18.見やすい端末を用意してください
User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]
Date: 2030-07-19 (JST)
Active Module: POLICE
[LOG ENTRY]
・・・
08:30:50 — File reception confirmed.
08:30:52 — Generating summary file.
08:30:52 — File assessed as currently required based on surrounding context.
・・・
________________________________________
「これまでの捜査状況をまとめたファイルをそれぞれに送りました。各自見やすい端末を用意してください」
[田中様。ファイルを受信しました。会議に必要と思われるので、表示いたします。タブレットをご準備ください]
高橋さんが言うのに合わせて、加納が大型モニターに電源を入れる。そこには『7/12葵原市マンション刺殺事件』と表示されていた。
俺も自分のタブレットを取り出して見ると、昨夜の遺体発見の経緯が簡単にまとめられていた。
「遺体発見の経緯と、防犯カメラの映像については省略します。1点だけ、犯人は意図的に猫背になっており体格がわかりませんでした。現在歩行姿勢分析中ですが、結果は期待できないとの事です。では加納くん、続きを」
「はい、高橋さん。ここからは私が説明します」
加納が前に出ると同時に、モニターに被害者の顔と情報が映し出された。
遺体として見た時には気づかなかったが、爽やかな雰囲気で顔立ちも整っている。
「被害者は蜂谷浩介、葵原市立葵原中央高校で働いている国語教師で、32歳独身。殺害現場に4年前の2031年3月より居住。昨夜2時29分に何者かに刺され、死因は胸部刺創による失血性ショック死。刺された後、数分から10分程度で死亡したと考えられます」
続いて壮年の夫婦の画像が映し出される。おそらく50代後半。
「蜂谷は千葉の出身で、両親は地元に住んでいます。通話で聞いた限りでは昨夜は普通に就寝しており、現在こちらに向けて移動中」
次に、20代後半と思われる柔らかい雰囲気の女性と、被害者と同世代くらいの無表情の男性が映し出された。
「左が森咲日向、蜂谷と同じ学校の英語教師、つまり同僚です。彼女は蜂谷と恋人関係にあったと考えられています。頻繁に現場にも来ており、宿泊する事も多数。ただ交際開始は100日以上前だったらしく、交際の経緯は確認できませんでした。
右は加賀美博司、同じく同僚の科学教師です。蜂谷は加賀美の事を『親友』と呼んでおり、プライベートでも仲良くしていたようです。家が近く、頻繁にお互いの家に行って飲み会を開いていた事が確認できています」
つまり現場にも何度も立ち入っているという事になる。非常階段の存在や暗証番号についても知る機会があっただろう。
詳しく話を聞く必要がある。自分のタブレットに『現場立ち入り多数』とメモを残しておく。
その次にモニターに映し出されたのは、煽情的な格好をした女性の画像3枚だった。『HP掲載写真』と但し書きが付いている。
「続く重要参考人として、無店舗型性風俗、いわゆるデリヘルのキャスト3名。左から『キューティーバニー』の源氏名『あい』、同じく『キューティーバニー』の『ユカ』、『AQUA葵原』の『いずみ』。事件との関連性は後ほど説明します」
デリヘル?蜂谷が利用していたのだろうか。
いや、ここは一旦話を聞くターンだ。
「蜂谷のSOPHIAログですが、押収できた最古のデータは4月10日の物。簡易解析の結果は全員に共有してありますので、不明点は各自確認してください。ここでは重点項目だけ挙げていきます。
まず凶器となった包丁ですが、蜂谷の私物である事を確認。普段からシンク下に仕舞っています。購入は100日以上前のようで未確認。日常的に使用、管理しており切れ味も十分でした」
やはりあの包丁は最初から室内にあったものか。開けっ放しだった引き出しは、包丁を取り出した時に閉めなかったからだ。
被疑者が包丁の存在を知っている人間に絞られる事よりも、購入して足が付くリスクの方を恐れたのだろう。
「事件前数日の動きですが、7月17日、仕事を終えた森咲が蜂谷の家に直行、宿泊しています。現場に残されていた洗濯物は、この時の物。現場から回収された衣服を森咲が着用している映像が確認されています。
続いて昨日7月18日、18時半ごろから加賀美が現場に来て二人で家飲みをしています。内容は他愛もない雑談、21時49分に加賀美が帰宅」
平日だが家が近いなら家飲みをしても不思議ではない。
だが加賀美はこの夜蜂谷が一人である事を知っていたとも言える。
その旨をメモに付け加えようとしたところで、加納がとんでもない事を言い始めた。
「ここからが問題なのですが……蜂谷は加賀美が帰った後、21時58分にデリヘル『キューティーバニー』の『あい』を注文、非常階段の鍵を開けました。22時24分に『あい』はここを通って来訪、部屋へも暗証番号で直接入室しています。22時半頃からサービスを行ったようですが、サービス中はプライバシーモードのためどのような会話をしていたか不明です」
…………は?
