23.対象の接近を確認しました
※他の話に比べ、少々長めとなっております。
User: KOBAYASHI HISANORI [ID: JP-47B5Z2H8-B]
Date: 2030-07-19 (JST)
Active Module: POLICE
[LOG ENTRY]
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18:49:32 — Vital signs indicate heightened stress.
18:49:32 — Collecting surrounding environmental data.
18:49:34 — Approach of user-designated subject detected.
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[小林様。対象の接近を確認しました]
「オーケー。…おい井口、もう少し陰に入ってろ。車を停めるまでは見られるな」
「了解です、小林係長」
遠くから車の音が聞こえる。改めて通りから見えない事を確認、っと。
しかし古い木造建築とは言え、外塀に車庫まであるとは立派な一軒家だ。今の時代にこんな家と土地を用意しようと思ったら結構な金が必要だぞ?
おそらくSOPHIAによる遠隔操作だろう、車庫のシャッターが自動で開き、そこに車は吸い込まれるように収まった。
車庫から直接家屋に入る道が無いのは確認済みだ。対象が車庫から出てきた。
「小林、対象に声をかけます」
『了解』
さも通りがかったかのような顔で通りに出る。玄関に入られる前に足を止めてもらわないと。
向こうも気付いたようだが、相変わらずの無表情だ。
「お仕事お疲れ様です、加賀美さん。良い家ですね」
「……ええ、元々祖父母が住んでいたのですが、亡くなってから僕が使っているんです。それで、何か用ですか?」
「ええ、少しお時間良いですか?」
「見ての通り仕事を終えてようやく帰宅した所です。明日にしてください」
そこで、加賀美の後ろから2つの人影が現れた。
「そこを何とかお願いできませんか」
「…あなた方は?」
「静岡県警捜査一課の高橋と申します。後ろは部下の加納。加賀美博司さん、署までご同行願います」
高橋達は俺達と逆側、挟み撃ちする形で立っている。
ちなみに田中は腹壊したとかで待機組だ。何やってんだアイツは。
ま、そちらは中原が付いているから、言いたい事は彼女が全部言ってくれるだろ。
「一体どういう理由で?」
「率直に言えば、蜂谷浩介氏殺害の重要参考人、という事になります」
「つまり、僕がアイツを殺した、と?犯行があった時間帯のログは提出したはずですが」
「ですがあなたは布までかけて姿が確認できません。誤魔化す余地はいくらでもあります」
加賀美の表情は未だに変わらない。
だが。一瞬、心が揺らいだ、ように見える。
さて、こっからが勝負だな。
「何か証拠でもあるんですか?まさか当てずっぽうというわけではないですよね?」
「もちろん、根拠があります。では、納得いくまで聞いてもらいましょうか」
まず高橋が挙げたのは、犯人が模様替え以後の家具配置を知っていると考えられ、そして模様替え以降に入室したのは蜂谷本人に加え、加賀美、森咲、そしてデリヘルキャスト3名のみである事がログから確認されている事。
「話になりません。蜂谷を除いたとしても5名もいるし、誰かが別人に教えていた可能性だってあるでしょう」
「仰る通り。まぁ結論を急がないでください。被害者のSOPHIAログを確認していた所、妙な点がありました。映像ログがずっと暗闇だったんです」
「何が変なんですか?深夜だったんですから、当然でしょう」
「なぜ、犯人は光源を用意しなかったんでしょう?」
「…え?」
「もちろん標的を起こしてしまう危険がありますが、足元を照らす小さなライトくらい用意した方がいいでしょう。何せあの部屋は大きなダイニングテーブルまであって狭い。ぶつかったらそれこそ標的が起きてしまう」
言われてみれば当然の事だ。ここまで計画的な犯人がどうしてそんな簡単な物を用意しなかったのか。
加賀美は相当予想外だったのか、呆気にとられたような表情をしている。
「私はこう結論付けました。犯人にとって光源が乏しい状態でも行動できるのは自明だった。つまり犯人は身体感覚で室内を知っている、直接入室した人物だ、と」
「……なるほど、納得できなくもないです。ですがまだ5名に絞られただけです」
