表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイリスの瞳  作者: たけひろ
第三章:何度も見たような初めての光景
27/68

26.私から接続処理を行います

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-12-03 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

13:19:12 — Scene records saved and synced to server.

13:19:12 — Conversation log saved and synced to server.

13:19:12 — Preparing user personal data for sharing.

・・・

________________________________________


「では捜査を開始しますので、何かあれば連絡をください。えーっと、私のIDは…SOPHIA、俺のID表示」

[田中様のIDは『58D2Q7VA』です。差し支えなければ笹山様のSOPHIAへ、私から接続処理を行います]

「あ、そうだな。じゃあ笹山(ささやま)さんのSOPHIAにID提出しておいてくれ。…笹山さん、こちらから連絡先申請送りますので、認証しておいて頂ければ」

「分かりました。…はい、受け取りました。すみませんが、よろしくお願いいたします」

「もちろんです。全力を尽くします」


目の前のお爺さん――笹山さんは気弱そうな顔で窓の方を見ている。

そのガラスには大きな穴が開けられており、めっきり寒くなって来た外気を遮る事無く室内に送り込んでいる。

当然、事故なんかじゃない。外からガラスを割って侵入した、空き巣だ。

室内も乱雑に荒らされた形跡がある。古典的だが悪質。

だが――


「テツ先輩!周辺住民の聞き込みとSOPHIAログの提出頂きました!」

[田中様。中原様より要約データを受け取りました。不審な動きをしているSOPHIAのID情報が抽出できたようです]

「おう中原、今データ受け取った。目撃者はいなかったのか?」

「はい、さすがに平日昼間の住宅街だけあって、直接の目撃者は見つかりませんでした」

「不審な動きのSOPHIAって、何をしていたんだ?」

「SOPHIAの位置情報感知のログ、あれを見たら被害者宅付近で急に位置情報が消失、しばらく後に復活したSOPHIAがありました。多分ここまでSOPHIA無しで来る事は難しいので、一旦到着してから電源を消して犯行に及んだものと思います。その後駅の方向に向かいました」

「じゃあ、次にやるべきは?」

「駅方向の防犯カメラの確認と、駅員さんへの聞き込み、駅で該当IDでの乗車記録の確認、ですかね」

「上出来だ」


馬鹿な犯人だ。今の世の中、他人に見られない程度ではそう簡単に逃げおおせる事なんてできないのに。

そして中原もどんどんと経験を積んで、今では全て任せられるようになってきている。

SOPHIAの位置情報感知のログってのも7月の事件から学んだのだろう。飲み込みの早い奴だから不思議では無い。


「見つけました。カメラ映像と駅員さんのログから、この男で間違いないですね。防犯カメラを追うと…西へ向かう電車に乗ったようです」

「間違いないな。SOPHIA、人物の特徴を記録。…駅員さん。この男はSOPHIAの決済を使って電車に乗っています。このIDの購入記録から、どの駅で降りたかを調査してもらえますか?」


SOPHIAのアカウントは各個人で一つしか持てない事になっている。デバイスを複数持っていても、アカウントは共通だ。

一応アカウントを複数作る事自体は不可能では無いのだが、そうするとSOPHIAのメリットである身分証登録や複数機器の連携ができなくなるので、利便性が犠牲になる。


そして各アカウントには英数字8桁を混合したIDが振られる。

これはSOPHIAが管理・作成するランダムな物なのだが、これによって各アカウントを認証する事ができる。

最も身近な使い方はIDを教える事で連絡先として登録する事だが、警察権限があれば今のようにこのIDを用いて決済した記録なども参照ができるのだ。


問題点を挙げるとしたら、英数字混合なんて覚えられないという事だ。

正確なIDは国コードなどが付いているのだが、普段答えるのは固有コードである8文字部分だけで良い……とは言うものの、何度も口にするわけでもないし、咄嗟に出てこないのだ。

だから俺は当然のように毎回SOPHIAに教えてもらっている。中原は自前で覚えられるらしい。なぜだ。


「――こんにちは。葵原警察署刑事課の者です。少しお話よろしいですか?」

「ちなみに、逃げられるとは思わないでください。あなたのSOPHIAのIDはすでに取得済みです。まずは、お話を聞かせてもらいますよ」


そして、そこまで分かれば足跡を追う事なんて造作もない。

追跡開始から1時間も経つ頃には犯人と思われる男(正確にはそのSOPHIA)に追いつき、コンビニから出てきた所で声をかけた。


________________________________________


「ふう、今日の事件は楽でしたね、テツ先輩」

「そうだな、これだけSOPHIAが浸透した時代に、『塀に隠れて侵入すればバレない』なんてよく思えたもんだ」


結果的に目を付けた男が空き巣の犯人で間違いなかった。被害者の笹山さんが不在の時を狙い、現金50万円を盗み出したのだ。

家に帰る間もなく確保できたので、鞄から笹山さんの指紋も付いた封筒が見つかり、現行犯逮捕となった。


ちなみになぜ50万円もの大金がこの時代に家にあったのかと言うと、『今孫が受験を頑張っている所で……息子夫婦と共に年末に遊びに来るというので、入学金と入学祝いとして渡してやりたいと思い……気が早いのですが、つい準備してしまったのです』というどうにも憎めない理由だった。