当然放り込まれた素っ頓狂な内容に思わず思考が硬直する。
デリヘルのために非常階段を自ら開けたのか?しかも暗証番号も教えていた?
「蜂谷はどうやら常習犯だったらしく、過去ログでも計9度、同様の行為が確認できました。『あい』は0時12分に帰って行きましたが、同様に非常階段を通り、鍵はそのまま開けっぱなしでした。いつもなら翌朝蜂谷が出勤する前に施錠していたようです」
頭を抱えたくなるような話だ。翌朝には毎回施錠し直していたため、永田も気が付かなかったのか。
到着時の「セキュリティ対策もしっかりされているようだ」という感想は撤回しないといけない。とんでもないセキュリティホールがあった。
そもそも森咲と交際していると言うのに何度も、それも他人に見られないように非常階段まで使って遊ぶとは。随分と無節操な下半身だったようだ。
「蜂谷は『あい』が帰った後簡単に後始末をし、0時31分にはベッドに入っています。それからしばらく動画などを見ていましたが、1時10分、SOPHIAを外して就寝しています」
そして就寝から1時間ほどして、開けっ放しの非常階段を通じて犯人が現れた、というわけだ。
犯人は蜂谷がデリヘルを頻繁に呼んでいる事、そしてその際に非常階段を開けっ放しにする事も知っていた事になる。
だが、なぜ参考人がこの3名に限定されているのか。
こんな状況では、可能性は無数にあるはずだ。100日以上前に呼んでいた人物だって対象になるのだから。
「キッチンにあったダイニングテーブルですが、あれは5月1日に蜂谷が森咲と一緒に選んで購入した物で、翌日届いてからついでに模様替えを行っています。どうも以前のテーブルはもっと小さな物だったため、一緒に食事をするには少し手狭だった、というのが理由のようです。ベッドや洋室のテーブルなどはそれ以前から使われていた物ですが、配置は移動しています」
確かに、あのダイニングテーブルはやや大きく、救急隊の通過にも少し邪魔なくらいだった。
…待て、ベッドの配置も変わっていた?
思わず高橋さんと加納を見ると、高橋さんはゆっくりと頷いた。
「田中くんは気付いたみたいですね。そうです、5月2日をもってベッドの位置が大きく変わっているのに、犯人は迷う事なく早業殺人を行っています。ほんの僅かな光源しかない暗闇の中、大きなダイニングテーブルにぶつかる事も無く。これは、現在の家具とその配置を正確に知っていないとできません」
「…暗証番号が知られているのであれば、被害者が不在の間に侵入して家具の配置を確かめた、という事はありませんか?」
中原がおずおずと手を挙げて発言するが、高橋さんは首を振る。
「いえ、それはありません。ドアのキーレス鍵、あれの開閉記録を確認しましたが、全て蜂谷のSOPHIAログと一致しました。つまり彼が知らない間にドアが開けられた事はありません」
「3階なら窓から侵入できた可能性は?」
「窓は彼が外出する時に毎回施錠している事を確認しました。几帳面な性格だったようですね。またあそこのベランダは各部屋独立している形状で飛び移れる距離ではなく、ロープを結び付けたような痕跡もありません。そもそもベランダ前は大通りのため人目も非常に多い。侵入は厳しいと思います」
「承知しました。失礼しました」
「いえ、意見はぜひ遠慮なく言ってください」
中原が手を降ろした事を確認し、加納が再び口を開く。
「というわけで、犯人は5月2日以降にあの部屋に入った人物、またはそこから内装情報を受け取った人物に絞られます。5月2日以降に部屋に入ったのは森咲日向、加賀美博司、そしてデリヘルキャスト3名である事がログから確認されました。まずこの5人を調べてください。それぞれの聴取とログの取得をお願いします。我々は被害者ログの精密分析と、周辺の防犯カメラなどを整理し、犯人の足取りを確定させます」
「「了解しました」」
「では、これで初回会議は終了です。捜査に移ってください」
最後に高橋さんがそう言って、加納と共に会議室を出て行った。
さて、俺達もさっさと動き始めないといけない。
「小林。お前が高校の方を対応してくれ。俺はデリヘルの方を当たる」
「ま、そうなるよな。了解」
どう考えても学校なんてデリケートな舞台は小林の方が適任だ。逆に夜の街に関わる連中なら、俺の方が慣れている。
そして、バディだが――
「じゃあ行きましょう、テツ先輩!まずはお店の事務所に連絡ですよね?」
早速とばかりに立ち上がって話しかけてくる中原と目を合わせ、はっきりと言い放った。
「いや、お前は小林と一緒だ。俺は井口と行くから」
「……はぁ?」
「よし、行くぞ井口。時間が惜しい」
「はい、よろしくお願いします、田中係長!」
口を開けたまま動かない中原とヒラヒラと手を振っている小林を置いて、一足先に会議室を出る。
珍しく呆気に取られた顔の中原が見られて密かに満足してしまった事は、墓まで持って行く秘密としよう。




