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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第二章:闇の中の悪意と論理
26/36

25.早めに就寝してください

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-07-19 (JST)


[LOG ENTRY]

・・・

22:37:29 — Arrival at residence confirmed.

22:37:29 — Connecting to indoor system: standby.

22:37:29 — Vital signs indicate fatigue.

・・・


________________________________________


「ふう。ようやく家に着いた。さすがに長かったな……とりあえず冷房付けてくれ」

[承知しました。長時間の勤務お疲れ様でした。シャワーを済ませて、早めに就寝してください]

「ああ、汗は流したいが、今日はもう他の事はできない。さっさと寝るに限る」

[その通りです。今の田中様には何より休息が必要です]


昨日の朝から日勤、そこから続けざまに小林の代役で夜勤当直、そして殺人事件に遭遇。

3時間ほどの仮眠を挟んで捜査、そして21時まで。さすがに疲労困憊だ。

ついでに合間に激辛ラーメンによる腹痛まであったしな。


先ほどまで小林達と晩飯に行ってきたが、お粥と軽食だけ食べて、早々に帰って来た。

決して中原の指示があったからではない。俺の自主的な体調管理だ。決して後輩の圧に負けたわけではない。

小林と井口はまだ店に残っていたが、中原は俺と一緒に店を出た。

曰く、『テツ先輩がちゃんと帰るか見届ける』との事だ。そして途中まで本当に付いてきた。子供か俺は。


(ふう、さっぱりした)


夏場という事もあり、繁華街に行ったり現場に戻ったり、ゴミ処理施設に行ったりと動き回るだけで汗だくになってしまっていた。

しかも昼メシで大量に摂取したカプサイシンもしっかり仕事をしてくれていたおかげで、なおさら。

意識しないようにしていたものの、不快感は積み重なっていた。

それだけに、汗を流しただけで随分とリフレッシュできた。


「SOPHIA、冷房を少し強めてくれ」

[承知しました。湯冷めにはご注意ください。頃合いを見てまたお声がけいたします]

「ああ、シャワーの熱が冷めるまでだ。適当なタイミングで教えてくれ」


冷蔵庫にストックしている炭酸水を一本手に取りフタを開ける。

『プシュッ』という気持ちの良い音を聞き流し、グッと喉に流し込む。

最近の風呂上りはもっぱらコレだ。何せビールを飲むと口煩く言ってくる奴が職場と目元にいる。

だから代替品として飲み始めたのだが、意外と気に入ってしまった。


「あー……沁みる……」

[……]


ちなみにこの習慣を始めた頃は、それでもなお口煩かったものだ。

[冷たい飲み物の一気飲みは胃腸に負担をかけます]とか[飲み過ぎにはご注意ください]とか。

だが「風呂上がりの楽しみなんだから見逃してくれ」と言い続けた所、いつしか言わなくなった。

まぁ、健康維持として許容できる範囲内だったのだろう。


炭酸水を飲みながら、ベッドに腰掛ける。

一人暮らしには十分広い部屋を眺めながら、ふと物思いに耽る。


(蜂谷はずっと恋人をとっかえひっかえして、デリヘルまで使って、ある意味凄いよな)


そりゃ人間として良くない事だという事は理解している。

だがそこまで欲望に忠実でいられるのであれば、それはそれで凄いとは思ってしまう。

未だに独り身で、ずっと一人で生活している事に対して、寂しさを全く感じないと言えば嘘になる。


ただ今までずっと、俺にとっては仕事の方が優先で、女性に対してアプローチしたりする余力が無かった。

かつての恋人達とも、仕事の忙しさにかまけて自然に破局するに任せた。

今だって春日さんを魅力的だと思っているのに、積極的に交流を狙うわけでもない。彼女は市民課だ、市役所を訪問するだけでも会う事はできるかも知れないというのに。

4月に中原に『ヘタレ』なんて言われたのも良い思い出だ。

これも蜂谷に言わせれば、『女性に対する努力をしていなかった』という事になるのだろうか。


「ふん。なんかアホみたいな事考えちまったな……」

[どうかされましたか?]

