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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第五章:孤独に垂れる蜘蛛の糸
43/58

42.どこに行くつもりですか?

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-E]

Date: 2030-12-12 (JST)


[LOG ENTRY]

・・・

-No active client detected.-

・・・

________________________________________


バイク事故を経てSOPHIAと決別してから僅か10分。早速問題が発生した。


(……SOPHIAを起動しないと警察署の中に入れないんじゃないのか?)


葵原中央署に辿り着いたのだが、一歩目で躓いてしまった。

普段なら入り口でSOPHIAの警察モジュールを起動して、中に入る。今まで疑問を差し込む必要が無かったから気にしなかったが、よく考えたら出勤登録もSOPHIA越しに済ますという事は、いわば入場許可をSOPHIAが出しているという事だ。

ではSOPHIA無しでも中に入れるのか。おそらく、否だ。それは部外者が堂々と入っていくのと同じ。必ず誰かのSOPHIAに見咎められるだろう。


(SOPHIAが無いと連絡手段も無い。やはり中に入る必要がある)


先ほどの事故の安否報告もあるし、何よりSOPHIAが殺人を行っているという事を速やかに報告、検証する必要がある。

小林か、課長か。すぐにでも信頼できる人達を集め、対応策を練らないといけない。

次またどこで誰が殺されるかわからない。俺がいつまた狙われるか分からない。急ぐ必要がある。


とりあえず、警察手帳もある事だし、一旦進んでみるか。

当然だがSOPHIAが壊れてしまったというケースだってあるはず、だったらそういう時の救済措置もあるだろう。

それに俺もここに勤めて長いので顔を知っている人は多い、顔パスでどうにかなる……かも知れない。


「お待ちください。ここから先は警察モジュールが無いと入れません」

「あー、一応、私も警察官で……」

「申し訳ありませんが規則によりお入れするわけにはいきません。警察手帳の偽造かも知れませんから。そもそもなぜSOPHIAを起動していないのですか?」


当然のようにダメだった。

入り口で即警備員に呼び止められ、警察手帳を提示してみたものの、あっさり断られた。残念ながら顔見知りでも無い。

警察のセキュリティがちゃんと生きている事に安堵すると共に、SOPHIAが動かせないだけでこんな簡単な事すらできないのかと嘆かわしくなってくる。


「えーっと、ちょっとSOPHIAを壊してしまいまして……」

「では、あちらの受付カウンターにて臨時のSOPHIAデバイスを申請してください。アカウントを呼び出せば、モジュールも使えます」

「え!?あ、へー、そんなシステムだったんですね。…ちょっと急いでいるのですが、何とか入れて貰うわけには……いかないですよね……?」

「……もちろんダメです。”本物の警察官”であれば、当然ご理解頂けますよね?」


なるほど、救済措置ってそうなっているのか。臨時でデバイスを貸し出すからやはりモジュールを使え、と。

だが今の俺はデバイスに限らずSOPHIAを起動するわけにはいかない。

参ったな……入れないどころか警備員が不審者を見る目でこちらを見始めた。


「……少しお話を伺っても――」

「田中?……何やってんだ、お前」

「おはようございます、田中係長」


警備員がついに俺を捕まえようと動き始めたタイミングで、その後ろから小林が現れた。

井口も引き連れて、どうやら外出しようとしていた所のようだ。

有難い、願っても無いタイミングで、一番適した人物が現れた!


「あー、警備員さん、とりあえずソイツは不審者じゃないので、大丈夫です」

「はっ、承知しました!…怪しんだ目を向けてしまい、失礼しました!」

「いえ、こちらが悪かったので、お気になさらず……。…小林、すまないが少し話がある。時間良いか?」

「少しくらいなら良いけど。お前事故ったって聞いたけど、大丈夫なのか?」


小林のおかげで疑いが晴れたとはいえ、そのまま警察内部に入るのはやはり良くないだろう。

だがコイツが外に出て来てくれたなら、外で話せば良い。小林を連れてロビーの端に寄っていく。

井口にはまだ聞かせられない、悪いが少し離れた所で待っていてもらおう。


周囲で他の市民が聞き耳を立てていない事を確認して口を開き――


「小林、実は――」

「ん?あ、そうなんだ。…田中、お前なんでSOPHIAの電源切ってんの?」


――すぐに噤む事となった。


「……どうして、俺のSOPHIAの電源が切れている事を?」

「いやそりゃ俺のSOPHIAだよ。お前のSOPHIAが検知できない、おそらく電源が切られている、って。だから警備員に止められていたのか」

「そりゃ、そうだよな……」


小林の顔を見る。正確には、その目元にある眼鏡型SOPHIAを。

今の社会、俺一人SOPHIAの電源を切ったくらいで、監視が無効化できるはずがない。

だがどうする?小林にもSOPHIAの電源を消してもらうか?