そして犯人は、そんな笹山さんが銀行で浮かれ気分でお金を引き出している所をたまたま見かけ、後を付けたらしい。そして出かけるタイミングを見計らって侵入し、家探ししたというわけだ。


「しかし、こういうのを見るとSOPHIAも万能じゃないんだなぁって思ってしまいますね」

「そうだな。まぁ繁華街では複数の人から見られるから無理だろうが、人気の少ない住宅地とかだとさすがにな」


犯人が笹山さんの追跡になぜ成功したかというと理由は簡単、SOPHIAの電源を切っていたからだ。

SOPHIAはあくまでデバイス、電源自体を切ってしまえば周囲を観測する事も、周囲から観測される事も無い。


笹山さんは帰り道、浮かれ切って後ろを一切見なかったらしい。そしてお金を引き出したのも平日昼間で人通りが少なった。だから『SOPHIA無しでウロウロしている犯人』が観測されなかった。

加賀美がSOPHIAを騙して行った事を、SOPHIAの電源を切るというシンプルな手段で行っただけだ。容疑者として取り調べを受けるまでは、ログが無い事は問題にならない。


「ま、だから俺達警察がまだ必要だって事だ。だが犯人を的確に追い詰められたのは、お前が迅速に情報を集めたからだ。もうすっかり一人前だな、中原」

「これもテツ先輩のご指導ご鞭撻の賜物……ですかね?」

「そこは言い切ってくれよ」

「冗談です。テツ先輩が色々教えてくれたからですよ!」


今年は中原になるべく色々な経験を、と思い、なるべく多種多様な事件に関わらせる事を意識していた。

幸い、と言っては不謹慎だが、7月の殺人事件も良い経験になっただろう。今の世の中で殺人事件なんてなかなか起きないし、ましてや加賀美のような計画的な犯行なんて滅多にないのだから。

おかげで元々優秀だったコイツはメキメキと実力を伸ばし、4月に『中原に単独行動を任せるのは不安だ』なんて思っていたのが遠い昔のようだ。


[田中様。刑事課長からお呼び出しです。第2会議室に向かってください]

「呼び出し?中原は?」

[田中様のみです。中原様は同行を許可されていません]

「……なんだろうな。おい中原、なんか課長から呼び出された。ちょっと行ってくるから、お前は報告書作っておけ」

「了解です。お叱りじゃないといいですね!」

「縁起でもない事を言うな」


全く、相変わらず軽口の止まらない奴だ。だが仕事はちゃんとやるからなあ、コイツは。

それに書類仕事は俺より上手なくらいだ、放っといても問題無いだろう。

しかし課長から呼び出し?最近は大きな事件も無いはずだし、一体何の用だろうか。

何か思い当たる節が無いか考えながら会議室に向かうと、入り口でばったりと小林に出くわした。


「よう田中。……ここで会った、という事は、お前も課長から呼び出しか?」

「つまり、同じ用件か。俺とお前に。……良い話は、期待できないか……」

「そうだな。刑事課全体にボーナスアップ、とかなら嬉しいもんだけどな」


覚悟を決めてドアをノックすると、即座に「入れ」と声が飛んでくる。

まぁ、ドアの前で呑気に喋っていたわけだし、向こうも俺達が到着している事に気付いていただろう。

室内には刑事課長だけでなく、葵原中央署の副署長までいた。

二人とも厳めしい顔でこちらを見ている。

口火を切ったのは課長の方だった。表情は厳しいが、その口調はいつも通り穏やかだった。


「二人とも仕事お疲れさん。早速だがまず田中。最近中原はどうだ?」

「はい。今年は様々な経験を積ませる事を意識しましたので、すでに一人前と言えると考えています」

「単独でも行動できるレベルか?」


ピンと来た。副署長まで同席しながら、課長が中原について聞いてくる。そして今は12月。普通なら通達にはまだ早い時期だが、上の方ならすでに動いている。

つまり、人事だ。そして中原の成長を気にするという事は、きっとその対象は俺なのだろう。

ここに来てから3年目、そろそろ動く頃合いだ。

そして小林が呼ばれたのは、俺が抜けた後のバディ体制の相談のためだ。

まぁ、どんな理由であったとしても、俺の答えは決まっている。


「殺人事件のような重大事件の経験はまだ浅いですが、簡単な事件なら私と別行動する事も珍しくなく、安心して任せられると考えております」

「お前の事だから贔屓はしないだろうが、間違いないか?」

「間違いありません。彼女は飲み込みも早く非常に優秀です。誰と組んでも成果を挙げるでしょう」


これは間違いなく俺の本心だ。中原の優秀さは誰よりも俺が知っている。

アイツなら俺よりも余程上手くやっていくだろう。


「なるほど、わかった。お前達も薄々察していると思うが、来年の人事の話だ。事前の調整が必要だと思ってな、まだ早いが呼び出させてもらった。くれぐれも、まだ内密にしておけ」


やはりそうだった。ついにバディ解消する事になっちまったな。

いつぞやは『せいせいする』と嘯いたもんだが、心に一抹の寂しさが訪れる。


「小林。来年から浜松中央署へ異動してくれ」


…………なんだって?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