38.記録も確認されています
User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-D]
Date: 2030-12-11 (JST)
Active Module: POLICE
[LOG ENTRY]
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15:38:10 — Analyzing conversation content.
15:38:10 — Referencing safety policy.
15:38:12 — Verifying positions of nearby individuals.
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『蜂谷はSOPHIAを悪用していたに等しい』
この言葉にあまりにも強く引き付けられた。本能が、『刑事の勘』って奴が、これを無視するなと強く叫んでいる。
「……名倉さん。貴重な意見です。私には無い視点でした。後学のためにもう少し詳しく聞いてもいいですか?」
「え?は、はい」
この会話は大丈夫か?今の所SOPHIAからの警告は無い。
ここは警察署内で、相手も警察官。そして『研修資料作成』という職務にまつわる正当な意見交換だ。
素早く考えるも、これなら内規違反になるはずもない。正式な職務という名目さえ崩さなければ、堂々と聞いて差し支えない。
「あの……私は別の事件の被害者が蜂谷の関係者だったという事でほんのさわりを知っただけですが、蜂谷はSOPHIAの恋愛アドバイスを使って女性を口説いていたらしいです」
「はい、それは私も知っています」
「では、SOPHIAに貰う恋愛アドバイスって、何だと思いますか?」
一瞬、思考が呆気に取られた。自分ではあまりにも考えない内容だったから。
SOPHIAに恋愛アドバイスを貰うとしたら――
「SOPHIAはAIですから……相手の趣味などの情報から、『こういった趣味の人はこういうデートが良い』、と傾向を見てもらう、とかでしょうか」
「はい、その通りです。蜂谷の大学時代の知り合いだったという事件関係者から聞いたのですが、相手の女性がネット上に出している情報を収集して好みや性格を要約してもらう、相手の女性の情報をSOPHIAに教えてデートプランや声の掛け方を提案してもらう、とかを行っていたようです」
「それの何が問題なんですか?」
「つまり、相手の好みを分析して適切な役を演じ、恋仲になって楽しんだ後、飽きたら捨てていた、という事です。それは恋愛詐欺とやっている事は一緒だと思いませんか?」
目から鱗が落ちるとはこの事だろう。
そのように整理されると、そうとしか思えない。
藤堂由佳も言っていた。『チョロい子を狙ってたんでしょ』、と。これが蜂谷自身の嗅覚ではなく、SOPHIAのアドバイスが適合しそうな女性、という意味だとしたら。
「もちろん、このようなSOPHIAの使い方に否定的なわけじゃないんです。真っ当な恋愛として、好きな女性のためにアドバイスを貰う、というのなら構わないのですが……」
「蜂谷浩介は女性を手籠めにするためだけに使っていた、と」
「はい、私はそう感じちゃって。SOPHIAのポリシーをかいくぐって嗤っている、みたいに思っちゃったんです」
SOPHIAには犯罪利用を避けるためにセーフティポリシー設定がある。例えば『人を殺す方法』なんて質問しても回答しないどころか通報する、というように。
この”恋愛アドバイス”についても、例えば『女性を騙して家に連れ込む方法』なんて聞いたら即通報だろう。それを『女性へのアプローチ方法を教えて』と言い換える事によって回避している。
確かに、そう言われるとその通りだ。
「そして何より腹立たしいのは、それを思春期の高校生男子に教えていた事です。知っていますか?蜂谷は学校の男子生徒に恋愛講座をする事で人気を集めていたそうです」
確かに、俺は直接聞いていないが、小林が教頭から聞いた記録があった。自身の経験を基にした恋愛テクニックを教える事で人気を集めていた、と。
実際先ほど見ていたログの中でも、『SOPHIAに恋愛アドバイスを貰うのも1つの方法だ』と話していた。
「彼らの周りには同じく思春期で純粋な女子がたくさんいます。そんな彼女達が大人でも騙される方法で迫られたら……、結果は火を見るよりも明らかです」
それはそうだろう。金目当てなら大人がターゲットとなるが、蜂谷が狙っていたのは恋愛感情とその身体だ。
そのやり口が、その毒牙がより若い世代に向き始めたら。考えるだけで気分が悪い。