(いや、ダメだ。コイツには、奥さんも子供もいる)


このタイミングで電源を切ったら、SOPHIAは小林も話を聞いたと確実に判断するだろう。

そうなったら、小林も標的になってしまう。


こんな荒唐無稽な話をいきなり言われて、はいそうですかと信じられるはずが無い。精々頭の片隅に置いておく、くらいだろう。

そんな状態で、さっきの俺のような危険に見舞われたら、どうなる。

強く警戒していた俺でも、回避はギリギリだった。正直もう一度同じ事ができるかわからないくらいだ。


「あー、実はさっきの事故でSOPHIAを壊しちまってな。悪いが今日は休むって、課長に代わりに言っておいてくれないか」

「……へぇ?」


ここは、誤魔化すしかない。後の事は、後で考えよう。


「すまんが今度何か奢るから、もし仕事の代役とかあったらそっちも頼む」

「……」

「俺は今日の所は帰って、SOPHIAを修理できないか聞きに行く。悪いが、頼んだ」

「――嘘だな?」


疑問形でありながら、確信したニュアンス。

短く、迷いなく向けられた言葉に心臓が強く鳴る。


「何かあったな?そしてそれを隠そうとしている。言えよ」


そりゃそうだよな、心の機微に聡いコイツを、そう簡単に誤魔化せるはずがない。

尋問される立場ってのは、こういう気分なのか。勉強になった。

…だが、それでも言うわけにはいかない。


「……ダメだ、話せない」

「どうしても?」

「どうしても、だ」

「……ふぅん?」


しばらく、睨み合いが続く。

周辺には多くの人がいるはずなのに、何の音も聞こえない。耳に入って来ない。

コイツを巻き込むわけにはいかない。たとえどれだけ疑われても。


「分かった。じゃ、今日は休みな。仕事は引き継いでやるから安心しろ」


と、決死の覚悟だったのだが、小林は予想外に軽く言い放った。


「……え?」

「何を間抜け面してんだ。あっさり引き下がったから驚いたのか?……何かあるんだろ?何年の付き合いだと思ってんだ」

「ああ…、そうだよな」

「ま、お前が変な事するなんて思ってないし、言えないなら勝手にやれよ。だけど、人を頼るのは忘れんなよ」


小林は振り向き、井口の方へ歩き始めた。

あまりにもさっさと引き下がって行ったため、俺には背中に礼の言葉を投げる事しかできなかった。


「すまん、ありがとう、小林!」


彼は足を止める事すらなく、手をひらひらさせたまま、去って行った。

―――小林が「ま、その役目は俺じゃないしな」なんて呟いて、逆の手で誰かに連絡していた事なんて気付きもせずに。


________________________________________


(さて、じゃあどうするか)


警察署から再び外に出た。しばらく暖かいロビーにいた分、未だ冷たい空気がより辛く感じる。

どうするか、と言っても、行き先は1つしか思い浮かばない。


(となれば、一回帰って車の確保だな)


どう行動するにしても、足は必要だ。

車だと三宅のような事故を演出される可能性もあるが、いくらでも方法が思いつくであろうSOPHIAに対しては徒歩でも変わらない。

まずは家に帰ろう。


しかし、歩き始めてすぐに気が付いた。道行く人に、見られる事が多い。

先ほどは事故の直後で、周囲の人の視線なんて気にしていられなかったが、一息ついた今なら、分かる。

不自然なほど、通りすがる人達が俺に軽く視線を向けていく。


(きっと、小林と同じで『SOPHIAが認識できない』と言われているんだろう、な……)


つまり、『ログに記録されては困る事をしている人間』と見做されている。

それは事実でもあるんだが……、怪しまれて職務質問でもされてはかなわない。

リスク回避のために、……そして何より、人々から向けられる視線に耐え切れず、誰もいない裏道に駆け込んだ。

その直後――


「――どこに行くつもりですか?テツ先輩」


聞き馴染んだ声が、後ろから聞こえてきた。

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