「ええ、そうですね。では次です。今日は聴取にご協力頂きありがとうございました。あなたの後に森咲日向さんにも聴取をさせて頂いたのですが、興味深い事がわかったんです」
「なんですか?」
「彼女は蜂谷さんと7月17日の深夜、掃除をしています。しかもベッドの下まで念入りに」
「…!」
無表情の仮面が崩れた。今度は明らかに眉根が寄ったのが見えた。
だがそれも一瞬、すぐにいつもの無表情に戻ると、言い放った。
「それがどうしましたか?」
「実は鑑識の捜査で、ベッドの裏側にテープの破片が見つかっています。きっと何かが貼り付けられていたのでしょう。しかし森咲さんと蜂谷さんが掃除をしている時に該当場所を覗き込んでいるにも関わらず、そこには何も映っていない。つまり、その”貼り付けられた何か”は、掃除以降に現れたという事になります」
「……何か、ね」
「ええ、しかも犯人はそれを回収しています。犯行に何か関わりがあったのは間違いありません」
ベッドの裏なんて普通に生活していたら見ない。きっといつ貼り付けたか分からない、事件に無関係の可能性もある、と思わせたかったのだろう。
しかし、予想外に貼り付け機会は絞られる事となった。
「確かに僕は昨夜家飲みに行っていますが、そのログは提出しています。何か貼り付けている所でも映っていました?」
「いえ、何も。ですが我々の捜査でもうるさく言っているんですけどね、『SOPHIAは視線の方向しか記録できない』。つまり何かを貼り付ける程度の簡単な作業なら、後ろ手に行えばログに残さず実行できるんですよ」
「くっ……、ですが可能だったというだけでは、僕が何かを貼り付けたという証拠にはなりませんね」
加賀美は表面上冷静を装っているが、心は揺れ動いている。余裕が無くなってきている。
「仰る通り。それに、貼り付けたのが誰であっても情報を共有すれば良いだけなので、これは犯人候補を絞る事にはなりません。問題は何が貼り付けられていたか、です」
それに対して高橋はどこまでも穏やかだ。こっちは相変わらず心の動きが観えないんだけど。
「もう1つ気になる事がありました。犯行の手際があまりに良すぎるんです」
「手際が、良すぎる…」
「ええ、非常階段から侵入し、暗証番号を入力して室内へ。そして包丁を取りに行き殺害、再び非常階段から逃走。計測してみたのですが、この間わずか46秒。凄まじい早業殺人です」
「それが何か?」
「犯人はどうして被害者が寝ていると確信していたのでしょうか?」
今度こそ、明確に表情が崩れた。眉に力が入っている。
「迷いが無さすぎるんです。確かに2時半なんて時間、普通は寝ています。しかしデリヘルは深夜に来る事もありますし、直前にトイレに起きたって可能性もあるでしょう。なのに犯人はそれらを一切考慮せず、中を一目確認する事もなく即侵入しています。思いつかなかったとでも言うのでしょうか?」
「……それ、は」
「ここから推測される貼り付けられていた物。きっと盗聴器のような物でしょう。犯人は被害者が寝静まっている事を外から確認していたので、躊躇いなく侵入できたのです」
これもまた、言われてみれば当然だ。早業殺人に目が行ってしまっていたが、早業ができるという事は準備ができていると先に把握できていなければならない。
「そして、そうなると森咲さんは犯人から外れます」
「…なぜですか」
「彼女は2時3分にトイレに立ちSOPHIAと対話、声紋確認が取れています。そこから入れ替わりトリックでも使って蜂谷さん宅に行ったとして、到着は急いでも2時25分は回る。被害者の様子を伺う程の時間的猶予がありません」
「家にいる間にすでに状況確認を済ませていたのでは?」
「コンセントなどに繋がれていないという事は電池式、そして現場はマンション。周辺の電波に影響が出ていない事からして、リアルタイムで盗聴ができる範囲なんてごく近場まででしょう。少なくとも彼女の家で聞くなんてのは不可能です」
「……くっ」
「妥当な所で言えば、あの非常階段にいれば十分聞き取れるでしょうがね」
加賀美はずっと苦々しげな表情になっているが、ここで一呼吸を置いて落ち着きを取り戻した。
「まぁ、森咲先生が犯人じゃなかったのは喜ばしい事です。ですが、デリヘルキャストの方々なんてみんなプライバシーモードでしょ?彼女達が犯人じゃないってどうやって証明するんですか?それができなければ、僕が犯人という証明もできませんよね?」
「ええ、きっと犯人もそう思ったんでしょう。被害者はデリヘルを頻繁に利用しており、さらに恨みを買ったキャストまでいる。彼女達はプライバシーモードで行動しているため犯人候補を絞る事はできない、と」
