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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第二章:闇の中の悪意と論理
25/68

24.敬われるような先輩でいてください!

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-07-19 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

20:50:14 — Physical condition assessed. Partial recovery confirmed.

20:50:14 — Vital signs indicate fatigue.

20:50:14 — Contact with individual detected. Data capture initiated: SUCCESS.

・・・


________________________________________


「――殺人事件捜査の途中で激辛ラーメン食べてお腹壊すとか、警察官としての自覚はありますか?敬いを持てと言うのであれば、敬われるような先輩でいてください!」

「返す言葉もございません」


俺は自分のデスクで縮こまっていた。

40にもなって周囲の同僚にも見られながら、目の前には完全にお説教モードに入った若い部下。

自業自得なのだが、非常に恥ずかしい。


「おっす田中、詩織ちゃん、お疲れー……何やってんの?」

「あ!小林さんからも言ってやってください!大事な捜査中にお腹壊して待機とか、自覚が足りないと思いませんか!?」

「い、いえ中原さん、田中係長は僕の趣味に付き合ってくれまして――」

「井口さん、それはプライベートなら良いですが、捜査中であれば大人しく引き下がるべきです!一度口に出した手前引っ込みつかなくなったのが悪いんです!」


反論するな井口、こうなった中原には大人しく平身低頭しておくのが吉なのだ。

だが、ようやく小林達が来た。俺達は本来彼らが戻るのを待っていたのだ。そうしたら説教が始まってしまっただけで。

彼らが戻って来たのなら、報告が出て来たという事だ。今なら話を逸らせる!


「中原、昼の事は悪かったと思っている。反省もしている。だが一旦、報告を聞くとしよう。話はまた今度ちゃんと聞くから」

「……全く。わかりましたよ」


よし。今日の所は切り抜けた。

せっかく腹の調子が落ち着いたというのに別の理由で胃が痛くなる所だった。


「相変わらず仲良いね、君ら。お察しの通り、加賀美の取り調べが終わった。捜査一課からの報告書もそろそろ出るだろうし、確認してくれってよ」

[田中様、捜査一課より報告書が届きました。表示しますか?]

「ああ、ちょうど届いたらしい。SOPHIA、タブレットに表示してくれ」

[了解しました]