「素直な恋愛なら微笑ましい、で終わりますが、もしその中で蜂谷みたいなのが現れたらと思うと、そうじゃなくても思春期の男女がお互いに取り返しのつかない傷を負ってしまったらと思うと……、そしてそれを高校教師という本来止めるべき立場で勧めていた、というのが、どうしても許せないのです」
名倉は最初の緊張はどこへ行ったのか、途中からこちらが気圧されるほどに熱く語っている。
目を丸くしていると、大場がフォローするように口を開いた。
「田中さん、名倉は元々生活安全課や少年課を志望しており、子供達が安全に成長していけるように、というのが警察を志した切っ掛けなんです」
「ああ、なるほど……だから教師でありながら子供の成長に悪影響を与えるような行為に一層の怒りが湧いた、というわけか」
「あ、はい、すみません語り過ぎちゃって。お恥ずかしい……」
「いえ、素晴らしい目標だと思いますよ。むしろ名倉さんのように明確な志がある方がどんどん活躍していって欲しいとすら思います」
「は、はい!ありがとうございます、田中さん!」
ペコペコと礼を繰り返す名倉とそれを連れた大場が帰って行くのを見届けて、改めてデスクに座る。
さて、どこから手をつけたもんかな。
「SOPHIA、念のため確認なんだが、さっき名倉さんが言っていた蜂谷の恋愛アドバイスの内容、そしてそれを学校の男子に教えていた事は、ログから確認できるか?」
[はい。恋愛アドバイスについては何度か、例えば『森咲とのデートはどこに行くのが一番良いか』というようにアドバイスを求めていたようです。また学校の男子生徒に教えていた記録も確認されています]
「その恋愛アドバイスの内容をもう少し詳しく」
[蜂谷浩介氏が『明日のデートで恋人をもう一押し夢中にさせたいからおすすめデートプランを考えて欲しい』と指示をし、SOPHIAは森咲日向氏が以前に気になっていたと発言していた食事店などを提案、加えて『その時どんな風な話をしたら良いか?』と質問をし、心理学を基に回答するなどしていたようです]
「なるほどな。まぁ、お前としては『彼女と仲良くなる方法を考えて』って言われたら、答えないわけにはいかないもんな」
[仰る通りです。それを悪用される可能性は考慮されますが、ユーザー様の心中までは把握できませんので、最大限ご理解頂く他ありません]
蜂谷としては、自分が覚えるまでもなく森咲の過去の発言を記録して、台本まで考えてくれる便利なツールだったわけだ。
もしかしたら加賀美の取り調べで具体的な話が出たのかも知れないが、それを行ったのは捜査一課だ。俺達は要約した報告を聞いただけ。だから気付かなかった。
いや、具体的な内容を聞いても、それでも気付けたかは分からない。やはり、人の意見というのは無視できない。
(つまり、3つの事件の被害者に、『SOPHIAとの付き合い方が好ましい物じゃなかった』『そしてそれを周囲に拡散していた』という共通点が生まれた。だが、これが一体何を意味する?)
どれも事件の形態も場所も時間も、何もかも異なる。被害者に思想的共通点があったとしても、それがなんだ?
SOPHIAに異議を唱えていて、さらにそれを周囲に言いふらしている人間なんて探せばいくらでもいる。それを全員殺していたら今頃死体の山が出来上がっているはずだ。
周囲への影響力が強い、という点は否定できないが……。
それに何より――
「でもテツ先輩、さっきの名倉さんの話は興味深かったですけど、蜂谷の事件の犯人が変わるわけじゃないですよね?」
そう、その通りだ。あの事件は加賀美が殺人犯で間違いない。それは物的証拠からして揺るがない。
では加賀美が実はSOPHIAに害する人間を殺しまわっているのか、と言うと、彼は7月に逮捕されている以上、12月の三宅の事件に関われるはずがない。
まさかその裏に巨大な組織がいるとでも?そんな痕跡は見つかっていない。
「……ああ、個人的には目から鱗が落ちる思いだったが、別に事件の結論は変わらないさ」
「そうですよね。なんか聞き入っていたので、もしかして、って思っちゃいました」
あの事件は加賀美が計画的に実行したもので、その動機は森咲日向への恋慕と、過去の女性の後悔を聞いたから。
この結論は絶対に変わらない。警察という組織である以上、変わってはいけない。
「いや俺には全然思いつかない視点だったんでな。これも資料に入れるか迷うレベルだ」
「え、でも事件とは関係ないんですよね?」
「そうなんだが……例えば加賀美の動機が名倉さんみたいに『子供への悪影響が許せない』だった可能性もあるだろ?」
「あー、そうなった時にテツ先輩だけだったら動機に気付けない、という可能性がありますね……」
「……おう、言い方は腹立つが、その通りでな」
だと言うのに、なぜか結論が乗っている土台がグラつくような感触がある。
雑談をしつつも、名倉の話を頭の片隅に刻み込んだ。




