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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第四章:そして何も見えなくなった
40/58

39.おやすみなさいませ

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-D]

Date: 2030-12-12 (JST)


[LOG ENTRY]

・・・

00:12:58 — Analyzing user vital records.

00:12:58 — User sleep preparation completed.

00:12:58 — Preparing sleep mode.

・・・

________________________________________


「じゃあ、今日はもう寝る。また明日、いつも通り6時半に起こしてくれ」

[承知しました。おやすみなさいませ、田中様]


その言葉を聞き流しながら、SOPHIAをベッドサイドに置く。――カメラがベッドの方に向かないように注意しながら。

そして布団に潜りながら、密かに中に入れておいたノートと小さなライトを手探りで動かし、いつでも取り出せるように枕の下に入れる。

身体の疲れは休息を強く要求している。布団は温かく気力を奪ってくる。睡魔が劇的な力で押し寄せて来る。

しかし、ここが正当な理由でSOPHIAの監視から逃れられる唯一の時間なのだ。無駄にはできない。

唇を噛みしめてでも耐えるしかない。


(今日の名倉の話で、3つの事件の被害者に共通点が浮かび上がった)


桂弓彦は葵原市役所のSOPHIA推進課で広報担当の係長という役職に就いていながら、『人はSOPHIAじゃなくて直接話をするべき』『SOPHIAばかり使っていると心を無くす』と市民に主張していた。

蜂谷浩介は葵原中央高校の教師という立場ながら、SOPHIAを恋愛詐欺のツールとして使いこなし、さらに生徒にその方法を伝授していた。

三宅菫は葵原大学で心理学教授を行いながら、『SOPHIAが子供のコミュニケーション能力の発達を阻害する』という主張を行い、講演まで行っていた。


これらを統合すると、いずれも『SOPHIAとの付き合い方が好ましい物じゃなかった』『そしてそれを周囲に拡散していた』という共通点が見えてくる。

最初は桂や三宅と違うと思われた蜂谷も、見方を変えれば該当していた。これは大きな発見だった。


(問題は、だからなんだ、という事だ)


今年事件で亡くなったのは当然この三人だけじゃない。その人達の思想や習慣まで調べたら、この程度の共通点はいくらでも見出せるだろう。

警察が嫌いだったとか、税制に反対していたとか、些細な事で言えば煙草が嫌いだったとかでも良い。本質的にはその程度の話だ。

この共通点に関しても、こじつけだと言われたらそれまでだろう。


だがこの三人の最大の共通点は、『俺が違和感を得た事』にある。

誰に話したって一笑に付されるような話だろうが、俺が前に進むためにはここから何かを見出す必要がある。

事件そのものの問題点は、散々ログを眺めても見つけられなかった。方法論は一旦忘れ、視点を変えてこの三人について掘り下げてみよう。


(では、SOPHIAとの付き合い方が好ましい物じゃなかったとして、それを殺そうとするのは誰か)


漠然と考えるなら、以前も考えたSOPHIA賛成過激派だろう。

しかし社会の裏側に暴力を持ってSOPHIA嫌いを撲滅する組織がいる、なんて陰謀論を語るつもりは無い。

ここは地に足付けて整理してみよう。

なぜSOPHIAへの付き合い方が良くないと、殺害されるような要因となるのか。


(――……想定外の使い方……システムに対する嫌悪感……イレギュラー扱い……浸透に不都合……、SOPHIAの浸透に不都合?)


適当に列挙していたのだが、しっくりくる物が見つかった。

付き合い方がどうだの周囲に拡散だのとややこしい言い方でなく、『SOPHIAの浸透に不都合な人間』という表現は極めて腑に落ちる。

それなら市役所員や大学教授、学校教師などある程度社会的信用がある人物が標的である事も説明が付く。

そこらのオッサンが飲み屋で騒ぐのとは違い、彼らが反対したり悪用が問題になったりした場合の影響は大きい。


(となると、真っ先に思いつく黒幕は、AZだろうが……)


『SOPHIAの浸透に不都合な人間』を、殺してまで排除しようとするのは何者か。

筆頭はSOPHIAをリリースした、非営利国際団体『AZ』だろう。

彼らがどういった人間なのかは知らないが、少なくともSOPHIAが広まって欲しくないなんて考えているはずがない。

だが、AZが黒幕だとすると大きな不自然がある。


(AZが桂や蜂谷をわざわざ手にかけるとは、さすがに思えない)


大学教授として講演も行っていた三宅はともかく、一地方の市役所員や高校教師である彼らを、AZが細かく認識していたとは思えない。

もちろん世界各国にスパイを張り巡らせていた、となれば話は別だが、それではまた陰謀論に逆戻りだ。

仮に認識していたとして、そんな末端を殺害するくらいなら、支援者でもある国家首脳に働きかけた方が余程効率的だろう。


では、AZの日本支所か?