「ああ、なんでもない。今日の事件を振り返っていただけだ」

[そうでしたか。本日は久しぶりの殺人事件の捜査、お疲れ様でした。迅速な解決への寄与、お見事でした]

「解決できたのは高橋さんのおかげさ。さすが高橋さんだ」

[高橋様の活躍ももちろんですが、田中様の貢献も不可欠だったと考えます]

「はは、そうか、ありがとう」


どうしても一人でぼんやりしていると独り言が口を突き、そしてSOPHIAと会話をしてしまう。

SOPHIAは俺が他の人と話している時は察して静かにしているのだが、俺が一人の時は結構話しかけてくるのだ。

…ああ、そうか。こういう時に『SOPHIAが理想の恋人みたいな性格、口調だったら良い』わけだ。

今更設定変更するのは面倒だからやらないが、なんとなく理解できてしまった。

俺も人の事を言えない。つい自嘲気味に口元が歪むのを感じる。


「さて、冷房の温度を戻してくれ。もう歯を磨いて寝る。…そういえば、今日は何か連絡事項はあるか?」

[冷房設定について変更いたしました。本日の連絡事項について、水道料金の請求書が届いています。捜査中でしたのでお声がけを遠慮しておりました。金額を表示します。決済してよろしければ進めます]

「わかった。……問題無い、決済処理してくれ」

[承知しました]


SOPHIAはたとえ少額であっても、自動での決済や意思決定は基本的にできないように設定されている。

あくまでユーザーの肉声か手作業での了承を出さないと進められないようになっているのだ。

これはSOPHIAがユーザーの意図を完全に読み切れない場合の金銭トラブルなどを防ぐためにある。

例えば冷房一つとっても、ユーザーの知らない所で勝手にオンにされては困るからな。


(そういえば、どうして報告書を呼んでいる時に桂弓彦の姿が浮かんだんだろう)


歯を磨いている間に、報告書を了承した時の事をふと思い出した。なぜか頭に浮かんだ、桂弓彦が灰皿を頭に受け、崩れ落ちる姿。

一度思い出してしまうと、どうしても気になってしまう。

だが、あの報告書に桂と繋がるような事はあっただろうか?

口を濯ぎながら考えるも、そんな情報は思い当たらない。


(事件の性質も全く違う。桂のは事故で、蜂谷のは殺人事件だ。共通点は何も無い)


共通の関係者がいるわけでもないし、場所も季節も全く違う。

桂の事件に葵原中央高校やデリヘルが関わっていたわけでもなく、蜂谷の事件に葵原市役所やプラチナ社が関わっていた形跡も無かった。

何一つ関連性が無い。なのにどうして思い出したのか。

モヤモヤと考えながら就寝準備を整えてベッドに横になる。


「……SOPHIA。4月の桂弓彦の事件。あの時の視界ログを出せるか?」

[田中様、桂弓彦氏の接触記録は4月9日の事と記録されております。4月9日のログは本日0時に一括削除されました]

「ん?……ああ、そうか。そういえば今日回収された蜂谷のSOPHIAで最古のログは4月10日だったな……」


SOPHIAログの保存期間はどのデバイスでも変わらず100日間だ。

もう、あの事件から100日が経過してしまったのか。

桂弓彦と会った――ほぼ死ぬ直前ではあったが――というパーソナルログは残っていても、その当時の視界情報、エピソードログは削除されてしまったという事だろう。


[申し訳ありません、こちらはSOPHIAのログ保管ポリシーにて定められたルールのため、復元は不可能です]

「だよな。しょうがない」

[しかし田中様が警察として関与した人物ですので、回収された事件関係者のログや報告書は警察署内には残されていると推察されます。警察モジュールを起動して、署内情報から検索しますか?]

「いやすまない、不要だ。ふと思い出しただけだ、業務には関係無い」

[承知しました]


危ない危ない、こんな所で無駄にモジュール起動しちまったら、処分を食らう事になる。

罰則も恐ろしいが、また中原に説教されてしまう。

しょうがないので、目を閉じて脳裏の記憶を呼び覚ます。


業務車両の中から見る、満開の桜並木。

舞い散る桜吹雪の中、視界の先で立っている桂。

そこに落ちてくる物と、赤い霧を散らしながら崩れ落ちた身体。


もう100日も経ったというのに、鮮明に思い出す事ができた。

同時に、あの事件の最中にずっと感じていた何かが引っ掛かっている感覚も。


(俺の中で、まだあの事件の何かに引っ掛かりを感じているという事なんだろうか?だがずっと思い出さなかったのに、どうして今になって…?)


だがぼんやりとした疑問は疲れから生み出される睡魔に押し流され、意識は闇に落ちて行った。

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