気を取り直してタブレットに表示された報告書を見る。高橋さんの推理は事前に聞いていたが、内容もほぼ合致しているようだ。

すっかり心を折られた加賀美は、大人しく全てを吐いたらしい。


加賀美は鞄に盗聴器とテープを忍ばせて置き、家飲みとデリヘル注文が被る時を待っていた。

あの日、飲み会をしている最中に蜂谷は『加賀美が帰ったらデリヘルを呼ぶ』と話した。目の前の男の殺意になんて微塵も気づかず。

それを確認した加賀美は蜂谷がトイレに行った隙に後ろ手に盗聴器を取り出し、ベッドに貼り付けた。


そして一旦家に帰った後SOPHIAのログを誤魔化す細工をし、街が寝静まる2時頃、密かに家を出て人目に付かないように蜂谷の家に向かった。

2時10分頃に蜂谷のマンションに到着、非常階段の鍵が予想通り開いている事を確認し、潜みつつ盗聴器の音声を聞き取り。

そして15分経っても何の物音も聞こえない事から完全に寝ている事を確信。

後はログに残っていた通りだ。


『誰でもできる方法で最速で殺せば、捜査をかく乱できると考えたんです。まさか、手際が良すぎるなんて指摘をされるとは、思ってもいませんでした』


加賀美はそう言っていたらしい。

家飲みの最中も室内の距離や幅を確認し、最短ルートを考え、蜂谷の睡眠位置を予想し、どこに包丁を突き立てれば死亡の可能性が高いのか調べ。

ライトについても、室内の様子を完全に頭に入れた加賀美にとっては蜂谷を起こす可能性を上げるだけの存在だったため、当然のように持たなかった。

だが、それこそが犯人を絞る大きな手掛かりになってしまった。


「田中と井口はゴミを確認したんだってな?」

「ああ、高橋さんの指示でな。今朝加賀美の家から出されたゴミが無い事を確認した」


高橋さんに『1つ調べて欲しい』と言われたのがそれだ。

加賀美の家の地区を担当しているゴミ収集業者へ行き、今朝回収を行った担当からSOPHIAログを提出して貰い、加賀美の出したゴミを確認したのだ。

結果としては、彼は今日ゴミを出していなかった。

つまり、犯行に使った服も盗聴器もまだ加賀美の家にある、という事になる。


「だから高橋さんは、ログを確認させろって言って圧をかけたわけだ」

「ああ、加賀美は捜査をかく乱している間に密かにそれらの証拠品を処分するつもりだったんだろうが、さすがに即日で追いつめられるとは考えていなかったんだろう」


その後の捜査で加賀美の家からは現場で発見されたのと同じ粘着物質が付着した盗聴器が見つかった。

こんな物証がある状態では、ログを確認されるのも警察が周辺を嗅ぎまわるのも、当然嫌がるだろう。

だから加賀美はそれらが『事件とは無関係』と主張しようとした。それも全て高橋さんの掌の上だった、とも知らずに。


「さすが高橋さんだ。勉強になる」

「そうですね、田中係長の師匠なだけあります」

「……師匠?あの人は、テツ先輩の師匠なんですか?私は聞いていませんが?」

「……よし、次にいこう。加賀美の犯行動機だが、やはり森咲への恋慕か。さすが小林、こういう機微に関しては右に出る者がいないな!」

「仲良いね、君ら」


小林が察知したように、加賀美は森咲の事が女性として好きだったらしい。

蜂谷の所業について、加賀美は聴取でも言っていたように、『こんなのに引っ掛かる女も馬鹿だ』という冷めたスタンスだった。だから蜂谷とも仲良く付き合えたのだろう。

だが、それに意中の人が引っ掛かってしまった、となれば話は別だった。


「加賀美が森咲に思いを寄せるようになったのは、やはり世話係をしていた頃か」

「若いながら真剣に教育に向き合って、努力も厭わない姿勢。そんな所にいつしか惹かれるようになったんだとよ。そしてそんな純真な彼女が、蜂谷みたいな女を食い物にしている男に引っ掛かる事が許せなかった、だとさ」


それに拍車をかけるかのように、加賀美がプライベートで出かけた時に偶然蜂谷の過去の恋人と出くわしたそうだ。

食事に行ったらたまたま隣の席に通されて図らずも話を聞いてしまい、直接的では無いにせよ『飽きた』としか思えない言い方で捨てられたらしく、その女性は強く後悔していた。


更に蜂谷は加賀美を信用しており、それが悪い方向にも働いた。

家飲みで加賀美に向かって、森咲の話を過去の恋人達と同じようにベッドの中の事まで赤裸々に語ったそうだ。それが加賀美の想い人だなんて思いもよらずに。


『腹が立った、というより、死んだ方が世の中のためだ、と思ったんですよ。SOPHIAの恋愛アドバイスまで使って女性を口説いて、その人達に後悔だけさせて捨てる。何の生産性も無い。ならさっさと死ねば良い、と思ったんです』


それが、加賀美が取り調べで語った動機だ。

なんでも蜂谷はSOPHIAにまで恋愛アドバイスを貰って、女性を精力的に口説いていたらしい。


ちなみに、加賀美は元々ガジェット系は好きだったらしく、盗聴器もその一環として購入先を知っていたようだ。

浮気対策として売られていた盗聴器を転用したらしい。事件の性質を考えると、皮肉なものだ。


(……ん?)


「じゃあ結局の所は、蜂谷と森咲の関係に嫉妬して行った犯行、という事になるんですかね」

「まぁ、形だけ言えばそうなるな。まぁ蜂谷がクソ野郎なのは俺からしても間違いないと思うよ。だから殺して良いって話にはならないけどさ」

「森咲さんはどうなるんでしょうか?」

「自分に想いを寄せる男が、自分を捨てようとしていたとは言え恋愛関係にあった男を殺した。まぁ、あまり愉快な気持ちにはならないだろうな」


加賀美の逮捕が遅い時間だった事もあり、学校や森咲に話が行くのは明日以降だろう。

彼女はこの真実に対して何を思うのだろうか。それは、俺なんかじゃ計り知れない。

だが――


(……なんだ?)


「ん?どうした田中、なんか気になる事でもあんのか?」

「ちょっと……いや、何でも無い。特に問題なさそうだな」

「本当か?なんか不自然な顔していたけども」

「不自然な顔ってどんな顔だ。内容を吟味していただけだって」


中原と井口はすでに報告書について了承をしている。

小林も今まさに了承を返そうとしている所だ。

高橋さんの解決は加賀美の供述とも一致しており、証拠も十分だ。

俺達が了承すれば、後は捜査一課が起訴処理までやってくれるだろう。


少し躊躇ったものの『了承』をタップし、送信完了を確認して報告書を閉じた。


「さて、事件も解決したしメシでも行こうか、井口。詩織ちゃんもどう?田中はさすがに帰れ」

「ああ、さすがに昨日の朝からほぼぶっ続けで疲れたし、俺はパス。大人しく帰って寝るわ。明日は非番貰ったし」

「いえ待ってください。テツ先輩、帰って何を食べるつもりですか?」

「え?コンビニで適当に買おうかと…」

「反省できてないようですね。…小林さん、恐縮ですが私とテツ先輩は1時間で帰ります。そして消化に良いメニューだけ食べさせます」

「なら近くの鶏料理のお店はどうですか?〆のメニューに鶏白湯スープのお粥があったはずです」

「井口さん、それ採用です。では行きましょう」

「……本当、仲良いね、お前ら」

「……そう見えるか?俺はたまに本気でバディ解消を考えるよ……」


これでまた、1つの事件が発生から20時間足らずで解決した。

高橋さんが導いたこの解決に異論は無い。違和感も無い。


ただ、どうしてだろう。桜の中で崩れ落ちる桂弓彦の姿が脳裏に蘇っていたのは。

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