「僕は犯人じゃありませんが、同感ですね」
「それが犯人の最大の誤算です。結論から言いましょう。キャストの方々に、犯行は絶対に不可能なんですよ」
何を言っているのか分からない。加賀美の表情は、明らかにそう言っている。
だが不穏な空気を感じ取ったのだろう、口調からも余裕が無くなっていた。
「どうしてですか!?全員のプライバシーモードを解除したとでも!?」
「いえ。犯行現場周辺住民のSOPHIAログに、不審な痕跡が無かったんです」
「痕跡が無い事が何の証明になる!?」
「彼女達はサービス中でもSOPHIAを装着しており、連絡には簡易返信を返します。顧客が直接連絡する事も多いみたいで、常に連絡を受け取っています」
「だから、それが一体――」
「ですが、周辺住民のSOPHIAログに『犯行時刻前後にプライバシーモードのままうろついていた不審なSOPHIAの履歴』が見つかりませんでした」
空気が瞬間的に凍ったかのように感じた。
加賀美も二の句が継げず、手が震えている。
「プライバシーモードは警察からのログ閲覧が制限されるだけで機能自体は通常時と変わりません。つまり危機回避のための位置共有は動いています。そして今の世の中、『SOPHIA無しでウロウロするだけで不審がられる』。プライバシーモードも同じです」
「……」
「たとえ住民が寝ていようがSOPHIAは24時間、周辺のSOPHIAを認識し続けます。ログを秘匿した状態のSOPHIAなんて近くにいたら、すぐに警戒されます」
「……」
「彼女達は繁華街で待機がルール。犯行の数分間だけ外すならともかく、現場まで往復している間外しっぱなしというのはあり得ない。だが、無数の目に見えないSOPHIAの感知範囲をすり抜けるのも不可能です」
加賀美は動かない。いや、動けないのか。
だがしばらくして、震える声を絞り出した。
「…面白い話です。整合性は認めましょう。ですが、証拠は?もしかしたらライトを忘れた、蜂谷がトイレに起きたなんて可能性を考えないただの馬鹿が犯人だった可能性もあるでしょう」
「仰る通り、これらはいずれも状況証拠です。ですがあなたが疑わしいのも事実。そこで、あなたの100日間全てのログを提出してもらえませんか?」
「ログを?」
「ええ、プライバシーモードはそのままで結構ですので。そこに犯人が着ていた服や盗聴器など、そういった物が”何も映っていなければ”、あなたの無実はかなり近づくでしょう」
「…拒否したら?」
「その時は容疑をあなたに絞って、全力で捜査いたします。あなた一人くらいなら、行動を洗いざらい探るのも難しくない。何せこの状況でログ提出を拒否するとなると容疑は濃厚です。いくらでも人員をつぎ込めるでしょうから」
歯を食いしばっている。だが、まだ諦めるつもりは無いらしい。
再び一呼吸置くと、姿勢を直して改めて高橋を睨む。
「いいでしょう、ログを提出します。ですが、そこに盗聴器に類する物や黒い服があっても、それは趣味として買っただけです。それを否定する事はできないでしょう?」
「ほう、なぜですか?」
「まさか犯人が使った物と似ている物を持っていただけで犯人扱いですか?返り血も無いのではそれを犯行に使った証明なんてできないでしょう」
ようやく、ボロを出した。長かったが、これで終わりだ。
高橋の後ろにいた加納がSOPHIAに何か指示を出し始めた。今の発言を検察に提出しているのだ。
「……なんですか?何かおかしな事でも?」
「ええ、とてもおかしな事がありました。あなたはなぜ、『返り血が無い』と知っているんですか?」
「……っ!」
「あと『黒い服』もですね。確かに犯人は黒い服で、包丁を抜かなかったため返り血は全く無かったと考えられています。ですが、それをあなたに話していない事は、他ならぬ我々のログで証明できます」
「それは……!」
「誰かから聞いた、と言うのであれば、それこそログの提示をお願いします。仮にプライバシーモードであっても、この状況なら閲覧許可令状が出るでしょう」
そこで加納が高橋に何かを囁いた。
きっと、手続きが完了したのだろう。
「今の世の中は便利なものですね。ログを送信するだけで良いのですから。裁判所から逮捕状が出ました。今度は任意同行ではありません。
…加賀美博司さん、署までご同行願います」
もはや加賀美は何一つ言葉を発さず、項垂れている。
そこに浮かぶのは以前の無表情とは違う、全てを諦めたように感情の抜け落ちた表情だった。