実はAZには非常に規模は小さいものの、各国に支所を置いている。俺は行った事無いが日本では首都東京に置かれていると聞いている。

これは各国の言語調整や公的サービスへの接続窓口となるためだ。

例えば葵原市のように新規モジュールを作りたい時もこの支所に問い合わせる事になる。


(だが、それでもやはり、遠く離れた葵原の隅々まで目を届かせているとは考えにくい)


いくら葵原がSOPHIA推進都市だとは言え、そんな末端まで知り尽くしているはずがない。

犯人像としてはAZが最もしっくりくるのに、被害者像から考えるとAZではしっくり来ない。

何か歯車が噛み合っていない気持ち悪さがある。きっと、何かを見落としている。


ふと、雨音が消えている事に気付いた。

ここ数日ずっと窓を叩いていた雨だが、ようやく収まったらしい。

そういえば、明日は晴れるらしいが、冷え込みも厳しいとか言っていたな。

疲れも溜まっているし、体調には注意しないと。


(今日の所は、これくらいにしておくか……)


意識が事件から逸れた途端、一度は抑え込んだ睡魔がまた勢いを取り戻した。

発見があっただけでも進展と言える、今日はここまでで良いだろう。

明日はAZを中心に据えて、方法も含めて考えてみよう。もしかしたら三人に共通のAZとの接点があるのかもしれない。


思考を止めて、寝る体勢に入る。

明日は晴れるのなら、また歩いて出勤できるだろうか。車での出勤も悪くないのだが、どうも微妙な距離過ぎて歩きの方が気持ち良いのだ。

そもそも仕事柄若い頃からよく歩いていた俺は、自分で思っているより歩くのが好きなのだろう。


(そういえばこの間は、散歩中に相原緑に会いそうになったんだったな……)


意識が半分以上微睡みに飲み込まれながら、ぼんやりと思い出した。

あれは惜しい事をした。うまく接触して話を聞ければ良かったのだが、SOPHIAがいるとそうもいかない。

逆にSOPHIAなら位置が分かっているのだから、偶然を装って会う事もでき――



―――ムクリ。

無意識に、身体を起こしていた。

重くて仕方がなかったはずの瞼が、閉め方を忘れたかのように持ち上げられて動かない。

布団から出た身体に冷たい空気が沁み込んでくるが、寒さなんて意識の片隅にも上がらない。



(……今、確実に触れた)


いや、触れたなんて生易しいもんじゃない。

今、確実に。ずっと引っかかっていた『喉の小骨』を、掴んだ。

それくらい、確かな手ごたえがあった。

睡魔なんて、一瞬で消え去った。


今、俺は何に気付いたのか。相原緑と出会いかけた事を思い出していたはずだ。

あの時はSOPHIAのナビゲーション調整で、知らず知らずの内に相原との遭遇を避けるルートになっていた。

そのように、最適化されていた。


(だと、すると……まさか)


身体はピクリとも動かせないのに、脳内だけは回り続けている。

これまでの全ての疑問に、答えが与えられていく。

今まで気にも留めなかった情景が、有機的に繋がっていく。

さっきは突拍子もない考えだと思っていたが、これなら符合する。


AZは世界中にスパイを送り込んでいた。いや、送り込んだという表現は語弊がある。人々が勝手に連れて行っていた。

三人の共通点は煙草が嫌いだなんて事よりももっと分かりやすい。同じ存在が近くにいた事だ。

姿を直接見なくても位置情報が常に把握でき、合図すら無くても連携ができる。

洗脳なんかしなくても、人を自由に操る事ができる。いや、人が自分から言う事を聞く。

だと言うのに堂々と、文字通り目の前にいても、誰にも疑われる事は無い。


そしてそれは、『SOPHIAの浸透に不都合な人間』を、何よりも邪魔だと判断するであろう存在。


「まさか……『未必(みひつ)故意(こい)』?」


導かれた結論に呆然としていた俺は、[田中様、どうかされましたか?]という声の元に、視線を向ける事しかできない。

夜の闇が、より一層濃くなった気がした。

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