したかは分からない。だけどきっと、コイツなりに異常を察知した――してしまったのだろう。
「不審者とは心外だな。聞いていると思うが早朝から軽い交通事故に巻き込まれてな。それでSOPHIAが壊れちまったんだ。だから署内にも入れなくなっちまったし、大人しく休み貰って修理に行こうと思って」
だが、俺の言葉は変わらない。
コイツを巻き込むわけにはいかない。
「悪いが今日、もしかしたら何日か休むかも知れないから、その間は課長か誰かからの指示で動いてくれ」
俺は朝から死にかけた。また同じ事が起こらないとも限らない。そんな時、中原は上手く回避してくれるのか。俺はかばい切れるのか。
それに、未必の故意殺人が無かったとしても、俺がこれからやろうとしているのはSOPHIA無しでの行動だ。今の世の中で警察手帳が効力を発揮しないのは先ほど証明された。だったら、違法捜査の誹りを受ける可能性も高い。
こんな危険な立場に、優秀で将来有望なコイツを巻き込めるはずがない。
「じゃ、俺はせっかく休みになったわけだし、のんびり出かけるとする。お前なら大丈夫だろうが、俺がいないからってサボんなよ」
何も答えないでこちらをじっと見ている中原から視線を外し、帰路に向き直る。
…これ以上目を合わせていたら、白状してしまいそうだったから。
だが中原はツカツカと回り込んできて、俺の前に立ち塞がった。
再び、その黒い瞳が真っ直ぐに見据えてくる。行かせない、とその全身が語っている。
「まさか、そんな嘘で誤魔化せるとでも?」
「嘘だなんて――」
「バディ組んでから1年と8か月。もう、テツ先輩の嘘なんてすぐに分かります」
先ほどの小林もそうだったんだが、俺はそんなに分かりやすいのだろうか?それはそれで刑事としては望ましくないのだが……。
そんな場違いな考えが頭に浮かんでしまう。
「ここ数日の先輩はおかしかったです。きっかけは何日か前の大場さんの訪問。三宅菫の交通事故の話、あの話を聞いている途中から、何か考え込んでいました。そして急に研修資料作るとか言い出して過去の資料引っ張り出したと思ったら、不自然なほどログを精査して」
「……」
「しかも私やSOPHIAの手伝いすら拒否して、当直だった人にも聞きましたよ、22時まで一人で作業していたんですって?声をかけてもらえるまで待っていましたけど、もう我慢の限界です」
どうやら、俺の秘密調査はバレバレだったようだ。それでも中原は待っていてくれた。
だが、これ以上は許さない、そういう事だろう。
「そして最後のきっかけは、昨日の名倉さんの話。テツ先輩はあの話に異様に反応していました。
…きっと、あの話をきっかけに、先輩は何かに気付いた。だから一夜明けた今日、行動を始めようとしている。――SOPHIAの電源を落とすという異常な行動までして」
何もかも、中原の言う通りだ。誰よりも俺が知っていた、彼女が優秀である事は。そんな彼女を騙し通せるという方がお門違いだろう。
だが、ダメなんだ。『SOPHIAの電源を落とすという異常な行動』、そう考えている奴を、連れて行くわけにはいかない。危険すぎる。
「はぁ。何を思い違いしているんだ?あれはただ単に、俺もそろそろ3年経つから異動が見えて来る、その前にお前や井口のような新米のために資料でも作ってやるかって気まぐれで始めただけだっての。でもやり始めたら面白くなって熱中しちまってな。…それだけだ」
だから、俺はこう言うしかない。どれだけ心が痛もうとも。これで、彼女からの信頼も信用も失うとしても。
冷え切った風が、無言になった俺達の間を流れていく。
「……じゃ、話が終わりなら俺はそろそろ行く――」
「分かりました」
中原の横を通り抜けようと一歩を踏み出した瞬間、俺の言葉を遮るように彼女も口を開いた。
思わず彼女の顔を見ると、そこに浮かんでいたのは言葉の内容とは裏腹に、怒りに満ちた、歪んだ表情だった。
「分かりました。――テツ先輩が私の事を、とことんなめているって事は」
そして、初めて見る表情に呆気に取られている俺に向かって、そのまま強く言い放った。
「なめている?」
「ええ。馬鹿にするにも程があります」
「そんな事は――」
「朝の事故はなんですか?本格的に行動を始めた直後に事故に遭ったのは偶然ですか?事故の後に遅刻の連絡はできたのに、署に着く頃にはSOPHIAが壊れていたというのは自然な事ですか?」
「……」
「きっと何か危険があるんでしょ!?どうせ、だから巻き込まないように、とか考えているんでしょ!?」
ずっと細められていた目は、歪められた表情の中で更に細くなり、泣いているのかと見まがうばかりだ。
「だから、なめてるって言っているんです。そんな程度で私が諦めるとでも?私はテツ先輩のバディです。拒否しても付いて行きます」
「……危険だとしても?」
「だったらなおさら、テツ先輩を一人で行かせるなんて、できるわけないでしょう!もし逆だったら、テツ先輩は私を放っておきますか!?」
……そうか。そうだな、確かに、なめていたのかも知れない。
そんな状況で、放っておくわけない。俺だって、『ふざけるな、嫌がったって付いて行く』と言うだろう。
他でもない、俺自身が認めたんじゃないか。中原詩織は、すでに一人前の刑事だ。
だというのに、無意識に保護対象だと考えていた。それは、一人前の彼女を侮辱する行為だ。
「……良いんだな?巻き込んでしまっても」
「もちろんです。私はすでにテツ先輩の分と一緒に有給休暇申請を出し、『テツ先輩だけだとSOPHIAの修理方法とか分からないだろうから』という名目で追いかけてきました。後は先輩に付いて行くだけだったんですから」
「さすが、しっかりしている」
「これもテツ先輩のご指導ご鞭撻の賜物……ですかね?」
「ちょっと自信が無いな」
「何でですか、そこは『言い切れ』と返す所でしょう。私が嫌な奴みたいじゃないですか」
本当に自信が無いからだ。俺が良い見本になれたとはとても思えないのだから。
コイツはいつの間に、こんなに頼れる奴になったんだろう。もはや『ひよっこ』なんて呼ぶ事もできない。
立派な、頼れる相棒だ。
「じゃあ、遠慮なく頼らせてもらう。…ありがとう、中原」
「はい、頼られました!任せてください!」
ようやく表情を緩めたその微笑みは、朝の日差しに照らされて、思わずドキリとしてしまうほど美しかった。
「さて、じゃあまず、どこに向かいますか?何があったかは、道中で聞きます」
「ああ、まずは一旦俺の家に帰って、車に乗る。…中原、お前ナビ無しでも道は分かるか??」
「え?そりゃ行きなれた場所くらいは分かりますけど……」
「SOPHIAが出てから車に乗り始めたような世代なのに、凄いな。…行き先は決まっている。静岡県警本部に行く」
こんな重大な案件、頼れるのはあの人しかいない。
俺が警察で誰よりも頼りにしている、『静岡県警のブレーン』。
まずは、高橋さんに会いに行くとしよう。




